それってセンチメンタルジャーニー?(6)
「7時半に迎えに来るから」
時村にそう言われて家の中に入ると、さっきまでのにぎやかなのがウソみたいに静かになって、あれも現実なんだけど、現実に引き戻された感じだった。
「この家とももうさよならか」
高坂が発つ日に私はこの家を売る。だいたいの荷物も片付けたし、電化製品は時村の家にあるものはリサイクルショップに売って、使えないものは捨てる。ていうか捨てた。姉貴の部屋のものも、親の部屋に置いてあったものも、全部、全部。
「着替えよ」
2階に上がって段ボールが重なる自分の部屋に行って、まだ閉められていない段ボールの中から服を取り出す。少し大きめのデニムシャツに淡い茶色のカーディガンを合わせて、下はワインレッドのロングスカートをはいて少しラフめにして出来上がり。コートは一応羽織っていこう。夜だしこれから冷えるかもしれないし。洗面台に移動して化粧を整える。と、ポケットに入っていた携帯が震えて、時村からの着信だと知らせる。
「もしもし?」
「あ、俺。着いたし、準備終わったら出てきて」
用件だけ言って、時村は電話を切った。
俺って。オレオレ詐欺かよ。
私は帽子をかぶって、玄関に置きっぱなしだった鞄を手にして玄関の扉を開けた。家の前には見慣れた男が立っていた。
「…って、もろかぶってんじゃん」
私を迎えに来た時村の服装は、デニムシャツに濃いグレーのカーディガン。ちなみに柄は一緒のノルディック。下は黒のサルエルで合わせてきている。めちゃくちゃおしゃれなんだけど、なんていうか…だだかぶり。
「げ」
「それはこっちのセリフなんだけど」
「ちょ、雪瀬回れ右」
「え、こう?」
「ばか、逆。いいや、そのまま家戻って着替えてこい」
「は?なんでよ」
「なんでって俺が家に着替えに帰るよりそっちのが早いからに決まってるだろ」
「私梨央と行くから着替えてくればいいじゃん。遅れるってちゃんと言っておくから」
なんで家の前でこんな口げんかをしてるのかはわかんないけれど、確実にわかるのは、このまま口げんかをしても埒が明かないってことと、時間がおしているということだ。
「あっれ、2人もまだいたのー?私先に行くからね、ってなに。あんたたちそんなに仲良しだったっけ?」
「「好きでこうなったんじゃない」」
はもったことにちょっといらっとして、時村を睨みつけると、私を睨む時村と目が合った。
「いいじゃない、別に。そんな喧嘩してたら遅れちゃうよー?」
梨央はそう言って手を振って先に行ってしまった。なんつー薄情者。いや、知ってたけど。梨央が行っちゃったあと、少しの沈黙があって、時村と目を合わせると少し拗ねた時村がいた。
「行くぞ。間に合わねぇ」
「そ、だね」
ていうか、もう7時には到底間に合わないけどね。多分、梨央がなんとかしてくれてると思うけど。薄情者だけど。
「明日、不動産来るの何時?」
「んーとね、明日の10時には来ると思う。で、話自体は1時間もかかんないみたい。で、そのあとに知り合いの引っ越し業者に荷物をいろんなところに運んでもらって、いるものだけもって時村の家に行くつもりしてる」
私、今日徹夜とかして遊んでる場合じゃないんじゃない?まだ準備、終わってないよね?え、やばいフラグ立ってるんじゃないの?
「俺も手伝うよ。とりあえず10時前に雪瀬んち行くし」
「え、いいの?じゃあお願いする」
そんなことを話していると、すぐに駅についた。まぁわかりきっていたけど、もうみんなの姿はなくてカラオケルームにすでにいっているみたいだった。美弥からラインがきていて、わざわざ部屋の番号まで書かれていた。しかもおまけと言わんばかりに「時村とのこと、そろそろちゃんとしないとかわいそうだよー」と送られてきていて、即行で携帯を鞄の中にしまった。
‥言われなくてもわかってるってば!
「どした?」
「んや、なんでも。部屋、205だって」
「おっけ」
時村に手をひかれてカラオケルームに入る。店員さんを無視して奥にすすんで205と書かれた扉を探す。時村が部屋を見つけて、部屋まで連れて行ってくれて、扉を開けると、ついさっきまで一緒にいたいつメンがすでに熱唱していた。
「楽しかったー!」
がらがらの声を出しながら、もうじき明けるだろう空に向かって言った。といってもまだお開きではないらしく、みんなは2次会だーとか言って、独り暮らしを始めた旬の家に流れ込んでいった。私はというと、明日に用事があるからと言って2次会には参加せず、時村と一緒に帰路についていた。
「みんな元気だねー。だてに若くないね」
「同い年だろうがよ」
「そうだけどさ。私行けないよー」
けらけら笑いながら言って時村を見る、時村は同じように私に笑いかけるけれど、それはどこか寂しそうで、ふいにカラオケの前に届いていた美弥からの言葉を思い出す。
‥やっぱり、そろそろいろいろと白黒はっきりした方がいいのかもしれない。
「ね、時村」
群青色の空を見上げながら時村を呼んだ。なにも返ってはこないけど、私はとりあえず言葉を続ける。
「私ね、やっと気づいたことがあるんだよね」
「私ね、……あんたが好きみたい」
「え、」
あんなに口にしたくなかった言葉は、言ってしまえば案外簡単に言葉にしていた。豆鉄砲を食らったような顔をしている時村は私をじっと見つめる。そんなに驚くことでもないじゃん。
「それ、マジで言ってる?」
「嘘だと思う?」
「雪瀬ならやりかねない」
それってどういう意味よ。私、そこまで性格悪くないし。
ぷぅっとほほを膨らませると、時村は見るからに嬉しそうな顔をして笑顔を向けた。‥なんつー顔するんだか。こっちが照れちゃうじゃん。
「やべぇ、すっげぇ嬉しい」
思い余ってか私を抱きしめた時村に視界をいっぱいにされた私は、クスッと笑うしかなかった。こんなに喜ぶ時村を見るのは初めてかもしれない。
「だから、‥これからもよろしくね」
「こちらこそ、」
見えた時村の顏はそっと私に近づいて、唇に少し冷たい時村の唇が触れた。本当に触れるだけのキスだった。また強く抱きしめられて、私はただその温もりを感じていた。
「これからが楽しみだなー」
手をつないで帰っている途中、そんなことを時村が言った。それは一体どう意味なのか、いろんな意味にとれるから怖い。なにも聞かずにいるとニヒルな笑みを浮かべた時村が私を見ていた。
「なに、」
「べっつにー」
こいつ、絶対やらしいこと考えてる。本当に男って。
それでも好きだって思うし、同じようにこれから楽しみだと思った。きっとこの先もずっと、隣にはこいつがいるんだと思う。ずっと、ずっと、私の隣には君が、君の隣には私が。




