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君の隣を先約します。  作者: ゆきうさぎ
<第2章>
7/83

好きな花は桜ですが、なにか(2)

「あー、怠い」


朝のことがあってから、休み時間ごとに友達がさっきのはなんだ、相馬とはどういった関係なんだ、時村とはどういった関係なんだ、と質問攻めにあっているのだ。相馬との関係を聞かれたって、今日が初対面だとしか言いようがないし、時村との関係を聞かれたって、この前工藤に一緒に怒られただけだとしか言いようがない。たったそれだけのことなのに、三角関係だとか、どっちを選ぶんだとか、みんなおんなじことを言うんだ。厄介なことこの上ない。こんなにも授業が終わってほしくないと思ったことはない。


「じゃあ今日はここまでな」


高坂先生は現代文の教科書を閉じて生徒たちが座る座席を見渡した。目をそらしたつもりだったけど、一瞬だけ目があった気がして、もう一度確かめるように先生を見るよと、とても教師とは思えない悪い笑みを私に向けていた。


「雪瀬、お前この時間が終わったら俺と一緒に職員室に来い」

「いやで「拒否権はねぇ」

「‥はい、」


なんで私だけ、という反発もあったが、休み時間の状況が状況なだけに正直ほっとした。職員室に行けばみんなに囲まれないで済む。私は机に出ていた教科書とノート、筆箱をしまうと、チャイムが鳴ったと同時に先生の後ろをついて行った。職員室に通され、先生のデスクまでつくと、先生に座れと椅子を出された。言われるままに座って、しばらく黙っていると、先生はこの前と同じようにネクタイを少しだけゆるめた。


「お前、朝から大変だったらしいな。というか、休み時間もか」

「え、なんで知ってんの」

「凛久から聞いた。聞いたっていうか3限目が始まる前にメールが来て知った。俺の教室が人で溢れかえってるって言われた」


ああ、そういうつながり。なんとなく納得した。


「で、とりあえずお前を職員室に連れてきたってわけだ。俺の従兄弟に感謝しろよー?あいつが連絡くれて俺が連れ出さなかったらお前またもみくちゃされてたんだから」


感謝しろというが、半分くらいは時村が絡んできているため、そんなに素直に感謝はできそうにない。


「にしても、あの相馬まで惚れさせるとはなー。よ、悪女!」

「ほざけ」

「お前なー。もう少しその口悪いの何とかしろよ。せっかくの男前な顔が台無しじゃねぇか」

「先生に言われたくない」

「ほう、言うねぇ」


なにが言うねぇ、だ。先生だってたいがい口悪いじゃねぇか。そのワイルドさが生徒に人気なのも知ってるんだぞ。


「でもお前、相馬と接点なんてあったのか?3年間ともクラス違ったのに意外な」

「や、ないよ。私、あいつのこと初めて見たもん」

「違うだろ。初めて見たんじゃなくて、初めて認識した、だろ。お前は人に興味がなさすぎる。もう少し周りを見ろって。お前に惚れてるやつなんてたーくさんいるぞ」


いや、いらねぇし。


「だから可愛くねいんだって。ほんと雪瀬って無愛想だよな。つれないし」

「無愛想で結構。私は誰にでもへらへらしてついていくのは嫌なの」


言ってから気が付いた。

私は今、誰のことを思ってそう言った?誰のことを考えながら今の言葉を言った?誰に、と言っているのに、頭に出てくるのは同じ人ばかりで。今朝に見たあの壊れ物のような笑顔が浮かび上がってくる。

‥そう、私が言っているのはきっと、私の姉貴。


「雪瀬?」

「‥ごめん、なんでもない。じゃあ私もう教室もどるね。そろそろチャイム鳴るみたいだし」


私は先生が引き止めるのも聞かずに職員室から出て行った。向かったのは、どこなのだろう。教室には戻りたくなくて。保健室にも行きたくなくて。でもほかに行くあてもなくて。気が付けば私は静まり返っている体育館に来ていた。少し古びた体育館独特のにおいが鼻をかすめる。むしっとした暑さとじめっとした暑さが入り混じった体育館を私はゆっくりと歩き出す。遠くの方でチャイムの音が聞こえた。4限目はなんの授業だっただろうか。思い出せずに私はただ体育館の中を進んだ。


「あ、」


見渡した時、ふと目に入ったのは隅っこに転がっていたバスケットボールだった。それを手にしてみると、懐かしい感覚がよみがえってくる。ボールが弾む音、シューズが床を走る音、みんなの声援、ネットにあたるボールの掠れる音。気が付けば、私は拾ったそのボールをリングに投げていた。パサリという気持ちのいい音が耳に届いた。ボールは床の上を跳ねながらゆっくりその長さを縮めていく。この瞬間が大好きだった。忘れられない日々であり、戻ることのできない日々だとわかりながら、まるであの日に戻ったように私は無心でボールをリングに投げ続けた。


「はぁ、はぁ、」


気が付けば体は汗だくで、私は肩で息をするほどまで打ち続けていた。体育館にかかる時計を見れば12時前で、あと10分で昼休みになる時間だった。結局1時間サボってしまった。仕方ないと自分の中で正当化して、風当たりのいい日陰へと移動する。外も変わらない暑さだったけど、心地よい風が吹いている分、中よりは断然よかった。汗がひくまでここにいよう、そう考えたとき、校内に4限目を終えるチャイムが鳴った。

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