好きな花は桜ですが、なにか(1)
ジリリリリリリ------
けたたましい目覚まし時計の音に目が覚めて体を起こす。首筋には汗が流れていた。嫌な夢を見たのか、覚えていないけど、鏡を見た自分の目尻には泣いた痕が残っていた。
「まぁいいや、」
それだけ言って汗を流すためにシャワーを浴びる。すっきりしたところでシャワーを止めて脱衣所に移動する。もう一度見た自分の顏には、泣いた痕は残っていなくて、いつもの自分の顏が映っていた。籠の中に置いておいた制服を着て髪の毛を乾かして化粧をする。高校3年間で身に付けた化粧はだんだんうまくなり、今ではいかに時間を短縮するかに命を懸けているといったところだった。
「さて、」
と、キッチンに向かおうとしたとき、玄関から鍵が開く音がして、誰かの帰りを私に知らせた。この家の扉を開けることができるのは、私と姉貴の2人だけだ。ということは、扉を開けたのは姉貴だということ。
「‥しばらく帰ってこないんじゃなかったの」
自分でも意外なくらい冷めた口調で言い放ってしまった。姉貴はその辺のアイドルよりもきれいな顔を私に向けて「ちょっとね」と言葉を濁して自分の部屋に入っていってしまった。そんな姉貴の後姿を見ながら、私はなにも言わずに朝食の準備を始める。きっと私が学校から帰ってきたら姉貴の姿はないんだろうと考えながら、朝食を2人分作るかどうか悩む。いつもどうしようか迷って作ってしまうのだ。そして今回も姉貴の分も作ってしまった。でも、わかっている。この朝食が帰ってきてもここに残っていることを。それでも作ってしまう私は、姉貴のことが好きなのだろうかと考えてしまうのもいつものことだ。
「もう学校行こう」
いつもより少し早いが、早めに学校に行っても別に支障はない。私は学校へ向かった。
「はぁ、」
学校まで直線距離80メートル。前にある校門を見た私の目がとらえたのは、校門の影に隠れる追いかけ集団。いい加減やめてほしい。
「ため息ついたって数は減らねぇぜ?」
後ろから声が聞こえてきて振り向けば、この前の一件から話すようになった時村が怠そうに立っていた。
「そう言ったって、ねぇ」
とは言ってみたものの、ここにいつまでもいるわけにもいかず、私は足を学校に向ける。1歩がこんなにも重たいのはいつものことで、あと少しの辛抱だと思ってみるけれど、それでも嫌なものは嫌なのだから仕方ない。
「直、」
校門に入ってすぐ。いつもなら追いかけてくる女の子たちが来ないからどうしたのかと思っていたら、私の前に見たことのない男が立っていた。ネクタイが時村と同じ青色なところを見ると、どうやら学年は私と同じ3年生らしい。でも、見たことない。や、あるんだろうけど私が知らないだけ。
「やだ、あれ、相馬さんじゃない?かっこいいー!」
「じゃああの噂って本当だったんだ。相馬さんが雪瀬さんのこと好きだってやつ!あ、でも名前で呼んでたし、もしかして2人ってもう、」
ちょ、そういう妄想はよくない。切実にやめてほしい。私、こんな王子様みたいな男の子知らない。そして私の前からどいてほしい。校舎に入れないじゃん。チャイム鳴ったらどうすんの。
「何の用?」
私は用件を催促すると、相馬と呼ばれた男は王子様スマイルを私に向けた。一瞬相馬の周りに花が咲いたような気がしたが、私の背中にはゾワゾワっと何かが走った。顏が引きつってしまったのは仕方ない。
「相変わらずつれないね、直は。せっかく僕が会いに来てあげたのに」
なんつー上から目線。お前は私のなんだ。いったいどこのポジションにいるつもりだ。
「毎月5日に僕が君にプロポーズしているのに、直ってば気にもとめないんだもん」
もん、なんて言葉を男が使うんじゃねぇ、気色悪い。男で使っていいのは、私の後ろにいる犯罪級な可愛さをしてるこの美少女だけだ。
「毎月って‥!お前か!毎月毎月私の下駄箱にバラの花を3本も置いてくばかは!」
あれは拷問だぞ!あれがあった日から1週間はバラのにおいが下駄箱からも靴からもとれないんだからな!
「ばかってひどいなぁ。バラなんて美しい花は君にしか似合わないだろう」
ふっざけんな!あんなにおいのくさい花が似合ってたまるか!
「3本っていうのも意味があるんだよ」
「知るかぁぁぁ!」
「あれは愛していますって意味なんだよ」
「そんなロマンチックでメルヘンなもん求めてねぇぇぇぇ!」
「じゃあ3本はやめて11本にするよ。11本は最愛って意味なんだ」
「ちがぁぁぁぁうっ!」
だいたい!、
「バラは嫌いなんだよ!」
あれはいじめだぞ!拷問だぞ!鼻、もげそうになるんだからな!
「え!あんなに愛を伝えてくる花なのに‥。じゃあ、次からはチューリップにするよ」
「花から離れろぉぉぉぉっ!」
どこのおとぎ話に、下駄箱に花を置く話がある!?お前はどこのファンタジスタだ!?
「そう怒んなって」
そう言って私の肩をポンポンと優しくたたいたのは、いたずらっ子みたいな無邪気な笑顔をした時村だった。
「「「萌えぇぇぇぇぇーー!!!」」」
「るせぇ!」
「照れてる!「「「萌えぇぇぇぇ!!!」」」」
なんつー言語変換能力。時村のあの言葉をツンデレの照れに変換させるとは…どんだけボジティブなんだ、こいつら。
「まぁそんな怒んなって」
さっき時村に言われた言葉と同じ言葉を時村に言ってやれば、きっと睨まれてしまった。でも顔が可愛いせいでどんだけ睨まれても凄味が半減してしまうのは仕方ないこと。
「直、」
「名前で呼ぶな、虫酸が走る」
「辛辣だな、雪瀬は」
「うるさい、黙れ」
今日の私は最高に不機嫌なの!
「直、」
「名前で呼ぶな。だいたい、私あんたと知り合いでもなんでもないし。勝手に呼び捨てにしないでよ」
なにが気に食わないってそれよ。なんで勝手に呼び捨てにされなきゃならないのよ。変に上から目線だし。
私は疲れて授業を受ける気にもならなかったが、ここまで来てしまったんだからと思って校舎に向かうことにした。
「‥いったいどの花なら喜んでくれるんだ、」
ってそこかぁ!




