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君の隣を先約します。  作者: ゆきうさぎ
<第1章>
5/83

お見合いですか、いいえ、説教です(5)

「終わったー!」


疲れた目を閉じて首をコキコキ言わすと、隣から視線を感じた。なんだと思って見れば、怪訝そうな目で私を見る時村と目があった。


「兄貴呼んできて」


なんで、と思ったが、私が終わるのを待っていてくれたのを知っているから、私はしぶしぶ席から立ち上がり職員室へと向かった。職員室に入って一番初めに目に入った真正面にある時計はすでに7時を回っていて、長時間労働をしていたのだと感じさせられた。


「あ、高坂先生います?」


たまたま職員室から出ていこうとした先生を呼び止めて声をかければ、気前よく高坂先生のデスクまで案内してくれた。私の姿を見た高坂先生は普段は見ないメガネ姿で仕事をしていた。


「お、終わったか」


先生は私を案内してくれた先生に礼を言うと、私を近くまで手招きした。なんだろうと思って近づくと先生は「はい」と言って分厚い紙の束を渡した。


「は?なにこれ」

「なにって、次の仕事」


いやいやいや、なに言ってるんですかこの先生は。


「誰もあれで終わりだなんて言ってないだろ。ほら、とっとと戻らねぇと凛久が帰っちまうぞ」

「げ、」


私は急いで元いた部屋に戻った。だけどそこにはさっきまでいたあいつの姿はなくて、私の荷物だけが残っていた。

…やられた。

あの野郎、と罵ってみたが、そうしたところで作業は進まないから、私は耳にイヤホンをさして音楽を聴きながらパソコン入力をすることにした。


「みんなこんな点数とってるんだ」


初めて見るみんなの点数に驚きながら、入力作業を進めていく。音楽を聴いていたせいか、作業ははかどっていて、思いの外入力作業は早く終わった、といっても、もう時計は8時半を回っていて、帰宅してないと先生に見つかったら怒られる時間帯ではあった。おもむろに見た携帯には、メールが届いていて、それは姉貴からだった。しばらく家には帰れないとのこと。そんなメールにまたか、と一言呟いて「わかった」とだけ返信をしておいた。姉貴が家に帰ってこないことはよくある。むしろ、家に連日で帰ってくることのほうが珍しい。いったいいつからこうなったのかと言われれば困るけど、きっと親がどこかへ行った頃から、私たち姉妹の歯車は狂いだしたのだと思う。会いたいようで会いたくない姉貴のメールを消して、私は携帯を鞄にしまった。


「‥なんだ雪瀬、まだいたのか」

「仕事押し付けといてどの口がほざいてんだよ」


なんか今すっごく殴りたくなったんだけど。


「ハハ、冗談だってば。最後までしてくれたんだな」


そう言ってそばまできた先生は、私のとなり、さっきまで時村が座っていた席に座って、机の上に缶コーヒーを差し出した。


「あ、コーヒーだめだったか?」

「子ども扱いしないでよ。コーヒーくらい飲める」


私は置かれたコーヒーを開けてくいと一口飲む。ほろ苦いコーヒー独特の味が口いっぱいに広がる。この甘くも苦い味がたまらなく好きなんだ。


「(‥こいつコーヒー飲むときっていつも幸せそうだよな)」

「なに?」

「いや、」


いやって絶対なにか思ってたじゃん。


「あ、ありがと、これ」

「別にそれぐらいいいよ(あ、今の照れた感じ可愛いかも、)」


先生は困ったように笑って、私の頭を優しくなでてくれた。子ども扱いされてる感じがするし、背が高い分誰かに頭を撫でられるなんて経験がないのに、すごく心地がよくて、もっとというふうに先生の手に頭を押してしまった。それに先生の苦笑まじりの笑い声が聞こえてきた。


「(なんだかんだいって、こいつ可愛いじゃん、)」

「あ、先生終わったよ、これ」

「ん?あ、ああ、サンキュ」


なんだか歯切れの悪い受け答えに先生を見上げれば、先生はまた困ったような笑顔をしてみせた。


「‥先生?」

「もう遅いから雪瀬も帰れよ。親御さんも心配してるだろうし」


親御さん、先生はごく当たり前のことを言ったんだと思うんだ。こんな時間まで娘が帰ってこなかったら心配するだろうって。だけど、私にはやっぱりその言葉はつらい。


「‥ん、そうだね。じゃあ私もう帰るね。コーヒーごちそうさま」


私は荷物を背負うと先生に手を振って部屋を出ていく。校門まで来たとき、ちらりと進路指導室を見上げてみれば、すでに明かりは消えていた。


「先生のばか、」


思わずつぶやいてしまった言葉は、誰にも拾われることはなく足元に落ちていく。私は先生にもらった缶コーヒーを飲みほしてコンビニに捨てて家まで帰った。

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