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無言の宇宙船から来たポンコツ美少女、地球のB級グルメで買収される 〜俺だけが知る人類採点阻止ミッション〜  作者: tky@複数作品連載中


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最終話:調査完了と、最後のコンビニスイーツ

そして、一週間が過ぎた。


月の横に真っ黒な宇宙船が現れてから、今日でちょうど一年になる。


「えー、皆に残念なお知らせがある。今日をもって、うちの班の星野ノアくんが青森の実家の都合で退職し、さらにメインスポンサーの黒崎さんも、海外の本社へ栄転されることになった!」


金曜日の夕方。


テレビ局の屋上で開かれたささやかな送別会で、鬼塚部長がしんみりとした声で挨拶をした。


物流の麻痺が続いているため、テーブルの上に並んでいるのは、備蓄倉庫から引っ張り出してきた乾き物のスナック菓子と、ぬるいペットボトルのお茶だけだ。


「ノアちゃーん! 寂しくなるよぉ……! 青森に帰っても、絶対に連絡してね!」


葵が目を真っ赤にして、ノアに抱きついて泣きじゃくっている。


「うう……アオイ先輩、ありがとうございます……。私も、アオイ先輩と一緒にお仕事ができて、とっても楽しかったです……!」


ノアも本気で涙ぐみながら、葵の背中をトントンと叩いている。


その横では、黒崎レイナが腕を組み、相変わらずズレたクールさで別れの言葉を述べていた。


「ふん、短い間だったけれど、あなたたちの『社畜』っぷり、悪くなかったわよ。海外の本社に戻っても、あなたたちのことは『草葉の陰』から見守ってあげるわ」


『それ、自分が死んでる時の言葉だよ……!』


俺は心の中でツッコみつつも、笑うことができなかった。


周囲の社員たちは「青森と海外へ行く」と信じ込んでいるが、俺だけは知っている。


あと三十分もすれば、この二人は母船へと帰還し――そして、自滅しかけているこの地球には『害虫駆除(更地化)』の最終決定が下されるのだ。


「あれっ、部長! 紙コップが足りませんよ! 私、下の給湯室から取ってきます!」


「おう、じゃあ俺も倉庫にまだ缶ビールが残ってないか探してくるか! 皆、ちょっと待ってろ!」


葵と部長、そして他のスタッフたちが、ドタバタと屋上の階段を降りていく。


夕暮れの屋上に残されたのは、俺とノア、そしてレイナの三人だけになった。


ヒューッ、と冷たい風が吹き抜ける。


レイナがスッと表情を消し、屋上のフェンスの向こうを見つめながら、ノアにだけ聞こえる声で呟いた。


「(……ノア。あと十分で、上空の雲の中に回収ポッドが降りてくるわ。私は先に非常階段の踊り場で転送座標をセットしてくるから、遅れないように来なさい)」


「(……はい、レイナ監査官)」


コツ、コツ、とレイナのヒールの音が遠ざかり、屋上には俺とノアの二人だけが残された。


ノアがゆっくりとこちらを向き、寂しそうに、でもどこか申し訳なさそうに微笑んだ。


「……佐伯さん。これまでずっと、私の秘密を守ってくださって、本当にありがとうございました」


「ノア……」


「本当は、もっとたくさん地球の美味しいものを調査したかったです。でも……地球の皆さんが自分たちでお店やトラックを止めちゃったから、もう『保護すべき文化が機能している』って、母船のコンピューターに証明できなくなっちゃいました」


ノアが自分のバッグから「黒い石板」を取り出す。


そこには、【最終スコア:38点(インフラ停止により減点)――帰還後、更地化プログラムに移行】という非情な文字が浮かんでいた。


「――いや、まだ終わっちゃいないぜ、ノア」


俺は、足元の物陰に隠しておいた『大型の保温バッグ』をテーブルの上にドンと置いた。


「え……? 佐伯さん、それは……?」


するとそこへ、屋上の扉が勢いよく開き、エプロン姿の葵と、その後ろから様子を窺うようにレイナが戻ってきたのだ。


「お待たせしましたー! お店に売ってないなら、自分たちで作っちゃえばいいじゃないですか!」


葵が満面の笑みで、保温バッグのファスナーを全開にした。


瞬間――夕暮れの屋上に、ニンニクと醤油の香ばしい匂いと、甘いバニラの香りがブワッと広がった。


「「あっ……!?」」


ノアとレイナの瞳が、同時にカッと見開かれた。


バッグの中から出てきたのは、山盛りの『揚げたて特製からあげ』が詰まった重箱と、少し形は不格好だが黄金色に輝く『手作り・濃厚窯出し風プリン』の器だった。


「か、カラアゲと、プリン……!? で、でも物流が止まって、どこにも売っていなかったはずでは!?」


驚くノアに、俺はニヤリと笑って胸を張った。


「唐揚げはな、最初に三人で行った居酒屋の大将に頭を下げて、店の冷凍庫に残ってた最後の鶏肉を分けてもらって揚げてきたんだ! そしてこのプリンは――今朝から葵と一緒に、会社の給湯室のオーブンレンジで何度も失敗しながら手作りした『特製品』だぜ!」


「そうなんです! ノアちゃんと黒崎さんがいなくなっちゃうのに、乾き物のお菓子だけで送り出すなんて絶対に嫌だったから……先輩と二人で、一生懸命作ったんですよ!」


葵が照れくさそうに笑って、二人にお箸とスプーンを手渡す。


「さあ、冷めないうちに食ってみてくれ! 流通が止まろうが、誰かがストライキしようが、俺たち人間はこうやって自分の手で美味いもんを作って、大切な仲間に振る舞うことができるんだ!」


ノアとレイナは、震える手で唐揚げを一つ頬張り、続けて手作りプリンを一口すくって口へと運んだ。


「「…………っ!!」」


二人の美しい頬が、夕日に照らされたように真っ赤に染まった。


「(な、なんてことなの、ノア……! 市販品のような均一な造形ではないのに、作り手の『熱量』と『ホスピタリティ』が味覚センサーを直接揺さぶってくるわ……! こ、これがネットのまとめサイトで見た『尊い』……あるいは『バブみを感じる』という現象なのね……!?)」


『後半の用語は絶対違うけど、とにかく感動してるのは分かった!!』


すると、すぐ横で葵のスマホがピロリンと鳴った。


「あっ! 先輩、ニュース速報です! 『食糧不足にブチ切れた一般市民の抗議を受け、恭順派と抗戦派がストライキとボイコットの一時休止に合意!』ですって!」


「おおっ! じゃあ、すぐにコンビニの物流も元通りになるのか!?」


俺が身を乗り出すと、葵はスマホの画面をスクロールしながら、みるみるうちに渋い顔になった。


「……いえ、それが。『ただし、平時から多重下請けによる中抜きや非効率な商慣習、慢性的なドライバー不足で限界を迎えていた物流網が今回の騒動で完全に崩壊したため、不正の排除とサプライチェーンの抜本的な再編には、最低でも二〜三年を要する見込み』……って書いてあります」


「に、二〜三年!? そんなにすぐにはコンビニに商品は並ばないってことかよ!?」


「まあ、普段から無理やり回してたシステムを自分たちでぶっ壊しちゃったんですから、当然といえば当然ですよね……」


葵がため息をつく。


つまり、社会インフラがすぐには復旧しない以上、母船のメインコンピューターによる自動判定が覆ることはない。


俺が絶望しかけた、その時だった。


「(……な、なんですって!?)」


手作りプリンを頬張っていたレイナが、ガタッと音を立てて震え出した。


「(ノア! 今のニュースを聞いたかしら!? 地球のコンビニの物流が再編されて、私が予約していた『秋の新作モンブラン』や『限定ロールケーキ』が再び店舗に並ぶまで、あと三年もかかるというの!?)」


「(あわわ……! レ、レイナ監査官、でも今から地球を更地にしちゃったら、三年後どころか永遠に食べられなくなっちゃいますよ!?)」


レイナはギリギリと美しい奥歯を噛み締めたかと思うと、懐から「黒い石板」を取り出し、凄まじい勢いで画面をタップし始めた。


「(ふざけないで! 私がこの『手作りプリン』に匹敵する新作スイーツを見届けずに帰還するわけないでしょう! ……こうなったら、地球の政治家から学んだ最終奥義『忖度(そんたく)』と『大人の事情』を発動するわ!)」


ピピピピッ! とレイナが上級監査官の権限コードを強引に入力する。


【警告:メインコンピューターの自動判定に介入しています。理由を入力してください】


「(理由は決まっているわ! 『現在、地球人類は旧来の無駄と不正に満ちた物流システムを自ら破壊し、約三年をかけた抜本的なサプライチェーン改革という、極めて高度な社会実験へと移行した。また、インフラ停止下における「手作り料理」という未知の文化コードが発見されたため、物流が完全復活するまでの最低三年間、更地化プログラムを凍結とする』……よし、承認完了よ!)」


ピロリン♪


石板の赤い警告表示が消え、【判定保留(最低3年間の経過観察)】という緑色の文字へと書き換わった。


『……う、嘘だろ!? 物流がポンコツすぎて復活に何年もかかるせいで、逆に地球の寿命が延びたぞ!?』


俺が呆気に取られていると、ノアは涙の粒をポロポロとこぼしながら、俺にだけ聞こえる小さな声で囁いた。


「……佐伯さん。人類は、私たちが何も言っていないのに勝手に疑心暗鬼になって物流まで壊しちゃう、本当に愚かで面倒くさい生き物でした」


ノアは、今までで一番綺麗な、本物の笑顔を浮かべた。


「……でも、佐伯さんとアオイ先輩、それとこの手作りプリンと唐揚げだけは、100点満点でしたよ!」


こうして、美しき二人の侵略者(調査員)は、一旦報告のために俺たちの前から静かに去っていったのだった。


***


――それから、一週間後の月曜日。


月の横の『黒い立方体』は相変わらず空に居座ったままであり、街のコンビニも、まだ水や乾パンがようやく並び始めた程度で、スイーツ棚は空っぽのままだった。


物流業界では、これまで放置されていた多重下請けの是正や中抜き業者の排除を巡って、連日テンヤワンヤの大騒ぎが続いている。


「……結局、すぐには元の便利な生活には戻りませんでしたね。ノアちゃんと黒崎さんも、今頃どうしてるんでしょう」


デスクで俺と並んでインスタントのコーヒーを飲みながら、葵がしんみりと呟く。


「そうだな。でもまあ、あいつらが残してくれたこの猶予期間で、俺たち人間も少しはマシな社会に作り直していかないと――」


俺がちょっとカッコつけて、葵の肩に手を置こうとした、まさにその瞬間だった。


バンッ!!


制作フロアの扉が勢いよく開き、満面の笑みを浮かべた鬼塚部長が怒鳴り声を上げた。


「おーい、佐伯班! 喜べ、ビッグニュースだぞ!」


「えっ?」


「なんと、青森の実家に帰ったはずの星野ノアくんが『やっぱり東京のご飯が恋しい』と言って、今日からうちに復職してくれることになったぞ! さらに、海外本社へ行ったはずの黒崎さんも、本社の辞令を蹴飛ばして日本支社に居座るそうだ!」


『『……はあぁぁぁ!?』』


呆然とする俺たちの前に、コツコツとヒールの音を響かせて現れたのは――。


見慣れたAD姿の美少女・星野ノアと、高級スーツにサングラス姿の黒崎レイナの二人だった。


「ち、地球の皆さん、おはようございます! コンビニの物流が復活するまで三年も待てないので、それまでは街の個人店と、佐伯さんたちの『手作り料理』を毎日調査しに戻ってきました!」


「ふふ、お久しぶりね、佐伯ディレクター。それと私、地球のスイーツ物流を一日でも早く再建するために、スポンサーとして日本の運送業界に巣食う『中抜き業者』や『既得権益』どもを監査し、片っ端から『焼き土下座』をさせて回ることにしたわ!」


「わあーっ! ノアちゃん、黒崎さん、おかえりなさーい!!」


大喜びで二人に抱きつきにいく葵。


そしてノアは、葵の肩越しに俺と目を合わせると、いたずらっぽく笑ってピースサインを向けてきた。


「(さあ佐伯さん、コンビニが元に戻るまでの三年間、毎日『二人だけの秘密のグルメ調査』をよろしくお願いしますね!)」


それを見た葵が、瞬時に笑顔を氷点下に変えて「……先輩? 今、なんでノアちゃんとアイコンタクトしたんですか?」とジト目でこちらを振り返る。


俺はデスクの引き出しを開け、新しく買っておいた徳用サイズの胃薬のシートを取り出すと、天を仰いで叫んだ。


『……お前ら、地球のご飯が気に入りすぎだろォォォォッ!!』


空には無言の宇宙船、地上には前途多難な物流再編、そして俺の隣には、騒がしくて愛おしい日常がまだまだ続いていくのだった。

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