ダゲレオタイプ、あるブルジョワジー夫妻の奇妙な真実 その6~歴史の必然に思いをはせる~
レオポルトが首を横に振り
「この建物を見てみろ!
これはおそらく今建設中の国会議事堂だっ!
このギリシャ彫刻には見覚えがあるだろ?
現在この建物はまだ建設中だが、この写真ではすでに建物全体が完成している。
つまりこの写真は未来の風景を写している。
それに君も言っていたように、現在の技術である鶏卵紙写真ではこのくっきりとした黒と白の色は出ない。」
アロイスは写真を見つめ、呆然として
「その通りだ!
じゃ、まさか、本当に私たちの息子が・・・・未来からやってきた・・・・!?
どうやって?
君が・・・魔法鏡を使って呼び出したのか?
君が持っているあの鏡!
あれで何か、神秘的な儀式をした、とか?」
魂が抜けたような表情で、焦点が合わない目でエスターを見つめ問いかける。
今度はエスターがアロイスをなだめるようなほほ笑みを浮かべ
「あれは魔法鏡なんかじゃないわっ!
銀板写真(*1)に使う銀メッキした銅板よ!
ヨウ素蒸気にさらしてヨウ化銀にする前のね!
幼い頃から写真の技術に興味があって、両親にねだって銀板を手に入れてもらったの!
今は紙に写せる時代になったけど、思い出だから捨てられないの!
ペーターの写真は銀塩印画紙写真という未来の技術らしいの!」
アロイスは正気に戻ったように目に光が宿り
「そうかっ!そういうことかっ!
たしかに君の幼いころの銀板写真は部屋に飾ってあったね!」
エスターは寂しそうに上目遣いでアロイスを見つめ
「あなたは私が非科学的な神秘主義や魔法や超自然主義に傾倒してると思い込んでるようだけど、それは育った環境のせいよ!
『女は音楽と語学だけを学べば十分だ。自然科学や法律を学ぶ必要はない。こざかしい女は夫に嫌われる。』
と大人たちに言われて育ったんだもの!
でも私は写真の仕組みに興味があったの!
いつか自分で写真を撮影して現像できるようになりたかったの!」
アロイスがハッとしてまた不安な表情に戻り
「私たちの息子・・・・!
そうか・・・・!
でも彼はなぜ、母親が転落事故に遭わないよう忠告しなかったんだ?
未然に防げたのに君を危険にさらすなんて!」
エスターがアロイスの手を取り、両手で包み込んで握りしめ、じっと目を見つめ
「ペーターはこの事故のおかげて、絆が深まり自分が生まれたことを両親から聞いて育ったんですって!
この転落事故がなければ私たちは離婚してたかもしれない!っていつも言われてたんですって!」
アロイスが納得したようにうなずき
「そうか・・・・!確かにそうかもしれない。
すまなかった。
こんなことになるまで気づかなかった。
君を失うことがこんなにも怖いことだなんて、想像もできなかった!」
もう一度エスターを胸にかき寄せ、ギュッと抱きしめた。
無言で抱きしめ合い感動に浸る時間が続くので、退屈になったフランツとレオポルトはそっと部屋を抜け出した。
広大な草原・グラシには、足場が組まれた建築中の建物が次々と立ち並んでいる。
大勢の建築作業員が木材や石や煉瓦を運んだり、漆喰をかき混ぜたり、足場に登り煉瓦を積んだり忙しそうにしている。
それを横目に見ながら、暑さで陽炎が立ち上りそうな石畳の路を二人の青年は旧市街へ向かって歩いた。
レオポルトは煩わしそうに杖の半ばを握りしめ端をユラユラさせながら
「転落事故の目撃者たちのように、同じ場面を見ても人は異なる記憶をしている。
そういう意味では正確に場面を写す写真は、その時間に起きた出来事の客観的な証拠になりうるな。」
手袋を脱ぎトップハットの中に詰め込んで手に持ち、さらにフロックコートを脱いで腕にかけ、暑さをしのぐフランツが
「そういえば結局、転落事故の原因は?
パン!という銃声は何だったんだ?」
レオポルトは杖で帽子を持ち上げ、蒸れた髪に風を通した。
「おそらく夫人の小間使いのように、白い石か何かに集中してうつむいて歩き、周りが見えなくなった散歩中の紳士が夫人にぶつかった拍子に転落した事故だろう。
銃声は集まって遊んでいた子供たちが鳴らした爆竹だ。」
フランツがシャツの胸元をつまんでパタパタと中に風を入れながら
「なるほど。」
呟くと、レオポルトは
「カメラのように人も、それぞれ異なる焦点や解像度を持つ。
物事のどこに焦点をあてるかや、どれくらい明確にしようとするかの解像度は、意気投合し心から愛し合う夫婦ですら違う。
どちらが正しくどちらが間違ってるか、どちらが上等でどちらが下等か、なんて決めることなど到底誰にもできないな。」
ポツリと呟いた。
(*1:ダゲレオタイプ(仏: daguerréotype)とは、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールにより発明され、1839年8月19日にフランス学士院で発表された世界初の実用的写真撮影法であり、湿板写真技法が確立するまでの間、最も普及した写真技法。銀メッキをした銅板などを感光材料として使うため、日本語では銀板写真とも呼ばれる。)
最後までお読みいただきありがとうございました。
ペーターがどうやって過去にタイムリープしたのか?の謎は残ったままです。
ホントに未来人かどうかも怪しいままですが、そこをクドクド説明する必要はないのかなと思いました。
日常に起こる小さな出来事にすら『運命』を感じ、それを『歴史の必然』と解釈した方が幸せになるなら、積極的にそうしてもいいかな~~~と思う今日この頃です。




