第22話
今からカルが会う相手がどれほどの強い奴か分からない。
ヘーズ夫人の記憶からは、密会の男が魔法を使ったという記憶がないという。命令口調で淡々とヘーズ夫人に指示をした後に金を渡すだけの関係だったようだ。
シナリオを思い出すが、こんな設定はなかった。だが、実際にゲームをしていないせいで、点と点を繋ぐことができていないのかもしれない。
カルが言うには、男は常にフードを被り、顔を隠しているという……ああ、シナリオにリリアンの影として動く男の存在はあった。ただ対象者じゃないことから詳細がない! 貴族の影はそこまで珍しくないから、カルが会う男もどこかの貴族の影かもしれない。
手練れの魔法使いや暗殺者だったら、カルが危ない。
指定された宿の部屋へは、平民に変装した私も別々に向かう予定だ。ディーネが先ほどメイドの一人のクローゼットから拝借してきた平民服に着替える。後でちゃんと返す予定だ。
最終的には妖精の力プレーで押し切ることができるだろうが……やっぱり、危険だからやめたほうがいい? いまさら、ためらう。
(オリビアオリビア! ディーネがカルを守る!)
ディーネがカルを守ると志願する。理由を尋ねれば、カルの匂いが気に入ったという。匂いフェチめ。でも、それなら安心だ……よね?
(小童、失敗したら妖精の恥だぞ)
ダンがディーネを揶揄いながら言う。
(ダン、うるさいわよ! あたしはそんなヘマはしないわよ。ダンだってちゃんとオリビアを守るのよ!)
(オリビアどんは、ワシが守る)
(二人ともありがとう。でも変に力まなくていいから)
(ワシの土魔法は負けないぞ!)
そう言うと、ダンは土魔法を披露する。
瞬きをする間もなく現れた壁とゴーレムの集団が私たちを囲む。
カルがしゃっくりをするように驚く。
「な、なんだよ、急に!」
「あ、ごめん。土の妖精が力を披露してくれただけだから」
ダンがディーネよりも数百年生きているというのは伊達ではない。卓越した土魔法もだだけど、とにかく一瞬でこれだけの魔法が出せるのは人では無理だ。これなら、土に関することだったら本当になんでもできそうだ。
(敵を捕まえるのも朝飯前だぞ)
ダンがそう言いながらカルを拘束する。
「分かったから。カルを開放して頂戴」
私もありがたいことにダンと契約した時から土魔法を使用できるようになっている。
昨日、実は少し練習した。身を守るためにとダンが教えてくれた土魔法を唱える。
「【アースロッド】」
出てきたのは、昨日の練習で出たものより大きな棍棒だった。ブンブンと棍棒を振り回すと息切れをした。
(オリビアどんは魔法の筋が良いぞ!)
(そうかな……そうだといいけど)
(オリビアどんが希望すれば、もっと巨大な棍棒を創れるが……そのひ弱な腕では、今の大きさが限界じゃよ)
棍棒を持つ右手はすでにプルプルし始めている。オリビア、体力最弱問題は今後改善が必要だ。
カルが私の棍棒を持つ手を見ながら言う。
「それ、オリビアの武器か? 大丈夫なのか?」
「鬼に棍棒でしょ?」
「なんのことか分からないが、分かった」
諦め気味にカルが言う。
「じゃあ、行きましょう」
「ああ」
カルとディーネと別れ、宿屋へと向かう。と言っても、場所が分からないので適度な距離を保ちカルを追いかける。外はまだ薄暗いが人の行き交いはある。
私の変装は意外に周りと溶け込んでいる。髪をボサボサ団子にしたかいがあった。手などは荒れていない綺麗なものだけど、その辺は袖の中に隠す。
公爵邸からずいぶんと離れたとある建物の前でカルが止まる。建物は古く、宿の看板の文字も薄れている。先ほどから歩いていて思ったが、この辺りの治安はあまりよくない。
カルが辺りを見渡しながら、スカートの埃を落とし始めた。これは合図だ。ここが指定された宿で間違いない。
カルを通り過ぎ、先に宿へと入る。急いで指定された部屋へ向かおうとすれば知らない男に止められる。
「おいおい。そんな芋みたいな格好でいても客が取れるわけがないだろ。お前、新人か? 困るんだよ」
「す、すみません?」
「はぁ、仕方ねぇな。上に衣装があるからさっさと着替えてこい。芋でも少し肌を見せればいけるだろ。もうすぐ炭鉱帰りの奴らが来る時間だ。早く着替えろ」
ああ、ここってそういう宿なんだね。
ちょうど二階に行きたかったからよかった。しかし、この世界にもこういう店があり、しかも朝から営業しているとは驚きだ。
二階へ上がり、フードの男に指定された部屋に耳を当てる。まだ男は到着していないようだ。中に侵入しようとしたが鍵が掛かっていた。
(ここはワシに任せるのだ)
ダンが土魔法で鍵を生成、ドアを開け古びたクローゼットの中で待機をする。
少しして誰かが入ってくる音がした。クローゼットの隙間から覗けば、カルとフードの男だった。
「誰にもここに来ることを言っていないだろうな」
フードの男から若い青年の声がした……って、あれ、この声は聞き覚えがある。オリビアの記憶ではない《《私》》の記憶だ。誰……誰だった?




