第21話
窓の外を見れば、夜も深まっていた。
カルがソファから腰を上げ、欠伸をする。
「じゃあ、俺はこの体の寝室で寝る」
「そうなの? 別にここで寝ていいのに」
「いや、流石に男女が同じ寝室はダメだろう」
ああ、そんな考えは全く過ぎらなかった。カルは今夜中にヘーズ夫人の部屋の片づけもしたいということだったので、お休みの挨拶をして別れる。
当たり前だが、カルはヘーズ夫人のまま睡眠を取るのだろう。頭ではなんとなく理解できているけど、一体カルはあの身体の中でどうなっているんだろう。不思議だ。
寝る準備をしようとすれば、メイドが食器を回収に来た。
オリビアにこのメイドの記憶はない。新人のようで、きっと他のメイドに私の世話を押し付けられたらしい。
「湯浴みはいかがしますか?」
「お願いするわ」
準備された湯船に浸かりながら、ため息を吐く。やっぱりお風呂は最高だ。久し振りにリラックスできているような気がする……というか、いつもよりずいぶん体調が良い。水の中に潜水したディーネに尋ねる。
「ディーネのおかげなの?」
「ディーネの汁、オリビアの役に立ってる?」
「うん。ありがとう」
目を瞑ろうとすれば、ダンが手の平に大量の泥を乗せた。
「オリビアどん、ワシの泥を顔に塗るんじゃ」
「顔に?」
マッドマスクかな? 今は気分もいいし、ダンの言う通りに顔に泥を塗った。
この泥、凄い。なんだか、顔が揉まれているように気持ちいい。
「ワシの泥はすごいじゃろ」
「うん……二人ともありがとう」
うたた寝を始めると、ドアがノックする音が聞こえた。いや、誰ですか? この時間を邪魔されたくないのだけど。
無視しようと持ったけど、ディーネが確認してきてくれる。
(オリビア~、カルが来てるよ~)
カル? きっと何か急用だろう。
風呂から上がりバスローブを羽織ると、ドアを開けた。
「カル、どうしたの?」
「その顔、どうしたんだ?」
そうだった、ダンの泥をつけたままだった。
「び、美容のための泥よ」
「そ、そうなのか……ともかく誰かに見られる前に中に入れてくれ、毒をくれた奴から接触があった」
「え? 分かった。入って」
顔の泥を洗い流し、カルの話を聞く。
「接触してきたのはこの館で働くメイドだ。あの例の男と会うように指示された場所は、王都にある宿屋だ」
「へぇ。用件は?」
「例の件に関して、とだけ言われた」
礼の件と言えば、毒の話だろう……オリビアと公爵が接触したのが漏れたのか、はたまた婚約破棄の件か露見したのか……? その男に聞けば分かるだろう。
「カルはそいつに会いに行ける? 捕まえていろいろ吐かせようと思うのだけど」
「大丈夫だ」
指示された時間は早朝だという。ヘーズ夫人は誰かに外出の許可をとる必要はない。カルが言うには、それを利用してちょくちょく出掛け先でスパイ活動をしていたらしい。
「今日はここで寝て、明日一緒に向かいましょう」
「いや――」
「別に、あなたのことを襲いはしないわよ」
「そうじゃないが……分かった」
カルが顔を赤らめながら言う。カルの本当の顔だったらキュンとするかもしれないが、私目線ではヘーズ夫人が顔を赤らめているようにしか見えないので微妙な気持ちだ。
「とにかく、今日はもう寝ましょう」
カルの寝場所をソファに確保すると、私もベッドに横になった。
早朝、まだ暗い中で目を開ける……というよりも昨晩は、ほとんど眠れなかった。理由は二つ、騒々しい妖精たちとカルの寝言だ。
(オリビアオリビアオリビア)
(朝から酒盛りじゃー。ウハウハ)
どうやら、妖精は寝ないらしい。
この二人をミュートが出来ないのがつらい。ダンは朝まで酒盛り、ディーネ楽しそうに一晩中笑っていた。彼らのおかげで身体は軽いのだが……ゴリゴリと精神がやられている。夜の騒ぎは別の場所でやってくれるようお願いした。
「カル、起きる時間よ」
ソファに大股を開いて寝ているカルを突く。
「あっ? オリビアか? もう朝か」
「まだ暗いけど、準備をして」
服を着る準備をにもたつくカルを手伝う。昨日、性転換(?)をしたばかりだから戸惑いが多いのだろう。
服のレースを結ぶと、カルが礼を言う。
「助かる」
「これくらい、いつでも。それよりも、身体のほうは馴染んだの?」
「ああ、すっかり馴染んだ」
「もう一度確認するけど、今日は本当に大丈夫なの?」
「ああ、いざとなったらオリビアが守ってくれるんだろ?」
「そうならないように祈りたいね」
女神様からもらった幸運……今日はぜひとも仕事をしてほしい。




