嘘つきラビット
おつかいの荷物を両手に抱えてかもめ荘へ戻ると、焼きたてのパンの香ばしい香りがただよっていた。
「あー、助かった! もう卵が足りなくなってたんだよ。ちょっと待ってて、すぐ出来上がるから」
ソノはそう言って、受け取った荷物を手に厨房へ駆け込んだ。
昨夜はティアのために早く夕食を出してくれたので誰もいなかったが、今は数人の客が座っていた。どうやら家族連れのようだ。
朝食はすぐに出てきた。
焼きたての白パンと厚切りベーコン、みずみずしいフルーツの盛り合わせ、それにふんわりとしたスクランブル・エッグだ。
さっき買ってきた卵かな……と思いながらココを見ると、同じことを考えたらしく嬉しそうにはにかんだ。
「朝ゴハン、いい匂いだったね!」
満面の笑みを浮かべるココの両手は、食料市場で買った乾燥木苺をぎゅっと大事そうに抱えている。
約束どおり、今日は港へと向かう。昨日も歩いた商店街をとおり抜けるが、まだ開店準備中の店が多い。
このあたりは書店が多いらしい。潮風を嫌ってか店先に本は出していないが、窓越しに見える店内にはさまざまな本が並んでいる。
となりの薬屋はもう扉が開け放たれ、中で店員がせっせと薬瓶をみがいていた。
――ドーン!
突然、大きな爆発音が響いた。振り返ると、通りの反対側の店から白い煙がもくもくと伸びている。
「えっ? なになに?」
ココが目をぱちくりとさせながら首をのばす。
ただよう煙の隙間から、杖と星を組み合わせた紋章の看板がうっすら見えた。【杖の導き魔法店】と書かれている。
店の中からは「わーっ、水! 水!」「巻物が燃える!」「何考えてんだぁぁ」という叫び声が聞こえ、続けてガタガタ、ガシャンという音を最後に静かになった。通行人も足を止めて見ている。
さきほどの薬屋の店員も、薬瓶を握ったまま扉から顔を出していた。
「さあ、これでわかったよね? ボクの言ってることが本当だって!」
【杖の導き魔法店】の吊り看板ががくんと揺れるほど勢いよく扉が開き、中から巨大な兎が飛び出してきた――いや兎ではない、ラビット族だ。
兎のように大きく長い耳に、つやつやとした濃い毛並み。小柄だが、耳の長さもいれるなら背丈はティアとあまりかわらない。だぼっとした厚手のローブを着て、大きな鞄を肩からななめ掛けにしている。
ティアは驚いた……ラビット族を見るのは初めてだった。
「なにが本当のことだ、この嘘つきラビットめ! 店をこんなにしてくれて!」
追いかけるようにして出てきたのはおそらく店員だろう。
「もう二度と来るんじゃないぞ、次にその面をみたら警備隊を呼ぶからな!」
「ふん、言われなくたってもう来ないよ」
「魔法水だなんだとデタラメばっかり言いやがって――」
その言葉に、立ち去ろうとしていたラビット族は目を吊り上げて振り返った。
「魔法水は本物だよ。デタラメじゃない!」
「デタラメさ! そんなものが本当にあるなら薬屋も魔法屋もいらないじゃないか。うちはまっとうな商売をやってるんだ、お前みたいな嘘つきとつるむ気はないね!」
店員は吐き捨てるように言うと、バタン! と激しく扉を閉めた。またもや吊り看板ががくんと揺れる。
残されたラビット族は耳をぴんと横に伸ばし、その赤い瞳で周囲をにらみつける。そしておもむろに手近な通行人に近寄ると、手にしていたビラのようなものを手渡した。
立ち止まって様子を見ていた通行人はぎょっとして、あとずさるように立ち去っていく。
その後もラビット族は、とおりかかる者へと手あたり次第にビラを突き出していた。
ひらり、と一枚、そのビラがティアの足元へと落ちてきた。おそらく誰かが捨てたのか……。
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「…………」
「ティア、なんて書いてあるの?」
ココが興味津々といった顔でティアを見つめてくる。
ティアは無言のまま、ビラを小さく折りたたんで懐にしまった。たぶん、港にごみ箱があるだろう。
「どうしたの? 魔法水ってなに?」
「……なんでもないわ。美味しいお水なんだって」
大きい町だ、やはりいろんな人がいるんだな……そう思いながら、ティアは港へ足を向けた。
さっきまで興味深そうに見ていた薬屋の姿はなく、いつの間にか店の扉まできっちりと閉じられていた。視界の端でちらりと見えたラビット族のまわりからは、通行人も逃げ出し、すでに誰もいなくなっていた。
ラビット族は、ソード・ワールドのタビット族がモデルです。




