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地下水路の謎(前編)

※リスフェリア=アストリア大陸の西の森にあるエルフの国。ティアの故郷。

※ロストデール=ヨルシア大陸にある魔法のエルフの国。

 翌朝。

 ティアはふたたび港湾(こうわん)ギルドを訪れていた。昨夜の帰りがけ、ギルド職員から港への入場許可証を手渡され、「また明日も来てほしい」と頼まれていたのだ。


 これがあれば港に自由に出入りできるので、てっきりココも大喜びだろうと思ったのだが、そうではなかった。今朝、ココは港に行きたくないと言い出したのだ。


「ココ、本当に行かないの?」


 驚くティアの言葉に、ココはこくりとうなずく。


「アタシ、かもめのお手伝いするから、だいじょうぶ!」

「そう……」

「ま、ココちゃんもこう言ってるしさ。セレストに来てからいろんなものを見たせいで、きっと疲れちゃったんだよ。あたしがちゃんと見てるからさ、安心して行っておいで」


 ココはソノの指に両手をかけ、笑顔で「だいじょうぶ!」ともう一度うなずいた。

 思えば昨日、間近で白銀の帆船(はんせん)を見てから、ココはずっと様子がおかしい。しかし何を聞いても「わかんない」と「なんかイヤ」の一点張りで、ココ自身にも理由がわかっていないようだった。


 ティアは昨夜、港湾ギルドからは銀貨5枚を報酬として受け取っていた。さらに、今日も同じ金額を出してくれるという。

 ココのことは気になるが、ティアとしてはこの仕事を引き受けない選択肢はなかった。それに、ソノが一緒にいるなら大丈夫だろう。


 許可証をぎゅっと握りしめながら南門をくぐると、大きな白銀の帆船が見えてくる。一応じっと観察してみるが、やはりとくに以前と変わったところは見当たらなかった。


 港湾ギルドは、南門を越えてすぐ左手に立ちならぶ倉庫群の、そのさらに奥にある。

 中に入ると、昨日のギルド職員の男がやはりくたびれた様子で座っていた。


「おお、来てくれたか。急な話で悪いな……助かるよ」


 彼の名前はロイドといい、港湾ギルドの水利管理局(すいりかんりきょく)の職員らしい。


「それで、わたしは何をすればいいの?」

「もちろんエルフたちの相手を頼みたいんだが、その前に経緯(けいい)を説明しないとならんな」


 ティアの質問にロイドはそう答えると、椅子の背もたれに体をあずけ、ふぅっと一息ついて、話しはじめた。




****ロイドの話****


 半年ほど前、ロイドのもとにセレストの水質検査の結果があがってきた。


 港湾ギルドの水利管理局は、セレスト全体の利水(りすい)(※水を生活に活かすこと)や治水(ちすい)(※水から町を守ること)を管理している部署(ぶしょ)だ。

 なぜ港だけでなくセレスト全体の水管理を港湾ギルドが行っているかというと、港町ならではの理由があった。


 セレストで生活用水として使われる水には、ふたつの水源がある。ひとつは井戸から汲みあげる地下水。もうひとつは、近くの湖から町まで引いてきた水だ。


 井戸水はおもに一般家庭で利用される。

 そして湖の水は町の地下にある水路をとおり、そこから町中の取水場(しゅすいじょう)へとながれこみ、市場区、商業区、職人区、港湾区、それぞれの主要施設で使われる水となる。

 このとき港湾区にながれた水は、港の管理に使われるだけでなく、もうひとつ大きな目的があった。寄港(きこう)した船に水を売るのだ。


 船旅は長期であればあるほど大量の水を必要とする。

 セレスト港は周辺の海流が安定していて、他国への移動にも便利な位置にあり、多くの船が集まってくる。セレストにとって彼らに水を売ることは、町の利益のもとになっていた。


 水質や水量の管理は、大量の水を売る港にとって非常に重要だ。そのため、町の地下全体にはりめぐらされた水路の管理を港湾ギルドが担(にな)うことになったのだった。


 こうして港湾ギルドは毎月、定期的に地下水路の水質と水量の検査をしているのだが、半年前、その検査結果を見てロイドは首をかしげた。水質が悪化している。

 セレストの水は、港湾ギルドが管理をしてはいるものの、これまで常に一定の質と量を保(たも)ち続けていた。だからこそ水を大量に売り続けることができたともいえる。


 検査の少し前にめずらしく小さな地震があったので、そのせいで水路になんらかの異常をきたしているのか? とロイドは考えた。


 すぐに地下水路をくまなく調査してみたところ、原因は判明した。

 地震の影響なのか排水路の鉄柵(てっさく)が一部壊れ、巨大な鼠(ねずみ)・マーラットが何匹も住み着いていた。その排泄物(はいせつぶつ)や死骸(しがい)によって水が汚染され、水質が悪化していたのだ。


 すぐにマーラットは駆除(くじょ)されたが、彼らはその固い歯で水路の石壁を一部破壊してしまっていた。それを修理するため、一度水を止めてみたところ……。


 水路の床に、謎の蓋(ふた)が見つかったのだ。


*************




「謎の蓋……?」


 ティアが聞くと、ロイドは深くうなずいた。


「その区画は今まで水を止めたことなんてなくてな。突然見つかった蓋に驚いたんだが、押しても引いても全然開かない。で、よくよく見てみれば、蓋にこれが彫(ほ)られていたんだ」


 そう言って、ロイドは机上の書類の束の中から、一枚の紙を取り出して見せた。表面にはうねうねとした謎の模様のようなものが書かれている。

 だが、ティアはすぐに気づいた――これは古代エルフ文字だ。一応ティアにも読める。


「これは……《セレント・スティラントス・ルーロ・トラン》……?」

「読めるのか?」


 そう聞くロイドに、ティアはかぶりを振った。


「読めるけど……だめね。わたしには、書かれている意味はよくわからないわ」 

「ふむ」 


 ロイドは紙に書かれた文字を指でなぞると、ため息をついた。


「こんなものが地下水路にあることがわかって、最初はそれほど気にしてはいなかったんだ。一応上に報告したんだが、そこからさらに王都まで報告がいったらしくてな。グラン・ソルンの学者先生から連絡がきて、これは古代エルフ語だ、なにが起こるかわからないからエルフに聞くのが早いと言うんだ。それではじめはリスフェリアに話を持ちかけたらしいんだが……」


 そこまで聞いて、ティアは結果がわかってしまった。

 リスフェリアのエルフは、森に立ち入るものを決して許さない代わりに、入ってさえこなければ一切干渉(かんしょう)しない。つまり、森の外に興味がないのだ。


「なるほど。いい返事はもらえなかったのね?」

「ああ。で、それならとロストデールに話がいったというわけだ」

「それで、彼らがやってきたのね」


 タラサたちは、王都グラン・ソルンから連絡を受け、セレスト港の地下水路にある古代エルフの遺物(いぶつ)と思われるものを調査しにきた。その案内をティアに頼みたい、それがロイドの依頼内容だった。



今回はかなり長いので、前・中・後に分割しました。中編は12時、後編は18時に投稿します。

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