連れ異世界
竹下は意気消沈していたが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「井上さん、私はあなたをみくびっていたようだ。あなたのバニシングこそが本物だ。」
俺はさやかが持ってきてくれたバスタオルで頭と身体を拭きながらそれに答えた。
「マウント取られたり、舐められたりすることには慣れているよ。気にするな。」
「報告は以上ですが、最後に一つだけ。井上さん、向こうであなたのお子さんに会いましたよ。」
俺は驚愕した。ルカか。一生をかけて責任を取れと言われていた。
「まじか。ルカか。どうすればいいかな。」
「いや、私はエルフの方には会っていません。その、お相手は魔王様です。」
更に驚愕が上塗りされた。
「え、エマちゃん?俺、口に出したんだぜ。妊娠するわけないじゃあないか!」
「異世界はご都合主義というかむちゃくちゃじゃないですか。口内射精で妊娠しても何ら不思議じゃないですよ。」
それもそうか。妙に納得した。
「それで、魔王様からは井上さんに顔を出すように言っといてくれ、と言われています。」
「確かに行きたいけどさぁ、田中に魔力探知されちゃうし・・」
「おそらくそれは大丈夫ですよ。ワームホールのある魔族領には魔神の加護があるらしく、女神の力は魔獣群体の森より先には届きません。おかげさまでバレることなくバニシングを使い、時間短縮できました。」
「そうか。それは気づかなかった。なんなら行ってみてもいいかな。」
向こうの世界では20年くらい経ってるはずだから俺の子もそれくらいか。でも魔族も長命だからな。
「で、息子だった?娘だった?」
「魔王のローブを着ていたので良くわかりませんでした。父親がいないからなのか。一言も喋らず、自閉症っぽかったです。」
かー、父親として責務を全うしなければならないのか〜。
「ところで田中はどうだった?」
「田中さんが聖王国の国王になっていたことは先ほど報告した通りです。ですがだいぶ老け込んでいましたね。もう70歳くらいでしょうか。異世界に逗留しすぎていたんでしょうね。年相応に能力も衰えているとおもいます。」
ここで金子が割って入った。
「おっと、プライベートな話はこのくらいにしてください。ビジネスに戻りましょう。質の確保についてはなるたけ若くてレベルの高い人材を増やすようにしましょう。しかし、日本の癌である老人もそれなりの活用法があるということは朗報でした。また、魔族領ならば女神の探知も及ばないとのこと。もう少し人数を増やしても良いかもしれませんね。」
3日に1回のバニシングは継続しつつ、人数を増やすことにした。選定は金子に一任した。俺は「恨みをためる」というルーティンは継続したかったものの、どこの現場も須らくクソということは身を持って知ったので、もうあまりやらなくてもいいかなと伝えた。
「浮いた時間分、嫁の実家に帰りたいんだけど。子供の顔も見たいしね。」
金子は少し考える間を取ったが、すぐに返事をした。
「いいんじゃないですか。あなたが始めた物語ですし。その前に軽くルーティンをこなしてもらえますか。」
「わかった。」
金子は俺の前にタブレットを置いた。俺はタブレットをスワイプしながら100人分のサーチングをかけ、準備を整えた。
「いくよ。バニシング!」
竹下は目を見開き、何か不思議そうな顔をしていた。
「そういえば竹下くんはこの作業は見たことは無かったっけ。出会い系アプリの右スワイプをイメージするのがコツだ。こんな簡単な作業で日本は良くなっていくんだよ。」
「これでワームホールの先に化外が転送されたんですか。なんだか凄いですね。」
ここでまた金子が口を開いた。
「竹下さんはこれからどうするんですか?定期的に連絡員はやってもらいますが。」
「そうでした。私は一応向こうの世界の勇者となってしまったので、それなりの働きはしなければなりません。なにより、異世界で生き甲斐を見つけたんです。今まさに行われている人間vs魔族のジビエ大戦争に参戦したいと思ってます。」
「そうですか。じゃあご無事で。」
金子は竹下の考えに特段興味を示すことはなかった。
俺と竹下は連れ立って板橋区のワームホールを抜け魔王領に入った。ワームホールの先では、先ほど送った化外達が複数の転移魔法陣の前に整列し次々と転送されていた。相当な時間がかかった作業だろうが、もう終わりに近づいていた。
「なるほど。こうやって牧場に送られていくんですね。」
「俺も初めて見たよ。ほんとに効率化されているなぁ。」
感心している最中、竹下が時計を確認した。
「結構時間経っちゃってますね。私も魔王様に挨拶したいですが、田中さんの所に早く帰らないと。魔王様によろしくお伝え下さい。」
「わかった。じゃあジビエ祭り、楽しんでくれ。俺は魔王側で田中や女神を殺しに行くかもしれないけどよろしくね。」




