初陣
竹下は神聖リーセ王国の舗装された立派な歩道の真ん中に落とされた。石積みの道にダイレクトで尻をぶつけたため、痛みがだんだんと込み上げてきた。
「いたた・・」
急に現れた男の周りに人だかりができた。転生者は珍しい存在なのであろうか。一番近くの初老の男性に竹下は声をかけた。
「私みたいな者は珍しいのですか。」
「50年ほど前はよく転生者が来ていたと親から聞いていますが、本物の転生者の方を見るのは私は初めてです。一番有名な転生者はこの国を統治いただいている聖人田中様ですね。その次はカケル王国を再興した石田様やノクタンの中村様などがいましたが、すでに皆さんお亡くなりになりました。その他は、歴史に残っているのは悪名高い者ばかりです。」
男の話を聞いていたら群衆が左右に散っていき、白馬に乗った騎士団が近づいてきた。隊長と思わしき人物が白馬から降り、跪いた。
「勇者竹下様、お待ちしておりました。神聖リーセ国王、聖人田中様がお待ちです。馬車にお乗りください。」
優秀な転生者が既に何人か来ているはずなのに乗り物などの類は馬車のままなのか。なまじ魔法などがあるから文明が発展しないのか、それとも意図的に発展しないようにしているのか。竹下は馬車に乗りながら思案した。
「おっと忘れる所だった。」
竹下は馬車の中で自分のステータス画面を確認した。レベルは20。井上に教えてもらった数値のままだ。スキルは、「破邪の一撃」。この文言を見て目まいがした。ダサい。これを打つときには叫びながら大仰なモーションをしなければならないのか。薩摩示現流の「ちぇすとぉぉ!」って言いながらぶっ叩く方がだいぶマシだと思えた。スキルはそれ以上なかった。「バニシング」が無い。よかった。つまり女神にはバレていないということだ。井上曰くここが一番の鬼門だったが、何とかなったようだ。魔力は100ある。やはり転生と同時に与えられるということだな。ということは井上とした練習を再現すればバニシングが使えるはずだ。早く練習をしたいが、田中からはできるだけ離れた方がいいだろう。女神は監視しないと約束をしたが、信用できない。使うのは魔王領に入ってからだ。
馬車はちょうど王宮についた。これから聖人田中との謁見だ。先ほど会ったばかりだが、なぜか緊張する。壮麗な門の前で、衛兵が厳格な表情で立ちはだかる。重厚な門がゆっくりと開かれると、竹下は一歩一歩、宮殿の中へと足を踏み入れた。
広大な廊下を進むと、豪華な装飾が目に飛び込んできた。壁には歴史的な絵画が並び、天井には美しいフレスコ画が描かれている。竹下はその壮麗さに圧倒されながらも、足を止めることなく進んだ。廊下には他の人影はなく、静寂が広がっている。
「田中は元介護職員と聞いている。人間だれしも権力を手に入れると華美に飾り立てたくなるものなのだな。」
竹下は人間の性というものを嫌というほど感じさせられた。
待機室に案内されることなく、竹下は直接謁見の場へと向かった。宮廷の役人が現れ、竹下を迎えに来た。「こちらへどうぞ。」役人の声に従い、竹下は廊下を進んだ。やがて重厚な扉の前に立つ。扉が開かれると、そこには聖人田中が待っていた。元介護職員にしては華美すぎる玉座だ。
広間には他の訪問者はおらず、静寂が支配している。竹下は深くお辞儀をし、聖人田中の前に進み出た。「謁見を賜り、光栄に存じます。」聖人田中は穏やかな表情で竹下を見つめ、静かに頷いた。
「先ほどは悪かったな。直接王宮に転送できればいいのだが、女神様のルーティン的にもあの場所になってしまうのだよ。」
「いやいや、お迎えを頂きまして、大変ありがとうございます。」
「しかし、そなたに同行せいという女神さまの言葉には肝を冷やしたよ。今更魔王との戦争はちと辛すぎる。助かった。」
「いやいや、私のわがままを聞いていただいて誠にありがとうございます。ところで聖人さまは魔王のことは良くご存じなんですか。」
「一度矛を交えたことがある。まあほぼ互角で決着がつかなかったので相互不干渉条約を結んだという経緯がある。しかしここ5~6年で魔族領内が活発化しており、人間領との国境沿いでの紛争が頻発している。元の条約では緩衝地帯を設けていたが、そこも現在は魔族領となり、今まさにノクタンの街で攻防戦が行われている。」
「なるほど。では、レベル上げがてらその攻防戦に私が参加しても大丈夫でしょうか。」
「おお、前哨戦としては持ってこいだな。そこでぜひ勇者竹下の名を広げて士気を高揚させてくれ。」
井上から聞いた話だとノクタンはオアシス都市で、人間領としては一番魔族領に近い。転移魔法陣は無いときいている。
「ちょっと待ってください。位置関係がわかりません。ここからそんなに近いんですか?」
「いや、東の端だ。しかし転移魔法陣があるから一瞬で行くことができる。」
「そんな便利なものが・・逆に魔王軍に占領されたらリーセ王国も危ないんですか?」
「当然陥落前には魔法陣を消す手はずになっている。もっとも、消すことができる者は限られている。私のほか数人だ。だから私もこれからノクタンに向かう。」
竹下は田中に連れられて王城の地下にある転移魔法陣の前に来た。魔法陣の仕組みなどは井上からあらかた聞いていたが、無知を装った。
「これはどういう仕組みなんですか?」
「魔法石の組み合わせを転移先の魔法陣の組み合わせと一致させることで転移が可能になる。まあ、鍵と鍵穴みたいなものだな。」
竹下にとっては、井上のバニシングの説明の方がしっくりきた。やはり教養の差によるものだろう。
田中とともにノクタンへ転移した。やはり魔法陣は地下室に設置してあったが、上階が非常に騒がしい。まさに今、戦争の真っ最中なのであろう。
「聖人様がお見えになられたぞ!」
「よい。挨拶は後回しだ。守備隊長の所に案内せい。」
高い城壁内のいたるところに負傷兵が寝かされていた。守備隊長は城門の真上、最上段で大声を上げて指揮をしていた。
「右翼ゴブリンが人海戦術で登っているぞ!丸太、石、油で防げ!」
「左翼、魔法部隊発射用意!」
櫓の上は攻城戦が見渡せた。敵の数は・・数え切れないが数万はいるだろう。マンガやアニメ、クトゥルフ神話でしか見たことのないような化け物達が大挙して押し寄せている。
「あ、聖人様!こんなところに!ありがとうございます!」
「指揮官が畏まっていたら攻撃が滞るだろうが!ここは私が兵士たちに一喝入れる!待っていろ!」
田中はそう言うと、声の拡声魔法か何かで大音量を出した。
「敵も味方もとくと聞け!私は聖人田中だ!魔王軍、私が来たからにはお前らもここでおしまいだ!」
なんて下手な演説なんだ。しかし、味方の士気は高まり、魔王軍は怯んだように見えた。
「それに加え、女神様が新たな勇者を召喚された!勇者竹下である!」
この下手な演説の後の登場は気まずい。が、紹介されたからにはしょうがない。
「勇者竹下です。よろしく。挨拶代わりに一つ。」
そう言うと竹下はチャージショットを意識して「破邪の一撃!」と叫び、転がっていた兵士から拝借した剣を高らかに掲げた。
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しばしの沈黙の後、「これはマズイな」と竹下は思った。
がその瞬間、地面から轟音が鳴り響き、大地が裂けだした。何千、何万という魔物達が大地の裂け目に飲み込まれていった。
「チャンスだ!」
田中は持っていた杖を掲げ、「ライトニング!ライトニング!ライトニング!」と閃光魔法を連発し、城壁に張り付いていた魔物の掃討をした。
大勝利だ。城内からは歓声が上がった。
「聖人様!勇者様!万歳!万歳!」




