ダブルバインド
バニシングは成功した。つまりミッションコンプリート。相手の魂が抜けると同時にさやかも俺も魂が抜けたかの如くベッドに倒れ込んだ。
暗殺が成功したことよりも、職場セックスは最高だったことの方が強く脳に刻まれた。どんなにコンプラ社会化が進んでも、社内不倫が永遠に無くならないのも納得できた。が、最高と同時に最悪な気分にもなった。俺はいわば立場を利用して同僚とセックスしたのだ。金子の許可はあったとはいえ、さやかの気持ちはどうなるんだ。なんだか得体のしれない恐怖に襲われた。
そんなことを考えていたらさやかの携帯が鳴った。金子からだ。
「はい。ミッションコンプリートです。え、今からですか?タクシー拾ってすぐに向かいます。失礼します。」
金子とさやかが電話をしている最中、俺は相変わらず全裸でベッドによこたわっていたが、電話が終わると同時にさやかから服をぶん投げられた。
「室長の指示だ。すぐ仕事!今すぐ!」
俺は突然の出来事に、ワイシャツを脚から履こうとしてしまい転がった。
「おい、なにやってんだよ、バカ!」
「せっかく一仕事終わったんだから朝まで二人でゆっくりしようぜ〜」
改めてズボンを履きながら俺は軽口を叩いた。
「ふざけるな!仕事なの!ぜんぶ仕事なの!エリートの私があんたみたいな底辺おっさんと付き合うわけないだろ!」
そりゃそうだよな。「底辺」という言葉がえらく心に刺さった。
マンションの前に迎車されていたタクシーに二人で乗り込んだ。向かう先は赤坂だ。現在地から15分ほどでつく。さやかからターゲットの写真を見せてもらい驚いた。もう何十年も影の党首をやっている公生党党首一貫だった。
「お、おい。これは無理じゃないか?」
「室長判断!行けるはず!」
タクシーは目的地の料亭の一区画前でリリースした。料亭前の電柱前で二人で張り込んでいたら立派なセンチュリーが止まった。迎車だ。
「おい、車が影になってここからじゃ一貫を認識できないぞ!」
「しかしここ以外だと私らの存在がバレてしまう。何か考えろ。」
何だよ、結局人頼みかよ。俺は呆れたが、先程まで情交をかわした間柄だ。何かしら考えてやる。
「わかった。じゃあ障害物であるセンチュリーそのものを消す。そして丸見えになった一貫の魂を消す。」
「いや、それだと目立ちすぎる。車を1メートル動かすとかそういう魔法は無いのか。」
「俺はそんな万能じゃねぇよ。」
「参ったね。じゃあ室長に相談する。」
そう言ってさやかは金子に電話をかけた。電話口で金子も悩んでいるようだったが、何やら向こう側で突破口が見つかったようだ。
「室長曰く、田中?が協力してくれるって。田中はお前の魔法を無効化する能力を持っている。」
「田中が協力?」
俺は田中に不信感を持っていたので正直首を突っ込んで欲しくなかった。俺は眉を潜めたが、さやかは段取りをつつがなく説明する。
「まずお前がセンチュリーを消す。その後、視認できるようになった一貫の魂を消す。その後、田中が最初のセンチュリー消しを無効化して元に戻す。こういう段取りだ。とにかく早打ちが要求される。」
「早打ちは知っての通り自信があるから任せておけ。だが、距離が離れていても田中は魔法無効化なんてできるのか。」
「そんなものは楽勝らしい。とにかくタイミングが命だ。私に重責がかかっている。」
楽勝、か。もう俺には田中をどうこうする力は無いらしい。ひどく落胆した。
「お、扉が開いた!頭しか見えないが、あれは一貫のハゲ頭だ!間違いない。じゃあ3,2,1でやるぞ。」
「わかった。」
「3,2,1!」
「バニシング!」
予定通りセンチュリーが消えた。後部座席を開けた運転手と、一貫の姿を視認できた。センチュリーが消えたことに驚きの顔をしていた。自動でサーチングが発動した。
「レベル88」
やば、俺倒せないじゃん。ちょっと戸惑っていたらさやかから背中を叩かれた。
「いいからやれ!」
「バニシング!」
一貫は魂を失った。と、同時に消えたはずのセンチュリーが元あった場所に何事もなく戻ってきた。
「成功だ!やった!いや、早く逃げよう。」
さやかとともに路地裏に駆け込んだ。2人とも息を切らしていたが、俺はまだモヤモヤが消えなかった。
「一貫なんだけど、レベルが88もあった。永田町の妖怪だから不思議じゃないんだけど、俺の実力じゃ不足している。」
「おっさん、そんなことないよ。これ見てみ?」
タブレットを差し出された。そこにはレベル88とあった。そこで理解した。
セックス後、俺は大賢者モードにあったのだ。これを四六時中監視している金子が見逃すはずがない。そこからの緊急指令だ。
なんとなく、俺がさやかとバディを組まされた理由がわかった気がした。




