いざ鎌倉
俺は車に載せられ、鎌倉に向かわせられた。以前サーチングした老人を消すためだ。レベルは俺と同等。だから魂のみの転送となるだろう。魂のみ転送は、中村の例もあるが、異世界では産業廃棄物である肉体の転移を伴わないので、女神的にもOKだろう。
「一つ確認だけど、その鎌倉の御大?は多分肉体まで消すことはできないけど後始末は大丈夫なのか?」
無言の車内はいたたまれない。金子に話を振った。金子はいつもとは違ってむすっとした表情で答えた。
「心配しなくてもいい。御大はもう高齢だからいつどんな形で死んでも不思議ではない。そんな心配よりも、君のバニシングの腕は異世界で上がったと理解していいんだよね。射程距離は20mで間違いないか。」
「向こうにいる間、死ぬほど打ったからね。そこは任せておいてよ。」
「わかった。御大は月明りの下、縁側でくつろぐのを日課としている。生垣に事前に開けてある隙間からスナイプしろ。車を近くに付けると怪しまれるから、少し離れたところから近所の人の散歩の体で屋敷に近づいてくれ。」
静かな夜である。月明りが庭を優しく照らしている。縁側には一人の老人が座っており、彼の白髪は月光に反射して銀色に輝いている。彼は古びた木製の縁側に腰を下ろし、手には温かいお茶の湯呑みを持っている。湯呑みからはほのかに湯気が立ち上り、夜の冷たい空気と混ざり合っている。庭には夏の終わりの虫たちの鳴き声が響き渡り、風が竹林を揺らす音が心地よいリズムを刻んでいる。老人の顔には穏やかな微笑みが浮かび、彼の目は遠くの星空を見つめている。彼の背後には古い木造の家があり、その柱や梁には長い年月の痕跡が刻まれている。縁側の下には小さな池があり、月光が水面に反射してキラキラと輝いている。時折、池の中の魚が跳ねる音が聞こえ、静寂の中に生命の息吹を感じさせる。老人は深呼吸をし、夜の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。この静かなひととき、彼は過去の思い出や未来の夢に思いを馳せているのである。月明りの下で、彼の心は穏やかで満たされているのである。
そんな心地よい雰囲気がいきなり暗転した。いや、月の光の下、瞼はとじていたのでもともと暗くはある。しかし、「暗い」というレベルではない。漆黒だ。いや漆黒でもない。「無」こそが表現としてはふさわしい。彼の最後の記憶は、「無」に押しつぶされ粉々にされる自分のイメージだった。
「な、俺がいると便利だろ?派手な詠唱もなく、指すらかざす必要がない。目線でビーム送るだけだ。」
「確かに君はうまくやってくれたね。何の証拠もない。明らかに自然死だ。今回は特別ボーナスをあげてもいいくらいだ。」
俺が得意げになっていると脳内に思念が届いた。田中だ。
「-・ ・-・ ・-・-- ・・ --・-・ ・・・- ・・・- ・-・・ ・・・(バニシング使ったな。後で詳しく聞くから。)」
いい加減モールス信号はやめてほしい。多分そのまま日本語で伝達してもこいつらにはバレないだろう。微弱な思念にすることで念には念を入れている田中のしつこさやめんどくささに少し腹が立った。
「もう殺しちゃったけど、あの御大?って何者なんですか?」
「君が特に気にする必要はない。ただ、大物フィクサーだったということだけ伝えておこう。年齢的に老い先は短かかったが、死ぬのが早ければ早いほど日本にとって良い結果となる。」
まあ、いろいろあるんだな、と特段気にしないことにした。
「あと、今回は魂だけ転送だから、異世界転生して無双始めちゃうと思うけど、いいのか?」
「向こうの世界のことは知ったこっちゃない。ただ、向こうの世界にも君みたいなやつがいて、また生き返らせてしまうと困る。その不確実要素をできるだけ減らすため、火葬の準備の手筈は整えているのだが。それでも半日はかかるから。向こうの世界では1年。正直不安だ。」
「そこは女神が監督しているから大丈夫だと思う。良くも悪くも俺が裏ルートで行き来したおかげで女神の目が厳しくなっている。」
「おいおい、それじゃ御大の魂は向こうの世界に行っていない可能性もあるのか?」
「それはない。向こうの世界では『魂』は貴重なんだ。逆に肉体と一緒だと『化外』扱いされる。余計なものがついていない方が向こうの世界では都合がいいんだ。」
「それならいいんだが。」
金子は少し不安げな顔をしていた。
「それより、俺は今、完璧に仕事をこなしたよな。」
「はい。」
「じゃあ俺らの目的にも協力してくれるよな。俺以外のバニシング使いについて何か情報はあるか?」
金子は含みのある笑いをし、口を開いた。
「調査はちゃんとしていますよ。興味深いことがわかりましてね。板橋区のある一角で小動物が大量消滅している事案がありました。また、都内各所でホームレスがちょくちょく消えています。」
「それはビンゴじゃないか?田中と情報共有しさせてくれ!」
「おおっと、詳細はまだ話せませんよ。まだまだ仕事はたくさんあります。」
金子はまた不気味な笑みを浮かべた。
「参ったな、ヤクザのやり口かよ。こんなんケツの毛まで抜かれちゃうパターンじゃん!」
金子に聞こえるよう大声を出したが、金子はニヤニヤしているだけだった。




