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ツァラトゥストラはもはや語らない  作者: 伝説のPー
第二章【自由の象徴】──第二部【北の花園】
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36. 懸念と初めての仕事

 ばたりと最後の一人を放り投げる。

 まるで赤子の手をひねるような単純作業で、思わず欠伸をかみ殺した程だ。

 とはいえ、いついかなる時でも油断はできないために警戒だけは怠らなかった。

 例えば、万事順調に終わったと思えば魔獣に操られた敵が現れたり…………はしないかぁ。

 奇妙なことばかり起こる現実といえど、二度もあんなことが降りかかってたまるものか。


「けど、歯応えがないもの考えものよねぇ~」


 今回の敵は十数人の青年だった。

 全員がバラバラの武装していたけど、戦いには慣れているようで動きは悪くなかった。

 とはいえ、精々が獣を狩れる程度で魔獣を討伐できるレベルでは決してない。

 あまつさえ、あたしに肉薄できる訳もなく。

 恐れのままに無謀な吶喊を繰り返す連中を返り討ちするだけでお仕事は幕を閉じた。

 期待していなかったと言えば噓になる。

 もしかしたら、あたしが全力で戦っても勝てない相手がいるかもしれない。

 すると、あたしはもっと強くなれるって。

 …………もしかして、すっごい戦闘狂(バトル・ジャンキー)みたいなこと考えてる?


楽園(エデン)】を引きずっているせいで感覚が麻痺を起こしているみたいだ。

 現実の敗北は、それ即ち死に直結している。

 ならば、惜敗であれ辛勝であれリスキーなことに変わりはない。

 強者がいなくてよかったと安堵するべきだろう。

 こと、子どもたちを護るべき立場ならば尚更。


「あの、ありがとうございます…………!」


「……? あぁ~。いいのよ~。お礼なんていらないのぉ。あたしたちはあたしたちのやりたいことをやってるんだからぁ」


 やっぱりむず痒いな。

 面と向かって感謝を口にされると、どんな顔をして受け取ればいいのか。

 恩着せがましく催促するのは乙女にあるまじき行為だし、それに、義務感に突き動かされたわけでもない。

 ただ、あたしたちが助けたいと思っただけ。


 確か……マルタちゃんだったかな。

 アナスタシアちゃんの取引相手で、孤児院の出資者。

 リヴァチェスター領領主の娘。

 謀殺されかけて、ロムルスくんが助けた()

 ぜんぶ教えてもらって、あたしは面識のないマルタちゃんを好きになった。

 味方はいなくて、たった一人で全てを背負ってる。

 一方的だけど、親近感が湧いたんだと思う。

 あたしとマルタちゃんだと状況は大きく違うけど。

 あたしなんかと比べるなんて烏滸がましいけど。

 それでも、自分をとりなす環境で藻掻いて藻搔いて、そして最後には排斥される。

 あたしの場合は、自分から排除されたけどね…………けど、本音を押し殺して自我を保つ孤独には共感できると思う。


 だから、マルタちゃんの守りたいものが、守ってきたものが壊されそうな時。

 あたしは助けたいと思ったんだ。

 赤の他人だけど、面識の欠片もないけど、他人事だとは思えなかったんだ。


「さってとぉ。あたしは行くわぁ。きっとみんなも終わらせただろうしぃ~」


 概要を聞いた時は簡単な作戦だと思った。


 マルタちゃんは実の父親から政治の道具として利用される。

 ラヴェンナ商会と結託してリヴァチェスターの工業技術を流出させた大罪人として処罰される。

 罪人に財産など不要で、マルタちゃんの所有物は須らく領主に簒奪される。

 それが、エディンにある七つの孤児院だ。

 けれど、ロムルスくんは事実無根の罪で懐を肥やそうとする領主の横暴を許す人じゃない。


 とはいえ、あたしには政治なんて難しいことはちんぷんかんぷんだ。

 “龍人”の政治なんて邑長(むらおさ)に従っていればいいだけだし。

 だから、あっちはあっちの専門家に任せればいい。

 あたしはあたしにできることを、任せてもらった信頼に応えるだけだ。


 七つの孤児院へはあたしとホロウちゃん、アヤメちゃんの三手に分かれて最低な計画を阻止する。

 単純明快でとってもやりやすい。

 一つ目の孤児院には火が放たれていた後だったけど、今回は間に合った。

 灰燼に帰した残骸を前に、呆然と立ち尽くす姿は……あまりみたいと思えるものじゃない。

 既に二つ目の孤児院の襲撃だって阻止したし、後は合流地点で落ち合うだけだ。


「まって、まってください……! まだちゃんとしたお礼ができていません! せめて、名前だけでも……!」


 人波をかき分けて、まるであたしの進路を妨害するように躍り出たのはどこにでもいる少年だ。

 そう、ありふれていた。

 赤みがかった短髪に、すれた服装。

 歳は十六程度だろうか、他の子どもたちと比べても体格もよく背も高い。

 ただ、どことなく違和感を覚える。

 なんだ? あたしは何に()()しているんだ?


「……? ぼくの顔に何かついてますか?」


「いいえ~、そうじゃないわぁ~」


 拭えない。

 じりっとあたしが一歩踏み出すと、彼はたじろぐように一歩後退る。

 なんてことはない。

 覗き込むように、舐め回すように観察されては誰だって困惑するだろう。

 だけど、違う。

 何かが、引っかかる。


「ねえ、君はどうしてそんなに落ち着いてるの?」


 ふとした疑問。

 ちょっとした質問のつもりだった。

 つい先ほど危急存亡の憂き目に遭ったのに、へらへらと笑っている姿が際立って見えただけ。

 何もなかったというには衝撃的な出来事を経て、とても強い胆力なんだなと、遠回しにほめたつもりだった。


 しかし、あたしが問いを投げかけた時、少年はぐにゃりと飴細工のように相貌を崩したのだ。


「──ッ!」


「あっぶないじゃなぁ~い」


 まるで蠟燭のような男の子だ。

 時間の経過と共に有り様を変えて、ゆらゆらと捉えどころのない綻びと、けれども確実にそこにある灯火を感じさせる。

 きっと街中ですれ違っただけでは気が付けない風体でありながら、躊躇なく相手の首元を狙って殺害を目論む覚悟。

 殺気を隠匿する手法、子どもたちの中に紛れていた謎、あたしを射貫く双眼。

 どうやら、あたしのお仕事はまだ終わっていなかったらしい。


 月光を反射してギラリと光るナイフを構え、虎視眈々とあたしの命を狙う少年。

 何事かとあたしたちの間合いから子どもたちやシスターは蜘蛛の子を散らすように逃げている。

 彼の素性は何もわからない。

 けれど、ここで見逃してはならないと本能が訴えている。

 あたしは“龍人”だ。

 感覚機能だって優れている。

 生物的な本能や直観も人並み外れている。


 故に、眼前の少年が如何に異常なのかよくわかる。


 油断はしない。

 けれど、彼が何者なのか見極める必要がある。

 だから、最初から手加減はしない。

 “龍気”を懐から取り出した三節棍に流して構える。

 それだけで彼はあたしの殺意に充てられたのか、眉根を寄せて警戒心を引き上げた。


 さて、これが最後のお仕事になることを祈って。

 あたしは強く、踏み込んだ。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 どうして、こうなった。

 阿鼻叫喚、絶叫の地獄絵図。

 眼前でいとも容易く行われる蹂躙を目にした此方の偽らざる感想だ。

 逃げ惑うのは“銀”級冒険者に近しい装備をした青年たちで、追い回すのは二頭の銀狼。

 此方を一人抱えても問題なく駆け回れる体格に脚力、そして、いざ敵を前にすると獰猛さを額面へと出す野生。

 ──白毛半魔獣(ブラン・ライガ)

 冒険者ギルドでは危険超獣に分類される獣で、討伐には“金”級冒険者三パーティの合同依頼が必須となる。

 個体にもよるが下手をすると“黒鉄”級冒険者の単独討伐にまで跳ね上がる相手。

 脅威度で比較すると、海遊巨獣(アルク・バレーヌ)よりも上なのだ。

 何故って? そんなもの、目の前の光景を見れば一目瞭然。


「まて、まてよォ!」「なんだ、こいつら! 逃げろ! 逃げろ!」「やめ……! いてぇ!」「くっそ、ガキ相手じゃないのかよ!」等々…………。

 此方なんて片手でひねり潰されそうな屈強な人たちが、逃げ惑い、命を懇願する。

 頑強な防具など二頭の牙や爪の前に柔肌のように切り裂かれ、【権能】による妨害も持ち前の“霊力”で無効にし、あまつさえ息の合ったコンビネーションで翻弄する。

 おかしい。

 おかしいよ。

 唸り声をあげながら一人たりとも逃がさないと気概を見せる二頭の白毛半魔獣(ブラン・ライガ)は瞬く間に敵対者を駆逐する。

 これではどちらが襲撃者かわからない。

 もし、二頭が冒険者ギルドの討伐リストに記載されると、きっと“黒鉄”級案件になる。

 それだけの活躍をしているのだ。

 というか、これ此方いらなくない? なんでロムルスさんは此方を同行させたんだろう? だって見るからに此方は足手まといだし、そもそも戦力になんてなっていないし。


「バウッ!」


「ふぇ? あ、終わったんですね…………伝えてくれてありがとうございます」


 此方の疑問とは無縁なように、二頭の白毛半魔獣(ブラン・ライガ)は作戦終了を教えてくれる。

 頭を差し出すように吠えるため、思わず撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。

 勿論、二頭いっしょに。

 するとぶんぶんと尻尾を振って歓喜を表現してくれる。

 もう……かわいい。

 殺戮の限りを尽くしていた野生とは一変、飼い犬のような代わり映えに当惑してしまう。

 そもそも白毛半魔獣(ブラン・ライガ)を飼育ってどういう神経してるの?

 オスマンちゃんとビザンツくん……だよね? ぴょこんと寝ぐせのように白い毛の束がはねている方がオスマンちゃん、きりりとした目元が特徴のビザンツくん。

 その体格に見合わないとろけた表情には愛着が湧く。

 名前の通り()()()と評される程に知能が高く、強靭で、陸上生物の中では頂点に君臨する獣の、はずだ。

 ほんとうに? ちょっと大きいだけの犬ではなくて?


「バウッ、ガァ!」


 あ、違う。犬なんかじゃない。

 特徴的な二本の牙は、二頭が正真正銘白毛半魔獣(ブラン・ライガ)であることを如実に示している。

 なんだったら、平均的な白毛半魔獣(ブラン・ライガ)よりも大きい。

 いや、ほんとに。

 大きすぎなくらいだ。


「そうですね、そろそろ合流しましょうか」


 とはいえ、此方が幾ら疑問を呈しても意味はない。

 野生の白毛半魔獣(ブラン・ライガ)ならば恐れおののくけど、オスマンちゃんとビザンツ君に限っては不要なんだ。

 二頭は心酔している。

 ホロウさんに。

 逆にロムルスさんは目の敵にされているようで、あの人が喋っても一向に聞いていなかった。

 ホロウさんの口添えで渋々従ったような感じだ。

 二頭の基準は分からないけど、毛嫌いしているのはロムルスさんだけらしい。

 アナスタシアさんやテリアさんとは普通にしていた。

 軽んじられるかな? って不安だったけど、此方にもよくしてくれる。

 …………どうしてロムルスさんは嫌われてるんだろう?


「……ガウ?」


「いえいえ、何でもないですよ」


「ガウィ!」


「はい。その時は相談させてもらいますね」


「バウッ!」


「ありがとうございます。お二人は優しいですね」


 この時ばかりは聴覚が優れていてよかったと思える。

 此方の耳は一つのオトとして、二頭の心情すら伝えてくれる。

 微かな表情の変化や、吠えた時の声色、鼓動や血流の微々たる相違によって理解できる。

 オスマンちゃんは恥ずかしがり屋で、ビザンツくんは思慮深い。

 だからオスマンちゃんは相手をよく見ているし、ビザンツくんはとても賢い。


 そして、より一層此方の力不足が悔やまれる。

 この作戦だって活躍したのはオスマンちゃんとビザンツくんで、此方はぽつんと立ち尽くしていただけ。

 まるでお飾り、守ってもらっていただけ。

 ちくちくと此方を苛み、落胆させる。

 きっとこれからもロムルスさんたちは戦場へ向かうことがあるだろう。

 海遊巨獣(アルク・バレーヌ)相手に見せた異次元の戦闘も多々あるはずだ。

 いいや、それ以上の激戦だってあるだろう。

 なら、此方は──ずっと力量不足に頭を抱え続けるのか?

 ただ索敵だけをして、後は皆さんにお任せします……そんな無能を晒し続けるのか?

 此方は安寧をもらった。

 友情を、親愛をもらった。

 何を返せる? 此方は一体、何ができる?


 疾走するオスマンちゃんの背で、ぐるぐると考えていたけれど。

 終ぞ、此方の結論はでなかった。

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