26. 狂気の狭間
今回は短いです。
25.5話のような感覚で読んで頂ければ丁度よいかもしれません。
ぺリアー=ギンは元“銀”級冒険者だ。
商業都市ジーニアではそこそこ名の知れた実力者だった。
ああ、そうだ。
だった……過去形だ。
比較的最下層に近しい生まれのぺリアーの転機は【権能】が有用だったことに尽きる。
帝都守護の『権将』までとはいかずとも、状況次第では“金”級冒険者顔負けの成果すら叩き出した。
地道な活動のおかげで知名度はジーニアでは知られた方で、駆け出し冒険者が成功の秘訣を聞きに来るまでになった。
とはいえ、きっとそこが人生の最盛期だっただろうな。
たった一度の失敗で、ぺリアーは全てを失った。
より詳しく語るのならば、依頼自体は失敗していない。
ゴ・ジェーン渓谷から這い上がってきた死喰の討伐で、“銅”級冒険者でもこなせる簡単な類であった。
しかし、不運は無慈悲にもぺリアーに襲い掛かった。
偶然通りすがった“黒鉄”級冒険者『輝々』ドーリア=エトワールの戦闘に巻き込まれた…………と言えればどんなによかったか。
巻き込まれる未満の話だ。
“銀”級冒険者に過ぎないぺリアーではただの余波で吹き飛ばされたのだ。
不運とは重なるもので、ドーリアの戦闘相手はなんと臆病で知られる魔獣種“亜飛翔”種であり、ぺリアーをドーリアの仲間だと誤認して逃亡してしまったのだ。
当時は魔獣の被害が例年よりも圧倒的に多かったため、魔獣を討伐できる“黒鉄”級冒険者の行動を阻害することは即ち、臣民の生活、その安寧を妨げると同義なのだ。
故に、戦犯として誹りを受けるのはある種、当然の帰結といえよう。
だが、そこで折れずに奮起した瞬間こそぺリアーの強さで。
そして、同じ轍を踏みたくなくて逃げた選択こそぺリアーの弱さだった。
結局、元“銀”級冒険者などと輝かしい肩書は廃れ、残ったのは二級傭兵団の団長というありふれた人間に収まってしまった。
“渓谷からの呼び声”の下部組織として吸収された出来事は、ようやくぺリアーに日の目を与える授かり物だと歓喜したものだ。
その結果が…………………あんな怪物に蹂躙される運命だとは、思いたくなかった。
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最悪は免れた。
テリアが不安を口にしたが、その予想は外れた。
監視の目を避けるためにも遠回りをして、無駄に重厚な造りの扉を蹴り壊して。
今でも十六の瞳が驚愕と混乱に彩られる瞬間は脳裏に刻まれている。
全員が大なり小なり装備に身を包んでおり、その中にはアナスタシアを拉致した人攫いのリーダーの姿もあった。
だが、まさか女三人が襲撃に来たとは思い至らなかったのか、最後まで抵抗らしい抵抗をできずに捕縛できた。
けれども、見事に反応をした者もいた。
申し分程度の護衛ではあったが、修羅場を潜ってきたためかテリアの全身から迸る殺気に身体を突き動かされたようだった。
弾かれたように挑みかかる数人の護衛は、面白いぐらいに歯が立たなかった。
そう、テリアは強かった。
少なくとも、アナスタシアでは逆立ちしても勝ち目の薄い護衛や八人のリーダー相手に指一本触れさせることなく制圧したのだ。
戦闘中の彼女からは、あの全身が金縛りにあったかのように固まる殺意の塊を感じられた。
オンと対峙した時も感じた威圧感にも似ている殺気は、きっと“龍人”に伝わる“龍気”なのだろう。
「拍子抜けだったわ~。なんであんなにびくびくしてたのかしら~」
「可愛らしかったですよ、テリアさん」
「…………はっずかしぃわ~」
本気で恥じらっているのだろう、テリアはもじもじと顔を覆ってしまった。
その仕草が、声色が、ついさっきまで暴虐の限りを尽くしていた姿とはかけ離れていて軽く混乱してしまう。
拳を振るえば大気が震え、強く踏み込めば石畳が大きく割れ、一撃で相手の意識を奪ってしまう。
彼のように理解の及ばない異常な動きや力を発揮していない分、テリアの強さが際立って恐ろしさを感じてしまう。
改めて、彼女が味方でよかったと思う。
「さて、アリー。ここからが本番よ」
「……っ、はい。そうですね……!」
ひとしきりテリアをからかっていたアリーに声をかけて、作戦の本題へと取り掛かる。
倉庫として使用されている空間は酷く乾燥していて、カビ臭いが、人が十人程度集まろうと手狭には感じられない程度には広い。
そして、八人纏めて縛り上げたために身動き一つとれない人の塊へと声を掛ける。
つまりは、武装解除の要求を…………いや、脅迫を始めるのだ。
「話は聞いていたかしら? わたくしたちの要求はあなたたちの部下への武装解除。及び、攫ってきた少女たちの開放。ついでに、首都までの物資ももらおうかしら」
「…………誰が、従うとでも?」
しゃがれた声で応答する一人の男。
アナスタシアが声をかけると七人の視線が彼に向かったあたり、リーダー格の中でも一人抜きん出ているということ。
だとすれば、恐らく、彼がぺリアーなのだろう。
目つきは悪く、ぶっきらぼうな口調、元“銀”級冒険者であるからか相応の修羅場を潜ってきたはずで、ある種の凄みは感じられる。
とはいえ、アナスタシアとて商人を生業にしていては決してお目にかかれない死地を経験している。
高々、“銀”級冒険者の圧など、ロバートやオンに比べては児戯に等しい。
「あら? 別にわたくしは提案している訳ではないのよ。これは命令であって、脅迫。そして、あなたたちの命を掛金にした取引なの」
「……………………だからどうした。どうせ俺たちはしくじったんだ。あいつらに消される。なら、多少の悪あがきをしてもいいだろ」
「そう。あなたはそう考えるのね。けれど、よく考えてみなさい。わたくしにとって、あなたたちの生死は特に関係ないのよ? ここであなたたちの首を斬って、晒せば済む話ですもの。ただ……その手間が面倒で、わざわざ言葉をかけてあげているだけ」
温情とみせかけた囮だ。
正直に、さらし首は御免被りたい。
テリアにそんな残虐な行為をさせたくはないし、そもそも自分がその光景に耐えられるとも思えない。
加えて、無謀な吶喊を選択されても困る。
この倉庫まで監視の目をかいくぐっての隠密は思いの外、時間を注いでしまった。
あと数時間もせずに夜は明けて、“渓谷からの呼び声”幹部が到着してしまう。
少女たちを馬車に乗せて、必要な物資を搬入する時間をも考慮に入れるのならば…………残された時間はもって一時間程度だろう。
故に、刻一刻と削られる時間は非常に貴重で、追い詰められているのはアナスタシアたちなのだ。
けれど、それを悟らせてはならない。
彼らは最悪、時間稼ぎに徹すればいいのだから。
だからこそ、逃げ道は先手で防ぐ。
「もしかして、雇用主の到着を待っているのかしら?」
「……ッ、何のことか。わからんな」
「そう、ならいいのだけれど。あなたたちならわかるでしょう? 彼女はまだ全力ではない。そうね、分かりやすいように表すのなら、彼女は“黒鉄”級よ」
動揺が手に取るように分かる。
先の問答で多くの事柄が理解できた。
先ず、彼らは“渓谷からの呼び声”幹部を当てにしていた。
二つ、数時間後に現れる幹部の実力は少なくとも、“黒鉄”級冒険者には届かない。
三つ、ダラダラと脂汗を流して視線を彷徨わせる様子から、頼みの綱が切れたと焦り始めている。
そして、彼らの焦燥に火を付けた等級に関しては、口から出まかせ…………テリアには悪いが、虚偽だ。
素人の判断で、もしかすると相性の問題もあるだろうが、テリアは“黒鉄”級には及ばない。
ドルで垣間見た全盛期をとうに過ぎたロバートや、高齢であるだろうオン、そして、彼と比べてしまうと大きく見劣りする。
よくて“白金”級だろう。
この場の誰よりも強いが、決して天井ではない。
やはり、“渓谷からの呼び声”幹部との接敵は避けたい。
仔細は不明だが、“白金”級以下、“金”級以上の相手だ。
それに、護衛の等級や正確な数も不明で、迎え撃とうとは思わない。
こちらの戦力はテリアたった一人なのだから。
「さあ、決断しなさい。生きるか、死ぬか。わたくしたちだって冷徹なだけではないの。わたくしたちの利になるなら、全てが終わった後に開放してあげる」
飴と鞭。
“渓谷からの呼び声”幹部では生存に役立たないが、もしこちらの思惑通りに事が運んだら生き残る可能性、その微かな道筋だけは残す。
すると、絶望一色に染まっていた思考もまた、死を前に停滞することなく大きく動く。
畢竟、アナスタシアにとって彼らの生死などどうでもいい。
ぺリアーの言葉通りならば“渓谷からの呼び声”幹部は失敗を死をもって贖わせる方針のようだ。
恐怖支配は烏合の衆を纏めるには有効だが、その圧政から抜け出せる道が欠片でも提示されてしまえば脆く崩れる。
それを、アナスタシアは経験からよく知っていた。
これまでも、幾度となく暴虐の限りを尽くしていた商会を、同じような手で潰してきたのだから。
「…………テリアさん、あたし怖いです」
「同感ね~。あれは交渉じゃないわ~、れっきとした脅迫よ~」
「憧れてしまいそうになりますが、心のどこかでああはなりたくないって…………」
「いいのよ~、アリーちゃん。あれは常人がなれるものじゃないから~」
こそこそ煩い。
というか、口が悪いのでは? 最初から脅迫すると言っているのだし、そもそも、誰のために悪役に徹していると思っているんだ?
…………もしかして、彼もまた同じ気持ちだったのだろうか。
わたくしたちのことを思って、非道で下劣な『悪人』を演じていたのだろうか。
もし、そうだとすれば悪いことをした。
ずっと、守っていたのに返礼は侮蔑と悪態など…………早々に放り出したくもなるだろうに。
ああ、早く会いたい。
そのためには、『悪人』になりきって、言質を取らねばならない。
「…………お、俺たちは……………………要求を、」
震えた声色で、ぺリアーは口を開いた。
脅しているこちらが哀れに思う程に蒼白で、この世の終わりのような横顔で。
それでも、垂らされた希望の糸にしがみついて。
無様とは言うまい。
ぺリアーは人間として当然の決断をし────
「アナスタシアさんッ! 離れてッ!」
…………? 閃光。
…………腰のあたりに鈍痛が。続けて鼻を突く刺激臭が目に染みる。
…………? ぺリアーはどうなった? 砂埃のせいで視界が奪われている。
…………何かの拍子に蠟燭の火が消えてしまったようだ。月明かりを頼りにしようとも、大きな影のせいでぼんやりとしか見えない。
…………ッ!? 大きな影…………!?
射竦められた。
ぺリアーの言葉を遮って眼前に現れたのは紛うことなき巨人だった。
倉庫の天井すれすれの上背に、大きく苦悶に歪んだ表情、膨張したような筋肉に、体格に見合わない細い両足。
一言でいうならば、怪物だ。
それは不思議そうに首を傾げて、身動きが取れずに這い蹲るわたくしを一瞥した。
そして、それはにたりと嗤った。




