(257) コンサート前日
◇◇◇ 武道館 ◇◇◇
クルミちゃんの意識が戻ったかを電話で確認し、
オレは発着室から北の丸公園へとやってきた。
日本武道館のある公園だ。
コンサートは、いよいよ明日に迫る。
アイミーと出会ってから、まだ2カ月も経ってないのに、
フードコートでの出来事が遥か昔のように感じる。
気付いたらオレはプロデューサーをしている。
最近、その事が何度も頭を過る。
クルミちゃんが言うように
オッサンなのかもな。
武道館の建屋が視界に入ると、
入り口付近に人だかりがあるのが伺える。
ファンだろうか。
武道館入り口の上にはエルピース1st
コンサートの横断幕がある。
そして、左右にはアイミーとリリカの
上半身が描かれた垂れ幕が飾ってある。
人だかりは武道館を背に写真を撮っていたのだ。
オレはその光景を目の当たりにして安堵する。
チケットは完売しているが、本当に明日
お客さんが来るのか心配してたから。
ホール内に入るとステージ上が騒がしい。
「藍衣が、わざとぶつかってきたんでしょ?」
「違うわよ。百花の方が、
わざとタイミングズラしたんじゃない」
20人ほどのアイドルが固まっている中、
2人がもめている様子。
オレは近くにいたアーツの社長へと近づき
事の真相を聞いてみる。
「どうされました?」
「リハーサル中に、青いTシャツの子が倒れてね。
そしたら、あの2人が喧嘩し出したんですよ」
オレの知らなかったことだが、
事務所では良く見かける光景らしい。
あの2人が仲悪いというよりは、
2グループが対立しているのだという。
オレがここ数日見てる限りでは、
グループ間にそんな対立があるなど
感じていなかった。
連日のリハーサルでの疲労と不満が
爆発したのかも知れない。
「そこの2人!
喧嘩するなら外でやって。
リハーサルのじゃまです」
振付師が持つマイクから会場全体に怒号が響く。
それを聞き、どちらか一方が悪いのではないと悟った。
何も知らんオレがしゃしゃり出て
仲裁に入らなくて行かなくてよかった
と自分に言い聞かせる。
同時に周囲を見渡し、空の観客席を確認する。
お客さんがいなくてよかったぁ。
こんなん見せられんよ。
振付師の言葉によって、
喧嘩は直ちに治まったものの、
彼女らの視線は相手を威圧しており、
無言の喧嘩が継続しているようだ。
グループ間の垣根を超えたコンサート限定の
ドリームチームも披露する予定である。
最悪にも、あの2人を含むチームも組まれてある。
明日、大丈夫なのだろうか。
中断したリハーサルは再開され
オレは口を出すことなく、
ただただ見学していた。
この事件をきっかけに、
彼女らの見方が変わってしまった。
パフォーマンスする彼女らに集中できない。
誰と誰が微笑み合っているとか、
距離感が気になってしかたない。
よくよく観察すると、
グループ間に壁があるのを感じる。
アイミーも例外ではない。
アイミーとリリカのエルピースは、
最初に出来たグループであり
アーツ内では1番上の先輩となる。
後輩たちは、アイミーの話を素直に聞くし、
尊敬しているから近寄りがたい存在なのだと
思い込んでいたが、どうも他のグループは
全員敵でありライバルのようだ。
そういう風にして見ると、
アイミーが孤立しているとしか思えなくなってる。
オレは、ふと堀北さんのことを思い浮かべる。
彼女はフリークライミングの選手として
所属ジムの後輩だけでなく、
他校からも慕われ、尊敬されている。
高校選手権全国1位の選手でさえだ。
この違いはどこにあるのだろうかと
考え込んでしまった。
◇◇◇ 都内のマンション ◇◇◇
閑静な住宅街。
とあるマンション前に黒塗りのハイヤーが停車する。
後部座席が開くと、現れたのは1人の若い女性。
背が高く細身の体型でモデルのようである。
その女性はマンションに足を踏み入れ
エントランスにて、とある部屋へコールする。
>> はい
インターホンから年配者の低い声が流れる。
>> 友璃さんとお友達の白川です
そう、彼女は白川さん。
実家に遊びに来たのだ。
>> お待ちしておりました
エントランス横の扉が開き、
彼女は居住区へと進入する。
◇◇◇ 岩井宅 ◇◇◇
白川さんは通路を通り、
岩井宅の前までくると父と目が合う。
「こんにちは」
「こんにちは」
玄関で出迎えていてくれてたのだ。
「わざわざ娘のためにお越し頂き、
ありがとうございます」
優しげな表情で語り掛ける姿を見て、
『父ってこんなに弱々しかったっけ』
と感じてしまった。
「どうぞ、中へ」
「お邪魔します」
先週も感じた事だが、自分の家なのに
他人として部屋にあがるのは
不思議な感覚である。
リビングに入ると、真っ先にスマホサイズの
写真と位牌に視線がいく。
白川さんはその前に立ち、写真を見つめる。
自分ってこんな顔してたっけ?
と前回と同じ感情になりつつ、
両手を合わせて冥福を祈る。
自分は生きているのにと、不思議な感覚である。
「ありがとうね。娘も喜んでるでしょう。
娘は多くの人に愛されてたのを
もっと早く知りたかった。
ファンレターも沢山届いててビックリしてます」
「ファンレター?」
何それ?
実家の住所、どうやって特定したんだろう。
特定班が凄すぎて、最近のSNSに恐怖を覚える。
「事務所に縫いぐるみだとか届いてるらしく
手紙だけ受け取りました。
といっても、娘宛だから中身は読んでないです」
なるほど、事務所の人がが届けに来てくれたのね。
と納得したところで。
あ?
「これも事務所からお父様に届けて
くださいと頼まれたものです」
紙袋をお父さんに手渡す。
「中身はなんでしょう?」
「聞いていませんが、
恐らくお菓子ではなでしょうか?」
「なら、ちょうどいいです」
と言い。
袋から2つあるうちの1つ取り出し、
紙の包装を剥ぎ取る。
白川さんの想定通り、
中身はクッキーの詰め合わせであった。
「いっしょに食べませんか?」
それをテーブルの上に置き、
冷蔵庫から2つのペットボトルを手にして
テーブルに置く。
「いただきます」
「時間があるから前回の続きをお聞きしたいです」
それは娘の話題だ。
学校での様子、趣味や芸能活動など。
前回、話しきれないことが沢山残っており、
消化しきてれてなかったのだ。
「ぜひ」
そして、父は紙袋から残りの箱も取り出し
包装を剥ぐ。
「え!」
その場の2人が動揺する。
だって、中身は写真集だったのだから。
しかも、娘が死ぬ直前に撮影したものだ。




