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第73話 憎悪の代償は

 家屋に付いた火は街を燃やす、黒煙と悲鳴、泣き崩れる民衆。その片隅では首をもぎ取られた男の死体が女性2人の死体に覆いかぶさるようにして焼け焦げていた。


 憎悪はシオンの中から溢れ、激烈の感情がその身を焦がす。このまま無意味にのたうち回れたらどれほど楽になれようか、だがそんなヒマは無い。泣いているヒマも無い。喚き散らし、当たり散らすヒマがあるならばあの男を、怪人を、追手を追わなければ甚大な被害がでてしまうのだ。歯を食いしばり、怒りのあまり狂いそうになる頭の中を無理矢理に抑え込んで追手を追う。


 グラグラと煮え立つ心にはもうあの怪人を倒す事しか無かった。周りが何も見えなくなり、相手の意図も何1つ考えずに兎に角突っ込む。破れかぶれどころではないのだ、相手を殺害する事だけがリフレインする。


 つまりシオンはまんまとあの怪人の掌の上に乗ってしまったのだ、不自然な物事を全て、全て!全て!!見落として。




 「あっちニャ!煙を吸ったらだめニャ!」


 カイハ等3人は逃げるのが少しだけ遅れた。理由は不可解な話だが煙の臭いにファニの鼻が反応しなかったためだった。カイハの持ち家の周りにもまるで遅延するかのように火が付き、そして煙は丁度カイハの持ち家を中心にして避けて行った形になったのだ。


 気が付いたのは大勢の悲鳴と建物が崩れ落ちる音を察知したからだ。飛び起きたファニがカイハとカザンを起こした時には遠方から火の手が迫って明るくなり始めた頃からになる。そして入り組んだ通りを進むとその先には火の手が急に上がり、まさに炎の壁で作られた迷路のようになった道を何とか進んで来た。無論それは追手の怪人による手腕でそうなった。


 「こんばんわァ~。まるで昼間のように明るい夜ですねェ~」


 「!!」


 「これがまさかシオン君の追手か!?」


 「シオン君……ああ、13号の事ですかねェ~?何でワタシがその追手だと瞬間的に判ったんですかねェ~?」


 追手の姿はルロイの相手をしている時から変わっていない、すなわち巨大な人型の昆虫のような姿をしている。ヘラヘラと肩を揺らしながら怪人は大事そうに抱えている皮の包みから、ボーリングの玉よりやや小さい何かを取り出しカイハ達に見せびらかす。


 「コレ、ご存じですかァ~?」


 「……!!」


 「な、そんな……ルロイのおっさんニャ……」


 「8号の名前はルロイって言うんですかァ~。初めて聞きましたよォ~……じゃあ早速なんですけどアナタ達もこうなってくれますよ、ねッ!!」


 猛烈な勢いの振り下ろしが空を切る。狙いはカイハだったがそれを見事に避けたのだ。しかし避けられたに関わらず、怪人は楽し気に笑う。


 「クク、クヒヒ……もしかして中々名のある冒険者殿ですかねェ?……そこの後ろの魔族2匹をこちらに渡してもらえれば……人間であるアナタの命だけは助けて差し上げますがいかがァ~?」


 「……渡したらどうするんだ」


 「決まってるじゃないですかァ、連れて帰ってカワイがるんですよォ~。肘と膝を切り落として首輪に繋いでクソを食わせて腹をケッテ目玉をくりヌイテ!最後には生きタママヤツザキニスルンダヨおおおお!!!」


 ガッ!と怪人の外皮にファニの放った矢が突き刺さるが貫いてはいない。なんの痛痒も見せない怪人はヨダレをボタボタと垂らしながらファニとカザンの未来の姿を幻視し狂乱している。


 「ファニ、カザンを頼む。何とか時間は稼ぐから逃げるんだ」


 「ニガスワケガネエダロウガ!!そのクソ魔族をよ!!」


 怪人が前傾姿勢をとりカイハに飛び掛かろうとしたその時!放たれた矢よりも早く、空気も熱波も切り裂いて黒を基調とした物体が怪人にぶつかる。シオンの全力の飛び蹴りだ。その衝撃はクレーン車から落下させた鉄球のような威力、破砕音で以て怪人の胸に直撃した!


 間に合ったのだ。


 しかし怪人は気が付いていたのだろうか、クリーンヒットに見えたシオンの飛び蹴りを胸に受けても数メートル後退しただけで致命傷は与えてはいない。しかし、その胸には大きくヒビが入り確実なダメージになっている。


 「早く死ねえええええッ!!!」


 シオンの感情に火が入る。飛び蹴りの反動で空中で一回転、その勢いで怪人の左肩に全力の手刀が振り下ろされる。互いの外皮がガラスの破片のように砕け散り、シオンの腕はおかしな方向へと折れ曲がった。しかしそれほどの威力だ、怪人もただでは済んでいない、左肩が大きくヘコんでいる。普通の人間ならば肋骨数本を道連れにして絶命にも至っているだろう。


 だが!


 「13号、中々早い到着じゃないかァ~」


 怪人の残った右腕でガッチリとシオンはホールドされた。ブクブクと黒い粒子が怪人の左肩から吹き出して高速で肩が盛り上がってゆく。再生しているのだ。左手が動くようになった怪人がシオンの背に向けて掌を密着させる。あの燃える物質を噴射する気なのだ。


 「おおおおあああああ!!!」


 ガバッ!とシオンのアゴが真横に割れる。巨大なカニの鋏のように、万力のように、金網を切断するニッパーのようにシオンの、スズメバチの大咢が怪人の喉に喰らいつく。生物の、人間の、昆虫の最大最強の攻撃力を持つ「噛みつき」それが今、怪人の喉を半分食いちぎった!


 「お!ブフォッ!」


 吐血。頸動脈が食いちぎられ、血液が喉に流れ、それを異物と判断し吐き出す人体の構造。噴水が如く頸動脈からは真っ赤な血液が噴出し、シオンもその血液を浴びて真っ赤に染まる。


 しかし怪人のホールドは解かれてはいない、だがシオンも止まる事は無い!


 ガヂンッ!バヅンッ!と形など、人間性など完全に放り投げただただ捕食者が被捕食者を貪るようにシオンの大咢は怪人を削る。そこにあるのは自然界では当たり前の食らい合いだった。正義でも悪でもなく、ただ純粋なまでの捕食行動がそこにある。


 カイハ達はその2人の姿にあっけを取られ放然としている。当然だ、あまりの獰猛さに足が動かせないのだ。


 血液を失った影響か怪人のホールドは解けた、失血によるショック症状なのか痙攣を起こしガクガクと膝が震え、藻掻くように空中を引っ掻く。


 地上に立ったシオンは硬く、硬く拳を握る。


 「早く、死ねと、言っただろうが……!」


 シオンの両腕の形状が急激に変化する。手首から肘にかけて太くなり、手の甲の丁度真上に孔が開いた。そこから杭のような極太の漆黒の針が出現する。ヌラリと謎の液体に塗れたソレを渾身のボディーブロウで怪人に打ち込む!無事な腕で、折れたはずの腕で!何度も、何度も!何度も!!


 怪人の胸のヒビは砕け散り、衣服を着た生身が剥き出しになり、シオンの連打の度に大きく、深い穴が開いてゆく。


 しかし!


 「ガファッ!!……クヒヒ、ヒヒ……ヌルいなァ、13号……お前の、ゴフッ……お友達は大丈夫なのかァ~?」


 「!?」


 今まで怪人とシオンを避けるように流れていた煙が纏わりつくように濃く、分厚くこの場にいる全員の周りを取り囲んでいた。シオンは動揺するが一瞬だけ煙程度だとタカを括ってしまう。それが明暗を分けた。


 「やれ」


 音も無く、しかし強烈な勢いで煙がシオンとカイハの間、真ん中から吹きあがった。何が起こるのかと身構えるが何事も無く、だがその煙が風で流れた時には……


 「動くとあの猫の魔族が死ぬかもなァ?」


 「あ、あ……」


 そう、もう1人怪人がいたのだ。その怪人はファニを羽交い絞めにし、喉に短剣を当てていた。薄らと喉から血が零れる。カイハの顔は蒼褪め、焦りで大量の冷や汗をかいていた。


 「キサマ!ファニさんをはキフッ……!」


 「動いたァ~」


 オレンジと黒の火炎を操る怪人の抜き手がシオンの喉を貫いた。それを真横に振り抜くと首の皮一枚残しシオンの首はほぼ切断された。力が一気に抜け、シオンは地面に膝から崩れる。頭部の重みで崩した正座の形から倒れた形になり痙攣を始める。


 「13号が動いたから……やれ」


 「やめろおおおおおおお!!」


 カイハは叫ぶ、ファニを開放しようと煙を操っていた怪人に襲い掛かるが




 ファニの喉に、深く、深く、頚椎に到達する程に短剣が沈みこんでいった。




 そして、襲い掛かったカイハの顔面に煙が纏わりつき、目標を見失ったカイハの喉にはファニの首を掻き切った短剣が




 根元まで突き入れられた。




 「ファニ、姉……カイ、ハ……」

 

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