第42話 規格外
肌に冷ややかな風が吹き付ける、ネットリと纏わりつくような闇と湿気。大地を蹴り、4人は疾風さながら救援を待つ村へと駆ける。ベローズにエイブと言う村はどんな所かを聞きながら走る。
曰く、寒村で農業と狩が主な収入源。目立ったような農作物はないがスクリスの近くである事が理由により冒険者や商人の一団がよく訪れるそうだ。しかし、そのエイブが魔物に襲撃され、それを伝えに来た男のあの焦り様を見ればその防衛戦力が少ない状態か役に立っていないかのどちらかであろうとの推測を混ぜて話す。
そしてシオン達の懸念材料であるイリスだったがそれは走り出して2分と経たないうちに払拭される。シオン達の速度に付いて来るどころかこれを3時間ずっと続けられるならば、走行距離として軽々と他の3人を抜いて行ってしまうだろう。
「うろ覚えだけれど大体の場所は知っているから途中で休憩を1回挿むのだわ!」
「イリスが早いのは意外だったけどベローズはなんでその格好で走れるんだい!?」
「優雅に水面を滑るように泳ぐ鳥は水面下では足をバタつかせてるのは知っているのかしら!?」
ベローズの答えは答えになってはいないが要約するならば「割と必死に走っている」になるのだろう。何とも言えない間の抜けた話のようではあるが「気合を入れろ」や「根性が決め手」などの身体を固くするだけの意味が無い話をしないのは賢明だと言える。
かなりの距離を一行は稼ぐ。あいにくの曇り空で月明かりも見えないが優れた感覚でベローズは大まかに時間を判断する。丁度川沿いに開けた場所を発見し、そこで1度の休憩を取る事に決めた。
イリス以外は息が上がっているが休憩と同時にヘタる程の体力は消費していない。各自自分の装備品のチェックや、経験則で得たのであろう運動後に体を軽く動かし素早く体力の回復を促す動きをしている。
「シオン、草履の状態は万全かな?」
「……ちょっとだけヘタレ気味ですね、換えとかありますか?」
シオンとニーアの会話の中にある「草履」ワラジのような形をしていて草や藁を編んだ履物。これはこの地域の基本的な履物で10歳になるまでにほぼすべての人が編む事が出来る原始的な履物だ。勿論草で編んだだけの物なのですぐに使い物にならなくなる、故にほぼ全員が編む事が出来るようになるのであり、重要な消耗品になる。
ニーアはこの草履を背嚢の中から1足取り出し、シオンに渡す。
「私達もベローズみたいに革製の靴にしておきたいな……イリスの靴は見た事が無い形をしているね」
シオンは使い古した草履をニーアに渡し早速履き替える。そしてベローズは茶色のブーツのような革製の靴を履いていて、問題はイリスの履物だろう。色は目立たないようになっているが素材が不明のスニーカーのような形をしていた。
「奥様、頑丈な魔物ノ皮ととある樹液がアレバ現在の草履の10倍以上の性能向上が見込める靴を作レル」
「今は材料が無いって事だね、樹液ってのがよく分からないけど作れそうになったら頼むよ」
人にとって足回りとは地味で、かつ重要な物である。そして頑丈な靴を作るには非常に高い技術力と各種素材が要求される。仮の話ではあるが動物は物を食べる事が出来なくなれば死が確定する、それと同様に走ったり歩いたり移動が制限、もしくは不可能となればそこは飢えと死が待っている。
「どう言う理屈かは置いておくとして、イリスの生産能力はわらわ達にとって重要なのだわ。戦闘能力が無くてもお釣りが出るぐらいかしら。むしろ戦闘は極力避けて物資、素材の回収に念を入れて欲しいものだわ」
ベローズが金銭面での話を無しにして村落救出の話を受けたのはイリスの性能の事も大きく関わっている。魔物討伐の証は鼻があればいいのだ、残りの死骸やゴミに近い何かで高性能な物品が出来るのなら今まで以上の儲けが出るとの算段、更に言うならば別途エイブの村から報酬が見込める。それが見込めなくとも何かしら他の素材を回収すればいいのだ、竈に残る灰や炭でさえ別種の何かに変わるのだからほぼ損は無いと言っても過言は無い。
ベローズは表にこそ出さないが、このイリスという規格外の拾い物を幸運どころの話ではないと感じている。それは恐らくニーアでさえ薄々と感じている事になるだろう。
「ここからは見えないけれどすぐにエイブに辿り着くのだわ。みんな息は整え終わったかしら」
「大丈夫、私もシオンも問題無いよ。イリスは表情がイマイチ読めないけどね」
「結構。では最終的な話になるのだわ。いいかしら、重要なのはわらわ達全員の命、究極的な物事でエイブの村民の命は全部失われても構わないのだわ。シオン、そこは理解しているかしら?」
「……心情的には出来る限り助けたいですが、ベローズさんの言う事は理解しています。体力を使い切る事無く無理だと判断したら退却ですね」
ベローズは真剣な眼差しで頷く。この4人の中で一番甘さが残るのが言うまでも無くシオンになる。その次にはニーアになるだろうがシオンとの差は絶大であり問題は無いレベルに至っている。ベローズの言う事の意味は、自分の命は代えが利かないモノであり1つしかないモノ。無理だと判断したならば自分の命こそが最優先であり、助かりそうにない者、死んだ者は切り捨てる覚悟をしろと言ったものだろう。人は感情の生き物であるとは誰かが言った言葉だが、感情で腹は膨れないし死んだ者は生き返らない。以前ニーアの言った「生きる覚悟」に通じるものがある。
「欲をかくのは命に危険が無い時に、助けたいと思うならば余裕の領域から出ない範囲で行う事なのだわ」
「要するに戦闘行為が終わった後からモノを攫おうって事だね」
「ニーア、品が無いのだわ」
「漁村暮らしだったからね。ベローズの故郷に行きついたらその品とやらも習ってみようかな」
4人は誰からとも言わず円陣で肩を組む。そこにはすでに家族間では得られないほどの濃さの何かがあった。
未だ見ぬ明日のためにエイブの村に走り出す。真の暗闇、黎明は僅かに青みがかりやがて多彩な色で以てこの世界を覆いつくす。魔物が跋扈し、人の命は安く、それでも懸命に生きる人の営みに満ちたこの世界でシオンはまた1つ成長する。
美徳なんてのは余裕がある状態の時にしか生まれません。そして足腰は2足歩行の人類にとってあまりにも重要なモノですねw
つまり腰痛はつらいw




