最初の一歩
机に積まれた金貨を見て、マルガリータは頭を抱えた。ダイキリは目をひんむいている。ミスティとスティンガーは、表面上は平然としていた。「うむ、久しぶりに見る金貨だな」とか言ったスティンガーの声が、面白いくらいに震えていた。う、ううううむ、みたいになってた。動揺してるらしい。
「ほー、大したもんだなぁ、少年」
ヴェローニャの『奈落』ギルドハウスにて。
食堂の椅子に座って、迷宮から出てしまったからまた眠れないらしいギムレットは、すこぶる眠そうな声で言った。
「俺の治療費、これで足りますか?」
「そら足りるさ。金貨2枚で十分だよ」
1枚ですまない辺りで、センセの治療費は法外過ぎるが、今更言っても仕方が無いだろう。だいたい、数十枚のうち、1枚だろうが2枚だろうが大した違いじゃない。
「こっ、こここここっ」
鶏みたいな声を上げて、自分でも酷すぎると思ったのだろう。すぅ、はぁ、と1回深呼吸をしてから、マルガリータは机に積まれた金貨を指差した。
「これっ! クレオール、どうやって手に入れたの!? あなた一文無しだったはずじゃないの!」
「はーい、ミスティ分かったじぇーい」
「はい、ミスティ。解答を許します」
何故かクレオール完全無視で会話が進んでいく。でもまぁ、急いでないし。というか、正直もうちょっとクレオール自身落ち着く時間が欲しいし。そんな気分で2人を眺める。
「その聖書ぶん投げ神官もどきが高利貸しに内臓売ったらりー」
「そんなことしたの!? あれ、ほんとに持ってかれるのよ!?」
「るるるー。返済地獄まであと5日―。正解? 当たって悲劇で迷宮でもう1回会いまショー?」
「いや、内臓なんて売ってないけど……」
「ちっ」
一応クレオールが小声で主張すると、ミスティからは舌打ちだけが返って来た。
「語尾が消えた……」
「残念だもげー。じゃない。安心したもげー」
「嘘くさーい」
マルガリータが誠意無く突っ込みを入れる。ミスティはふるふると首を振った。
「嘘じゃないもげ。ミスティはいつだってほんとの事しか言ってないもげげ……で、神官どっから盗んできたのこれ?」
「神官なのに盗むってどういう事なの!? あんた達一応聖職者でしょう!?」
机を叩いて、引きつった声でマルガリータが叫んだ。マルガリータの地雷らしい。この前の探索では黒字だったはずなのに、全然足りないんだろうか。もしくは、それとこれとは別問題なのか。
おはじきで遊ぶように、ミスティがかちん、と金貨を1枚弾いた。
「ギルド『煉獄の夢追人』から盗んで来たのだったら褒めて遣わすもげげげー」
「あっ、それなら許す」
「いや、許されなないと思うよ……?」
「取り返すだけだもん! ……って、あれも違う、これも違うとか言ってる前に、正解を言いなさいよクレオール」
促されて、怒られるのが分かってる子供の様な気分で、答える。
「えーと、妹の形見、売った……」
「バカ――――っ!!!」
頭を抱えてマルガリータが悲鳴を上げる。ダイキリが机の金貨を掻き集めた。
「すぐ買い戻せっ!」
ミスティがいつの間にか2枚くすねた金貨をお手玉みたいに空中に投げる。
「もう手遅れもげー。買い戻すなら3倍になってるるるー」
「そうかも知れないけど! っていうか、信じられない! どうしてそんな事するわけ!? さっ……」
善良なマルガリータは一瞬だけ、言葉を詰まらせた。
「最期、は、お互いの幸せを祈れたじゃないの……」
マルガリータには申し訳ないけど、マルガリータが動揺してくれればしてくれるだけ、クレオールは落ち着けた。何だろうな。クレオールは人が慌ててると、逆に落ち着ける派だ。
「うん。だから、もう良いんだ。妹の形見を肌身離さず持ってる必要はないと思う――それよりも、金貨にしてギルド『奈落』に使って欲しい。このギルドが無かったら、俺はクレアとあんな風に別れ直す事は出来なかったから」
「……そう?」
「そう」
「……なら、ありがたく受け取る」
理想と現実の間で、マルガリータは現実の方に天秤を倒して頷いた。
人間は思い出よりも、今の願いを叶えるべきだ、と思う。だからマルガリータの選択は嬉しかった。
「となるとまぁ、これで少年の願いは叶って、借金も無くなったわけか。ふむ、それは何よりだ」
ギムレットは相変わらず眠そうな様子で首を傾ける。悪鬼よりも悪鬼らしかった迷宮での迫力はまったくといっていいほど感じられない。故意にそう振る舞うようにしているのか、素なのかはクレオールにはまだ分からない。
「では少年、この先どうするつもりだい?」
さりげないギムレットの言葉に、ギルド『奈落』の年少組が、あ……、と呻いた。ミスティは、もげ、だったけど。
「1度故郷に帰る……つもりだったんですけど。クレアの言う通り、両親にも好かれていませんし。そうしたら、無理に義理を果たさなくてもいいと思えるようになりました」
ミスティのお陰で、とは言わなかったけど、ミスティは気付いたみたいだった。気紛れで意地悪な猫みたいに、笑っている。
本当に、ありがたい。
あとはそう、もう少しだけ。もしくは、もうしばらく。
「このヴェローニャで封印者を続けます」
ぺこりっ、とギムレットに頭を下げる。
「出来れば、このギルド『奈落』に、引き続きお世話になりたいのですが」
断られない、気がするけど。だけど断られたら。掌に、みるみるうちに汗を掻いていくのが分かる。クレオールには、もう何かの望みはない。同時に、封印者を続けなくちゃいけない理由も無い。
ギルド『奈落』の理念、『もう少しましな人間になりたい封印者に助力を』にも、『行き場の無い封印者に居場所を』にもそぐわないかも知れない。だけど、クレオールはもう少し、このギルドに、もう少しだけ居たかった。
ギムレットは椅子から立って、クレオールの肩を叩く。
「それは、おれ達としては願ったり叶ったりだよ。これからもよろしく――クレオール」
何だか聞き慣れない気がして、クレオールは目を瞬かせた。
そうだ。少年、もといクレオール、から、クレオールに昇格出来たらしい。
「よろしく、お願いいたします」
思わず笑いながら答えると、マルガリータやミスティやダイキリが変な顔をしていた。
「……どしたの?」
3人は顔を見合わせて、それから代表のようにマルガリータがクレオールを指差す。
「あなたが笑ってるの、初めて見たかも」
「そうかな?」
「そうよ……そっちの方が、まだましね!」
マルガリータが偉そうに批評して頷いた。ミスティは、「メグ、趣味悪いじぇー」とか失礼なことを言っている。
「つーかアレだよな。神官いねーとオレらも困るしな」
「そういうこと言うんじゃないわよ! ダイキリ!」
「うるせーよ小姑。しかし、こんだけ金貨がありゃ、たまにはいいモン食っても罰は当たんないんじゃねーの?」
「誰が小姑よっ!……は、あれだけど。でもそうよね、たまには……」
ダイキリとマルガリータは揃ってギムレットを見上げた。『金銭感覚が死んでる』ギルド『奈落』リーダーは、うっすらと隈が浮き始めている顔で笑う。
「クレオールの歓迎会も兼ねて、たまにはぱーっといいもん食うか」
ダイキリとマルガリータが歓声を上げた。ミスティも「たまにはにょー」と嬉しそうだ。
「では善は急げだ。すぐに行くぞ。全員3秒で身支度を整えろ。1、2、3、よし出発だ」
声は平坦なものの、乗り気なのが丸わかりな調子でスティンガーも立ち上がる。
ギムレットが、迷宮の中と同じような調子で一同を促した。
「さて、行こうかね」
はーい、と年少組4人で声を揃えて返事をして、歩き出す。
それは、クレオールが初めて自分で選んだ道への、最初の1歩だった。




