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  作者: K
2/26

東京へ

あれから、15年が過ぎた。

爽は、東京の大学生になっていた。


先に上京したのは、巧だった。

祖母初江の猛反対をくらったのは、巧がいきなり薬剤師になる為に上京すると言ったためだった。


巧が目指した私立の薬学部の、高い学費を、巧と長い確執のある初枝は出し渋った。

けれども、長期入院中の父春生の懇願もあって、巧は、何とか進学することができたのだ。


生活費などは苦労したらしいが、友達の家に転がり込んでいたと、あとで少しだけ聞いた。

それから、初江の葬式まで、巧は、実家に帰ってこない。

初江が死に、葬式の為に巧が帰ってきたのが2年前。

爽が、高校2年生、巧が大学4年生の夏だった。


「やっとくたばったか。」

と、言い放った巧の言葉には、愛情の欠片も感じられなかった。

そして、葬式のあとのあの騒ぎ。


爽は、巧のあの驚いた顔が忘れられない。


大学の試験中だった巧は、そのあと、ほとんど爽と話をすることもなく慌ただしく帰っていってそれきりだった。


爽が、東京の大学への進学を決めたのは、そのあとだった。

爽自身も、ずっと進学したかったし、何より、実家を出たかった。


旅館を継ぐことがほぼ決まっていた爽が進学することを、母、麻由美は反対しなかったが、一つだけ条件を出した。

巧と同居することだった。


しかし、実家にいるとき、爽は、巧の不機嫌な顔しか見ていない。

祖母の初枝に嫌われていた巧とは対照的に、溺愛されていた爽は、不良よばわりされる巧からは、完全に隔離され、家にいながら、巧と会話することは、ほぼなかったと言っていい。


その巧が、爽との同居を認めるわけがないと思っていたが、意外にあっさり同意したのだと父、春生から聞いた。


爽の東京行きが決まった時、麻由美は、爽に先立ち、巧の引っ越しを手伝い、爽の為にベッドやカーテンを購入し、備品や食料などを買い込んでくれていた。


爽は、愛用品や、洋服などをトランクに詰めて、一人で上京したのだ。


携帯のナビを使って、やっとのことで、マンションに着いた爽を出迎えてくれたのは、初江の葬式のあと、1年半ぶりに会う巧だった。


「よう。来たな。」

意外に明るい巧に、爽の方が戸惑う。

「これから、よろしく。」

そして、巧は、爽の背後に誰もいないことに気が付いた。

「一人?」

「え?」

「母さんは?」

「いないよ。」

「…ふうん。」

巧は、少し考えるようにうなづいて、爽を、家の中に引き入れた。


玄関から正面がリビングキッチンだ。二人暮らしということで、リビングも広めだ。

対面キッチンに二人用のダイニングテーブル、その奥にソファがあって、そこに座ってテレビが見れるように配置されているが、どこか生活感がなかった。

リビングをはさんで、両側に部屋があり、それぞれ巧と爽の部屋になる。

「お前の部屋はあっちな。」

そう言われて、部屋に入ると、ベッドと机と本箱が用意されていた。

実家の部屋と同じ、ブルーを基調とした部屋になっていた。


荷物を置いて、リビングに戻ると、巧が、ダイニングテーブルに肘をついて、爽を待っていた。

「鍵渡すために待ってた。同居って言われてるけど、俺、ほとんど家にはいないからさ、聞きたいことがあったら、今のうちに聞いとけよ。」

「え? どうして?」

「どうしてってお前…」

巧は、楽しそうに笑った。

「お勉強だよ。」

「勉強?」

「本番の試験があるからな。いろいろと大変なんだよ。」

「だから?」

「住み込みで、勉強を教えてもらってる。」

「誰に?」

「先輩。」

巧があっさり同居を認めた時に、不思議な気がしたのだが、こういう理由かと爽は納得した。


もともと、実家にいるときから、巧は、ほとんど家にはいなかった。

爽が小学校の低学年の時に、巧は中学生だったが、中学生になったころから、土日はほとんど家にはいないし、夜も遅くまで帰ってこなくなった。

祖母の初枝が、不良だと、激しく罵っていたのを覚えている。

巧が東京の大学に行ってしまったのは、爽が中学生になったばかりの頃だ。

それから巧は、実家には一切帰ってこなかった。

1年半前の初枝の葬式まで、巧の姿を爽は見ていない。

そして、今回は、その葬式以来の巧との再会だったのだが。


巧は、爽に、バス停の位置と、近くのコンビニと、少し離れたところにあるスーパー、そして最近できたばかりらしい喫茶店の場所を教えて、本当に、先輩のところとやらに行ってしまった。


「何か、困ったことがあったら、携帯に電話しろ。」

そう言っていなくなった巧だったが、携帯番号を聞いてなかったことに、あとから気が付いた。


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