兄弟
爽と巧は似てない兄弟だ。
巧は、母、麻由美の血を色濃くひいた綺麗な顔立ちで、生まれた時から、その美貌が際立っていた。
くっきりした二重の瞳に、男としては長いまつ毛、高い鼻梁に、引き締まった唇。
華があるとは、彼のようなタイプを言うのだろう。
モデルや俳優が約束されているような、そんな綺麗な男だった。
何をしても目立つ。
そして、絵になる。
どんな表情でも、綺麗に映え、注目される度に光ってくるような、派手な男だ。
とにかく熱狂的なファンがつく。
対して、爽は、巧と比較するなら地味な印象を持つ弟だった。
父、春生に似た爽は、端正な顔立ちをした、内側に持っている優しさが外にだだもれしているような、そんな男だった。
「爽くんって、よく見れば、相当のハンサムよね。」
と、言われるくらい、決して、男前でないわけではないのだが、巧の派手な美貌の前では、誰がいても霞んでしまう。
地味な印象があるのは、爽自身の問題ではなかったともいえる。
しかし、祖母には溺愛された。
実家は、古い旅館を経営している。
祖母の初枝は、祖父の芳文が病死したあと女将として、旅館を切り盛りしていた。
嫁いだ母、麻由美は、若女将として、初枝に徹底的に鍛えられたが、もともと気性の激しい初枝のしごきは、虐めと言っても過言ではなかった。性格が従順で、古風な考えを持っていた麻由美は、そんな、初枝に対して、ひたすら耐えていた。
父、春生が病弱な為、旅館経営への戦力にならないせいもあった。
麻由美が、隠れて泣いている様子を知る巧は初枝を嫌い、初枝もまた、麻由美をかばい、自分に反発する巧を疎んじた。
そんな環境を嫌った巧は、中学生になったころから、家にいることが、極端に少なくなった。
そして、高校3年になって、いきなり、薬剤師になると言いだしたのだ。
文系を選択していたが、もともと化学は得意だった為か、宣言した通り、東京の薬学部に合格し、家にはもどってこなくなった。
その時、爽は、中学生になったばかり。
巧は、爽には何も言わず、家を出た。
それ以降、巧は、実家に帰ることもなく、ようやく、帰ってきたのは、祖母の葬式の時だった。
あんなに元気だった祖母は、事故で腰を骨折し、まともに動けない身体になってしまった。自宅療養しているうちに、認知症の症状が出てくるようになり、人に会うことを拒否して、衰弱して死んだ。
母に懇願され、仕方なく葬式の為戻ってきた巧だったが、爽と話をすることはほとんどなかった。
盛大な葬式が行われ、そのあとに事件は起きた。
そして、その事件が、爽の進路を変えたのだ。
生前の祖母は、兄の巧を疎んじ、爽を溺愛し、爽に旅館を譲ると公言していた。
成績の比較的良かった爽は、当たり前のように普通科の高校に進学していたが、祖母は、高校を卒業したら、旅館業に就くよう、爽に厳命していた。
祖母の命令は絶対だった。
爽は、半ばあきらめていたが、母の麻由美は、爽の進路だけは、爽に決めさせたいと珍しく初枝に逆らい、何度か口汚く罵られていた。
ところが、その祖母が、爽が高校2年の夏に死んだ。
爽は、大きな犠牲の上に、自由を得た。
麻由美が巧の同居を爽が東京で暮らす条件に出したのは、おそらく母の勘だ。
営んでいたのは、もともと古い旅館だった。
爽は、小さい頃から、色んなものを見ていた。
口には出さなかったし、その存在を人には言わなかったが、おそらく、普通の家より、多くそういうものが入りやすい家だったのだと思う。
麻由美は、明確に見えるわけではないが、何となくわかるという体質だったのではないかと爽は思っている。
何となく嫌な感じ、何となく危険な感じを、感じるレベルだ。
巧がいなくなって、爽も気づいたことだった。
巧がいなくなってから、そういう暗い感じのものが多く存在するようになっていることに、麻由美も気が付いたのだと思う。
巧は、おそらく魂のレベルで強いものを持っていて、そういう霊的なものを、はじくタイプであるらしい。
そのせいで、よほど、つよい意識でなければ、巧のそばに来ることができないのではないかと、爽は、思っている。
麻由美には、霊的な分析能力はないが、母の勘で、巧の傍にいたら、爽が関わりやすい霊的なものから、少しでも回避できると思ったのじゃないかと爽は理解してる。
霊的な体質を持つ爽を、少しでも守るために、巧の傍が安心だと思ったのじゃないかと感じている。
麻由美は、爽を心配していた。
けれども、そんなことを、そういうものを見ることもない、自分が強いバリアのようなものを持っているという自覚もない巧にはわかるはずもない。
もともと爽が生まれてからは、ずっと家の中で迫害されていたような巧だ。
巧を叱責する祖母は、傍にいる爽をこれ見よがしに溺愛する。
5歳も違う兄の気持ちを、爽がわかりようもなかったが、巧に可愛がられたという記憶もない。
小さい頃の爽は、巧の傍にいたがったが、巧はそれを喜んではいなかった。
むしろ嫌っていたんじゃないだろうか?
ほとんど絡むことのなかった巧が何を考えていたのかわからないが、愛されていたと思うほど爽もおめでたい人間じゃない。
だから、寂しくないといえば嘘になるが、巧の不在と爽に対する関心の無さは、爽にとっては、ありがたい距離感でもあった。




