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転性剣士商売  作者: 明之 想
第三章
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第五十四話  契約完了



 新年。


 この世界にも新年の休日はあるみたいで、その間は各ギルドも休業らしい。

 なので、休日明けの今日が本当の意味で新しい生活の始まりになる。


 朝から諸々の手続きを済ませ、雑事をこなし終えた頃には夕方になっていた。





「ありがとうございます。でも・・・」


「気にしないで。今日は疲れたでしょ。部屋でゆっくりして下さい」


「本当に良いのですか?」


「もちろん、いいですよ」


 遠慮しなくてもいいと言っているのだけど、なかなかすぐには出来ないか。

 少しずつ慣れてもらおうかな。


「ありがとうございます・・・あの、ハヤト様」


「はい?」


「言葉遣いが」


 しまった。

 やっぱり、癖はなかなか抜けないよな。


「そうだね。気を付けるよ」


「はい」


 嬉しそうに笑顔で答えてくれるミュリエルさんは天使のようだ。

 こんな娘が、エイドス上とはいえ俺の奴隷だなんて。

 なんと言うか。

 嘘みたいだよなぁ。


 宿に併設されたレストランから部屋に戻って行く姿を眺めていると、思わず頬が緩んでしまう。今日のところは、まあ、仕方ないか。



 今日はいつもの宿ではない。

 豪華な宿屋だ。

 宿屋という言葉が似合わない、高級ホテルのような宿。

 そこに部屋を取っている。

 以前ライナスさんに用意してもらった宿も豪華な宿だったけど、今回もそれと同等かそれ以上に豪勢な宿だ。今日のために、あらかじめ予約しておいたんだよ。

 新年の祝い、ミュリエルさんの就職祝いを兼ねて、ちょっとした贅沢。

 たまには贅沢もいいでしょ。


 まあ、いつもの宿も居心地いいんだけどさ。

 そういえば、最近はあの宿に行ってないな。

 結界街道での魔物出現騒動以来、色々と忙しかったからなぁ。

 調査中はランスさんが宿を用意してくれていたし、迷宮で過ごすことも多かった。年末にエルマさんとの調査が一段落した後も、色々と出掛けていたから。

 また、顔出さないとな。


 宿と言えば、、これからはどこで暮らすべきか、しっかり考えないといけない。

 これまで通り宿屋を住処にするか。それとも、家を買うか部屋を借りるか。

 なんと言っても、ミュリエルさんと一緒に住むんだし。

 どうするか決めないと。



 さて、俺もそろそろ部屋に戻ろうかな。

 いつまでも緩んだ顔でここにいても、気持ち悪いだけだろう。




 レストランも豪華だったけど、この部屋も素晴らしいね。

 この分だと、ミュリエルさんの部屋も問題無いかな。

 うん?

 もちろん、俺とミュリエルさんは別室ですよ。

 そこは、まあ当然です。


 しっかし、豪華すぎて落ち着かないくらいだねぇ。

 こんな部屋を1人で使うなんてもったいないな。

 でもまあ、贅沢しようと決めたんだから、ここは割り切って楽しもう。


 これまた高級そうなソファーに身をゆだねると、疲労感が襲いかかってきた。

 今日は思った以上に疲れたみたいだ。

 気疲れかな。


 朝から、ミュリエルさんを引き取りに行って、その後は奴隷商ギルドでエイドスを刻んでもらって、その他にも諸々・・・。

 奴隷を貰うのも大変だということが良く分かった。


 とはいえ、えも言われぬ幸福感が俺の心を満たしているのも事実だ。

 この感情は何なのかな。

 あれだけ奴隷として身受けすることに拒絶感があったのに。

 我ながら不思議だと思う。


 奴隷商ギルドで俺との奴隷契約をエイドスに刻んでもらった時のミュリエルさんったら。


「ありがとうございます。やっと念願がかないました」


 そんなことを言うミュリエルさんの表情は、本当に嬉しそうだった。

 俺なんかの奴隷になって、何が嬉しいのかと思ってしまうんだけど、それでも、そんなに喜んでもらえると俺も悪い気はしない。いや、正直嬉しいよ。


「・・・」


 本当に俺の奴隷なんだよなぁ、ミュリエルさん。

 現実感などないけど紛れもない現実・・・。


 うん、俺もしっかりしないとな。

 ミュリエルさんの期待に応えないと。



 さて、奴隷と言っても、実際は部下という感じで過ごしてもらうんだけど。

 しかし、部下というのもピンとこないな。

 なんだろう・・・。


 そうだ、秘書。

 秘書という言葉がぴったりくるような気がする。

 うん、それがいい。

 とりあえず、秘書というイメージでやっていこうか。

 秘書も部下には違いないんだけど。


 などと物思いに耽っていると、ドアをノックする音が。

 うん?

 誰だ?


「はい・・・」


「ハヤト様、起きておられますか?」


 ミュリエルさんか。

 どうしたんだ?

 

 ドアを開けると、そこには、やっぱりミュリエルさん。


「中に入れていただいても・・・」


「ええ、どうぞ」


 まあ、どうぞ、入って下さい。


「・・・!?」


 ミュリエルさんを部屋に招き入れようとしたところで、目が点になる。

な、なんていう格好だ。

 薄地でできた白い・・・寝間着・・・。

 ネグリジェか。


「あのぅ・・・」


 ミュリエルさんも固まっている。

 俺の反応に驚いたのか?

 いや、こっちはそんなの気にしているどころじゃないぞ。


 半袖で丸首、膝丈のネグリジェっぽい服を見たミュリエルさん。

 髪はアップにしている。


 ・・・首筋が色っぽい。


 いやいや、そうじゃなくて。


 布地が薄いよ!

 薄絹のような材質。

 薄い上に白い!


 目のやり場に困るわ。


「だ、駄目でしょうか?」


 えっ、なにが?

 何?


 待て待て。

 ちょっと落ち着こう。


 ふぅぅぅ。

 軽く深呼吸。

 

 えっと・・・。


 うん、ミュリエルさん、震えている?

 目には、涙まで。


「えっと・・・とりあえず、中に入って下さい」


 いつまでも、そんな姿で立たせているわけにはいかない。

 部屋に入ってもらい、椅子に腰かけてもらう。

 俺は両眼をミュリエルさんの顔に固定。

 固定だ。

 冷静に、冷静に。


「何かありましたか?」


「・・・」


 目に涙をためて、下を向いたまま。

 顔は少し赤いか。


 これは・・・。


「あの・・・ご一緒させては・・・」


 最後まで聞き取れなかったけど。

 やっぱり。

 そういうことか。


 よし、ここは落ち着いて対応しないと。


「その服は寝衣ですか?」


「はい・・・。用意してもらいました・・・今夜のために」


「ライナスさんに?」


「はい」


 いい仕事するね、ライナスさん。

 じゃない。

 そうじゃなくて。


「そうですか・・・」


 さて、どう切り抜けるか。

 おっと、まずい。

 固定だ、固定。


「えーと、ライナスさんに何か言われましたか?」


「はい・・・」


「何を?」


「こういう場合の・・・振る舞いを・・・」


 やっぱりなぁ。


「何を聞いたか知りませんが、ミュリエルさんに、そういう事を強要するつもりはありませんよ」


「!?」


「ずっと言ってますが、ミュリエルさんを奴隷として扱うつもりはありませんし、勿論そういう事を強要するつもりもありません」


「やっぱり・・・」


 えっ、え!?

 涙が・・・。


「私では駄目なのですね?」


 そんな悲しそうな顔。

 やめてくれ。

 そんな表情されると・・・。


「いえ、そうじゃなくて」


「でも」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 前世でそれ程経験があるわけでは無い俺には、この展開は難し過ぎるぞ。

 落ち着け、俺。


「私なんて好みじゃないですよね・・・」


 いやいや、そうじゃないです。

 うーん、これはもう。

 仕方ないな。


「ええっと、よく聞いてくださいね。一度しか言いませんからね」


「・・・」


「ミュリエルさんのことは尊敬もしていますし、感謝もしています。もちろん、その・・・嫌いなんてことは無いです」


 やばい。

 思った以上に恥ずかしい。

 もう、いい歳なのに。

 でも、この世界の年齢的には相応か。


 おっ、ミュリエルさん、ちょっと表情が変わった。


「ですから、こんな風に扱いたくはないんです。もっと大切に扱わせて下さい。僕としては、ミュリエルさんのこと家族同然だと思っていますから」


「そ、そんな、私なんかに・・・」


「これからは長い付き合いになると思います。だから、もっと楽にいきましょうよ」


「ありがとうございます」


 よかった。

 人心地ついたみたいだ。

 目は赤いけど、涙も止まったかな。


「・・・よかったです。嫌われてなかったんですね」


「当り前じゃないですか。僕がミュリエルさんを嫌うわけないです」


 おお、笑顔が出たよ。


「嬉しいです」


「僕もミュリエルさんを身受け出来て嬉しいですよ」


「は、はい」


 今度は満面の笑み。

 よかった、よかった。


「ということで、話はまた明日にでもしましょう。今日は部屋でゆっくり休んで下さい」


「・・・はい」


 うん?

 何か言い足りない?


「何ですか?」


「あの、その言葉遣いは・・・何度も言って申し訳ないのですが」


 そうだった。


「・・・そうですね。いや、そうだね、わかったよ」








 いやぁ~、さっきは危なかった。

 でも、あの対応で良かったんだろうか?

 どうなんだろ・・・。

 まあ、ミュリエルさんも最後は笑顔だったし。

 いいのかな。

 とりあえず、今はこれで良しということで。


 しかし、俺も抜けてるよな。

 この世界の奴隷事情についてはライナスさんに以前聞いたような気がするけど、すっかり忘れてたなんて。

 まあね、俺の中ではミュリエルさんを奴隷として扱うつもりが無かったというのもあるんだけどね。

 うん、いいわけだな。


 何にしろ、これからはミュリエルさんと2人で行動していくのだから、もう少し気を付けないと駄目だな。

 ホント、この世界の常識に欠けてるんだから、もっと自覚しないと。


 ・・・。


 明日から、頑張ろ。








 今日は朝から今後の方針など、諸々の話をしました。

 ミュリエルさんも色々と納得してくれたみたいだ。

 妙に機嫌が良かったので、何か勘違いしてる気もするけど、まあ、いいか。

 機嫌がいいのは良い事だ、うん。


 エルマさんと地下迷宮に行く約束をしているんだけど、それは明日にでもしてもらって、今日はこれから買い物だ。ミュリエルさんの生活用具なんかを買わなければ。



「では、この辺りの店でいいかな」


「はい。あのぅ・・・何を買われるのでしょうか?」


「ああ、言ってなかったかな。ミュリエルさんの必要品を揃えようと思ってね」


「そんな、勿体ないです。私も一通り持っていますから」


「まあ、そう言わず。買わせて下さいよ」


「でも、こんな高級そうなお店で」


 レントの中でもこの辺りには、それなりの店が並んでいる。

 最高級品を揃えた店というわけでは無いが、決して安物では無い、高品質の品が揃っているはずだ。


「遠慮せずに、ねっ、ミュリエルさん」


「は、はい」


 納得はしていないみたいだけど、ここは強引に行こう。

 やっぱり、最初だから色々と買い揃えてあげたいから。


「あの、ハヤト様。言葉が・・・」


 あっ、また、やったか。

 言葉遣いって、なかなか変えるのが難しいよな。


「わかったよ・・・ミュリエル」


「はい」


 呼び捨てに笑顔で答えるミュリエルさん、いや、ミュリエル。

 ホント、何が嬉しいのかねぇ。

 まあ、いいか。

 とにかく店に入ろう。


 店内はなかなかだった。

 一応は衣料を専門に扱っている店なのだけど、女性が好きそうな雑貨も揃っている。セレクトショップといったところか。ちなみに、この店はライナスさんおすすめの店だ。


「いらっしゃいませ」


 近づいて来る店員。

 しつけが行き届いているのか、丁寧でさりげない対応をしてくれる。押しつけがましくないのがいいな。


 おっ?

 ミュリエルの様子は・・・。

 たしかに、悪くない店だけど、そんなに驚くようなものか。

 気楽に選んでくれたらいいんだけど。


「本当によろしいのですか?」


「もちろん」


「ありがとうございます」


 そう言って選び始めたんだけど、なかなか決められないようだ。

 色々な服を見ては、唸ってる。

 女性の服選びに時間がかかるのは前世もこの世界も同じだな。

 まあ、男はゆっくり待つしかない。


「どちらがいいでしょう?」


 たまに、俺にも聞いてくるんだけど、正直どちらも似合っている。


「こっちの淡い色も似合うけど、そっちの紺色もミュリエルにはあってるね」


 などと言うと、そこからまた悩み始める。

 そうしてしばらく経った頃。

 さっきの店員が俺に視線を投げかけてきた。

 なるほど。


「彼女の服なんだけど、おすすめなんかあるかな?」


「それでしたら・・・」


 そう言って、ミュリエルの手にしていた服の他に何着かを目の前に出してきた。


「お嬢様にはこちらや、こちらなどが・・・」


 そこからは店員とミュリエルの2人であれやこれやと話し合い。


「ハヤト様、これを選んでも良いでしょうか」


 そう言って、紺色の上着を持ってきた。

 しかし、遠慮しているのか、一着だけだ。

 まあ、選んでいる間ずっとその様子を見ていたから、どの服が気に入っていたかは何となく分かっている、と思う。


「もちろん。でも、それだけじゃなく、これとそれと、それにあれもいいな」


 などと、上下合わせて六着を選ぶ。


「これでいいかな?」


「そ、そんな。私なんかにそんなに沢山」


「いいんだよ。どうせ服は必要なんだから。それに僕もミュリエルにはいい服を着てもらいたいからね」


「あ、あの嬉しいです。でも、そんなに多くは」


「いいから、ね」


「・・・はい。ありがとうございます」


 納得してくれたようだ。

 で、下着も数枚購入。

 もちろん、俺は選んでいないし見てもいない。ミュリエルと店員に任せました。


 その後、他の店を回り生活必需品などを数点買い、今日の買い物は終了。

 いや、まあ、予想はしていたけど結構な時間がかかったよ。




「今日はありがとうございました」


 いい笑顔。

 しかし、食事の場でも、まずは買い物のお礼からとは、よくできた人だ。

 感謝の言葉はもう要らないんだけどね。

 それに、こちらとしては、喜んでくれるだけでも嬉しいよ。


「気に入ってくれたかな」


「もちろんです。でも、私なんかにこんな贅沢な物を・・・。本当によいのでしょうか?」


 やっぱり遠慮するんだよな。

 気にする必要はない、これからも俺が買って良いという物には遠慮なんか要らないと言い聞かせ、なんとか分かってもらった。多分、納得してないとは思うけど。


 さて、今夜も昨日に引き続きこの豪華な宿に部屋を取っている。

 夕食も宿のレストランだ。


「買い物の話はここまでにして、食事を楽しもうか」


「はい」


 ホント、いい笑顔だ。


「ハヤト様、本当にありがとうございます。こんな良い部屋に泊めてもらって、美味しい食事に、素晴らしい服まで。こんな恵まれた奴隷はいないです。私は幸せ者です」


「そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ。でも、これから先はどうなるか分からないよ」


 あまりにお礼を言われるので、ちょっと言ってみた。


「どうなっても、ハヤト様の下にいるだけで私は幸せです」


「・・・」


 いや、まあ、そう言われると何も言えないわ。

 盲信だと思うけど、悪い気はしない。

 その期待を裏切らないように頑張りますか。



「ところで、明日なんだけど、ちょっと朝から用事があるので別行動しようと思うんだけど、いいかな」


「・・・はい。ハヤト様の指示に逆らうことなどありえませんから」


 そんな大層な。

 食べ終えたばかりの夕食が逆流するよ。


「それで、ミュリエルには一つ仕事を頼みたいんだけど」


「はい」


「2人で暮らすことになったからには、いつまでも宿暮らしというのもどうかと思ってね。部屋を探そうかと思ってるんだ。とはいえ、まだ賃借りすると決めたわけじゃない。賃貸、購入も含めて、色々探してみようかと」


「そういうことでしたら、探してみますのでお任せ下さい」


「では、頼むね。夕食までには戻って来るから、明日も夕食はこのレストランで」


「分かりました」


 この先のこと。

 賃貸、購入、宿暮らし。

 まだ、決まってはいないけど、当面はレントで暮らすことに違いはない。

 なら、部屋を探しておくのもいいだろう。良い物件があれば、賃貸なり、購入なり、その物件に合わせて考えればいい。

 ある程度の条件をミュリエルに伝え、条件に合うものがあれば、後日一緒に見に行くということで話は終了。


 さて、明日は早朝に少しだけ鍛錬をして、それから迷宮の地下に再突入だ。

 





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