第五十三話 大金
「ふぅ~。とりあえずは、これで足りるか」
思わず独り言を言ってしまった。
ちょっと疲れてるかも。
・・・。
色々と大変だったからなぁ。
主に精神的に。
今俺の次元袋には春水と純春水がそれぞれ300リットルずつ入っている。
まあ、今回はこんなに必要無いとは思うけど、使い勝手の良い回復薬なのだから多めに確保しておいても問題は無い。
とりあえず、ある程度はライナスさんに届けよう。
実のところ、今日はレントで過ごす予定で、この谷底に来るつもりは無かったんだよなぁ。
昨日はみんなに稽古をつけて、それから一緒に食事をすることになり・・・。
ちょっとした宴会みたいになってしまったと。
みんな楽しそうで、俺も楽しかったんだけど。
なんと言うか・・・人疲れしたみたいだわ。
今後の稽古の予定について、かなりプレッシャー受けたからなぁ。
稽古つけるのが嫌いというわけじゃ無いけどね。
俺も忙しいんですよ。
それにしても、あれぐらいで1人になりたくなるとは、それってどうよ。
うーん、最近は迷宮にいることが多かったからなぁ。
ちょっとした迷宮後遺症みたいなものだと思いたい・・・。
というわけで、今日は1人でゆっくりと迷宮地下の谷底探訪です。
で、こいつを持ち帰る前に・・・。
少しだけ、この谷底を探索しようかな。
ちょっとなら、いいよな。
ということで、下流の方へ。
もう慣れたもの、遭遇する魔物を時に回避、時に撃破しながら、順調に歩を進める。
虎徹と純春水を持つ俺にとって、この辺りは楽な道行だ。
例の安全地帯を通り過ぎ、さらに先日探索した場所も過ぎ、未踏の地に足を踏み入れるも、特に問題はない。
それでも、未だ知れぬ怪異が突然目の前に現れる可能性もあるので、慎重に感知しながら進む。
歩くこと数刻。
どうやら、行き止まりまで来たみたいだ。
この間、爪カンガルーやスリムミノタウロス以外の魔物も現れたが、大したことは無かった。
さて、ここで一応行き止まりではあるけど・・・。
川はまだ先まで続いている。
川の水が流れるぎりぎりの幅と高さで空間が先に続いているからだ。
ここから先に進むためには、川の中を潜って行かなければならない。
途中、上手く呼吸できるだけの空間があればいいが、それも感知した限りでは難しそうだ。
どうしたものか?
・・・。
仕方ない。
今回は諦めるか。
そう時間があるわけでも無いし。
でも、いつかはこの先も調べてみたいものだ。
そう簡単では無いだろうけど。
その後、上流の方も探索した結果。
下流同様の行き止まりとなっていた。
こちらも、後日再探索予定。
さすがに、もういい時間なので、今回の探索はここまでにして、レントに帰ることにする。
上にある石橋の奥の探索も保留。
次回にとっておく。
「こんなにもいただいて良いのですか?」
昨日は谷底に長居し過ぎたせいで、春水を届けることができませんでした。
ということで、今朝は早くに春水を届けたところ、ライナスさんのこの反応・・・。
多かったのか?
「もちろんです」
とはいえ、今さら持ち帰るとも言いづらいし。
受け取って下さい。
「ありがとうございます」
今回渡したのは春水100リットル。
まだ、次元袋の中には200リットルの春水が残っている。
最初の取引だし、これくらいが妥当かと思ったんだけど、ライナスさんの想像より多かったみたいだ。
でも、これで色々と試せると喜んでいた。
うん、良かった。
「それで、ハヤトさん」
「はい?」
「支払いの方ですが・・・」
そうだった。
「本当に30万セルクでよろしいのですか?」
30万セルク。
約3000万円ってこと。
もちろん、十分ですよ。
十分過ぎます。
「・・・はい」
あまり言葉が出ないな。
が、そんな俺の態度を勘違いしたのか。
「では、35万ではどうですか?」
いや、そうじゃないんです。
これは、どうしたらいいんだ。
貰えるものは貰っていいんだろうけど・・・。
原価ゼロ、無料なんですよ、その水。
「いえ、30万セルクで充分です」
「そうですか・・・。では、少し待っていてください。用意しますので」
そう言って、奥に入って行くライナスさん。
入れ替わりに、ミュリエルさんがお茶を持って来てくれた。
「難しいお話だったみたいですね」
春水の商談中は、ミュリエルさんを見かけなかったけど、外しているように言われていたのかな。春水に関しては店の幹部の者しかまだ知らないみたいだし。
「ちょっとした回復薬の話なんですけどね」
「そうなんですか」
やっぱり知らないんだな。
「ミュリエルさんにも、また詳しく話しますよ」
とりあえず、今は話さないでおくか。
また後ほどということで。
えっ?
ミュリエルさん、なに?
何で、そんな表情?
「ハヤト様、言葉が・・・」
ああ、なるほど。
でも、来年からのはずでは。
「まだ、ミュリエルさんと俺はそういう関係じゃないですから」
「・・・分かりました」
うーん。
分かったような顔してないよ。
やっぱり、ああいう話したからなのかな。
もう少し先の話なんだけどねぇ。
空気が微妙だ・・・。
「ミュリエル、奥に入ってなさい」
そこに、布袋を抱えたライナスさんが戻ってきた。
ちょっと助かったかも。
「はい・・・」
しょんぼりとした様子で奥に入って行く姿を見ると申し訳ない気がしてくる。
でも、まあ、もう少しですから。
「30万セルクです。確認してください」
おお!
実際目にすると、これは。
凄い大金だわ。
こんな大金見るのは初めてだよ。
本当にいいのか、こんな大金・・・。
「30万セルク、確かに」
声が震えそうだ。
「いやぁ、今回はいい取り引きができましたよ、ハヤトさん」
「そ、そうですか」
「この春水は定期的に納品していただけるのですよね」
「ええ・・・」
「次は、いつ頃になりそうですか」
「そうですねぇ・・・」
少し先にした方がいいよな。
「1月後くらいでしょうか」
「そうですか」
その顔は。
やっぱり、もっと早く欲しいんだろうな。
「もし、早く手に入りそうなら連絡しますので」
「それは助かります。よろしくお願いします」
ありがたい申し出だけど、春水の売却ばかりしていたら、経済観念がおかしくなりそうだ。
ホント、金銭感覚狂うぞ。
「こちらこそ・・・。ところで、この春水はどのようにして売るつもりなのですか?」
これは、一応聞いておきたい。
でも、ここで聞いていい話なのかな。
「まあ・・・ハヤトさんには話しておきましょうか。いずれ分かることですしね」
「はあ」
「とりあえずは、そうですねぇ・・・50CCの瓶に小分けして一瓶を500セルク程度で売ろうかと。その売れ行きを見て、また色々と考えてみますよ」
500セルク。
約5万円。
高くないか。
それで売れるのか?
しかし・・・。
50CCで500セルクということは、1リットルで1万セルク。100リットルで100万セルク。
凄い利益だ。
「その値段で売れますかね?」
「問題無いでしょう。むしろ、安いくらいですよ」
安い。
そうなのか。
そこまでなのか・・・。
「回復薬とは本当に貴重なものなんですよ。それに、この春水は魔力回復、体力回復、さらには怪我の治療効果と効能抜群です。500セルクなんて問題ありません」
「・・・そうですか」
なら、もう俺が言うことは何もない。
でも・・・。
今回で俺は3000万円の儲け。
次元袋の中にある200リットルをライナスさんに渡したら、さらに6000万円。
・・・。
本当にいいのか、そんなに稼いで・・・。
「では、さっそく春水の瓶詰を始めます。出来るだけ早く、販売したいですからね」
ということなので、俺はさっさと退散することに。
そんな俺の次元袋の中には、新たに30万セルク。
さらに、6000万円相当の春水。
さらにさらに、もっと価値があるであろう純春水が300リットル。
・・・。
なんか凄くないか。
次元袋の中には一財産。
そんなものを持ち歩くなんて。
緊張しそうだ。
年始までの数日は、道場で稽古をつけたり、ちょっとした依頼を引き受けたりしている内に、あっという間に過ぎてしまった。
そして、年内最後の3日間。
野宿の準備も万端怠りなく、俺は1人で迷宮地下の谷底に籠ることにした。
色々とやりたいことがあったからね。
で、まあ、色々という程ではないけど、それなりにはやれたかな。
まだまだ、試したいことは沢山あるので、来年もこの谷底には足繁く通うことになるだろうな。
ホント、いい場所見つけたよ。
そして、年が明け。
新たな1年が始まった。
俺がこの世界で過ごした最初の1年。
盛沢山な1年だった。
新しい年はどうなることか。




