第四十四話 地階
翌朝は早くから活動開始。
迷宮の出口周辺を徹底的に調べる。
出口を中心に半径50メートル以内から始めて範囲を広げていく。
やはり、そう簡単には見つからない。
とはいえ、時間をかければ何とかなるはず。
探索開始から数時間。
地中に埋もれた石盤を遂に発見。
出口からは300メートル程離れているのではないかな。
でも、まあ、この程度で良かった。
離れている距離によっては、探し出すのにどれほど時間がかかったか分からない。
「では、さっそく入りましょうか」
そう言って、石盤に手を伸ばそうとしたところ。
「ちょっと待って」
「えっ?」
「私にも試させて」
エルマさんが石盤に魔力を流したいと。
「では、どうぞ」
石盤に手をかざすこと1刻。
何も起こらない。
「どうすればいいのよ」
まあ、そうか。
やり方なんて分からないよな。
「魔力を石盤に注ぐ、流し込むイメージで試してください」
「魔力を注ぐ? そんなことできるの?」
「ええ、まあ」
「ふーん。試してみるわ」
再びの試行・・・。
何も起こらない。
「魔力を注ぐって、どんな風にすればいいのよ」
どんな風にと言われても。
手から流し込むだけなんだけど。
「そうですねぇ・・・体内の魔力を掌に集めて一気に流し込む。そんなイメージで」
「・・・もう一度やってみるわ」
説明になっているのか、これ。
エルマさんも複雑な顔だ。
それでも、再試行。
・・・。
何も起こりません。
やっぱり無理なのかな。
以前から感じていたことだけど、この世界の人って魔法を使える人でも魔力自体を使っている感覚が無さそうなんだよな。
詠唱して自動発動みたいな使い方しかできないのでは。
体内の魔力を知覚できていないみたいだし。
だったら、魔力を集める、流すなんて芸当できるわけ無いか。
練習すれば何とかなるかもしれないけど、すぐには難しいよな。
「もう、無理。どうしてハヤトはできるのよ」
「魔力を扱う訓練をしましたから」
「魔力を扱う? それって、魔法を使うことじゃないの?」
「まあ、そうなんですけど。それだけじゃなくて・・・」
やっぱり説明しがたいよなぁ。
「どういうこと?」
色々あるんですよ。
「そうですねぇ・・・」
とりあえず、エルマさんに解りやすいように話したんだけど、理解してくれたかどうだか。
「まあ、いいわ。それで、ハヤトはどこで学んだの?」
「えっ・・・。独学なんですけど」
「・・・」
「珍しいですか」
「当り前よ。普通じゃないでしょ」
「はぁ」
「聞いたことも無いわよ」
独学が珍しいとは思わないんだけど。
でも、さっきからのエルマさんの反応は・・・。
やっぱり、この世界の住人は魔力を扱うという概念が無いのかもしれない。
少なくとも一般的では無さそうだ。
そんなに難しい事でも無いと思うんだけどねぇ。
『信じられない。魔力そのものを扱えるなんて。しかも、自力で身に付けたなんて・・・』
「えっ?」
「何でもないわ」
「・・・」
ということで、結局、俺が石盤に魔力を流し込みました。
前回同様に入口が開き、落下、円筒形の部屋の地面に着地。
その後は、迷宮1に戻って出口の探索。
ある程度コツは掴めたからか、それ程時間をかけることなく見つけることができた。
しかしまあ、今考えると前回は何故見つけられなかったのか不思議だ。
最初から円筒形の部屋の地面を詳細に調べれば良かったんだよなぁ。
円筒形の部屋は幾つかあったけど、全部調べてもそれ程時間がかかるわけでもないのだから。
ちなみに、迷宮1にある全ての円筒形の部屋を調べた結果、石盤があるのは一部屋だけだった。各迷宮には一つずつしか出入り口が無いのかもしれない。
「では、脱出しますよ」
「ええ」
石盤に魔力を注ぎ、脱出成功。
そこは・・・見知らぬ地、ではなくレントの南でした。
レントの南、結界街道近くの平原だった。
まあ、予想通りとはいえ、一安心。
これで、見覚えの無い場所に出ていたら途方に暮れるところだ。
「上手くいきましたね」
「・・・これでレントに帰れるのね」
「そうですね」
「よかったぁ・・・」
エルマさんも、素直に喜んでいる。
「では、帰りますか」
まだ日は高いけど、とりあえず今日は帰った方がいいかな。
ランスアールさんにも報告したいし、ミュリエルさんにも会いにいかないと。きっと心配しているだろうから。
うん?
エルマさんの返事が無い。
何か含みのある顔だ。
「どうしました?」
「帰るにはまだ早いわ。今からもう一度探索しない」
「はい?」
「だから、迷宮に入って探索しようって言ってるの。まだ地下も調べてないしね」
「・・・」
うーん、その気持ち分からなくもない。
勝手なもので、脱出方法が分かって問題無いと思えると、そういう気持ちも芽生えてくる。
地階の探索もしてみたいし、他の迷宮がどこに繫がっているか調べてもみたい。
あんな酷い目にあったのに。
喉元過ぎればってところだな。
ホント、現金なものだ。
でも、まあ・・・。
今日のところは帰った方がいい。
「それは、明日以降にしませんか。ランスアールさんも心配しているでしょうし、何よりエルマさんも疲れているでしょうから」
そんなの平気よというエルマさんを説得して、とりあえずレント帰還に決定。
「迷宮の件は秘密にしましょう」
レントへ戻る道中、エルマさんからそんな提案が。
「ランスアールさんにもですか?」
「もちろん」
この迷宮、確かに扱いに困る。
誰にでも話せる内容ではない。
かといって秘密にしていいのか。
「迷宮内の転移について今は話すべきじゃないと思うわ」
「というと?」
「転移石を使わずにレントからチェシュメルとアルザザの国境まで転移できるのよ。これがどれだけ大変なことか。使い方によっては、とんでもないことになるわ」
「・・・」
交通、流通、そして軍事利用。
使う者にとっては大きな利点となる。
軽々に扱えるものじゃないか。
「話すか、しばらく秘密にするか。良く考えるべきね」
「そうですね」
「ということで、明日からは他も調べましょう」
さっきとは打って変わって、楽しそうに話すエルマさん。
ひょっとして、秘密裏に探索したいだけじゃないのかと思えてしまう。
とはいえ、俺も探索に反対ではない。
「他の迷宮がどこに通じているのか調べて、地階も調べて。ランスに話すか秘密にするかは、それから考えればいいわ」
「分かりました。当面は2人で探索しましょう。でも、その前にすべき仕事が残ってますよ」
「魔物の出現原因の調査も勿論するわ。でも、ハヤトも分かってるんでしょ」
「まあ、そうですが」
何となく見当はついている。
推測に過ぎないのだから、きちんと検証しないといけないんだけど。
エルマさんも気付いているようだ。
「なら、明日は先に調査を終わらせて、それから探索よ」
などと、明日以降の方策を話している内にレントに到着。
数日離れていただけなのに、懐かしい感じがする。
それだけ、迷宮内での時間が濃密だったということか。
レントに入った後、ランスアールさんに報告に行こうとする俺をエルマさんが止め、結局報告にはエルマさんだけが向かうことに。いわく、ランスをごまかすのは私の方が得意だと。ハヤトは来ない方が上手くいくと。
そう言われたら否応も無いです。
城門をくぐったところで、エルマさんとは別れ、諸々の用事を済ませた後、宿屋に戻りましたよ。
もちろん、ミュリエルさんにも会いに行きました。
まあ、その、心配をかけたみたいで・・・。
「思ったより少ないわね。これで2匹目よ」
「そんなものじゃないですか。そう頻繁に魔物が現れることもないでしょ」
結界街道沿い、レント地下迷宮の出口付近。
現れた魔物を難なく倒し、つまらなさそうに呟くエルマさん。
飽きてきたんだろう。
仕方ないかな。朝から張り込んで6時間になるから。
「もう、いいんじゃないの。他からは魔物も現れないし、明らかでしょ」
「そうなりますかね。魔物出現の原因は迷宮だと」
迷宮内を彷徨中、1匹の魔物が円筒形の部屋から姿を消した。その時に見当はついていたんだけど。
「魔物のくせに石盤に魔力を流す知恵はあるようね」
「ですね」
「ささっと石盤を処理するわよ」
出口からは離れた場所にある入口から迷宮内に入り、通路を通って出口のある円筒形の部屋に移動。
「石盤の上に多めに土を盛れば大丈夫ですかね?」
「はあ!?」
「えっ?」
「馬鹿じゃない。そんなことで魔力注入を防げると思ってるの」
「・・・」
そうだけど。
他に方法があるのか。
さすがに破壊するわけにはいかないし。
「ほら、これを使うのよ」
取り出したのは薄い板のようなモノ。
「何ですか、これ?」
「魔力の伝播抑止効果のある薄板」
「そんなモノがあるんですか」
「ホント、ハヤトは無知ね。魔力を扱うなんて事ができるのに。これ、魔法攻撃を防御する素材で作られてるのよ」
呆れたような顔をされた。
「はあ、なるほど」
「これで石盤を覆って固定。上から土でもかけておけば大丈夫でしょ」
そう言って、手早く固定を済ませる。
固定するための道具も用意していたようだ。
「この留め具は、こうすれば簡単に外れるわ。私たちがこの石盤を使う時には留め具を外して使えばいいわね」
留め具の扱いを実践してくれるエルマさん。
確かに扱いやすそうだ。
「なるほど」
「それで、実際に脱出する直前に再び固定すれば完了。石盤に魔力を流してから脱出まで少し時間があるから問題ないでしょ」
「・・・良くできてますね」
少し忙しいが、問題無いだろう。
「はぁ~。あんた、こういう点では頼りにならないわね」
「すみません」
感心している俺にキツイ一言。
返す言葉もないです。
「まあ、いいわ。ということで、探索開始よ」
「わかりました。まずは残りの迷宮がどこに通じているかですね」
「そうね・・・地階は後回しね」
未踏の三つの迷宮の出口がどこに続いているのか。
先の迷宮がチェシュメルとアルザザの国境に通じていたように、遠方に通じているのか。なんとも興味深い。
さっそく、他の迷宮に移動し円筒形の部屋を捜索。
さすがに手際も良くなっていたので、出口は難なく発見できたのだが、出た後が問題だった。三つの出口の先は全て結界街道近くの平原。一目ではどこか全く分からない場所だったからだ。仕方なく、近くにある集落を探し聞き込み、その後はまた入口探しと・・・。
結局、調べ終わるのに2日半かかってしまった。
まあ、それでも、十分な成果を得ることができたとは思う。
いや、十分以上の成果か。
三つの迷宮の出口が繫がっていたのは。
マインツの北東、ユマの南西にあたる地点。
ローレンシア国内の北西地点。
ローレンシアの南東、アルザザの北東、交易都市アルダブリゲからすぐの地点。
残りの二つ、ここレントの南とチェシュメルとアルザザの国境地点を含めると、この地下迷宮はゼルディア大陸の中央にあるカフラマン山地から見て、北、東、南、西、北西に通じていることになるのだ。
これが、いかに凄いことか。
さすがに俺にも理解できる。
この迷宮と通路を独占できれば・・・恐ろしい事になりそうだ。
「これはもう・・・当分は私とハヤトだけの秘密にするわよ」
しかつめらしい様も頷ける。
「そうですね」
「じっくりと考えた上で、どうするか考えましょ」
「ええ、慎重に考えましょう」
軽率には考えられない。
それくらいのものだ。
「いっそ、ずっと秘密にしたままというのもアリかな」
「まあ・・・下手に悪用されるくらいなら、その方がいいですかね」
いずれにしろ、俺が簡単に判断できる代物ではない。
それは確かだ。
「それで、私とハヤトだけが利用できる。いいかも」
「・・・」
「まあ、誰かに教えても使えない可能性が高いんだけどね」
「それは?」
「石盤を利用できるのはハヤトだけかもしれないじゃない」
「さすがに、それはないでしょ」
魔力自体を扱うのが一般的ではないと言っても、それは・・・。
「そうでもないわよ。でも、そうなると、無駄な宝になるか」
「扱える人もいますって」
「ふふ。この事が知れたら、ハヤトは大変な目にあいそうね」
「・・・」
もし俺以外の者が扱えないとすると・・・。
ホント、恐ろしい事になりそうだ。
色々と・・・。
やっぱり、秘密にしておきたいかも。
「それにミノタウロスも簡単に倒せる相手じゃないしね。それとも、もう行く手を妨げることもないのかな」
どうだろう。
いまだに魔法陣部屋では現れるんだよな。
どういう理屈か良く分からないけど、俺たちは見逃してくれるし。
倒したことがあるから通してくれているとか、そういうことなのか。
うーん・・・、それなら現れなくてもいいのに。
しかしまあ、初めて通る人は倒さなきゃいけないだろうな、多分。
まあ、どうなんだか分からないけど。
どちらにしても。
「当面は秘密でお願いします」
「いいわ。魔物出現の原因究明、解決の報告の件、迷宮を秘密にする件。私に任せておきなさい。上手くランスに伝えてあげるから」
「お願いします」
「では、また明日。明日こそは地階の探索ね」
「ええ・・・わかりました」
ますます元気になるエルマさん。
それに引き換え、俺はなんだか気が重い。
身体の事で問題抱えているのに、迷宮についても抱えるなんて・・・。
はぁ~~。
気分は晴れなくても、日は上り朝はやって来る。
俺個人の思惑など関係あるはずもない。
それどころか、雲一つない晴天。
エルマさんの表情にも何の曇りもない。
「ランスには上手く言っておいたわよ」
「ありがとうございます」
あのランスアールさんを本当にごまかせたのかは疑問だが、それなりにはやってくれたみたいだ。
真実を知られているということは無いかな。
いやいや、知られては困るよ。
「では、出発よ」
地階へと降りる階段。
相変わらず、嫌な空気が流れてくる。
感知結界には何も引っかからないんだけど、それでも悪寒に近い感覚に襲われる。
この下には只ならぬモノがいる、そう感じずにはいられない。
「危険だと感じたらすぐ逃げますよ。いいですね」
「分かってるわ」
エルマさんにも緊張の色が。
さすがに、感じるよな。
「降りますよ」
無言で頷くエルマさん。
ゆっくりと一段ずつ下っていく。
まだ何も感知できない。
階下が見えてきた。
上よりも暗いな。
仄暗い・・・。
地階に着いた。
やはり何も感知できない。
というか何物もいないな。
先に伸びた通路が眼前にあるだけ。
通路の先には大きな空間が感知できる。
が、何かがいる気配はない。
背後にはエルマさんの息遣い。
限りなく無音の中、階上とは違った仄暗い明かりが先に見える。
クリスタルの種類が違うのか。
しかし、まあ、嫌な感じだけは相変わらず。
この先には何かがある、そう確信できる。
考えても無駄だな。
先に進もう。
歩を進めると、目の前には感知通りの大きな空間。
階上の大広間と同様の空間だ。
「行きますよ」
嫌な雰囲気を払拭するように一言。
そして、広間の中に歩を進める。
一歩、二歩、三歩。
「っ!?」
何の前触れもなく、いきなりの発光。
何だ、魔法陣でも踏んだか。
見たところ、そんなモノは無いが。
どういう仕掛けだ。
しかし、これは見覚えがある。
数が尋常じゃないけど。
無数の発光。
光が空間に溢れかえっている。
マズいよな。
「とりあえず、何が現れるか確認だけしましょう」
「わ、分かったわ」
発光の中に見えてきたのは戦士。
手には剣を持っている。
無数の戦士が現れた。
ざっと見ただけでも、100体くらいはいるんじゃないか。
うん!?
光の中なので分かりにくいけど、これは普通の戦士じゃない。
骸骨だ。
骸骨の戦士だ!
「もう確認したでしょ、逃げるわよ」
焦ったエルマさんの声が聞こえる。
この数の相手なんてしたくないよな。
でも。
「先に階上に行ってください。ちょっと試したいことがあるので」
「えっ?」
「大丈夫ですから。早く」
「いやよ」
「無茶はしませんから、さあ」
時間が無い。
思わず強い言葉を発してしまう。
察したように、黙って後退するエルマさん。
俺のことを気にしてくれているのが良く分かる。
階段まで行かずに、通路の陰からこっちを覗いている。
優しいんだよな。
さて、そろそろ発光も終わる。
光が消えた瞬間、俺に気付き近づいてくる骸骨戦士たち。
しかし、こちらは準備万端だ。
間近にいた骸骨兵の間合いに一瞬で入り、虎徹を一振り。
軽く粉砕してしまった。
さらに、大剣に持ち替えてこれも一振り。
やはり一撃で撃破。
思った通り、個体としては大した強さではない。
でも、この数。
囲まれたら厄介だ。
とりあえず、確認も終えたので、素早く通路に取って返し、エルマさんと共に階上へ。
途中の通路で確認したところ、骸骨戦士たちは大広間から出て来ないようだ。
魔法陣部屋から出て来なかったミノタウロスと同じ。
あいつらも守護兵といったところなんだろうな。
何を守っているかはまだ分からないけど。
何にしろ、こちらとしては助かるシステムだよ。
危うくなれば逃げればいいんだから。
遁走容易な安心設計。
ありがたい。
この迷宮を造った誰かさんに感謝だ。
「さっきは勝手なことして、何かあったらどうするのよ」
階上。
そこには不機嫌な顔をしたエルマさん。
「えっ・・・ああ、すみません。ちょっと、あの骸骨の強さを知りたかったので」
「それでもよ。あの数なんだから、何が起こるか分からないわ。魔法を使うかも分からないんだし」
「そうですね。軽率でした」
一撃離脱のつもりだったから、まず大丈夫だと思ったんだけど。
絶対ではないか。
もっと慎重に行動すべきだったかもしれない。
軽く考えてたかな。
「心配かけて、すみません」
「べ、別に心配なんて・・・してないわよ」
「はあ」
「あれよ、あれ。ハヤトがいなくなったら、私はここから脱出できないでしょ」
「まあ・・・そうですね」
実はそうとも限らないのだが、ここで反論する気はない。
「こ、困るのよ。勝手な事しないでよね」
「わかりました」
こう長く一緒にいると、エルマさんの事も解かってきた気がする。
言葉に含まれる気持ちも何となく。
「とにかく、心配かけるようなことは控えますので」
「だから、心配はしてないって言ってるでしょ」
そっぽを向いてしまった。
さて、では、これからどうするかだ。
やっぱり、あの100体と闘うか。
ここまできて、無視するというのも無いよな。
攻撃と撤退を繰り返せば、撃破するのも困難じゃないはずだし。
一度に10から20体倒せれば、時間もそうはかからない。
「どうします、地階の探索諦めますか? それとも、骸骨を倒して探索を続けます?」
「倒せるの?」
横を向いたまま答えてるよ。
「まあ、おそらく」
「・・・ハヤトがそう言うなら。でも、無理だと思ったらすぐ逃げるわよ」
「そうですね。それに、不測の事態が起きた場合も即撤退。これも決めておきましょう」
「そうね」
「それと・・・仮に僕が倒れても構わず逃げて下さい」
これも約束してもらいたい。
今回は多分大丈夫だと思うけど。
「そんな事できないわ」
こちらに向き直って、強い口調。
「駄目です」
「無理よ・・・。1人で逃げても、この迷宮から出れないし・・・」
「転移石を使えば出れるはずです」
もしもの場合に備えて転移石をランスアールさんから借りてきている。
俺とエルマさん、それぞれが一つずつだ。
これがあれば問題ないだろう。
この迷宮で使えるか確証は無いけど、魔法が使えるんだから大丈夫だとは思う。
「・・・いやよ」
「2人で倒れるよりましです。逃げて下さい」
「嫌よ」
「・・・」
「・・・」
強情だな。
全く引こうとしない。
仕方ないか。
「そんなに僕と逃げたいですか?」
「っ!」
顔を背けるエルマさん。
「・・・そんなことは・・・ないわよ」
「だったら、逃げて下さい」
「・・・分かったわ、逃げればいいんでしょ」
「お願いします」
エルマさんには悪いけど、誘導してしまった。
でも、これは約束してもらいたかったんだ。
これが無いと、戦闘するにもエルマさんの心配が先立ってしまう。
先日までの迷宮とは状況が違う。
今は脱出することに関して問題は無いのだから。
この約束、俺の自己満足なのは分かっているけど・・・。
と言っても、もちろん俺もこんな所で倒れるつもりなんてない。
俺1人なら、どういう状況からでも遁走はできるはず。
問題無いはずだ、そう思う。