第四十三話 転移
前回までのあらすじ
レント南の結界街道の調査中、謎の地下迷宮(?)に迷い込んでしまったハヤトとエルマ。なんとか脱出に成功したものの、目の前に広がるのは見知らぬ地だった。
平原。
見渡す限りの平原。
地面には赤褐色の土・・・。
迷宮に入った位置から考えると、ここはレントの南になるはず。
でも、この景色に見覚えはない。
それに・・・この土の色。
レントの南では見ない色だ。
一体ここはどこなんだ。
せっかく地下迷宮から脱出できたと思ったら、見知らぬ場所って・・・。
頬を撫でる穏やかな風にすら苛立ちを感じてしまう。
「ここは、どこですかね?」
心中の動揺を隠すように、平坦な声で話しかける。
「分からないわ。こんな平原・・・」
やっぱり・・・。
前世日本とは違い、この世界には平原が多い。
レント周辺も、エスピナ砦周辺も平原だった。
だから、この平原も思い出せないだけで、きっと見知っているはず。
そう思いたかったんだけど・・・。
「見たことの無い景色ね」
戸惑いを隠せないエルマさんの声。
これはもう・・・。
うーん・・・。
迷宮内の移動距離は大したこと無いよな。
レントからあまり離れていないと思うんだけど・・・。
まあ、レント周辺にもまだ知らない場所があるし。
今はとにかくこの道を進むしかないか。
そう、この場所に見覚えはないけれど。
見知ったモノが目の前にある。
それが救いだな。
眼前の見慣れた人工物。
そこには結界街道があった。
「とにかく、結界街道を通って移動しましょうか」
どこか分からないとはいえ、ここにいても仕方がない。
「どっちに行く気?」
この結界街道。
さて、どちらに進むか。
方角を確認。
この結界街道は東西に延びているようだ。
「こちらが東で、そちらが西みたいですね」
「えっ?」
「あの・・・魔道具を使って方角を調べたので」
「そ、そう・・・」
まあ、いきなり方向を断定されたら驚くよな。
それでも、信じてくれたようだけど。
「それでですね、西に進みましょうか」
「・・・そうね。レントの西に結界街道はないから、東に行くよりはいいわね」
そういうこと。
ここがどこだかは分からないけど、レントの西じゃないことだけは確かだ。
なら、西に進む方がいいだろう。
結界街道を進まないという選択肢もあるけど、ここでは選びたくない。
街道を西に向かって進むこと数刻。
ここまでは人の姿を見かけなかった。
「あそこに人がいるわね」
やっとだ。
これで、ここがどこか分かる。
「そうですね。話を聞きましょうか」
100メートル以上前方に、野草を摘んでいるらしき人影が二つ。
こちらにはまだ気付いていないみたいだ。
「それがいいわね」
ああ、一安心だ。
と思っていたら。
西の上空から二人に迫る翼の影。
「まずいわ、ロック鳥よ」
白い翼を広げたその姿は10メートル以上はあるだろう。
そいつが、2人に襲いかかろうとしている。
俺は無言で駆け出していた。
2倍速を発動。
水弾の詠唱開始。
手には虎徹。
「きゃあ!!」
「た、たけてぇ。助けて、お姉ちゃん」
間に合うのか。
水弾は・・・もうすぐだ。
ロック鳥はその鉤爪の中に少年を捕らえ、飛び立とうとしている。
「ディノ! ディノ!!」
「お姉ちゃーん!!」
飛び立つ巨鳥。
「くっ」
ここから届くか。
まだ距離はあるが、完成した水弾をそのまま放つ。
当たってくれ。
「ギュァ!!」
よし。
脚に着弾した。
狙い通り。
苦痛に耐えきれなかったのか、鉤爪の中の少年を取り落とすロック鳥。
これも狙い通り。
2倍速の勢いそのままに跳躍、落下する少年を片腕で抱え込む。
ふぅ~。
上手くいった。
「えっ、えっ」
何が起こったのか理解できず面食らっている少年を地面に座らせ。
「えっ、あの・・・」
傍らにいた少女に預ける。
こちらも少年同様に動転しているが、まあその辺は後回しだ。
さて。
上空を見上げると。
怒り狂ったロック鳥が旋回している。
その眼には憤怒。
とはいえ警戒しているのか、すぐには襲ってこない。
が、逃げる気も・・・無さそうだ。
遅れてやって来たエルマさんに2人を任せ、上空のロック鳥を凝視。
やつも敵は俺と考えているのか、俺を中心に旋回している。
都合がいい。
もう、いつかかってきてもいいぞ。
半刻ほど旋回した後、突然しびれを切らしたかのように襲いかかってきた。
真正面から降下してくるロック鳥に向けて、待機させておいた水弾を放つ。
2発をほぼ同時に。
ドシャ。
狙い過たず、頭と胸を貫通。
虎徹は必要無かった。
「お兄ちゃん、すっごく強いんだね」
治癒魔法での治療が終わると、さっきまでの怯えはどこに消えたのか、元気に話し出す少年。屈託のない笑顔が良く似合う10歳くらいのエルフ少年だ。
「本当にありがとうございました」
こちらは、俺と同年代に見えるエルフの少女。
2人は兄弟らしい。
「もういいですよ。それより、無事で良かった」
ホント、間に合ってよかった。
「何度お礼を言っても足りないです。あんな窮地を助けてもらって・・・」
「ホント、もういいですから」
何度目かの感謝の言葉の後、ようやく普通に話ができるくらいに落ち着いてきた。
どうやら、食材になる野草を採取していたところを襲われたらしい。
結界石は所持していたのだが、効果が無かったと・・・。
「今まで、こんなことは無かったのですが・・・」
そう言って溜息をつくエルフ少女。
「お姉ちゃん、もう草摘みに来れないのかな」
「・・・そうね」
確かに、あんな巨大な鳥がやって来る場所に、抗う術を持たない者が来るのは賛成できない。
「2人で来ちゃ駄目よ。来たいなら、護衛を連れて来なさい」
「でも、ロック鳥を相手にできる人なんて・・・」
「頼めそうな人はいないの?」
「はい・・・お2人のように強い方は・・・」
2人って。
エルマさんの腕前は知らないだろうに。
まあ、何となく雰囲気で分かるのかな。
「数人に護衛してもらえばいいじゃない」
「数人いれば、確かに可能かもしれませんが・・・草摘みのためにわざわざ来てもらえませんし」
「そう・・・。それなら、もっと効果のある結界石を持って来れば?」
「そんな石は持ってないです。貸してくれそうな人も知りませんし・・・」
「そういうことなら、仕方ないわ。当分は控えることね」
エルマさんの言うことは正論だ。
でも、なかなか厳しいよなぁ。
あ~あ、エルフ少女が落ち込んでるよ。
少年も。
「とにかく、せっかく助かった命なんだから、大切にしなさいよ」
「はい・・・。偶然通りかかった方がロック鳥を相手にできるような方だったなんて、それだけでもすごく幸運ですよね。なのに、草摘みに来れないなんて愚痴を言っちゃって・・・ごめんなさい」
「謝らなくていいわよ。それより・・・」
話を進めるエルマさん。
「あなた達、この近くに住んでいるの?」
「はい。あっ・・・。助けていただいたのに、今まで名乗りもせずに申し訳ありませんでした。私はトア村のウィナといいます。それで、こっちが弟のディノです」
「トア村・・・」
どこだ、それ。
トア村なんて知らないぞ。
エルマさんは・・・。
えっ?
驚愕の表情。
どういうこと。
「トア村と言うとチェシュメルの・・・」
「そうですけど??」
ウィナが不思議そうな顔をしている。
まあ、今自分がいる場所を聞くなんて普通は無いよな。
で、エルマさん、その表情は?
ここがチェシュメルだと何か問題が・・・。
「後で話すわ。今はなんとかごまかして」
不審そうな顔をしている俺を見かねたのか。
そう耳打ちされた。
なので。
「えっと、僕たちは旅の者でして・・・」
とりあえず、苦し紛れに作った話で、その場をやり過ごすことに成功した・・・と思う。
我ながらおかしな話になってしまったけど、なんとか信じてくれたみたいだから。
こんな話を信じてくれるなんて、素直な2人だ。
それとも、魔物に襲われた後だったし、正常な判断ができなかったのかな。
「でしたら、トアへは初めてなのですね」
「ええ、そうね」
「では、是非案内させて下さい」
これは、ついてる。
さっそく、トア村へ移動しようとする俺だったんだけど。
姉弟に呼び止められ、ロック鳥の肉をどうするのか聞かれましたよ。
なんでも、滅多に口にできない高級肉らしい。
なんと言うか・・・。
この鳥に襲われたばかりだというのに、たくましいことで・・・。
まあ、解体して持ち帰ったんですけどね・・・。
「さあ、着きましたよ。ようこそ、トア村へ」
トア村は、それなりの規模を持った村だった。
もちろん、レントなんかとは比べるまでも無いけれど、俺がこの世界に来て初めて訪れたあのサニア村の数倍の規模はあるだろう。
往来を行く人々にも活気がある。
居心地の良さそうな村だ。
そこに、姉弟の知り合いらしき村人が声をかけてきた。
魔物に襲われた事実を話し始める姉弟。
この村人もエルフか。
ふーん・・・村には亜人が多いんだな。
エルフにドワーフに獣人も。
人間より多いんじゃないか。
と、今はそんな事どうでもいいよな。
村人と話す姉弟から少し離れ、こっそりとエルマさんに聞いてみる。
「この村、知ってました?」
「地名だけはね」
「来たことは?」
「無いわ。初めてね」
「そうですか・・・それで、さっきの表情は?」
そこで告げられた驚きの事実。
エルマさんと違って、俺は全く分かっていなかったんだよな。
チェシュメルについて・・・。
レントの南はもうチェシュメル王国。
だから、この村もレントからはそんなに離れてはいないだろうなんて思ってたんだ。
・・・全く違いました。
このトア村、チェシュメル王国にあるといってもレントの南に存在するのではなかった。チェシュメル王国の東部、アルザザとの国境付近にトア村は位置するというのだ。レントはチェシュメルの北西、トア村はチェシュメル国内の東端に位置すると。
・・・レントからは近くなさそうだ。
この大陸には五大国が存在し、大陸中央に位置するカフラマン山地を中心として、北にユマ、北東にローレンシア、南東にアルザザ、南西にチェシュメル、北西にマインツという位置関係にあるらしい。
マインツの南、チェシュメルの北西に位置するレントからトア村となると、チェシュメル一国分の距離を隔てていることになる。
それが、どの程度かというと・・・。
トア村からレントまで戻るためには、順調に進んで50日程度かかる、それくらいだそうだ。
ちなみに、ゆっくり進めば100日かかる者もいるとか・・・。
もちろん、馬や馬車を乗り継げば短縮できるとのことだが、それには結構な費用がかかるらしい。
なるほどね。
そりゃ、エルマさんも驚くわ。
いや、俺もびっくりだ。
それにしても、レントからは随分離れているよな。
大体どうしてそんな場所に??
レントの南にいたはずが、遠く離れたこんな場所に。
・・・わけが分からん。
「・・・」
思わず沈黙してしまう。
エルマさんも神妙な顔つきだ。
俺達から少し離れたところでは、ウィナの話がまだ続いている。
ふぅ~。
・・・。
まあ、よく分からんけど、多分そういう事なんだろうなぁ。
「どういうことか解る?」
「・・・やはりあの迷宮ですよね」
確証はないけど。
「迷宮で彷徨っているうちに、こんな場所まで移動したって言うの」
「おそらくは」
確信みたいなものはある。
「・・・」
「これは、ただの推測ですが・・・」
「何?」
「あの五つの迷宮は、それぞれ遠く離れているのではないでしょうか」
大広間を中心とした五つの迷宮部分。
それぞれ迷宮間の距離は、見た目通りではない。
そういうことでは。
「どういうこと?」
「迷宮間の移動中に転移していたのではないかと」
「転移!? そんな・・・」
「それぞれの迷宮間の距離は、ありえないくらい短かったと思いませんか。しかも五つの迷宮間を繋ぐ通路の距離は不自然なくらい同じでした」
そう。
巨大な広間、多くの通路、小部屋で構成される迷宮があんな短い通路で繫がっているわけがない。距離も同じすぎる。
これは、何らかの仕掛けがあると考えるのが妥当では。
その仕掛けが転移。
「・・・」
「牛頭馬頭のいる魔法陣部屋の奥の通路が各迷宮に繫がっているのは、転移のような仕掛けがあるのだと思います。通路を歩いている時、違和感を感じませんでしたか?」
「・・・変な感じはしたわ」
「その時に転移したのではないでしょうか」
転移石を使っての移動時とは感じが違っていたので転移だとは言い切れないけど、転移のようなものだとは思う。
まあ、レント南の迷宮に入り込んだ時点で既にレントから遠く離れた地に転移していたと考えることもできるんだけどね。
「そう・・・そうかもしれないわね」
「なので、レントまで戻るのに50日も必要ありませんよ。もう一度、さっきの迷宮に入って、レント南の地下にあたる部分に移動し、そこから地上に戻ればいいんですから」
「でも、最初の迷宮では地上に出る方法が見つからなかったじゃないの」
「一度出る方法を見つけたんですから、多分大丈夫です」
「・・・ああ、そういうことね」
こちらも問題ないと思う。
迷宮1の中では闇雲に探し回っただけだったし、魔法陣部屋と階段を見つけてからは、そこにばかりに意識が向かってしまったから。
幾つかあった円筒形の小部屋。
あの中に出口となる小部屋があるはず。
「でも、問題がありますね」
「そうね」
迷宮に入るための入口の場所が分からない。
それを探さないといけないのだ。
今からでも入口を探しに行きたいけど、すぐに見つかるとは限らない。
やっぱり、今日は宿で休んだ方がいいかな。
エルマさんも迷宮探索で疲れているだろう。
「とりあえず、今日はこの村で休みましょうか」
「私はまだ大丈夫よ」
強がっているけど、顔にははっきりと疲労の色が見える。
そう隠せるものでもない。
「いえ、今日は休みましょう」
などと話していると、ウィナとディノが話を終えたのか、俺たちの傍にやって来た。
「もういいの?」
「はい。とりあえず、村でロック鳥対策を考えることになりそうです」
「そう」
「ところで、宿を紹介してもらえないかな?」
ということで、宿屋を紹介してもらいました。
トア村には二軒の宿があるらしいんだけど、ウィナの家から近い方がいいということで、そっちの宿を・・・。
幸いその宿に空きがあったので、二部屋借りることに。
そりゃ、エルマさんと同じ部屋には泊まれませんよ。
「では、今夜は夕食を食べに来てくださいね」
「申し訳ないですね。本当にいいのですか?」
「もちろんです。命の恩人に対するお礼が食事だけなんて、こちらこそ申し訳ないですが・・・。せめて、食事だけは用意させて下さい」
「そういうことなら・・・」
「お兄ちゃん、絶対来てよね。ウチの料理はおいしいんだからね」
「こら、ディノ」
「だって・・・」
「すみません。ただの田舎料理なんですけど・・・」
「いえいえ。では、またあとで」
「はい、お待ちしています」
お礼なんか要らないと言ったんだけど、どうしてもと聞かないので、そういう事になりました。まあ、ウィナとディノの実家が料理屋をやっているというのもあるらしい。
「これ美味しいわね」
それまでに出されていた前菜なども結構気に入ってたのだけど。
メイン料理と思われる肉の香草焼きの美味しさは・・・。
この料理。
肉の中に野菜やキノコを詰め込んで、香草で風味を付けながら調理している。
旨味に溢れているが独特のくせがあるこの肉、香草の風味を利用することで、うまくバランスを取っているらしい。
「本当に美味しいですね」
くせどころか、むしろ爽やかにさえ感じる。
うん、美味だ。
迷宮で彷徨っていて、食事どころじゃ無かったのに、今はこんなにも美味しい食事を楽しめている。我ながら何だかなぁとは思うけど・・・。
ありがたいことだよな。
「はぁ~、もう入らないわ」
エルマさんもご満悦の様子。
俺も満腹だ。
「ホント、美味しかったです。ありがとうございました」
ウィナとディノの実家の料理屋。
なんと、今夜は貸し切りにしてくれた。
逆に気を遣うわ、と思ったんだけど、今日は定休日だったらしい。
「口に合ったかの?」
「はい、とても」
そう言うと、照れたような笑顔になる老人。
ウィナとディノの祖父だ。
今の2人はこの祖父と祖母に養われているらしい。
母は既に他界しており、父は公都で仕事をしているからだそうだ。
「それは良かったわ」
こっちが、そのお祖母さん。
優しそうだ。
「ねっ、言ったでしょ。ウチの料理はすごいって」
「ディノ」
さっきと同じやり取りをする姉弟。
なんか和むな。
「しかし、この肉がロック鳥の肉なんですね」
そう。
さっき食べていた香草焼き
ロック鳥の肉らしい。
「滅多に口にできない高級食材なんですよ。私が狩ったわけじゃ無いんですが・・・」
「ご馳走すると言いながら、客人の持って来た食材を使ってしまったからのう・・・」
「いえいえ、とんでもないです」
落ち込んでいるウィナとお祖父さん。
いや、その・・・。
「僕たちじゃ、こんなに美味しく調理なんてできませんから。ホントありがたいです」
エルマさんにも視線で促す。
「そうね。素晴らしい料理人あってこその料理だわ」
「・・・そう言ってもらえると、助かるんじゃが」
「おじいちゃんは最高の料理人~」
はしゃぐディノ。
それを窘めるウィナ。
・・・。
こればっかりだな。
その後、もっとお礼がしたいと言いだしたウィナ。
今度会った時にご馳走してもらうということで納得してもらいました。
いつ会えるか分からないんだけど・・・。
久々の更新となります。
体調不良、本業多忙など諸々の事情がありまして更新できずにいたのですが、
少し落ち着いてきましたので再開したいと思います。
更新が遅れたこと、本当に申し訳ありませんでした。




