第三十五話 協力
石弾?
これ名前か?
そんな名前知らないぞ。
あだ名かなぁ。
でも、そんなあだ名も知らない。
誰なんだ?
石弾、石の弾、石、岩・・・。
あっ!?
まさか、あいつか。
だとしたら、この宿も突き止められていたということになる。
俺の情報はそんなに漏れやすいのか。
ちょっと考えものだ。
まあ、あいつと決まったわけじゃないけど。
しかしなぁ、これ5日前の伝言だよな。
待つと言われても・・・。
いつからいつまで待ってるんだ。
今夜行けばいいのか?
「梟煙亭で待つと書かれているのですが、何か言ってました?」
「そういえば、いつでもいいからと言ってたかな」
ずっと待ってる気なのか。
だったら、今夜でも。
いや、迂闊に近づくべきじゃないのか。
とはいえ、この宿まで知られている。
もう害意は無いというようなこと言ってたしなぁ。
一応治療もしてもらったし・・・。
梟煙亭。
梟と煙亭と呼ぶ人もいる。
第二地区にある酒場だ。
普段酒場には行かない俺でも知っているくらいなのだから、結構な有名店なのだろう。
今夜も客であふれ返っている。
あんな伝言、無視してもよかったのだけど、気になることは確かだから。
さっそく来てしまった。
本当はミュリエルさんとライナスさんに挨拶に行こうと思ってたんだけど、この件を先に片付けないと落ち着かない。
挨拶は明日にでも行くとして。
しかし、繁盛してるなぁ。
酔客の中を縫うように歩いていく。
やっぱり・・・。
カウンターの奥の席に奴はいた。
こんな場所では何もしないだろうけど、相手はあいつだ。
用心のため色々と準備しておく。
何が起こっても対応できるように。
「先日はお世話になりましたね」
「うん? ・・・おぉ、やっと来た」
飲んでいる?
当然か。
「長々と待たせやがって。どこ行ってたんだ?」
勝手な事を。
約束なんてしてないぞ。
「ちょっとした用事でレントを離れていました」
「仕事か?」
「まあ・・・そんなところです」
そういう事にしておこう。
「まさか、あなたに呼び出されるとは思ってもいませんでしたよ」
「あぁ、もう会うつもりも無かったんだけどな」
「それで、何の用です?」
「こんな場所なのに、せっかちだな」
「・・・」
「まあ、お前も一杯やれよ」
「いえ、結構です」
「ちぇっ、ノリが悪い奴だ」
悪かったな。
そもそも、あんたとは飲む仲でもないだろ。
しかし、この男。
なんというか、雰囲気のある奴だな。
精悍な顔つきに浅黒い肌、ちょっと長めの黒髪。
そうか、色気があるんだ。
それに、身体も引き締まっている。
魔法の遣い手なのに身体も鍛えている証拠だ。
これなら、戦闘時のあの動きも納得できるな。
「それで・・・お前、本当にアレじゃないんだよな」
人がいるからか、言葉を濁してくる。
「何をいまさら。自分で確認したでしょ」
「まあ、そうなんだけどな・・・。もう一度見せてくれよ」
「ここでですか?」
「おぅ」
「仕方ないですね」
エイドスを見せてやる。
このエイドス。
また不思議な現象が・・・。
男と記していたはずが、いつの間にか消えて空白に戻っていたんです。
気付いたのは山籠もり中。
すぐに、男と書き込んだけど・・・。
たまに、消えてるんだよなぁ。
不思議だ。
そういうわけで、人に会う前には必ずチェック。
消えている場合には、再書き込み。
・・・結構面倒かも。
「そうだよなぁ・・・うーん・・・」
唸ってるぞ。
もちろん、エイドスには男と表示されている。
いったい何なんだ?
「用件はそれだけですか? なら、帰りますけど」
「まあ、待てよ」
「・・・」
「お前、なんかトリック使ってないだろうな?」
「はあ?」
やばい、ばれてる?
「エイドスに仕掛けしてないか」
「そんな事できるんですか?」
「・・・普通できないよな」
やっぱり、そうなんだ。
危ないところだった。
助かったよ。
「でしょ」
「でも、そうなるとなぁ・・・。候補がいねぇんだよ」
「アレのですか?」
「そうだ」
「僕に言われても・・・」
まだ、探しているんだな。
かわいそうに。
無駄骨だね。
「お前以外、依頼者から言われている特徴に該当する奴はいねぇんだ」
特徴、依頼者・・・。
やはり、ローレンシアの両性具有を憎悪する集団からの刺客なのか。
ケヘルさんの情報からも、その線が濃厚だろうな。
「どんな特徴ですか」
「それは守秘義務があって言えねぇ」
おぉ、この世界の刺客にも守秘義務はあるのか。
「では、僕からは何も言えませんね」
「・・・まあ、なんだ。お前くらいの年齢で、最近レントにやって来た手練れ。そんな奴知らねぇか?」
言っちゃったよ。
まあ、それ以外の特徴もあるのかもしれないけどね。
しかし、どこからの情報だ。
「さあ・・・。そんな人は沢山いるでしょ」
「いや、それなりの実力者となれば、そんなにはな」
「でも、実力を隠していたら分かりませんよね」
「そうなんだよ。それなら、もうお手上げだ」
諦めて、さっさと帰ればいいのに。
「諦めるわけにはいかないのですか」
「今のところ他の仕事は入ってないし、今回は報酬がいいからなぁ・・・惜しい」
「ちなみに、成功報酬は?」
「ふん、それも言えねぇな」
守秘義務か。
さっきは話したけどな。
・・・うん?
酔っぱらっているのか?
「それだけでしたら、僕はそろそろ・・・」
「もう一つある。いや、こっちが本題だ」
「何ですか」
「協力してくれ?」
「僕にアレを探せと?」
「そうだ」
何の義理があってそんな事を。
あるのは恨みだろ。
それに、探し出せるはずもない。
「どうして僕が」
「情報網は多い方がいいに決まってる。それに、同年代のお前なら、面白い情報が手に入るかもしれない」
「あなたに協力する必要性を感じないのですが」
「気持ちは分かる。だから、交換条件だ」
「はあ・・・」
「俺が成果を出していないことは依頼人も知っている。このままだと恐らく次の刺客がやって来るだろう」
本当かよ。
「そして、そいつはお前を狙うな」
「でも、僕がアレではないと報告しているんですよね」
「簡単な報告はしている。でもな、新たに来る刺客がそんな事を信じるかぁ? 俺なら結果を出してない前任者のいう事など信じねぇな」
また襲撃されるってこと。
それは迷惑だ。
「それで交換条件とは」
「そいつにお前がアレじゃないと念を押してやるよ。まあ信じねぇだろうけどな」
信じないなら、意味が無い。
「それだけですか」
「そいつがこの町に来たら、お前に教えてやる。ついでに、その特徴もな」
それは・・・助かるな。
分かっていれば、対処は容易になる。
それに、こいつと情報交換できるのも、考えてみれば悪い話じゃない。
もちろん、具有者だとばれないように注意しなきゃいけないけど。
「なるほど・・・。ところで、協力するからには、名前と常宿くらいは教えてもらえませんかね」
悪くない提案だ。
ただ、こいつの情報がもう少し欲しい。
「そうかぁ・・・そうだなぁ・・・」
「あなたは僕の名前も宿も知っているじゃないですか」
「まあ、しょうがねぇか。俺の名前はジークだ。常宿は無い。職業柄な」
ほぉ~、名乗ったか。
偽名の可能性は高いけど。
で、常宿は無いと。
「では、連絡を取りたい時は?」
「この酒場に来てくれ。この時間なら大概は飲んでるはずだ」
「いない時は?」
「ここのマスターにでも伝言しておいてくれ」
そう言って、カウンターの中にいる1人の男性を指さす。
あの人がマスターということか。
「こっちからは、宿かお前の訓練場所にでも行くわ」
訓練場所?
朝の鍛錬に使っている場所だよな。
「今のところ他の刺客がレントにいるという情報は無いからな。安心して訓練してくれ」
それを信じていいなら。
助かる。
「本当ですね?」
「ああ、ここで嘘ついても何の得も無ぇだろ」
奇妙な関係が成立した。
狙う者と狙われる者の協力関係。
あいつは俺の正体知らないけど・・・。
まあ、今夜の話し合いは上々でしょう。
正直、何が起こるかと緊張感を持って臨んでいたからね。
翌日は朝から挨拶に回ることに。
長く留守にしていたから、顔を出す場所も多い。
仕方ないところだ。
ライナスさんの店は・・・最後にしよう。
長くなりそうだし。
まずは、冒険者ギルド。
次に、ギルドの下請けでお世話になっている商館、商店。これが結構多いんだよな。
それから、ギルベルトさんの道場。
あとは、まあそれなりに・・・。
そのあとで、ライナスさんの店に行って、ライナスさんとミュリエルさんに挨拶。
予想通り長くなりました。
長いどころか、そこから食事会が始まってしまい・・・。
ホント、いつもお世話になってるよね。
ご馳走になってばかりだし。
お金は要らないと言ってくれるんだけど、なんかねぇ。
借りばかりが増えていっているような気がする。
もちろん、ありがたい事なんですけど。
それで、ミュリエルさんですが。
いつものように、熱烈歓迎なんだけど。
ちょっと様子が違う。
少し拗ねているような、怒っているような・・・。
やっぱり、レントに残して行ったことが原因だろうな。
そこのところは、しっかり話して納得してもらったつもりだったんだけど。
そうでも無かったのかな。
でも、そういった感情を出してくれるのは良い事だと思う。
何でもかんでも俺の言う通りで文句なし。
それは良くない。
そんな関係は望んでいないからね。
そんなミュリエルさんだったけど、俺が帰る頃には機嫌も直っていたような気がする。
もう数日で新年。
奴隷の件も、そろそろ決めないといけないな。
翌朝。
早くからいつもの場所で鍛錬を始める。
ホント久しぶりだ。
ジークが言っていた通りだとしたら、安心してここを使うことができる。
とはいえ、用心は必要だろう。
二度とあんな失敗はしたくない。
だから、ここでは限界まで鍛錬することはしない。
体力も魔力も余力を残しての鍛錬だ。
効率は悪いけど、当面はこの方針で進めよう。
一通り鍛錬を終えた頃。
「!?」
誰かがやって来る。
俺の感知結界は30メートル程度なんだけど。
不完全でいいなら、ある程度まで範囲を広げることができる。
といっても、消費魔力を増やすわけでは無い。
同程度の魔力を薄く引き伸ばすイメージかな。
一歩一歩近づいてくる。
気配は薄い。
消しているのか?
殺気は・・・無いと思う。
30メートル以内に入った。
拡散魔力の濃度を高める。
なるほど・・・。
20メートル。
あえて振り向かない。
何かしてくるのか。
様子を見たい。
15メートル。
後方に魔力の集中を感じる。
魔法を使ってくる気か。
発射!
岩弾、いや石弾か。
当然、余裕をもってかわす。
後ろも見ずに。
「ほぅ、やるなぁ」
振り返ると。
やっぱりね。
「よぉー」
ジークがいた。