5話
「今日はコレを返しに。それから、挨拶に来た」
そう言ったケイは、手にした箱を見える様に少し傾けた。
カガリが目を向ければ、それは開いたままの『タイムカプセル』。
中には『シーデイ』の他に、いくつかの骨董が入っている。
黒くて四角いプラスチックのカード。
大きな液晶を持つ、手のひらサイズの機械。
他にもいくつかある様だが、どれもこれも、使い方はさっぱりわからない。
困惑した様子で、目を瞬かせたカガリは顔を上げた。
服装は、最後に会った数日前と大して変わらない。唯一目を引いたのは、肩にかかるボストンバッグ。
ボロボロのベルトが、強くケイの肩に食い込んでいる。
「お、おいケイ。お前……」
何かを察したカガリは、声を震わせた。
「ダメだった」
ケイは、やつれた顔で。
しかし、はっきりとした声音で言う。
「どう考えても、今の生活で図書館に行く余裕はなかった。でも、コイツを押すのはやめられなかった」
伏せていた目をカガリに向ける。
その口元は、微笑んでいた。
「ここに来る時間を、全部仕事に回すことにした」
その目は、どこか遠くを見ている様だった。
「いくら大昔の貴重なものが出てきても――オレには何も、受け取れそうにない」
「だったら! ……だったらよ」
いつも飄々としているカガリが、珍しく狼狽える。
「おれの店を手伝うってのは……どうなんだ? チビの頃から通ってんだ。お前ほどの目があれば――」
思い留めようとするカガリに、ケイは小さく首を振った。
「……少し前から誘われてたんだ。瓦礫撤去の仕事は、いつでも人が足りないから」
カガリは視線を彷徨わせ、どうにかできないかと考える。
しかし、ケイがボストンバッグを担ぎ直す様子を見て、カガリは歯を食いしばった。
「ちょっと待ってろ」
カガリは力なく言うと、持っていたタバコの煙を漂わせながら、店の中へと戻って行った。
薄煙が広がり、溶けるように消えていく。
***
戻ってきたカガリは筒状の容器を手に持っていた。
中には干し芋が何本か入っている。
カガリはそれを、ケイに押し付けるように渡した。
「これは?」
「……干し芋だよ」
ケイの疑問に、カガリは視線を『タイムカプセル』に向けた。
「それを売ってきた奴が、勝手に賭けていったんだ」
「賭け?」
「この『タイムカプセル』を古い物が好きな若者に渡して、もし返しにきたら――」
カガリは容器を、トントンと人差し指で叩いた。
「コイツを渡せってよ。きっと、こっちの方が有用だからってな」
「……有用」
ポツリとこぼしたケイの言葉に、カガリは「あぁ」と頷いた。
「――本当に、良いんだな?」
カガリは覗き込むように、ケイを見つめる。
ケイが、その視線と合った時、彼は目を背けた。
伏せた瞳を、何度か揺らす。
やがて、両目を深く閉じると目蓋を開いた。
「……あぁ」
そう言って、カガリに『タイムカプセル』を渡す。
中に入った『シーデイ』は、朝陽に照らされ、静かに輝いていた。
***
去っていくケイの背中が小さくなるまで、カガリは歯を軋ませていた。
落ち着かせようと、タバコをゆっくりと、深く吸うも、胸の熱は治らない。
「クソッ」
小さく呟き、タバコを投げ捨てる。
それを踵で踏み消した。
「クソッツ!」
強く蹴った土が、砂煙を舞い上げる。
後には何も残らなかった。
***
骨董屋を後にしたケイは、カガリから貰った干し芋を容器から取り出した。
一枚口に放り込むと、優しい甘みが口を満たし、体が求めていたように唾液をあふれさせる。
(甘いのは久しぶりだ)
自然と口が緩んだケイは、顔を上げた。
先の災害で、残骸と化したビルの谷間の影の中。
雲ひとつない空に、小さく見える白い建物が映えている。
その青が、ケイの目に沁みた。
呼吸が詰まり、心臓が早鐘を打つ。
息を吸うたびに、鈍い痛みが喉へ迫り上がっていく。
震える体を抑えるために、容器を握る力が強くなった。
「あぁ……」
意味のない呻きが、口から漏れる。
咥えていた干し芋が、地面に落ちた。
……もっと、なんとか出来なかったのだろうか。
どうにかして、図書館に行けなかったのだろうか。
あの円盤には、どんなものが入っていたのだろうか。
ケイの視界が揺らぎ、熱いものが頬を伝う。
やろうとしていることは、正しいことだと思う反面、なぜか涙は止まらない。
容器を握りしめ、空に向かって、小さくしゃくり上げたケイの声は、ビルを抜ける風の音でかき消える。
それでもケイは、どんなに歩幅が狭まろうとも、足の歩みだけは止めなかった。
SFシリーズの帰還場所に登場する塔は作中の図書館と同一のものになります。




