第17話:砂族の試練と、砂漠の雫
砂族の村『アッシュ・ラ・バ』。
赤砂の大地に隠れるように存在するこの村に、エルナはワゴナー号から降り立った瞬間、懐かしさに瞳を揺らした。
「……間違いないです。この空気の乾燥した感じ、遠くから漂ってくる野生のクミンの香り……。カイ様、ここは私の故郷、スパイスの里のすぐ近くです!」
逃亡の果て、ようやく辿り着いた目的地。だが、再会を喜ぶエルナの前に広がっていたのは、活気ある里の姿ではなく、不自然な静寂に包まれた村だった。
族長バルザスは一行を歓迎し、村の中央にある『オアシスの心臓』へと案内する。
「見てくれ。ここが我らの命の源だ。最近、水の色が少し紫がかっているが、砂漠の太陽が強すぎるせいだろう。魚も少し元気がなくて捕り放題だ、ハッハッハ!」
バルザスが豪快に笑う横で、カイは網膜の『論理眼』を走らせた。視界の端で、エラーログが小刻みに点滅している。
「……バルザス。お前たちは、本当にこの異変に気づいていないのか?」
カイの問いに、エルナが震える手で池に触れる。
「……あうぅ。カイ様、お水が泣いています。苦しくて、もうすぐ天国へ逃げ出したいって……」
「……。……マスター。水質スキャン完了。深部に帝国製『エーテル鉛』の残留思念を検知。現状の汚染速度から計算……全生態系の完全沈黙まで、残り168時間」
ゼロが無機質な声で、1週間という死の宣告を突きつけた。
「エーテル鉛……!? 馬鹿な、なぜこんなところに……」
ハンスが真っ青な顔で身を乗り出す。彼は帝国の内部資料を思い出したように、震える声で続けた。
「……カイ殿、これは偶然の汚染ではありません。帝国はこの地の地下に眠る希少な『紅蓮鉱』の採掘権をかねてから狙っていました。協力的でない砂漠の民を、兵を出す手間もなく『病死』に見せかけて一掃しようとしているんです……!」
「……なるほどな。俺たちを追うついでに、邪魔な住民の掃除も済ませようというわけか。非倫理的だが、帝国らしいやり方だ」
カイの冷徹な分析に、ようやくバルザスの笑顔が消え、怒りに拳を震わせた。だが、毒を盛られたとわかっても、彼らには抗う術がない。
その時、ワゴナー号の車内でヴァネッサが絶叫した。
「ハンス! 今の聞いた!? これよ、これしかないわ!」
「閣下、何がですか! それより私はもう、帝国からの帰還命令を無視し続けているせいで、本国で私の『公開処刑のポスター』が刷られていないか気が気じゃないんですよ!」
ハンスは胃を押さえ、文字通り血の気の引いた顔で震えている。
「いい? エルナ確保もできず、潜水艦も無くした私たちは、今戻れば確実に『反逆者』として首を撥ねられるわ! でも、もしこの村を救って帝国の『非公式な不祥事』を闇に葬る手伝いをすれば……それを交渉材料に恩赦を勝ち取れるかもしれないわ!」
「愛どころか、もはや生存本能だけで動いていますね閣下……。ですが、背に腹は代えられません。死ぬくらいなら、魔獣に食われるほうがマシです!」
処刑という現実的な死の影に怯える二人の瞳には、かつてないほどの必死な輝きが宿っていた。
「……解決策ならあります。帝国のマニュアルによれば、これを除去できるのは、特定の周波数を放つ『清廉の水晶』の原石だけです。ですが、そんなもの、この近くにあるはずが――」
ハンスの言葉に、バルザスが地平線の彼方、『災厄の穴』を見つめた。
「……古き言い伝えにある。砂漠の悪魔『デス・ワーム』の巣には、その水晶が星の欠片のように散らばっていると。だが、あそこへ行って生きて戻った者はいない」
「……論理的に言って、選択肢は一つだな。リゼ、ゼロ。掃除道具の準備だ」
◇◆◇◆◇
災厄の穴。熱気が渦巻くアリ地獄のようなクレーターの中心から、全長30メートルを超える多足の怪異――デス・ワームが姿を現した。
「リゼ、ゼロ、くるぞ! 深度40、地中の振動を予測しろ!」
「了解ですわ、ご主人様! ――あ、熱っ……!? 出力が……!」
「……。……警告。機体温度上昇。排熱効率が低下しています」
砂漠の熱気は、ドールたちの排熱能力すら凌駕していた。
「想定内よ! 二人まとめて冷やしてあげるわ!」
ピノが『超音速冷却ブースター・ツイン』を二人の背面に強制ロックした。
「……っ、冷たい! 思考回路が凍りそうですわ! ――ですが、視界はクリアです! ゼロ、同調しますわよ!」
「了解。……ターゲット、ロック。お姉様の軌道に合わせ、私も発射します」
リゼが光翼を広げ、砂の上を滑るように加速する。ゼロはその影にピタリと寄り添い、二条の蒼い光が砂漠を駆け抜けた。
「リゼ、ゼロ! 砂に向けて粒子砲を放て。……角度35度、砂粒の反射を利用して『多角射撃』だ!」
二人のドールが同時に放った閃光が、砂地に当たって乱反射し、ワームの腹部を四方八方から貫いた。
「どきなさい! 私の首は、ギロチン台に乗せるためにあるんじゃないのよーーっ!!」
ヴァネッサがワゴナー号の屋根から決死の形相で跳躍した。処刑の恐怖を怒りに変えた彼女の軍刀が、ワームの傷口を深く切り裂き、魔獣を釘付けにした。
「トドメですわ! ――『極点貫通・天の逆鉾』!」
「……追撃。……『座標消失・銀河の滴』」
黄金の槍と銀の光弾が交差し、デス・ワームの核を粉砕。爆炎と共に砂漠の悪魔は沈黙した。
◇◆◇◆◇
夕暮れのオアシス。
回収した水晶をエルナの祈りで活性化させ、池に投じる。毒素は見る間に消え去り、澄み切った蒼い水が再び村を潤し始めた。
「……ふぅ。お掃除完了ですわ。ご主人様、ご褒美に私の頭を論理的に撫で回してくださいませ」
リゼがサボテンの茂みに腰を下ろすが、その拍子に「あいたっ!」と飛び上がった。
「ど、どうしましたリゼお姉様!? ゼロちゃんも!?」
「……。……サボテンの棘が。私の臀部装甲に、12本の異物混入。除去が必要です」
「……リゼ、ゼロ。動くな、抜いてやる。……ピノ、ライトで照らせ」
カイがピンセットを手に、二人の肌(装甲)に刺さった棘を1本ずつ抜いていく。
「……ひゃんっ。……ご、ご主人様、そこは……感度設定が高いので……あんっ」
「……。……マスター。……その部位の刺激、プロトコルにありません。……あ、ふ……っ」
「ちょっとカイ!! 処刑を逃れた最高の気分の私を差し置いて何してるのよ! ハンス、今すぐ私をあのサボテンに放り投げなさい! 私の刺さり方のほうが芸術的なはずよ!」
「閣下、生き残った喜びをそんな形で消費しないでください!!」
騒ぎの中、バルザスが黄金色に輝く果実――『砂漠の雫』が入った籠を持って現れた。
◇◆◇◆◇
夜。カイはワゴナー号のキッチンで静かに包丁を握った。
「お待たせ。……『オアシス風・甘美なフルーツオムライス』だ」
テーブルに並んだのは、雫の果実の甘酸っぱさと、とろけるような卵が融合した極上のデザートオムライス。
「……っ。美味しい、です。砂漠で乾いた心が、この甘酸っぱさで全部潤っていきますわ……」
リゼが蕩けるような笑顔を見せる。
「……多幸感、計測不能。お姉様、マスター。これが……勝利の味、なのですね」
ゼロも一歩、感情のある顔に近づいた。
「美味しい……! これで明日も、皆さんと一緒にいられますね」
エルナが微笑み、ヴァネッサも「……ふん。帝国の不祥事を救った英雄の味ね。これで処刑は回避よ!」と涙ながらに頬張った。
砂漠の夜風がオアシスを吹き抜ける。
ようやく辿り着いた故郷の地。だが、ここが本当の戦いの始まりであることを、カイは予感していた。
(第18話に続く)
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