8.
約束を交わしたわけではなかったが、初日以降マルティーナとパウラはどちらかから声をかけて、毎回一緒に食堂へ行くようになっていた。
今朝も朝食を共にした。
その流れで、入学式がおこなわれるホールへも自然と揃って向かうことになった。
ホールの入り口に人だかりができているのが見える。
「何だろ?」
パウラはつま先立ちをした。
「あっ、クラス分けが掲示されてるみたい。私たちも行ってみよ?」
「少しドキドキしてしまうわ。同じクラスだとうれしいんだけど……」
「そうだねー」
けれど、マルティーナの名前はB組に、そしてパウラはE組にあった。
だというのに、自分の名前を見つけたときのパウラの態度は、とてもあっさりとしたものだった。
「寮の部屋とは反対に、クラスのほうは見事に均等にバラされちゃったね」
恐らくこうなることを知っていたのだろう。
ざっと確認したところ、留学生は各クラスにおおよそ男女1名ずつが振り分けられているようだ。
このときになってウーゴも同じB組なことを発見した。
「もしクラスで困り事が出てきたら、ウーゴを頼ればいいよ」
「ええ、そうするわ。パウラのほうはどう? E組に知り合いはいる?」
「いなーい」
けれど、不安がっているふうでもない。
マルティーナもまた、パウラなら大丈夫な気がした。
すぐに友人を作ってしまうことだろう。
マルティーナがパウラと友達になったきっかけも、パウラが作ってくれたのだから。
※
入学式はクラス毎に座る場所が指定されていた。
「じゃあ、私はE組のほうに行くね」
「ええ」
マルティーナはB組に割り当てられた席へ向かおうとして、さっそくその目でウーゴの姿を捉えた。
マルティーナの知らない男子学生と笑顔で談笑している。
ウーゴのほうも、順調に新しい友人を作っているようだ。
(よかった。昨日のあれから変わったところは特になさそう)
外傷は見られない。
衣服で隠れている箇所を……という可能性がないわけではないが、何よりウーゴの醸す柔らかい雰囲気に変化がない。
ウーゴが怪我でもしていたら、こっそり治癒魔法を使うこともやぶさかではなかったが、その必要はなさそうだ。
(昨日あれからどんな話があったのか訊きたいけれど、後にしたほうがよさそうね)
「マルティーナ!」
一昨日食堂で隣になった4人のうちのひとりが手を振ってくれた。
名前は確かオリビアといった。
「よかったー。同郷の友達とは全員クラスが別れちゃって、めちゃくちゃ心細かったの!」
(それもひょっとしたら、学院の意図によるものなのかも……?)
そんな気がした。
「隣に座ってもいいかしら?」
「もちろん」
今の今までマルティーナのほうこそ心細かったが、オリビアの笑顔に安堵した。
たった2日前に知り合ったばかりとはいえ、初日から打ち解けて話をすることができたオリビアと同じクラスというのは心強い。
マルティーナはオリビアの隣に腰かけながら、クラスメイトの面々を確認した。
式典用の顔だろうとわかってはいても、みな勤勉そうで賢そうに見える。
(それでも私だってがんばらないと……神聖魔法に比べれば、自然魔法はまだ努力の入り込む余地がありそうな気がするもの!)
「緊張してる?」
オリビアがそっと訊いてきた。
「ええ、少し」
「そうだよね。でも、私たちは座ってればいいだけだから」
(入学式も始まってないのに、弱気になってる場合じゃないわ。しっかりしないと!)
「あっ、始まるみたい」
まだ着席していない学生たちが、急いで空席を探して座った。
マルティーナとオリビアは口を閉じ、教師陣が列をなしてホールに入ってくるのを待った。
※
突如としてホールは厳かな空気に包まれた。
開式が宣言され、学院長の式辞が始まった。
型通りのお祝いのあとには、壮大なスケールの話が続いた。
「諸君はアンダルイド王国、ひいては世界の発展に貢献するために、今後研鑽を積み……」
(皆そんな高い志を抱いてこの学院に入学してきているのかしら? だとしたら、私はとんでもなく場違いなのだけど……)
それまでルーボンヌを出られるなどと、考えたこともなかった。
しかし、アンダルイドから留学の提案を受けて、自分の選択次第でその未来が拓けることを知った。
すぐさま、行ったこともないアンダルイドという国に強烈に魅かれた。
どうしても行かなければならない、という強迫観念といってもいいほどの想いに取り憑かれた。
即断即決だった。
そうしてルーボンヌから逃げ出してきたに過ぎない。
家族もあからさまに喜んでいた。
それから国を去るまでの期間はひたすら留学のための準備に充てたが、頭の中は留学後どうやって生きていこうかということでいっぱいだった。
(そんな私が世界に貢献なんて壮大すぎるわ)
マルティーナが考えに耽っている間にも、式は進行していった。
「……続きまして、新入生代表挨拶に移ります。新入生代表ルーカス・フォアトゥーデス・デ・アンダルイド君」
(この名前……新入生に王族の方が?)
『はい』と短く、けれどホール中に凛と響く返事をして立ち上がったのは、そう、あの男子学生だった。
(あの遠慮のない態度は王族だったからなのね……)
一昨日と昨日のやりとりを回想した。
オリビアたちが口の利き方を注意しようとしてくれたことも、すぐに思い出した。
(みんなは知っていたんだわ。当然よね、自国の王族なんだもの。ということは、どう考えても私の応対はマズかったわよね……)
指先が冷えてくる。
学院では身分差はないなど、建前であろうことは容易に想像がついた。
ルーカスはA組の最前列から登壇するまでの間、一定なテンポの靴音を響かせた。
とりわけマルティーナの耳にはよく響いた。
(王族だと知らなかったんだから、これまでのことは仕方がなかった、とはならないかしら……なるわけがないわね。無理がある。幸いにもクラスは違うんだし、今後は係ることがないように距離を取るしかないわ……)
前途は多難のようにしか思えなかった。




