7.
アンダルイド王立魔法高等学院のカリキュラムは、1年目では魔法を全般的に学び、2年目以降から専門属性を選択し、より高度な魔法を学ぶことになっている──
ということを、講堂でおこなわれているガイダンスで説明されて、マルティーナは初めて知った。
にも拘らず、今からアンケート用紙に現在希望している専門属性を書いて提出するように求められた。
「あとから変更することも可能です。希望の偏り具合をおおよそ把握したいだけなので、気楽に書いてください」
(そう言われても……)
自然魔法を使えても、学んだことはないのだ。
希望する専門属性などあるはずもなかった。
講堂の前方に座っている学生たちが、迷いなくペンを動かし始めるのが視界に入った。
マルティーナとは違い、当然この学院のカリキュラムなどわかっている上で入学してきたのだろう。
パウラといいオリビアといい、皆何かとこの学院の事情に通じている。
入学前に何の前情報も得られなかったマルティーナとは対照的に。
(だけど、それも織り込み済みで留学を決めたはず!)
不安に駆られそうになったが、すんでのところで押さえ込んだ。
「マルティーナは希望の属性ある?」
隣に座っているパウラが尋ねてきた。
パウラのアンケート用紙が意図せず目に入ってしまったが、意外なことに未記入だった。
「そういうのはまだ全然わからなくて……パウラは?」
「私は……」
パウラは、マルティーナと反対側に座っているウーゴの用紙を窺った。
「何だよ。水か土のどっちかじゃないのか?」
「そうだけど、ウーゴはどっち?」
「さあ。まあ、1年目の成績次第だな。で、パウラは?」
「私もどっちにするかはまだ決めてない」
そう言うと、パウラはささっと『水』と『土』の両方に丸をつけた。
「どうしてその2つなの?」
マルティーナがパウラに訊いた。
「ファーマルズ公国はいっつも水に泣かされてるのよ。毎年、日照りか洪水のどっちかっていう極端な土地で。だから、灌漑と治水事業に従事する魔法使いの需要が高いの」
「国の需要……」
マルティーナはそういうものがあることを知らなかった。
「ねえ、この国……アンダルイドではどの属性が需要あると思う?」
「えっ、マルティーナはルーボンヌに帰らないつもりなの?」
「そうなのか!?」
マルティーナとパウラ、ウーゴは反射的に声のしたほうを振り向いた。
(きゃっ、昨日の失礼な人!)
真後ろの席は空いていて、さらにその後ろの席に昨夜渡り廊下で出くわしたグループが座っていた。
「この国に定住するつもりなのか?」
この場にいるということは、同じ新入生ということだ。
なら遠慮はいらないはずだ。
「他人の話に入ってこないでください」
マルティーナはピシャリと言うと、それきりアンケート用紙と向き合った。
(正直に書くしかないんだし、悩む必要なんてないわよね)
全ての属性に丸をつけ、その下に『未定です』と書き加えた。
後方では、忍び笑いが起こっていた。
「言われちゃいましたね」
「『話に入ってこないでください』だって。きっついっすね」
声色を真似られ、思わずペンを持つ手に力が入った。
と、マルティーナの背中にパウラが腕を回してきた。
昨夜と同じだ。
優しさがじんわりと伝わってくる。
マルティーナの代わりに、パウラが後ろの面々をキッと睨んだ。
「これがこの国の流儀?」
常に美人なパウラだが、怒るとその美しさはより際立つ。
マルティーナの口真似をした学生は、はっと息を飲んだ。
批難されて罪悪感を覚えたのではなく、パウラに見惚れていた。
そんな場面ではないはずだが、それも仕方のないことだと思う。
パウラの横顔は、同性のマルティーナですらため息が漏れそうなほど美しかった。
しかしパウラはそのことに一切の興味がないようで、蔑んだように鋭く言い捨てた。
「心細い留学生に対して、ずいぶん紳士だこと」
そう言うパウラは、これっぽっちも心細そうには見えなかった。
睨まれた学生たちのほうがタジタジになってしまっていた。
「そこ! アンケートは書けたのか?」
パウラはフンッ! と鼻から勢いよく息を吐いてから正面を向いた。
マルティーナは上体をパウラに寄せた。
「ありがとう」
ウーゴも前屈みになり、パウラとマルティーナを覗き込む体勢になって小声で言った。
「パウラ、それからマルティーナさんも。今後また何か言われたり嫌がらせされることがあったら俺に教えて」
パウラはすぐさまコクコクと頷く。
(頼っていいものかしら?)
マルティーナの不安を吹き飛ばすように、ウーゴは白い歯を見せてきた。
それで迷いつつも首を縦に振ってしまった。
※
「今日のところは以上です。アンケート用紙を提出した者から寮に戻っていいですよ。明日の入学式は、くれぐれも遅刻しないようにしてください」
教師の号令で、前方に座っていた学生たちから、パラパラと立ち上がり始めた。
マルティーナたちも少し待ってから、それに加わった。
マルティーナとパウラが横に並んで歩き、その後ろをウーゴが歩く。
ウーゴにそういう意図があったかどうかはわからないが、ふたりを護衛するような格好になった。
講堂を出たところで肩を叩かれたのはウーゴだった。
「少し話せるか?」
「へっ、俺?」
「そうだ」
叩いたのは、マルティーナに無遠慮に質問をしてきた例の学生だった。
ウーゴは一瞬だけ驚いた表情をしたものの、すぐににこやかに返事をした。
「別に構わないけど」
「なら一緒に寮の談話室に来てくれ」
そうして連れ立って男子寮の方角へと行ってしまった。
その途中で、ウーゴは1度だけこちらを振り返って手を振ってきた。
穏やかな表情だった。
「どうしてウーゴなのかな?」
パウラの漏らした呟きに、マルティーナの胸はザワついた。
(まさか、さっき小声で私たちに言ったことが後ろまで聞こえてた? そのせいでウーゴさんが呼び出された?)
「私のせいで、どうしよう……」
「えー? むしろ悪いのは私だよー」
「いいえ、パウラだって私を庇ってくれたんだし!」
パウラは微笑みながら、首を左右に振った。
「ウーゴのことなら心配いらないって。昔から敵を作るってことができないんだよね。今回だって絶対大丈夫!」
「だといいけど……」
祈るように両手を組んで握り締めながら、見えなくなってしまうまでウーゴの背中を見つめ続けた。




