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6.

 もはや女子寮の中だ。

 安心していい。

 にも拘らず、マルティーナは部屋に入るとすぐさまドアを施錠した。


 するとようやく気が緩み、疲労が一気にのしかかってくるのを感じた。

 荷解きはすでに済んでいて、自分の持ち物があるべきところに納まっているからなのか、すでに自室という感覚がある。


 ベッドに勢いよく倒れこんだ。


(はあ……初日から色々とありすぎたわ……)


 ダニエラと別れの挨拶をしたのは、もう何日も前のことのような気がする。


 初日から新しい出会いがあった。

 パウラに、ウーゴ、寮母、食堂で話した4人、それから──


 泣いているマルティーナを気遣って、あれきりパウラたちが何も訊かないでいてくれたのは有り難かった。


 マルティーナは仰向けになって、天井の一点を見つめた。

 そうしているうちに、次第にまぶたが下りてきた。

 意識がゆったりと宙に浮かび始める。

 漂うまどろみの中に映しだされたのは、とうにマルティーナの手からは溢れて落ちてしまった過去の出来事だった──



 マルティーナは幼少期から呼吸するのと同じように、大気中に浮遊するエネルギーのようなものを体に取り込むことができた。

 それが特異な能力だということに、気づきもしなかった。


 そして4歳になった頃、それまでは吸収するばかりだったエネルギーを反対に放出できること、さらには放出したときに不思議な現象が起こることを偶然発見した。

 両親は兄姉の教育と生まれたばかりの妹の世話に忙しく、放っておかれることの多かったマルティーナは、新しい遊びを見つけたと思った。

 たちまち夢中になった。

 こうして、遊びの延長で自然魔法の使い方を習得してしまったのだった。


 得意気に家族に披露したあの日のことを、忘れることはないだろう。

 日が暮れ、使用人が邸中の明かりを灯そうとしているところを、代わりに火魔法で灯してみせたのだ。

 両親は瞬きし、それから狂喜乱舞した。

 それまではマルティーナのことをどこか軽んじていた兄姉たちさえも、マルティーナのことを手放しで褒め称えた。

 果ては聖女かと、家族が諸手を上げて大喜びし、お祭り騒ぎになったのを今でも記憶している。


 マルティーナの家は高祖父の代から伯爵位を賜っていて、農作物がよく採れる肥沃な土地を領地として与えられていた。

 十分に裕福だったと思う。

 それでも今にして思い返せば、マルティーナの父親には政治の中枢にかかわりたいという野心があったのかもしれない。


 ルーボンヌ神国において、教会のもつ力は大きい。

 大神官ともなれば、王の選定会議においても発言権があるといわれているほどだ。

 大神官とまではいかなくとも、階級の高い聖職者を輩出した家門は、何かと取り立ててもらえる。


 母親のほうも、さらに家を盛り立てることを夢見ていたようだった。

 早くから、マルティーナと年齢が近い令息がいる格上の家門をリストアップし始めた。

 それは即ち、マルティーナの嫁ぎ先候補というわけだ。


 さらにそれだけでは飽き足らず、マルティーナの兄姉の分のリストまで作っていた。

 その様子は、まるで選ぶ権利がこちら側にあると思いこんでいるかのように見えた。

 そうして実際、マルティーナに婚約者がいた時期もあった。


 マルティーナが聖女であったなら、それらの未来はそのまま現実となっていたかもしれない。

 しかし、実際は残酷なまでにそうではなかった──


 マルティーナは初等教育を受ける年齢に達したとき、神学校に迎え入れられた。

 ルーボンヌでは、神聖魔法の素養がある子どもは神学校への入学が許可される。

 その対象者は、1万人に1人か2人の割合。

 非常に狭き門だった。

 しかし、家族は当然のことだと頷いていた。


 神学校に入るまで、マルティーナは魔法の元となるそれが何なのか、あるいはどこから来るのかということについて、まるで考えはしなかった。

 そこにある力を吸収して魔法を発動させるというのは、マルティーナにとってそれほど自然な行為だったのだ。


 しかし幼いながらも、自身が使える魔法はどこかがおかしいと思っていた。

 滅多にない機会ではあったけれど、教会に属する神官・聖女たちが神聖魔法を奮う場面を直接目にすることがあった。

 神学校で学んだとして、自分の魔法が神官たちの使っていたような魔法になるとは思えなかった。

 もっと根本的に、種類そのものが違う気がした。


 自身の奮う魔法が神聖魔法ではないことがもっとはっきりしたのは、神学校に入ってからのことだった。

 最初の実習の時間、教師から習った通りにやってみた瞬間、あれ? と思った。

 これまで吸収していたものとは、明らかに異なる力を見つけた。

 初めてにも拘らず、それが神聖力だということは確信をもって感じられた。

 どこか懐かしくもあった。


 そして同時に青ざめた。


(なら、生まれてこのかた行使してきた魔法は何だったの? 何を原動力として使って……)


 神聖魔法理論を学べば学ぶほど、マルティーナは怖くなった。

 ありとあらゆる教科書の中に、自分の使う魔法を説明する記述はただの一文も見つからなかった。


(まさか、異端の力……?)


 マルティーナは時間を見つけては、学校の図書室に通い詰めた。

 その間に同級生たちに後れをとって、落ちこぼれていった。


 マルティーナは意を決して教師に相談することにした。

 ようやく勇気を振り絞ったにも拘らず、相談された教師も困惑しきりだった。

 たちまち学校中の知るところとなり、マルティーナは後ろ指をさされるようになった。

 『マルティーナのあの魔法は、邪神の力を借りているらしい』という根も葉もない噂まで流れた。


 マルティーナの魔法が自然魔法であることが判明するのは、それからずいぶんと経ってからのことだった。

 その頃にはすっかり学校では同級生たちから遠巻きにされるようになっていた。

 教師たちからも腫れ物に触るかのように扱われ、家族からも失望されていた。


 ちょうどその頃だろうか。

 マルティーナはしばらく婚約者の顔を見ていないことに、ふと気がついた。

 そのタイミングで婚約者の存在を思い出したのは、学校で孤立し、家族からも口を聞いてもらえなくなり、淋しかったからかもしれない。

 そのときには婚約者の名前を口にするものは、周囲にいなくなくなっていた。

 本人の預かり知らぬところで、マルティーナの婚約話も消えてなくなっていたのだ。

 それはまるで泡沫のようだった──



 そのまま入眠してしまいそうだったところで、突然天井が揺れた。

 その瞬間、宙ぶらりんだった意識がマルティーナの体へと戻った。


 上の階の学生は部屋作りが夕食前に終わっていなかったのか、気に入らなくてやり直しているのだろう。

 パウラのように家具を移動させているようだ。


(倒してしまわないといいのだけれど……)


 息をひそめて、上階が再び静かになるのを待った。


 どうやら無事に家具移動は終わったらしいとわかると、マルティーナは小さくため息をついた。


 もし上階の住人がパウラと同じことになったなら、やはり治癒魔法を使ってしまう。

 使う機会がないに越したことはない。


(再出発のチャンスに恵まれたんだもの。絶対に活かしてみせる!)


 ルーボンヌに生まれながら、自然魔法が使えるのはどうしてなのか?

 もっといえば、神聖魔法と自然魔法の両方が使えるのはなぜなのか?

 マルティーナは、長年の疑問も魔法学院で学ぶことで解けることを期待していた。



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