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おかしな幽霊?

 理が運転する車は海岸沿いの道路を走り続ける。

 二車線しかない曲がりくねったトンネルの多い国道は、運転する理にとっては大変だが、真夏の太陽に照らされて輝く海はとても美しく、美咲の心は浮き立っていた。


「とても綺麗ね」

 空はどこまでも青く、紺色の海との境界線がはっきりとわかる。その辺りを大型船が行き交う。補助席に座った美咲はドアの窓ガラスに顔を付けるようにして海を眺めていた。

 自動車専用道路が開通しているので、盆が過ぎた平日の今日は時間のかかる国道に他の自動車の姿は見えない。

「いい天気だし。最高だね」

 まるで二人だけの世界にいるようだった。



 車が急停車した。左側の海ばかり見ていた美咲は何が起こったのかわからない。

「おばあさんが倒れている」

 理が指さした山側に白髪の老婆が倒れていた。時間は午前十一時になろうとしている。日は強く照りつけていた。

「熱中症かもしれない」

 動かない老婆を心配して美咲がそう言うと、理は頷く。辺りには民家も見当たらない。海と山だけが続いていた。

 美咲と理は慌てて自動車を降りて老婆のところまで走っていく。


「大丈夫ですか?」

 美咲が声を掛けると、老婆は顔を上げて細い目を開けた。

「車で送りましょうか?」

 理が親切にも申し出た。

「ありがたい。何という優しい若者なんだ。ここから五キロメートルぐらい先のところまで行きたいんじゃが、力尽きてしまってな」

 老婆は拝むようにして理に頭を下げた。



 理は後部座席のドアを開けてやり、老婆を座らせる。

「本当にすまないのう」

「五キロなんてすぐだから、気にしないでいいよ」

 何度も頭を下げる老婆に、車をスタートさせた理は軽く答えた。


「助けてもらって何だけど、キロは千倍であるという意味しかない接頭辞だから、単位はちゃんと付けないと」

「はぁ?」

 理は曖昧に返事をした。年寄りは変なところが気になるのだと妙に感心していた。


「山の緑も輝いて見えるわね。海も空も美しい。風光明媚って、こういうことね」

 右側は切り立った崖が続き、見上げると木々が日光を受けて輝いている。美咲が右側を見ると、真剣に運転をしている理の横顔が目に入り、ときめきを覚えていた。


「なぜものが見えるか知っているか?」

 突然老婆が喋り出す。

「光が目に入るからだろう?」

 美咲がどう答えたらいいのか考えていると、理が先に答えた。

「なぜ脳が目に入った光を認識できると思う?」

 更に老婆は質問をした。

「それは網膜が光を感じて、神経に信号が行って」

 理は知る限りのことを答えた。


「電子がフェルミオンであることは知っているな。エネルギー状態が量子化されていることも常識だ。網膜にある視細胞には、光を受けると電子が基底状態から励起された状態になり構造を変え、電子信号を発する分子が入っている。可視光帯域の波長を吸収する分子の他に、赤、青、緑という特定の波長の光をを吸収する分子があるかから、色がわかるんだ」

「は、はあ」

 今度は美咲が曖昧に頷いた。


「そろそろ、五キロメートルぐらい走ったけど」

 理はカーナビを見ながら、律儀に単位を付けてそう告げた。

「もう少し先だな。ところで、全地球測位システムは相対性理論による補正がされているのは知っているな。一般総対戦理論は慣性系を記述するが、特殊相対性理論は加速度を取り扱う。重力加速度の違いで時間が変わるんだ。だから補正を行わないと、キロメートル単位で位置が狂ってしまう」

 老婆が答える。

「そうなんですか? 私は文系だから、よくわからない」

 美咲はあまり内容を聞いていない。理は無言で運転していた。


 長いトンネルに差し掛かった。理は車のライトを付けて中に入る。

「トンネル効果は知っているな。粒子が波動性も持っているから起こる、古典力学では乗り越えられないエネルギーの壁を通り抜けるように見える、量子論的現象でな」

 再び老婆が話し出しても、美咲も返事をしなくなった。



「その先の墓地だ」

 やっとこの苦痛の時から開放されると喜び、理は看板に従って墓地へと向かうため右折した。

 細くなる道を行くと、山の斜面にいくつかの古い墓石が置かれているのが見えてきた。

 道が広くなった場所に出て、その先は急に細くなり車が侵入できない。

「ここでいいかな?」

 理が車を止めて後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。さっきまで老婆が座っていたはずの場所はぐっしょりと濡れていて、老婆が幻でなかったと告げている。


「きっと、後ろはクーラー効いていなくて、汗をいっぱいかいたのよ。止まった途端に車から出ていったのよね。礼ぐらい言えばいいのに」

 美咲はなんとか説明をしようとしたが、ドアが開く音も聞いていないし、明るい日差しに満ちている墓地に人影はない。来た道を振り返っても老婆の姿はどこにもなかった。

「理系ばばあ?」

 理はそう口にしていた。

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