ChapterⅣ:裏切りの廃墟 ②
「おお……まさか君に再会できるとは思いもしませんでした! 久しぶりですね、【真紅の薔薇】!」
マッカランは俺のことなど気にも留めず、
狂気じみた歓喜の声を上げた。
――ローゼズとマッカランが知り合い?
しかしローゼズは何も答えず銃口を向け続けている。
「こうしてようやく再会できたのです!どうですか?また私と共に暮らしませんか?」
「いや!」
ローゼズは強い否定を口にする。
「どうしたのですか!昔はあんなに私のことを慕ってくれていたと言うのに……黙って居なくなったことは咎めません。だから私の下へ戻って下さいませんか?」
「いやッ!!」
「そうですか……やはり君の自由意思は私を否定するのですね」
マッカランの声のトーンが落ちた。
「では仕方ありませんね……」
マッカランは懐に手を差し込む。
ローゼズはすかさずビーンズメーカーを放つ。
だが寸前のところでタリスカーが割って入り、弾を弾いた。
マッカランの手には銀色の懐中時計が握られていた。
「貴方は真紅の薔薇……その刺を持って命を奪う血染めの薔薇……」
懐中時計が開き、透明感のある音が響き始めた。
儚く、悲しさを感じさせるその不思議な音色。
「あ、あああ……!」
突然ローゼズはその場に膝を突き、
頭を抱えた。
「ローゼズ!?」
思わず俺はローゼズの肩を抱く。
その肩は小刻みに震えていた。
「どうしたんだよ!?おい!!」
「あ、あああ、あああっ!」
次第にマッカランの懐中時計からの、
オルゴールの音色が弱まってゆく。
それに従い、ローゼズの肩の震えも収まってゆく。
そしてオルゴールの音が止まった。
「来なさい、真紅の薔薇よ!」
ゆっくりとローゼズが立ち上がる。
「お、おい?ローゼズ……?」
俺はローゼズの肩へ手をかけようとした。
しかしローゼズは手を弾いた。
ローゼズはゆらゆらとマッカランの下へ歩んでゆく。
そして振り返ったローゼズを見て、俺の背筋は凍った。
無機質で無感情な表情。
しかしローゼズの紅い瞳は鋭さを帯び、
その眼光は静かな殺意を宿していた。
「さぁ、真紅の薔薇! あの少年を殺しなさい!」
マッカランが指示を送ると、
ローゼズの右腕が震えた。
しかし右側の銃へ指先を付けたものの、抜けずにいる。
「ふむ。なるほど……やはりそちらは抜けませんか。ではこちらを使いなさい」
マッカランは懐から大型のオートマチックピストルを、
取り出しローゼズへ渡す。
ローゼズは一瞬躊躇いながらも、
オートマチックピストルを左手に取った。
「あは! マッカラン! 私も良いよねぇ!?」
しかしローゼズに並ぼうとしたタリスカーを、
マッカランは制した。
「タリスカー、ここは真紅の薔薇に任せましょう。貴方には私の命を守って貰いたいのです。頼めますか?」
「……マッカランがそういうなら」
タリスカーは大人しくナイフを収めた。
「真紅の薔薇、後のことは頼みましたよ」
マッカランはマントを翻し、
背を向ける。
「待てッ!」
俺の静止の声と同時にローゼズが発砲し、
視界がぐるりと回る。
アーリィが俺へ覆いかぶさり、
辛うじて凶弾から逃れていた。
「逃げるです!」
ジムさんが砂袋を投げ、
ライフルでそれを打ち抜き煙幕を張る。
俺はアーリィに手を引かれ走り始めた。
ローゼズは飛び、オートマチックピストルから数発銃弾を放つ。
しかしアーリィがすかさずガトリングガンを放ち、全ての銃弾を弾く。
再びジムさんが砂袋を投げ、煙幕を張り、俺たちは路地裏へ滑り込んだ。
「マズイですね……」
黒く分厚い雲がスチルポットへ雨を降らせ始めた。
この天候ではもう煙幕を張ることはできない。
「来たよッ!」
アーリィは立ち止まり、再びガトリングを放った。
無数の弾丸が路地へ入り込んできたローゼズへ向け突き進む
だが彼女は規格外の速さでガトリングの弾を全て避け、
左右の壁を蹴りながら距離を縮めてくる。
「こ、このぉ!」
アーリィは諦めず、
後退をしながらガトリングを放ち続けた。
それでもローゼズの接近は止まらない。
「ッ!? かはっ……!」
ローゼズの膝蹴りがアーリィの腹を穿った。
アーリィはガトリングを落とし崩れる。
ローゼズの銃口がアーリィの頭を狙っていた。
「アーリィッ!」
俺は勢い任せに縄を投げた。
縄は見事ローゼズの左腕を絡めとり、
アーリィの頭から銃口を外す。
「ジムさん、今です!」
「は、はいです!」
ジムさんは急いでアーリィを抱えた。
俺は縄を引き、ローゼズの拘束を続ける。
「いきなりどうしたっていうんだよ!」
「……」
「おい、ローゼズ聞いてるのか!」
ローゼズは何も答えなかった。
突然、ローゼズが左腕の力を抜く。
ローゼズの左腕に絡まった縄が俺との間に一直線の射線を形作る。
殺気を感じた俺は縄を離した。
俺の頭上をローゼズの銃弾が掠める。
が、視界の中には既に銃口を構えたローゼズの姿が。
――やられる!
しかし銃弾は来なかった。
ローゼズのオートマッチックピストルはジャム
――排莢が失敗し、空薬莢が引っかかった状態――
を起こしていた。
「ワッド!目塞いで!!」
アーリィの叫びが聞こえた。
ジムさんが小袋を投げ、それをアーリィが撃ち抜く。
目を塞ぐ瞬間、ジムさんの投げた袋が爆発するのが見え、強烈な光が湧き出た。
周囲を真昼のように照らす強い閃光を浴びたローゼズは堪らずその場に膝を突いた。
その隙に俺たちは路地を抜け、無我夢中で走る。
そして近くに見えた教会の廃墟の中へ飛び込むのだった。
●●●
その教会は雨漏りさえしているものの、
スチルポットの中では唯一原型を止めていた。
しかしそれでも椅子はとこどころ崩れ、
石畳の上には不可思議な黒いシミが至る所に点在している。
「はぁ、はぁ、はぁ……ローゼズさん、いきなりどうしたんだろ……?」
アーリィは壁にもたれ掛かりながらそう云った。
「わかんねぇよ……」
懐中時計の音を聞いた途端ローゼズはおかしくなった。
それにマッカランとローゼズは、
元々知り合いだったことが関わっているのだろうか?
「クソッ……!」
仇敵を打ち損じたばかりか、
ローゼズにも裏切られ、訳がわからなくなっていた。
―――でもこのままじゃマッカランを取り逃がしちまう。でも一体どうしたら……
「焦らないで」
アーリィが隣に居た。
彼女はそっと俺の手を握ってくる。
「でも、このままじゃ……」
「焦っても仕方ないよ。少し考えてから動き出そう?ねっ?」
アーリィの優しい言葉に、
不思議と安らぎを覚える俺が居た。
考えすぎで熱を帯びていた頭が、スっと冷え、
頭の中がクリアになってくる。
「……そうだな」
「うん。それで良いんだよ」
「アーリィ」
「何?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「お前がいてくれて助かるよ」
「感謝した?」
「調子に乗るな」
「たまには良いじゃん」
「たまには、な」
その時、俺達の正面にある朽ち果てた説教台が動いた。
「ワイルド、アリたん! ちょっとこっち来て欲しいです!」
説教台の近くにいたジムさんが俺達を呼んでいた。
何事かと思いジムさんのところへ行ってみると、
「階段……? どうしてこんなところに?」
アーリィは不思議そうに首を傾げた。
動かされた説教台の下には、地下へ続く階段があった。
ジムさんは背中のリュックからロウソクを取り出して、
火を灯し階段を照らす。
しかし闇はロウソク程度の光では、その先に何があるのかを見せない。
「行ってみますですか?」
この先に何があるのか分からない。
しかし、気になった俺はジムさんへ同意すると、
階段を下り始めた。
まるで地獄の底にまで繋がっていそうな程長い階段が続いている。
やがて、階段の先に不可思議な金属の扉が見え始めた。
アンダルシアンでは一切見かけたことの無い光沢のある鉄の扉は、
爆弾か何かで強引にこじ開けられたのかひしゃげている。
「これは……?」
見かけたことの無い物が、その部屋には沢山あった。
扉と同じ、光沢を持った金属の箱のような物が所狭しと並んでいる。
部屋のあちこちには空の瓶と砕けた注射器が散財している。
唯一、用途が分かるのは部屋の奥にあったベッドのようなものだった。
骨組みは金属製。
真っ白だっただろうシーツは黄ばみ、
不可思議な黒いシミがいたるところに飛び散っている。
布団はなく、代りに手足を拘束するためなのか手枷足枷がついている。
「なんか気味悪いね」
アーリィは不安を漏らす。
しかしそんな中、ジムさんは興味津々に部屋にある様々なものを触れたり、
手に取ったりしていた。
「たぶん、ここはテラフォーミング初期の頃の施設ですね」
「テラフォーミング?」
聞きなれない単語に俺はオウム返しした。
「移民のことです」
「あっ、それって、私たちのご先祖がこの星を発見したことですか?」
アーリィがそう聞くと、ジムさんは頷いた。
「その通りです。かつて私たちのご先祖は空よりも高い場所を飛び、星々を渡る技術を持っていたです。その技術を使って私たちのご先祖は、今私たちが暮らしているこの星・マッカローニを発見したです。ご先祖の目的はテラフォーミング、つまりこの星へ移民です。でもその後に土地の所有権や資源の争いで大きな戦争が起きたです。その影響で今ここにあるような技術は全て失われたと聞いたことがあるです」
「詳しいですね?」
アーリィがそう言うと、
ジムさんは自慢げに胸を張った。
「商売人たるもの! 色んな知識をつけるのは当然です! お客様の色んな話題を理解して、需要を聞きとり、売るのが仕事ですから! で、この施設なんですが……あまり良くない施設だと思うのです」
「あまり良くない?」
俺の言葉にジムさんは頷き、
顔をしかめた。
「たぶん、ここは何かの人体実験の施設だと思うのです」
ジムさんは近くに転がっていた空の小瓶を手にとった。
「この薬は人の神経を高ぶらせる危険なやつです。ここに転がっている小瓶はほとんどがその類です……そしてたぶん、あのベッド用なものについているシミは……血だと思うのです」
「なんかやだね……」
アーリィは唇を震わせていた。
「なんの人体実験がここで行われていたのか分からないです……でもなんでこんな施設が教会の下にあるですかねぇ……」
しかし俺たち三人の考えはそこで止まってしまう。
ここが何なのか、何が行われていたのか、
調べるためには余りにも時が流れ過ぎていた。
それにここを調べることが、今すべきことはないと思う。
アーリィやジムさんも俺と同じことを考えていたらしく、
俺たちはこの薄気味悪い地下施設に背を向け、歩を進める。
その時、俺の視界に不思議なモノが映った。
机の上に置かれているノート。
数百年前の施設の物とは思えない真新しいソレが気になり、
俺は何気なく手に取る。
「えっ……?」
【フォア・ローゼズ】
ノートを開くと、そうサインが書かれていた。
ハイボール牧場の時に、ローゼズが書いた提案書の筆跡とよく似ている。
「ワッド? どうかした……?」
立ち止まった俺の背中越しにアーリィが、
ノートを覗き込み言葉を失う。
ジムさんもまた同様だった。
「これってローゼズさんの字だよね?」
「ワイルド、何が書いてあるですか?」
どうしてここにローゼズの名前が載っているのか分からない。
だが筆跡は間違いなくローゼズのモノ。
俺は自然とノートへ目を走らせ始めるのだった。




