ChapterⅢ:ハイボール牧場の決闘 ⑤
「ローゼズ、アーリィ、ジムさん、俺に考えがあるんだ。ここからは全部俺の言うとおりにしてくれないか?」
突然の俺の提案にみんなの肩が震える。
だが、
「わかったです! 私はワイルドを仲間として信じるです!」
ジムさんから心強い応答が返り、
「ワッド、絶対に勝てる指示をお願いね!」
アーリィもまた同意してくれた。
「ローゼズ、ちょっとこっち」
俺が呼ぶとローゼズは銃口を正面へ突きつけたまま近寄ってくる。
俺は最終的な目的を告げた。
「……わかった。それ良い!」
「ありがとう。要はお前だ。よろしく頼むぞ」
コクリ!
「軍議は終了したか!」
嵐の陣より響の声が聞こえた。
俺は目一杯息を吸い込み、
「お陰様でな! さぁ、やろうぜ! 東方の武士さん達よぉ!」
「心得たッ!」
再び緊張の空気が走る。
――できる、俺たちならきっとできる!
先に動いたのは響達だった。
一列に並んだ東方の武士達が接近する。
先頭の白州が刀剣の柄を握り締めた。
「アーリィ! 動くな!」
「えっ!?」
「みんなアーリィの後ろに!」
「ええ―――ッ!?」
俺、ジムさん、そしてローゼズは大柄のアーリィの後ろへ隠れた。
白州が刀剣を鞘から少し抜く。
美しいほどに研ぎ澄まされた刀身が陽の光を反射する。
「め、目がぁぁぁ!」
アーリィは刀身の反射光を一身で受け止める。
しかし俺達の視界は奪われてはいない。
「ジムさん! ありったけの砂袋を投げてください!」
「はいです!」
ジ ムさんはロングスカートの裾から砂袋を大量に取り出し、
そして一斉に投げた。
刹那、二段目の山崎の斬撃が全ての砂袋を切り裂き、
周囲を砂で覆った。
「がは、ごほ、げほ! の、喉がぁぁぁ!」
「ローゼズ!」
「ッ!」
ローゼズは俺の肩を踏み台にし、飛んだ。
「ひゅぅ~俺が踏み台かぁ!」
ローゼズはアーリィの少し前で止まっていた山崎も踏み台にし、
更に高く飛翔する。
「待てぇい!」
砂煙の中から響が飛び出してきた。
しかしローゼズの方が早い。
既にビーンズメーカーのハンマーはコックされ、
銃口はしっかりと響に狙いが定まっていた。
「ぬおっ!」
鋭い炸裂音と共にビーンズメーカーから放たれた豆が、
響の鳩尾を撃ち、撃ち落とす。
「ゆ、行かせぬぞぉ!」
しかし響は落下する最中、腰元に指している短刀と抜き、投げた。
鋭利な刀身がまるで矢のように空中で停滞するローゼズへ目がけて突き進む。
ローゼズの右腕が動き、一瞬だけ右側の銃のグリップへ指先が付く。
しかしロすぐさま右側の銃から指を離し、空中で身を捻った。
響の投げた短刀はローゼズのポーニーテールの毛先を数本空中へ散らす。
「ふぐおっ!」
ローゼズは落下する響の腹を三つ目の踏み台にして飛び、
予定通り竹鶴姫の背後へ降り立つ。
そして竹鶴姫へ銃口を向けた。
「な、なんじゃと!?」
「動かない!」
背後を取られた竹鶴姫はしゃもじを握り締め、
悔しそうな表情を浮かべる。
「姫様ぁ!」
響達は刀剣を再び構えた。
「おいおっさん! そこまでだ!」
俺とジムさん、
そして涙目のアーリィもまた銃口を竹鶴姫へ向けた。
「ググ……姫様を人質に取るとは卑劣な!」
響は眉間に皺を寄せ、
額に血管を浮かび上がらせながら怒りを露にする。
予想通りだった。
響達はずっと、竹鶴姫に背を向け、彼女を守るように立ち回っていた。
それに響は自らを賭してまで竹鶴姫を守ったのだ。
――奴らのアキレス腱こそあの竹鶴姫!
「おっと、動くんじゃない。そこから一歩でも動いてみろ、おっさんの大切な姫さんは蜂の巣だぜ?」
俺は一度言ってみたかったセリフを言ってみた。
「へぇ? 君たちは誰も殺さないんだろ? そんな君たちが姫さん撃とうってのかい?」
「そ、そうだそうだ! 山崎兄者の言うとおりだ! お前たちに姫様が撃てるのか!!」
山崎は怪訝な眼差しをしながらそう云い、
白州は相変わらず同意する。
「おい、ローゼズ!」
鋭い炸裂音が響く。
「ひ、ひぃ!」
ロ ーゼズは竹鶴姫の足元へ豆を放った。
竹鶴姫は言葉遣いは立派だけど、
まだ十歳もいってはいない子供なんだろう。
案の定、ローゼズの威嚇射撃に相当怯えていた。
「竹鶴姫! この場は引きな! じゃないとローゼズのビーンズメーカーで、死にはしないけど、とーっても痛い思いしてもらうことになるぜ?」
再度、ローゼズが威嚇射撃をして、
竹鶴姫は瞳に涙を浮かべた。
「痛いのは嫌じゃぁ~! ひ、響き!引 くのじゃ! 妾は痛いのは嫌じゃ! 嫌じゃぁ~!」
「くっ……おのれぇ!」
響が刀剣を鞘へしまうと、山崎と白州もそれに倣う。
そして一目散に竹鶴姫の座る担ぎ台へ駆け寄った。
「遅いのじゃ! 妾が痛い思いをしたらどうするつもりだったのじゃ!」
竹鶴姫は泣きながらそう叫ぶ。
「申し訳ございませぬ、姫様……」
響は困った表情を浮かべていた。
「お主のような無礼者は打ち首じゃ!」
「ひ、姫様! それだけご勘弁を!」
「黙るのじゃ! おい、山崎、刀を持て!]
「ははっ!」
山崎は当剣を抜き構え、
「白州、桶を構えるのじゃ!」
「ははっ!」
白州はどこからともなく桶を取り出し、響の顎へ添えた。
渦中の響はというと、物凄く動揺していた。
すると山崎は、はたりと竹鶴姫へ振り返る。
「ひ~めさん、兄者の打ち首はとりあえずこっから逃げてからにしましょうねぇ」
「そうですそうです! 山崎兄者の言うとおりです!」
山崎の進言と白州の同意を受け、竹鶴姫は泣き止む。
「ふむ……山崎の言うとおりじゃ。響、なにをぼさっとしておる! 早く逃げるのじゃ!」
「は、ははっ!」
「でもお主は後で打ち首じゃ」
「姫様! それだけはご勘弁をぉー!」
三人の武士は竹鶴姫を乗せた担ぎ台と共に、
足早にその場から退散する。
ハイボール牧場には早朝の静けさが戻った。
「やったですぅ~! ありがとうございますですワイルド!」
ジムさんは喜びのあまりライフルを投げ捨て、
俺へ抱きついてきた。
「な、ちょ!」
そのまま勢いで押し倒される。
しかしジムさんの抱擁は止まらない。
遠慮なしにジムさんが胸元で暴れまわるものだから……はい、色々当たってます。
「ありがとうございますです! 本当にありがとうございますです!」
「あ、いや、別に、そんな!それに一番頑張ったのはローゼズで……」
「でもワイルドがで手伝うって言ってくれなかったらこうはならなかったです! ありがとうございますです!」
ジムさんは一心不乱に俺の胸へ体を押し付け揺れる。
―――あっ、マズイ、これ……
「ワ、ワッド! 人を盾にしておいて何してんのよぉ!」
目前には憤怒なのかなんなのか、
顔を真っ赤に染めたアーリィが涙目で俺を見下ろしていた。
「だ、だって仕方ねぇじゃん! お前は盾役に適任だったし。ほら、お前胸以外は大きいじゃん?」
「ここでそれ言う!?」
「事実だからしょうがねぇじゃん!」
「うわぁぁぁ~ん!」
アーリィは泣き叫びながら勢い任せに、
ガトリングを手に取り、俺へ向ける。
「ちょ、おま! は、早まるな!」
「うわぁぁぁ~ん! どうせ胸以外は大きいもん! 胸だけちっちゃいもん!」
「ま、まて、待てよアーリィーー!」
そんな中ローゼズはポンチョから葉巻のようなものを取出し咥え、
涼しげにビーンズメーカーをホルスターへ差していたのだった。
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「アリたぁ~ん、こうすればもっと胸が……」
「ちょ、ちょっと、ジムさ……ああん!」
ジムさんはアーリィにそう冗談ぽっく絡んでいた。
「がはは! これは良いでやす! がはは!」
「アンタ、何鼻の下伸ばしてるの?」
「す、すまねぇ母ちゃん……」
フレッドさんと奥さんも、
そんなやり取りをしつつも朗らかな表情を浮かべている。
「肉だ!」
「食えッ! 食えッ!」
「姉ちゃん! もっとお肉焼いてよ!」
ジムさんの三人の弟たちも久しぶりの外に大はしゃぎだった。
捕らえたゴールデンプロミスを、
アランビアックの保安官へ引き渡した俺たちは、
ハイボール牧場の皆さんの計らいで、バーベキューをご馳走になっていた。
しかしさっきからそこにローゼズの姿が見えない。
こんな美味そうなものがたくさんあるなら、あ
のローゼズだからすごくはしゃぎそうなだと思うが……すると、居た。
ローゼズは牧場の外れの岩の上へ一人座りで、
何故か葉巻のようなものを咥えていた。
俺は適当に料理を皿に盛ってローゼズの所へ向かった。
「食べないのか?」
ローゼズの横へ皿を置く。
するとようやく俺の存在に気がついたのか、
ローゼズがゆっくりと顔を向けてきた。
「ありがとう。でも、あとにする」
そうしてローゼズは再び葉巻へ戻る。
が、なにを思ったのかローゼズはポンチョの内側から、
もう一本葉巻を取り出し、俺へ差し出してきた。
「ワイルドもする」
「いや、俺は葉巻しないぞ? 第一、年齢的にダメだろうが」
「ん――?」
ローゼズは首を傾げた。
「これ葉巻じゃない」
ローゼズは葉巻を口から外し、俺へみせた。
タバコ独特の甘く、香ばしい葉の匂いが一切しなかった。
材質はよく見てみると金属で、
端には銀色をした短いチューブのようなものがみえる。
「これ空気ボンベ。ビーンズメーカーの」
ローゼズはビーンズメーカーを取り出した。
シリンダーの中に弾が一発も入っていないことを確認する。
そして葉巻型のガスボンベをグリップの底部にある穴へ差し込んだ。
葉巻型のボンベを軽く押し込むと、鋭い空気音が鳴る。
ハ ンマーをコックし、引き金を引くと、
もうだいぶ聴き慣れたビーンズメーカー独特の破裂音が響いた。
「へぇ、ビーズんメーカーって空気銃だったんだ」
「最近、たくさん使ったから一杯貯めないとダメ……」
何故かローゼズは俺のことをジッと見つめていた。
「どうかしたか?」
「ワイルドも手伝う」
「うえぇっ!?」
ローゼズがポンチョから取り出した、
葉巻型のガスボンベを前にされ俺は硬直してしまう。
「大丈夫。そんなの強く吹き込まなくても貯まる」
「いやいや、そういうことじゃなくて!」
「んー?」
つまりこれはローゼズは咥えて息を吹き込んでいたもので、
そこにはなんだ、要するにローゼズの……
っと、自然と耳が熱くなっていた。
しかし当のローゼズは「手伝ってくれないの?」と言わんばかりに首を傾げる。
本人が気にしないのなら仕方がない、
と俺はローゼズの差し出したガスボンベを手にとり咥えた。
なんとなくローゼズの少し甘めの匂いがガスボンベからするような気がしてならず、
心臓は自然と激しく鼓動し、耳へ更に熱がこもる。
「もっとちゃんと咥えないと貯まらない」
「お、おう……」
仕方なしに俺は俺はローゼズの隣に座り、
葉巻型のガスボンベをしっかりと咥え、
息を吹き込んだ。
まるで風船へ吹き込むように俺の息がガスボンベに注入されてゆく。
緊張は最初のことだけ。
少し息を吹き込むだけでボンベに空気が溜まってゆくのが妙に爽快というか、
楽しくなり、いつしか俺はボンベへの空気注入に夢中になっていた。
一本が終わればもう一本とローゼズは、
次々と俺へボンベを差し出してくる。
気が付くとローゼズは既に空気の充填を俺へ任せ、
ビーンズメーカーの手入れに移っていた。
野外だからこの間見たような派手な分解はしていないが、
それでもシリンダーの中を丁寧にクロスで拭い、
可動箇所にグリスを散布している。
しかし今回もやはり同じだった。
ビーンズメーカーの手入れは入念にするものの、
右側の銃には一切手をつけてはいなかった。
「そっちの銃の整備は良いのか?」
俺は何気なしに目線で右側の銃を指した。
すると僅かばかりローゼズの瞳が細まったような気がした。
「こっちはいい」
「どうしてそっちは抜かなかったんだ?」
響達の戦いの時、ローゼズは一瞬右側の銃へ手を回していた。
その方があの状況では明らかに安全だった。
しかしローゼズはあえてこっちを抜かず、強引に空中で身を捻り、
ビーンズメーカーを使っていた。
「……」
ローゼズはビーンズメーカーの整備を止め、
初めて右側の銃を抜いた。
ビーンズメーカーと同じ形状をしたソレのグリップを俺へ突き出してくる。
「弾入ってるから気をつける」
最初はローゼズが何を言っているのかわからなかった。
しかしグリップを握り、シリンダーの中身を覗くとその理由が分かった。
実銃だった。
シリンダーには二発の鉛弾が装填されている。
「わたしは誰もころさない。だからこの銃は戒め」
「戒め?」
「……もしもわたしがこの銃を抜いて誰かを殺したなら、わたしはもう一発で死ぬためのもの……」
「なんだよそれ。殺しを一回でもしたらお前は自殺するってのか?」
コクリ。
ローゼズは真剣な表情で頷く。
「どうしてそんなに誰も殺したくはないんだ?」
ハイボール牧場での戦い、
響との立ち合いで右の銃を抜かなかったこと、
そして不殺の武装ビーンズメーカー。
ローゼズは過剰なまでに【不殺】に拘っている。
それは明らかだった。
どうして彼女がそこまで【不殺】にこだわっているのか?
その真っ直ぐな気持ちは、ある種の異常性を持っていると思う。
「殺意は殺意を呼ぶ」
ローゼズは俺の目を見据えたまま言葉を紡ぐ。
彼女の真紅の瞳は最初に出会った鋭い色を湛えている。
「一度の殺しは殺しを呼ぶ。だから殺しちゃだめ。誰も殺しちゃだめ。例え相手が大切な人を殺した奴でも……」
「大切な人を殺した奴って……」
炎に巻かれた家と、血の海に沈むお袋の姿が自然と頭の中に浮かんできた。
同時に脳裏に焼き付いて離れない仮面の紳士マッカランの姿。
ずっと胸の奥にしまい込んでいた怒りの炎が再び燃え出す。
「俺はやっぱりアイツを殺したい……家を焼き、お袋を殺したマッカランのことを」
「ダメ!」
ローゼズは言葉を荒げた。
普段聞きなれないローゼズの強い口調に心臓が跳ね上がる。
「相手が誰でも殺しちゃダメ! 絶対にダメ! だからわたしはワイルドへ着いてきた。殺しをしようとする人を止める。それがわたしの役目! それに殺さなくても、人を助けたり、復讐をすることできる! だからワイルドは誰も殺しちゃダメ! 絶対!」
「どんなに相手が憎くてもか?」
コクリ。
「どんな酷い目に合わされてもか?」
コクリ。
納得できない俺がいた。
胸の中の怒りはやはりマッカランの死を望んでいる。
家を焼き、大切なお袋を殺した奴の命を貰わなければ、
この炎は消えない。
血には血を、
死には死を、
それが相手に突きつけたい俺の望む罰。
お袋を殺した奴がこの世の中で、
のうのうと生き続けるということに俺は我慢ならない。
「ダメ、絶対に殺しちゃだめ」
ローゼズは俺へ必死にそう訴えかけてくる。
が、その言葉自体が俺の気持ちと相反し、心をモヤモヤさせた。
「……わたしがマッカランを倒す」
「だから殺すなと?」
フルフル。
「じゃなんなんだよ!」
「でも、だめ! ワイルド! 絶対に誰も殺しちゃダメ!」
平行線だった。
なによりもマッカランでさえも殺さないというローゼズの言葉に嫌気が差す。
俺はガスボンベをローゼズの隣へ乱暴に置き、立った。
「……悪い。でもやっぱり俺はマッカランを殺したい。そうしなきゃ俺の気持ちは収まらないから……」
「ワイルドッ!」
俺はローゼズの静止を無視し、彼女から離れるのだった。
――お袋を殺したマッカランは殺す。俺が絶対に殺す!




