ChapterⅣ:再臨の黒②
ハーパーの話ではサント・リーとは十数年前にアンダルシアンの東西で暴れまわった、
伝説の無法者オールド=リザーブの声掛けで無法者たちが集まってできた、
中央政府に認可を受けていない非合法の街だという。
中央政府が崩壊した今では合法も関係はないが……今は次代のローヤル=リザーブが収め、反プラチナを掲げ、アンダルシアンで最大規模の抵抗行動をしていると聞く。
俺とハーパーはそこを目指して馬を走らせ続けた。
元々荒れ果てていたアンダルシアンの大地には、更に無数の弾痕が刻まれている。
行く先々では焼き払われ、ガレキと化した街が横たわり、現在のアンダルシアンの不毛ぶりをありありと示している。
だが、到着したサント・リーだけは違った。
聞くところによればこのサント・リーは反プラチナを掲げて以降、この動きに賛同する者やプラチナの魔の手から逃れてきた者を全て受け入れているという。
小さな街でしかなかったサント・リーは今や、この二年で地方の巨大都市の代表格であったロングネックの規模にまで膨れ上がっている。
道は舗装されておらずテラロッサがむき出し。左右に立ち並ぶ建物も、木造、バラック、石造り、レンガ造りなど全く統一感はない。
多数の人が往来する目の前に伸びる道も計画的に作られたものではないのだろう。
家が並び、店ができて、その間を人が通り自然にできたものだと思われる。
ハーパーは久々に目にしたであろうサント・リーの雑踏に唖然としていた。
雑踏の中からは威勢の良い呼び込みの掛け声や、喧嘩のような罵声が絶え間なく響き渡っている。
でも、そこに恐れや恐怖はなく、生きる気力に満ちた強い勢いが感じられる。
「ワイルド様、せっかくですからどこかに寄って……」
俺はハーパーを無視して馬から降りる。
「一頭10ペセで馬を預かるよ!」
タイミングよく寄ってきた少年へ俺は50ペセを渡す。
「い、良いの!?」
「……」
俺は黙って少年の脇を横切った。
―――提示以上の額を渡したんだ。仕事以上の働きをしてくれるだろう。
俺はそのまま雑踏の中へと踏み入ってゆく。
「ま、待ってくださいワイルド様ぁ~!」
ハーパーも遅れて俺に着いてくるのだった。
それにしてもサント・リーの中は歩きづらかった。
人が多いこともあり、メインストリートをまっすぐ歩くことは容易ではなく、俺とハーパーは人波をかき分けながら歩いてゆく。
―――この気配は……?
背後にハーパーのものではない気配を感じ、背中が震える。
冷たく、そして殺意に満ちた気配。
そんな時タイミングよく手前に路地が見えた。
俺は人波をかき分けて路地へ入り込む。
その先には周囲を取り囲むように作られたレンガ造りの集合住宅街があった。
「ワ、ワイルド様、どこへ……!」
ハーパーが遅れてやってくる。
俺は素早くビーンズメーカーを抜き、迷わずハーパーへ向け撃った。
「うわっ!」
弾はハーパーの顔の近くを過ぎり、その奥にいた男を撃ち倒す。
だが背後には他の気配が。
「ッ!」
すかさずビーンズメーカーを放つと、集合住宅の影から武装した男が落ちてくるのが見えた。
「ワイルド様、これは!?」
レイピアを持ったハーパーが俺に背をつけてくる。
「どうやら俺たちはサント・リー(ここ)に歓迎されてないらしいな」
更に集合住宅の窓や物陰から銃を構えた無数の人間が姿を現す。
気が付けば、俺とハーパーは銃を携えた数え切れないほどの無法者に包囲されていた。
俺の感覚が敵の一斉射撃を予感する。
俺とハーパーは同時に動いた。それまで俺たちがいたところには無数の弾痕が刻まれる。だが遅い。
俺はまたしても集合住宅の窓に隠れていた男をビーンズメーカーで撃ち倒す。
「はぁっ!」
ハーパーのレイピアは背後から接近してきた別の男の衣服とガンベルトを切り裂き、怯ませ、その隙に回し蹴りで吹き飛ばす。
俺とハーパーは目の前の敵をなぎ倒してゆく。
だが、集合住宅からは次々と敵が現れ、その数は一向に減らない。
「このぉっ!!っ……はぁ……はぁ……」
ハーパーは既に肩で息をし始めている。
無理もない。
ハーパーはゴールドクロスが無ければあくまでただの人間だ。
このままではいたずらに体力を消耗して、いずれは力尽きてしまう。
―――ハーパーが装着をする時間を稼ぐべきだな
「ハーパー、一旦下がれ」
俺は敵の銃弾を撃ち落としつつ叫ぶ。
「で、ですが!」
「少しの間なら持ちこたえられる。早くするんだ」
「……申し訳ございません!」
ハーパーは接近する銃弾を辛うじてレイピアで撃ち落とすと、狭い路地へ飛び込んでいった。
敵の銃口がハーパーが飛び込んだ路地へ向く。
俺は咄嗟に飛び出し、そして両腕のクロコダイルスキンを発動させてハーパーの飛び込んだ路地の前へ立ち塞がる。
腕を薙ぐと鉛玉はクロコダイルスキンに弾かれ、建物の壁で跳弾した。
縦横無尽に駆け巡る跳弾は鉛玉を放った敵の腕から武器を撃ち落とす。
その時、それまで激しく続いていた銃撃がピタリと止んだ。
硝煙の匂いが立ち込める集合住宅の間に静寂が訪れる。
だが殺気はより濃密に、そして鋭くたち込めている。
「どおぉぉぉりゃぁぁぁぁ!」
刹那、俺は腰元からシースナイフを抜く。
ラクダ色の外套で全身を覆った巨躯の敵が身の丈程の長さの刀剣振り落とし、俺のシースナイフがそれを受け止め、あざやかな火花が散る。だが均衡は一瞬。
俺のナイフは次の瞬間には真っ二つに両断された。
俺はその場から飛び退き、距離を置く。
しかし再び左右から鋭利な殺気を感じる。
「ッ!!」
咄嗟にビーンズメーカーと実銃を抜き、迷わず左右へ発砲した。
「なっ!?」
「ぬっ!?」
巨躯の敵を同じ外套を身にまとい、刀剣を振りかざしている左右の敵は、刀剣を俺の弾で弾かれ軌道を狂わせていた。
奴らは俺を切り裂くの諦め、飛び退き距離を置く。
―――刀剣使い、そしてこの太刀筋。覚えがある。
新たな殺気が俺の背中を震わせる。
俺は踵を返し、銃を背後の新しい敵へ突きつける。
そこには外套で全身を覆い、ゴーグルで素顔を隠す小さな敵がウィンチェスター型のライフルを構えて佇んでいた。
「頬の一文字傷……もしかして、ワイルドですか……?」
聞き覚えのある声がした。
俺の胸が一瞬高鳴り、戦意がビーンズメーカーを握る腕から抜けてゆく。
そしてどうやらウィンチェスターを構えた目の前の奴も同じだったらしい。
奴はゴーグルを外し、外套を頭から外す。
「やっぱり貴方でしたか、ジムさん」
目の前にいたのはやはり、二年前別れたっきり消息が分からなくなっていたジムさんだった。
そして俺を取り囲んでいた刀剣使い達も外套を外す。
予想通り、東方の三侍、響・山崎・白州だった。
「お待たせ致しましたワイルド様ッ!」
すると俺とジムさんの間へ颯爽と快傑ゴールドが降り立ってくる。
そしてレイピアを構えるが、
「あ、あれ……?もしかしてジムさん……?」
「久しぶりです。元気にしてましたですか?」
「あ、えっと、どうしてここに?」
「不審者がサント・リーにやってきたと聞いてやってきたです。ここじゃ武装して良いのは私たちだけと決まってますですから」
「だから俺達は襲われたのか?」
俺がそう聞くとジムさんは首肯する。
「ゴールド、お前……」
「あ、いや、そ、その!そんな決まりがあるなど存じ上げて居なかったものでして!!申し訳ありませんでしたワイルド様!」
ゴールドは慌てた様子で頭を下げる。
きっと二年前だったらここでジムさんの何かしらの茶々が入っただろう。
でもジムさんは特に目立った反応を示さず、俺とゴールドを横切ってゆく。
「付いてくるです。これだけの騒ぎを起こしたのです。とりあえずローヤルに挨拶に行くのです」
気が付くとゴールドはハーパーに戻っていた。
俺とハーパーは大人しくジムさんに付いてゆくことにした。