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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十章 佳月の幸福
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五  『幸せ』

 《十八名家じゅうはちめいか》の新年会が始まる。開始がここまで遅れたのは、陰陽師おんみょうじでもある結城ゆうき家が事実関係を確認していたからだった。


 結希ゆうきは唾を飲み込んで、まだ誰も座っていない高座を眺める。そして、十七にも及ぶ名家たちが上座から下座にかけて一列に座るという壮観な光景を両目に焼きつけた。

 元々新年会だった為、人々の列に沿うようにしていくつもの座卓が十七列も並べられている。その上に、全家の使用人たちが腕によりをかけて作った豪華な料理が運ばれてきていた。


「俺たちはここに座っていいって」


 結希が声をかけたのは、ずっと結希の服の裾を握り締めていた月夜つきよだった。義姉妹たちがいた頃はまだ大人しいだけで済んでいたが、今は不安そうに結希に縋りついている。

 柔らかい頬が腰辺りに押しつけられていた。結希しか頼る相手がいないとでも言うようなその小さな手は、強く握り締めているせいか赤かった。その手に触れて、結希は月夜と共に百妖ひゃくおう家の一番下座側に腰を下ろした。


 こうして《十八名家》全家を見回してみると、どの家も五十人いるかいないかという風に見える。だが、結希と月夜が座った場所は百人目が座るような場所で、彼らとだいぶ距離があった。

 それが寂しいというわけではない。本来ならばどの家も百人いたはずなのに、五十人以下しか生き残れなかったという事実が心を抉るのだ。それを初めて目の当たりした。多分、抱きついてきた月夜もそうだった。


 今にも壊れそうな彼女の肩に手を置いたが、壊れそうなのは自分も同じだ。何もかもを忘れた自分の初めての友人が、唯一の親友が、自分の何もかもを奪った土地神だった。……いや、奪ったことを咎めたいのではない。共に生きて共に死ぬことができない事実が、心臓をはんぶんこにされたかのように痛いのだ。

 なるべく考えないようにしていたが、考え始めると息ができなくなる。焦って周囲に視線を巡らせると、それが合図であったかのように中央の扉が開かれた。そこから、白い振り袖を着た麻露ましろがゆっくりと姿を現した。


「──ッ!」


 ただの白い振り袖ではない。青い花が散りばめられており、それ故にそれが似合う人間はこの世で麻露ただ一人だけだと本気で思う。


 麻露の後ろを歩いていた依檻いおりは、橙色の花を散りばめられた白い振り袖を着用していた。その後ろの麗夜れいやは黒い着物の上に白い羽織を羽織っている。

 その後ろの歌七星かなせ鈴歌れいか熾夏しいか朱亜しゅあ和夏わかな愛果あいか心春こはる八千代やちよ、ヒナギク、亜紅里あぐりるい雷雲らいうん仁壱じんいち──そしていつの間に頭首交代をしたのか、彼らの後をついて行く火影ほかげ椿つばきも似たような振り袖や着物を着用していた。


 高座の上に乗り、一列に並んで座った彼らは別人かと思うくらいに神々しい。その顔に不安は一切なく、現頭首として毅然とした態度を崩さなかった。


 ある程度の間があって、現頭首、そして結希と月夜を除いた全員が頭を垂れる。場の空気が息苦しい。比べるのも烏滸がましいが、陰陽師の会よりも重たかった。


「新年、あけましておめでとうございます」


 最初に口を開いた麻露は、軽く頭を下げてすぐに上げる。


「時間がない為、手短に。私が雪之原ゆきのばら家の現頭首となった雪之原麻露です」


炎竜神えんりょうしん家の現頭首兼《紅炎こうえん組》の組長となった炎竜神依檻です」


泡魚飛ほうぎょうひ家の現頭首となった泡魚飛歌七星です」


綿之瀬わたのせ家の現頭首となった綿之瀬鈴歌です」


妖目おうま家の現頭首となった妖目熾夏です」


首御千しゅうおんぜん家の現頭首となった首御千朱亜です」


猫鷺ねこさぎ家の現頭首となった猫鷺和夏です」


相豆院そうまいん家の現頭首兼《風神ふうじん組》の組長となった相豆院愛果です」


鬼寺桜きじおう家の現頭首となった鬼寺桜椿です」


小白鳥こしらとり家の現頭首となった小白鳥心春です」


鴉貴からすぎ家の現頭首となった鴉貴火影です」


 そこで、この数日で現頭首になった彼女たちは揃って軽く頭を下げた。

 そんな彼女たちを見上げる彼らの視線は決して刺々しいものではない。あるべき姿になったのだから、声を上げる者はいなかった。


「事前に通達したように、年明け直後から町の瘴気が濃くなった。我々が感知できたのはその程度で、具体的なことを、涙。頼む」


 多分、あの中のリーダーは麻露なのだろう。最年長者の雷雲は半妖はんようでもなければ陰陽師でもない。それは仁壱もそうで、ほとんどが百妖家の義姉妹たちである以上麻露が何もかもを任されるのは必然のように思えた。そんな麻露を悔しそうに眺めていたのがヒナギクだった。


「瘴気増加だけでなく、町の結界弱体を把握です。妖怪は未確認です。が、これから強力な妖怪が出現すると予測です。事の経緯は、ビシャモン。頼みます」


 るい式神しきがみを持っていない。召喚した話も聞いていなかったが、ビシャモンの名に聞き覚えがあった結希は結城家の上座に座っていた千秋せんしゅうに視線を移した。


「──馳せ参じたまえ、ビシャモン」


 やはりだ。名を呼ばれた彼女は、結城家の旧頭首であり、陰陽師の前王であり、現町長である千秋の式神だった。


 二十代くらいの女性の姿をしているビシャモンは、竜胆色が混じった銀色の長髪を耳にかけて高座の前に姿を現す。かなり動きづらそうなほどに着込んでいる紫色の着物は彼女が高貴な血を引く者の式神であることを現しており、ぽんやりとした表情は彼女が戦闘用の式神ではないことを現しているようだった。


「ふわぁ……わたしですかぁ?」


 眠そうだ。というか彼女はずっとそうだ。


「俺は説明下手です」


「むむ。わたしはるいさまの式神ではないですよぉ〜」


 軽く頬を膨らましているが、彼女は結城家に最も従順な結城家最強の式神である。もしかしたら、オウリュウの次に強いのかもしれない。そんな才能のある式神だった。


「あるじさまに任されました、びしゃもんですぅ。事の経緯はぁ、そうですねぇ」


 瞬時にホワイトボードを出現させ、簡単な町の地図を描く。ずっとぽんやりとしたままの表情を浮かべるビシャモンは、それを彼らに見せて説明した。

 この町を囲む巨大な結界の起点でもある結界がすべて破られたこと。今年が二〇二三年──最初に百鬼夜行が起こってからちょうど千年経つ年であること。そして最後に六年前と今の状況の類似点をあげ、百鬼夜行が起きる可能性が高いことを告げた。


 今の今まで利口にしていた彼らが急にざわつき出す。悲鳴を上げる者もいた。動じなかったのは半妖でもある旧頭首くらいだったが、泣き叫ぶ家族を黙らせることは誰一人としてしようとしなかった。


「今のこの状況は、六年前と似ていますぅ。六年前は気のせいで済むほどの変化でしたが、今年は以上のことから史上最悪の百鬼夜行が訪れると予想されますぅ。ですが──」


 瞬間、紫檀色の瞳が彼らから外れる。



「──結城家わたしたちはまだ、〝ゆうきさま〟の意見を聞いていません」



 捉えたのは、結希の目だった。


 大広間が一気に静まり返る。現頭首も、彼らも、視線を結希に集中させる。


「……お、俺?」


「あなたは芦屋あしやの血を引く子で、間宮まみやの血を引く子ですからぁ」


 決してぶりっ子には聞こえない、のんびりだが淡々としたビシャモンの言葉が結希を貫いた。体が強ばるのと同時に、ずっと結希を抱き締めていた月夜の手に力が込められた。


「妖怪は、なんと言っていますかぁ? 間宮家に仕える最古の式神であるおうりゅうは、なんと言っているんですかぁ?」


 ビシャモンの言葉に悪意はない。なのに、月夜が怯えるように結希の背中に顔を埋める。

 高座に座る義姉妹たちに視線を移すと、何故かほとんど全員が眉間に皺を寄せて複雑そうに結希と月夜を見下ろしていた。助けを求める気だったが、慌ててビシャモンに視線を戻す。彼女たちには頼れない、自分も頑張らなければならない時なのだと結希は悟った。


「変わってない。ずっと、『殺す』って……」


『妖怪は殺すべきだと思う? それとも──救うべきだと思う?』


 怯えているのは結希だったのかもしれない。それが幼い月夜に伝播してしまったのだろう、彼女を守る為に息を整えて、背筋を伸ばす。


「……『助けて』って、言って苦しんでる」


 そのことを初めて口にした。再び彼らがざわつき始めた。


「お兄ちゃん、それ、本当?」


「本当」


 掠れるような声で尋ねてきた月夜に答える。その会話は多分誰にも聞こえていない。二人だけの会話だった。


「──馳せ参じたまえ、オウリュウ」


 呼び出したオウリュウは、結希の傍らに立っていた。

 ビシャモンが銀色ならば、オウリュウは金色だ。見えている片目をビシャモンに向け、オウリュウはゆっくりと首を傾げる。


「お久しぶりです、おうりゅう。あなたは千年前の百鬼夜行も、六年前の百鬼夜行も経験しているただ一人の式神なのですぅ。ご意見聞かせてくださいなぁ」


「……千年前は、清行きよゆき。六年前は、雅臣まさおみ。そして、今はユーが同じことを言ってる。すぐにみんな準備して。いつ来てもいいように──ね? シシャモ」


「ししゃもじゃないですぅ……。まぁ、でも、これで確定しましたぁ。あるじさま……いえ、みなさま。覚悟はおありですかぁ?」


「ある」


 真っ先に断言したのは、麻露だった。凍った──ビシャモンが凍らせたと言っても過言ではないその空気に臆することなく立ち向かう姿は、雪女ゆきおんなそのものだった。


「私には、十四人の妹と、二人の弟がいる」


 嘘でしょ、そんな表情を浮かべた義姉妹たちから笑みが零れる。いつものシロねぇだ。非日常から日常へと戻っていく感覚が結希と月夜の身にも走った。


「百鬼夜行になっても私がやることは変わらない。この子たちを守り、この子たちと共に乗り越える。ずっとそうしてきたんだ、覚悟は遠い昔にしてきたよ」


「あぁ〜、そういえばしたわねぇ。『何があっても家族を守る』って」


「えっ?! 何それアタシ知らないぞ?!」


「当然です。わたくしたち四人が初めて妖怪退治をした時の話ですので」


「…………四人ってことは、マリねぇも?」


「そうね。私はまりちゃんを守れなかったけれど、あの時のまりちゃんはここにいる〝みんな〟のことを守ろうとしていたわ。だから、今度はちゃんと守りたい」


「いおねぇ、その言い方じゃとまり姉が死んでおるように聞こえるのじゃが……。それに、わらわにも守らせてほしいのじゃ」


「もっと言うと、まり姉のことを守れなかったのはいお姉だけじゃないからね。ワタシたちみんなそうだもん」


「ぼくは……お姉ちゃんたちの足を引っ張った。だから次は、引っ張りたくない。一緒に戦いたいよ」


「誰も引っ張ったとか思ってないから、バカ心春。ウチもまだ戦えなかったし、今度は姉さんたちと肩を並べて戦えるなら本望だよ」


 ここはあの家ではない。あんなに行きづらそうにしていた本宅の大広間なのに、彼女たちが集まると〝家〟になる。


「……あたしなんかが口を挟んでいいのかわかんないけど」


 だからか、何があっても口を開かないと決めていた亜紅里も伏し目がちだったが声を出した。


「あたしは、自分の運命に決着をつけたい」


 亜紅里はそれだけしか言わなかったが、その言葉の意味の重さは、この場にいる全員が知っていた。


「怯えるみんなの気持ち、わかるよ。伝わってくる」


 普段は率先して話をする熾夏が今の今まで黙っていたのは、義姉妹ではなく、家族に語りかける為だった。


「でもね、私は、百鬼夜行が起きることを四月の時点で知っていて、私たちがいるのに一人で背負おうとした子のことを知ってる。六年前のように一人で救おうとしたバカな子は私の大事な弟で、私は、その時の代償として記憶を全部なくしたのに、それでも立ち向かおうとする弟を一人にしたくない」


 ただ聞いていただけの義姉妹の視線が結希を捉える。


「え……?」


 月夜も結希を見上げてそう言った。何故そんな反応をするのかと思って、麻露以外に代償のことを話していなかったことに気づく。


「姉さんのことも、今度は犠牲にしたくない。私の姉妹はバカだからこんなことを言ってるけど、今度のは史上最悪の百鬼夜行。今のままだったらここにいるみんなが死ぬ。そしたら世界が滅んでしまう。……だから、誰のことも犠牲にせずに勝利を得る為には、みんなの力が必要になる。お願いします、一緒に戦ってください。私の家族に、力をください」


 深く頭を下げた熾夏はすべてを知っていた。義姉妹たちも、彼女に続いて頭を下げた。


「麻露」


 予想外の人物が声を上げる。


「依檻、歌七星、鈴歌、熾夏、朱亜、和夏、愛果、椿、心春」


 現頭首となった彼女たち一人一人の名を呼ぶ男性は、じんだった。仁壱の父親で、自分たちの義父だった彼が義姉妹たちに話しかけているところを結希は今まで一度も見たことがなかった。



「君たちは、家族になって──幸せだったかい?」



 なんてことを聞くのだろう。ここには彼女たちの本当の家族がほとんど全員揃っているのに──揃って笑顔で答える義姉妹たちが眩しかった。


「火影、君は?」


「えっ」


「聞いておきたい。百妖家の旧頭首として」


「火影は……姫様という家族に出逢えて幸せでした。百妖家じゃなくても、幸福でした」


 きっと、曇りのない眼をしているのだろう。遠くにいるからほとんど見えないが、火影を知っているからそう思った。


「私は誰も死なせたくない。真璃絵まりえのようにはさせたくない。だから、頼む。それぞれがそれぞれのできることを精一杯してほしい」


 現頭首としての言葉に背く者はいないだろう。結希でさえ、現頭首がどれほどの権力を持っているのかを知っている。


「真璃絵さんの話なのですが、もしかしたら救えるかもしれません」


 その一人である雷雲の言葉に衝撃が走った。


「ほっ、本当ですか雷雲さん!」


「どうして?! どうやって?!」


 身を乗り出した麗夜の背中に依檻が手を置く。


「この会が始まる少し前、私は彼女たちを家に招きました」


 それだけで、結希は雷雲の意図を悟った。


「まさか……そんなことができるんですか?!」


 真璃絵の件は結希も元凶として気にかけていた。今彼女を守っている結希は、そのもう一人の元凶でもある親友に思いを馳せる。


「やってみる価値は充分あると思います。六年前、貴方は自分の記憶を土地神に捧げて真璃絵さんとこの町を救った。ならば」


 暗闇に光が差した気がした。口は挟まないが熾夏も大きく頷いている。


「皆さん、私の息子の小倉風丸おぐらかぜまるは、土地神カゼノマルノミコトなんです。風丸と結希さんが力を合わせたら、もしかしたら奇跡が起きるかもしれません。……ですが、彼は今寝込んでおり、それはこの土地の危機を意味しています。そのことをお話したはずなのですが、彼女たちが意外と頼もしくて驚いてしまいました」


 あの雷雲も笑みを零した。光の見えない新年会になると予想していたのに、あの義姉妹がいるだけで光が溢れる。


 やはり、彼女たちは強い。特に、彼女たちを支え続ける麻露は比べ物にならないくらい強い。


 そんな麻露になりたいと不意に思った。やはり麻露は結希の永遠の憧れなのだ。それが変わることはない。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「あのね……つき合ってほしいとこがあるんだけど」


「え、今から?」


 確認すると、月夜が力強く頷いた。

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