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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第九章 諸刃の氷雪
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幕間 『雪解けた世界』

 いつだって、私の嫌な予感は当たってしまう。だから祠へと続く道を走っていた。

 怖いと思って、何が? と尋ねる。そうして出てきた答えをただがむしゃらに抱き締めた。


 ──家族が世界から消えることが。結希ゆうきがこの世界から欠け落ちてしまうことが。私は何よりも怖いのだ。


 足が縺れた。転びそうになってもすぐに立て直して森の中の道を走った。あと少し、そう思うのに嫌な予感は当たっていて、数多の妖怪が私の行く手を阻んでくる。

 まるで、あの日の百鬼夜行のように。


「──ッ!」


 嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。

 百鬼夜行を境に変わってしまった大事な妹たちを、弟を、私はこれ以上傷つけたくない。


「いやぁぁぁあぁぁぁあ!」


 自分の周囲にだけダイヤモンドダストが発生する。瞬時にこれから何が起こるのかを理解する。六年前と同じだ。体がどんどんと凍っていく。

 せめて、なるべく多くの妖怪を巻き込めますように。既に冷気で凍っている周囲の妖怪を一瞥し、ありったけの力を外に放つ。


 空へと翔ける氷壁を真下から見届けた後、私は眠るように目を閉じた。





麻露ましろも大学受験せえへんの? なんでなん?」


 視線を移すと、自席に座っている朝霧あさぎりが本当に不思議そうな双眸で隣席の私に声をかけてきた。も、と言うのは朝霧がよくつるんでいるかがりのことを指しているのだろう。一緒にされるのは不本意だが。


「妹が十二人もいるからな。就職した方がいいと思ったんだ」


 答え、心から愛しているあの十二人のことを想う。

 他のどんな家の兄弟よりも確実に多いであろう、それでも十二人全員いてくれて良かったと心から思える血の繋がらない妹たちのことを。


「十二人!? へぇ、依檻いおりの他にもそんなにおるんやなぁ。大変なんとちゃう? そんなにおったら」


「いいや、みんないい子だからな。支え合って生きているよ」


 何故朝霧にこんな話をしているのだろう。今まで誰にも話したことがなかったのに。

 思わず笑みを零してから、高校三年生の秋に突然転校してきた町外出身の朝霧の顔をじっと見つめた。鼠色なのに、決して汚れ切っていない瞳だ。無垢と言っても過言ではないその表情があまりにも年不相応で、余計に幼く見えてくる。


「えぇなぁ、そういうん。ちょっと憧れるわぁ」


 朝霧は、いつまでも見ていたい瞳を輝かせた。無垢で無邪気で、無知だった。

 そんな朝霧は弟キャラとして完全にクラスに馴染んでおり、それはもう、本当に誰かの弟なんじゃないかと思うくらい全員から愛されていた。


「キミには兄弟がいないのか?」


「おらんよ。家族はおっちゃんだけやったんやけど、おっちゃんもうおらんし」


 おっちゃん、というのは転校初日に言っていた例の保護者のことだろう。朝霧を高校に通わせなかった、余命宣告を受けてもなお十年生きた男のことだ。

 なのにあっけらかんと言った朝霧の気持ちがわからない。私が朝霧の立場だったら、きっと耐えられないと思うのに。


 それでも、本当に寂しくないのか朝霧はニコニコと笑っていた。人気者の朝霧の隣にはいつも誰かがいるからか、人の感情には聡いはずの私でさえ朝霧のそんな感情が読めなかった。


「そうか。私のところは母がいなくてな、父はいるが同じ家に暮らしていないどころか顔を見せたことも一度もない。養母はいてくれるが、年が近いせいか近所の姉という感覚でな」


 母という人間は最初から存在していないし、父という人間は朝日あさひさんが作った偽物だ。朝日さんの後継者である京子きょうこさんと私は七つしか離れておらず、私と和夏わかなの年齢差とほとんど同じで正直扱いに困ってしまう。

 知らぬ間に家族になっていた私たちへの扱いも困ったものだっただろう。一緒に住むのは不自然で、だから京子さんは時々我が家に泊まるだけで、私たちの見えないところで監視していると教えてくれたが──それが事実なのかを調べる術は私にはなかった。


「せやったら、麻露がねーちゃんでお父さんでお母さんなんやな」


 そう相槌を打った朝霧の言う通りだった。


「あぁ、だから働くんだよ。例え金には困っていなくても、あの家の大黒柱は私だ。養母もいつまでもいてくれるわけじゃないし、そろそろ自立しないとな」


「偉いなぁ麻露は。俺はそんなん一度も考えたこともないわぁ」


 朝霧は感心したように頷いているが、「ん?」と思わず眉間に皺が寄る。


「何を言っている? 親も兄弟もいないなら、キミこそ自立すべきではないのか?」


 口が滑った。すぐにそう思った。一応直そうと思っているが、どうしても思ったことはすぐに言葉に出してしまう。

 朝霧の隣に自席を持つ炬が呆れたような顔をしているが、あいつは何を盗み聞きしているんだ。いくら依檻の従兄だからって、許せることと許せないことがあるというのに。


「あ〜、なんて説明したらええんやろ。俺な、面倒を見てくれるおっちゃんがおるんよ。年上なんやけど、おっちゃんの娘さんとか……年下の女の子らとかと一緒に住んでんの」


 困ったように眉を下げ、ぽりぽりと頬を掻く朝霧を見たのは初めてだった。絵に描いたようなニコニコ男だったのに、何が朝霧をそうさせたんだろう。少しだけ、気になる。


「なんだ。キミ、一人暮らしじゃなかったのか」


「おっちゃんが俺のこと支援せえへんかったら、こないな町にも学校にも来れへんわぁ。ほんま、感謝せなあかんよなぁ」


「良かったな。正直、キミが一人暮らしだなんて有り得ないと思っていたところだ。誤解が早めに解けて良かったよ」


「ん? なんやそれ、どういう意味なん?」


 私は「さぁな」とはぐらかすが、好奇心旺盛な朝霧は止まらない。何度も何度もしつこく追及してくるから殴ってしまった。


「いった……! なんでなん?! なんで今殴ったん?!」


「知らん。時間だ、私はもう帰る」


 鼻を鳴らし、鞄を持って立ち上がる。私は早く帰らないと。みんなが困るだろうから。


「あぁ、せやったな。麻露には妹がぎょーさんおるもんなぁ」


 男らしい男ではないのに、何故か半妖はんようのように頑丈な朝霧はすぐさま立ち直ってニコニコと無邪気に片手を振る。


「また明日なぁ、シロねぇ


 その言葉が、笑顔が、どうしてだか擽ったくて朝霧を直視できなくなった。


「……キミの姉になったつもりはまったくないがな。また明日、朝霧」


 同じく片手を振り返し、みんなが待つ家へと帰る。

 明日も、明後日も、どんな未来になったとしても、私はなんとなく朝霧­­愁晴しゅうせいに会えるものだと思っていた。


「なぁ、麻露」


 卒業式の日。朝霧は炬と一緒にいるものだと思っていたが、朝霧の隣にいたのは何故か私だった。朝霧ならば私や炬なんかではなく、一緒にいたいと言い出す心優しい同級生たちがごまんといただろうに。


「なんだ、朝霧」


 声が震えないように努力した。ずっと朝霧に抱いていた感情の正体が知りたくて、けれどとっくのとうに気づいていて、顔を上げられないまま地面に転がる小石を見つめる。


 朝霧と、何度心の中で呼んだだろう。こうして声に出して名前を呼んだのは久しぶりで、互いに受験はしなかったのに一つもなかった三年冬の授業を恨む。

 唇を噛んだ。何もかもが私らしくなくて、朝霧と一緒にいると知らない自分が自分の中から溢れ出しそうになって、それでも嫌いじゃなくて。


「朝霧、何故黙る?」


 無性に名前を呼びたくなった。こんな風に想う相手は朝霧が初めてで、どうしていいかわからないのにこれも嫌いじゃないからもっと困る。


「あさ……」



「俺は麻露の弟ちゃうよ」



 視線を上げた。ずっと私のことを見つめていた朝霧とすぐに目が合った。


「……え?」


 朝霧の飴色の髪が風に揺れる。その髪に視線を逃がしたかったのに、朝霧はそれを許さないくらい熱を帯びた瞳で私のことを捕らえて話さなかった。


「……せやろ?」


 確かめるように問いかける朝霧に乗せられて、首肯する。いや、待て。私は朝霧のことを一度も弟だなんて思ったことがないのに──


「ごめんなぁ。俺、最近になってお前の弟になりとうないって思うてん」


 ──そこには、心から申し訳なさそうに眉を下げる朝霧がいた。


「何を謝っているんだ。私がいつ、キミに弟になれと言った?」


「ん。せやけど前〝シロ姉〟って呼んだやん? そん時嬉しそうな顔しとったから、弟が欲しかったんやなぁって思うてん」


「バッ……どんな解釈をしたんだキミは!」


「へっ? 違うん?」


「あれは朝霧だったから……あっ、いや、違う」


「何が違うん、麻露」


「なんでもない」


「言うてみ、麻露」


 待て。何故そんなに楽しそうな顔で私の名前をいちいち呼ぶんだ。何故、少し前まで年下の男のようだったのに──急に同い年の男になる。


「ぁ、う……」


「あははっ。麻露の肌は白くて綺麗やからなぁ、赤くなるとすぐにわかるわ」


「赤っ?!」


「うん。やっぱ麻露は可愛ええ女の子なんやな」


 あの炬と共に過ごしたからか、急に大人びた朝霧は幸せそうに笑っていた。勘違いだと思いたくないくらい、幸せそうに。


『しゅーくーん! 帰ろー!』


 校門の方から無邪気な声がかかってくる。その声に返事をした朝霧は、「またな、麻露」と私の頭を撫でて走っていった。


「待っ……!」


 嫌な予感がする。けれど、朝霧のことを待っていた炬と金髪の中学生くらいの子供を見ると、伸ばした手が下りてしまった。





 山火事が起きたと知った時、多分、何もかもが手遅れだった。鎮火させる為に歌七星かなせを連れてその場に行ったが、かがりは既にこの世界にはいなかった。

 朝霧あさぎりもこの世界から消えていたことを知ったのは、炬の葬式の日だ。二人がかけがえのない友だと知っていたからか、それとも《グレン隊》の一員だったからか、何故か二つあった棺の片方を見て私の世界は半分になった。


「え……?」


 後ろにいた依檻いおりが声を漏らす。歌七星は眉間に皺を寄せ、一緒に来ていた妹たちは途端に戸惑う。

 だって、朝霧は、依檻がずっとリビングに飾っていた写真の中で笑っていた人なのだから。


「し、シロねぇ


 どうしてあの時、朝霧の手を掴まなかったのだろう。嫌な予感はあったのに、あの百鬼夜行の日と同じように、私は──。


『あぁっ?! ちょっ、何してんのさいおねぇ!』


『そっ、そうだよいお姉! 今撫でる必要なかったよね!?』


『…………不必要なボディータッチは絶許』


『何言ってるのよ。頑張った弟にはちゃあんとご褒美をあげないと』


『あぁ〜、狡い。私も弟クンの頭撫でた〜い。ご褒美あげた〜い』


『いけません! 依檻姉さん、熾夏しいか! 普通のキョウダイはそんなことしないんですよ?! ましてや人前でなんて……いいえ、密室だったら溺死させます!』


『えぇ〜? 私と弟クンは普通のキョウダイじゃないんだけど? 固い絆で結ばれたキョウダイなんだけど?』


『あら? しいちゃん、それなら私も負けてないわよ?』


『むぅ、二人とも一体何を言っておるのじゃ! 結希ゆうきに〝姉さん〟と呼ばれておるのはわらわのみじゃぞ!?』


『確かに〜! ねぇユウどうして? どうして朱亜姉しゅあねぇだけなの? どうしてワタシたちのことは〝姉さん〟って呼んでくれないの?』


『……え、今さらですか? 呼べません』


『え、なんで?!』


 涙が引っ込んでしまうくらいに騒がしい。夢を見ているのかと思って、また朝霧に会えるんじゃないかと期待して、結希の声で頭が冴える。

 結希がいるなら、朝霧はいない。大切な二人は、私の思い出の中では共存しない。知らぬ間に欠け落ちていた朝霧という存在を埋めるように現れたのが、朝日さんの実子の結希なのだから。


 あれほどまでに傍にいてほしかった、朝日さんの血が流れている子なのだから。


 全員が結希を取り合うように口論している。懐かしい。朝日さんを取り合っていたあの頃のようだ。

 六年前の百鬼夜行で壊れて、二年前の葬式でさらに砕けて、どうしようもなくなっていた私たちの元に舞い降りる雪のように現れたあの子は私たち全員の命なのだろう。月日が経つにつれ、一人一人が結希に心を開いていったのを私はちゃんと知っている。そんな結希から目が離せなかったのを覚えている。


 朝霧がわかりやすいような太陽ならば、結希はいつの間にかそこにいるような月だ。

 人間が作り出した明かりさえなければすぐに気づけるのに、そんな偽物の光に霞んでまったく気づかれることがなくなった人。けれど、なくてはならない大切な人。結希が私たちをもう一度結んでくれて、もう一度、前へ進む勇気をくれた人だから──


「──温かいな」


 ──結希がいると、どんなに悲しいことがあっても乗り越えられるような気がすると思った。


 真璃絵まりえはきっと、目を覚ます。椿つばきはきっと、幸せになってくれる。月夜つきよ幸茶羽ささははきっと、自分を愛せるようになる。亜紅里あぐりはきっと、自分を赦せるようになる。


 そして私は、そんな結希のことを救けたい。視界に映る家族の今にも泣きそうな顔を見てそう思う。こんな思いは、もう二度とさせたくない。私は、正しくなかったのだ。


 私は、家族のことを信じることができなかったのだ。





「いただきます」


 手を合わせ、私が作った年越し蕎麦を美味しそうに食べてくれる家族を眺める。

 毎年恒例の行事だが、今年は結希ゆうき亜紅里あぐり紫苑しおんもいる。そして、朝日あさひさんも。


「みんな、その、今日は来てくれてありがとな」


 元の家に戻った上でここで年を越せるなんて、数日前だったらあり得ないことだったのに。


「勘違いしないで。ウチは結希と年越しする為に帰ってきたんだから」


「えぇ。シロねぇのことを許したわけではありません」


「あら? 仲直りしたんじゃなかったの?」


「してないわよ、朝日さん。私たちはあいちゃんの言う通り、結希に会いに来たんだから」


「え、なんでですか」


 誰よりも服を多く着込み、少し前まで風邪で寝込んでいた結希がきょとんとした顔で依檻いおりに尋ねる。それは、家を出ていない椿つばき月夜つきよも同様だった。


「だって、今年はお兄ちゃんに出逢えた大切な年だから」


 頬を朱色に染め、心春こはるが愛らしい笑みを零す。


「じゃな。決して! 居心地が悪いという理由でここにいるわけではないぞい!」


「…………ユウキに会って、初めての年越しは今年だけだし」


「うんうん。特別だもんね、今年は。色々と」


「わっかる〜。弟クンがいなかったらこんな家絶対帰ってこないから」


「うふふっ。まりちゃんもいるしね」


「なんでだよぉ! みんな本当に薄情になっちゃったのか?! 結兄ゆうにぃがいなくても帰って来いよ〜!」


「……そうだもん。帰ってこなきゃダメなんだもん」


「くふふっ! あたしはどっちでもいいけどねぇ、ゆうゆうがいたら」


 許されないことをした。許されるつもりもない。

 いつまでもこのままでいるわけにはいかないが、今だけは、夢を見ようと瞑目した。




麻露ましろちゃん」


 ベランダで涼んでいると、朝日さんに声をかけられた。振り返ると、服を着込んだ朝日さんが歩いてくる。


「朝日さん?! 何してるんだ、冷えるぞ?!」


「術を使っているから平気よ」


 力こぶを作り、柵に寄りかかっていた私の隣で笑みを浮かべた朝日さん。彼女のことが私はずっと大好きだ。


「どうして」


「結希君が、麻露ちゃんの話を聞いてあげてって」


「え?」


「私に会いたくて嘘を吐いたんでしょう?」


「あっ」


「うふふっ、自分で言ったのに忘れてた?」


「すみません、朝日さん。私……」


「いいのよ、別に。じんの奥さんにはちょっと申し訳ないけどねぇ」


 私のあの嘘も、正しくなかったのかもしれない。結希には、正しかったなんて言ったのに。



百妖ひゃくおう家という〝家族〟だったから愛を知ることができたんだ』



 いや、違う。あの時結希が言ってくれたじゃないか。


「朝日さん……」


「ん?」


「……言えないんだ、何も。言いたいことは本当にたくさんあるんだが、私はこれ以上結希の心を傷つけたくない」


「え、何を言っているの?」


「朝日さんは、自分の息子のことを本当に何もわかってないんだな」


 思っていたことをそのまま言うと、予想通り朝日さんは口を閉ざした。結希みたいだ。本当に親子なんだと思い知らされる。


「私は、私たちに遠慮して朝日さんに何も言えないでいる結希よりも先に言葉を伝えたいとは思わない」


 そんな親子の仲を引き裂きたくない。


「行ってくるよ。朝日さんよりも先に、結希に自分の気持ちを話したい」


「麻露ちゃん……。ありがとう、結希君のことを守ってくれて。あの子たちに受け入れられるように、家族にしてくれて。あの子たち自身のことも、本当の妹のように可愛がって育ててくれて……ありがとう」


「朝日さんってほんと馬鹿だな」


 この歳になったからか、子供の頃に憧れていた朝日さんがどれほど完璧ではないのかを思い知らされる。


「私だけじゃなくてあの子たちも結希を守った。私が家族にしなくても、私たちは最初から家族だった。ごっこ遊びじゃなくて、今でも本当の妹だと思ってる。あの子たちは全員私の自慢のキョウダイだよ」


 駆け出した。リビングに出、みんなとテレビを見ている結希の手を取り、三階にある自分の部屋へと連れていく。まるで、初めて会った日のように。


「ま、麻露さん?!」


 困惑する結希の両肩を鷲掴んだ。そして、真後ろにあるベッドに押し倒す。


「うわっ! ちょっ、なんですか急に! 母さんになんか言われたんですか?! ぶん殴りに行くんで離してください!」


「違う、結希。私がキミを殴りに来たんだ」


「はいい?」


 理解できないとでも言いたげな顔をする。そんな結希に馬乗りになる。


「朝日さんの息子は、キミだ。結希」


「いや、知ってますけど」


「違う。朝日さんに関する権利は、全部キミが持っているということだ」


「え。何言ってるんですかあんた」


 何故この親子はわかってくれないのだろう。わざとなのか。そうとしか思えない。



『百妖家という〝家族〟で、愛を知ってほしいなって思ったのよ』



 何故、こんなにも似ているのだろう。似ているから、言葉にしないと伝わらない。


「言え、結希。キミの心を、朝日さんにぶつけて来い。キミにはその権利がある。私たちには遠慮しないでほしい。私は、心から笑う──絆で結ばれたキミたち親子を見てみたいんだ」


 結希の喉が上下した。唇から息が漏れた。


「おれ、は」


「それが何よりも難しいのは知っているさ。朝日さんとキミのことは、誰よりも私が知っている。私は朝日さんの娘で、キミの姉で、キミの──」


 何を言えば、結希にきちんと伝わるのだろう。私の家族を水底から引き上げてくれた結希だから、全員が落ちるように惹かれていく。私も──そんな結希に落ちていく。


 バケモノと呼ばれてこの場所に追いやられた私たち家族を、心から守りたいと言って守ってくれた人なんていない。そんな嬉しいことをしてくれた人は、この世に一人しかいない。


 あの朝霧あさぎりでさえ──妖怪に襲われて、殺されて、世界に傷をつけた朝霧でさえ、私たちを守れなかった。私たちは彼を守れなかった。

 そんな彼の仇を討つ為に山火事を引き起こしたかがりは正真正銘の愚か者だが、朝霧の為を想って行動に移した唯一の人間だった。


 そんな二人にはならないと誓う。結希を守って、守られ、共に生きたいと願う。だからもう絶望しない。何があっても希望を持ち続けていきたいと思う。

 私が絶望したら、また氷塊になってしまうから。また、何もできずに大切な人を亡くすことになってしまうから。そんなのはダメだ。嫌だ。


 結希がいたら私はきっと絶望しないだろう。希望を持ち続けられると思うのは、芽生え始めたこの気持ちのせいだ。

 そんな結希に、出遅れた私が言えることは。



「──キミの、共犯者なんだから」



 最後は自分の唇で結んだ。間近にある結希の瞳は見開かれており、唇から伝わってくる熱は私の体を溶かしていく。

 六年前、絶望し、この町で凍った私は、百鬼夜行を終わらせた結希の手によって溶かされた。そして今、この瞬間も、結希の熱によって溶かされる。

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