十二 『家族の力』
「ねぇねぇゆうゆう! ヤバいって! 激狭! あんなんマジで全員は無理だって!」
帰宅し、亜紅里が押しつけてくるスマホの画面を見てわざとらしく顔を歪める。
「自撮りすんな」
「あいたっ! 違うって! どんだけちっちゃいかのひ、か、く! せっかくわかりやすくしたのにぃ……」
額を擦り、亜紅里は頬を膨らませて一人拗ねた。結希は画面に視線を落とし、こじんまりとした祠と周辺の森を確認する。千秋や亜紅里の言う通り、そこは一本道しか伸びていない寂れてしまった場所に見えた。
「神様なのに森の中にあるとかヤバくない? この町の人ってみんな森に入るなーって教育されてんでしょ?」
「そういう教育を受ける前からこの中にあったんだろうな」
「てことは千年前から?! ひょえ〜……パイセンお疲れ様で〜す!」
「ぱいせん?」
結希からスマホを奪い返した亜紅里は、「パイセンはパイセンだっちゅーの。で? どうすんの?」と呆れたようにため息をついた。
「だってこれ、いお姉とか絶対無理じゃん。いや、あの人が活躍できる戦場とか最初からそんなないけどさぁ」
「お前はどうだったんだ?」
「あたし? あたしは別に問題なかったけど、他の場所と比べて軽率に火とか使えないから戦いにくいっちゃ戦いにくいかなぁ〜。……まぁでも、あそこに行って戦えるのってぶっちゃけあたしくらいじゃない?」
「なんで?」
「そりゃあお山生まれお山育ちの十七歳、百五十五センチのCカップ。好きな食べ物はお稲荷さんだからねぇ」
「久々に聞いたなそれ」
「もっと言ってあげよ〜か?」
「は? 別にいい」
「えっ?! 冷たい! 久々にゆうゆうがめちゃめちゃ冷たい!」
「騒ぐな」
ソファに座り、下りてきた紫苑にも画面を見せる。紫苑は適当な返事をしたが、義姉や兄のことが気になるのか沈黙したまま棒立ちしていた。
「ていうかさぁ、ささちんどうしてるの? 紫苑も春と連絡とってるなら『次ここ襲うから夜露死苦!』みたいなこと言われないの〜?」
「言われねぇよバカ。あいつらも多分まだ知らねぇんじゃねぇの? 幸茶羽は相変わらずガッコーにも行かずにぼけーっとしてるらしいけどよ」
「そのささちんホントに大丈夫……? いつか芦屋家からもふら〜っと消えそうでなんか怖くない?」
「えっ。どうなんだよ紫苑」
「どうもこうも知らねぇよ……。けど、あいつらだってバカじゃねぇ。ウゼェくれーに気にかけてんじゃねぇの?」
「ん〜、確かに? マギクってめっちゃ過保護だもんね〜」
「過保護過ぎて逆に逃げるかもしれないな」
「そしたら今度こそ誰も追えなくなるよな。マジでそうなったらどうすんだよあのガキ」
誰も答えられなかった。元々この家にいたわけではない三人の中で、まともに幸茶羽と話したことがあるのは紫苑くらいだろう。
「……幸茶羽ちゃんが何を思って出ていったのか、お前なら聞き出せるんじゃないか?」
「俺かよ。てめぇの方が俺よりもなんとかなるんじゃねぇの?」
「何を見てそれを判断したんだよ。俺や亜紅里は普通に嫌われてるし、多分、一番〝関係ない〟人間の方が話しやすいと思うし」
「それに紫苑は百妖家の新人兼ニートだからねぇ。ほらほら、働くなら今でしょ! ねぇ!」
あからさまに嫌そうな顔をして、紫苑は結希から離れて座る。だが、紫苑にそんな大役を任せるのも信じているからこそだった。
『ソレデ? ドウヤッテタタカウンダ?』
紫苑の後からリビングに入ってきたママは、床に下りたポチ子を咥えて亜紅里の肩の上に乗る。
『ダレモイナイゾ』
「あぁ〜、確かにたしかし。そもそもそういう問題もあったよねぇ〜。ゆうゆうはあの人たち全員呼ぶの? 来たとしても一緒に戦える〜? ギクシャクは勘弁だよ?」
「無理だろ普通に考えたら。俺らと椿でちゃっちゃとあいつら片づけよーぜ」
「……いや、それだと普通に不安なんだよな」
「えぇーっ?! なんでなんでなんでなんで?!」
「逆に聞くけどなんでこの面子で大丈夫だと思えたんだよ……。バカしかいないんだぞ?」
「あっ、今自分がバカって認めましたね?!」
「今の論点はそれじゃねぇ」
再び亜紅里にデコピンをし、結希は鞄の中から取り出したノートに全員の名前をしっかりと書き出す。そして、真っ先に依檻に横線を引いた。
「あーあ! いお姉かわいそー! 告げ口しちゃおー!」
「最初に除外したのお前だろ」
「あいたっ!」
「おい、ちょっと待て。てめぇなんでそいつらの名前入れてんだよ」
視線を移すと、紫苑が真と星乃の名前を指でなぞっている。
「あぁ。今日聞いたら『戦ってる』って言ってたから、一応」
「アイラならわかる。けど、あいつらはまだクソガキだ。こんなのハナから除外だろ」
「勝手に線引くなよ。幸茶羽ちゃんのこと心のどっかでナメてるって言った口がそれ言うな」
「うっ……?! うるせぇバカ! 死ね!」
図星を暴力で誤魔化された。亜紅里と同じように頭を擦り、「あ」と声を出す。
「そういやお前、アイラちゃんが戦ってるとこ見たことあんの?」
「は? ……別に、ねぇけど」
「えっ、ないの?! 《グレン隊》でずっと一緒だったのに?! マジでぇ?!」
「ねっ、ねぇよ! あいつがほいほい自分の正体明かすようなヤツに見えんのかテメェ!」
「いだい……なんで急にキレたの紫苑……」
「キレてねぇよもっかい殴るぞてめぇ! つーかここに書いてあるアリアと乾ってヤツも除外! こいつら普通に使えねぇし!」
「あぁ、まぁこの人たちは《カラス隊》で動くだろうし除外でいいよ。個人的には亜紅里が大丈夫そうなら和夏さんも大丈夫だろうし、愛果や熾夏さんとか小回りが利きそうな人たちが欲しいな」
「えっ?! そんなにケモミミ集めて何するのゆうゆう!」
自分の体を抱き締めて、くねくねと動き出す亜紅里を無視する。紫苑もドン引きしたような目で自分を見ていたが、見せられた画像で活躍できるのはどう考えても彼女たち獣の半妖だった。
「無視しないでよゆうゆうぅ〜! 意図はちゃんとわかってるからぁ〜!」
『イイカラハヤクシロ』
「わかってる。電話するから」
「今すんのか。出るといいな」
紫苑は適当に言ったと思うが、紫苑の言う通りになってしまった。熾夏、和夏、愛果。三人とも全然出ない。
まさかと思って麻露、依檻、歌七星、鈴歌、朱亜、心春にかけてみるが──出たのは麻露だけだった。
『どうした結希、また何かあったのか?』
「ま、麻露さん……」
『ん? 結希?』
「……いや、その、暇なんですね」
『喧嘩を売っているのかキミは』
「売ってないです」
『じゃあなんのつもりでかけてきた。寂しいって言うようなヤツじゃないだろう?』
「次の襲撃場所が判明したってことを言い忘れてたので全員にかけてるんですけど、出たのが麻露さんだけでした」
『やはり喧嘩を売っているのか』
「あ、わかりました?」
『なるほど。次会った時覚えておけよ』
「覚えておきます」
そんなことを言えるような余裕が互いにまだある。結希は思わず笑みを零し、場所と問題点のみを麻露に告げた。
『人数を絞る? それは危険じゃないのか?』
「人がいたらいたで危険そうですけどどう思います?」
『すぐに救助できるように近くにいよう。南東の祠だったな?』
「はい、そうです」
『一応調べておく。他の子たちへの連絡は……』
「やっときますよ。あと、祠は亜紅里が一応調べたのですぐに画像送らせときますね」
『そうなのか? 色々とありがとな、結希。亜紅里にも礼を言っといてくれ。それと、連絡がついた順から交代で見張れるようにできないか交渉しておいてくれると助かる。三人で一組という具合でな』
「あぁ、はい。わかりました。そうしておきます」
電話を切り、至近距離まで間を詰めていた亜紅里の顔面を奥へと押す。
「麻露さんに画像送っといてくれ」
「はいは〜い」
「なぁ、交代で見張りとか聞こえてきたけど正気か? なんでだよ」
「前回は吉日関係なく襲ってきたからな。先回りしとかないと今度こそ結界破られるだろ?」
「あぁ〜、まぁ確かに。めんどくせぇな」
「めんどくせぇって……どうせお前留守番だろ」
「えっマジで? よっしゃあラッキー!」
「いやだから、その代わり幸茶羽ちゃん」
「え?」
「よろしくな」
「マジで言ってる?」
「お前だけが頼りだ、紫苑」
紫苑の肩に手を置くと、亜紅里もノリで肩に手を置いた。二人に挟まれた紫苑は全力で拒んだが、やがて諦めたように脱力した。
*
現頭首となった依檻、歌七星、鈴歌、熾夏、朱亜、和夏、愛果、心春は、百妖家にいた頃よりも多忙な日々を送っていた。
ようやく返信が来たと思ったら、見張りは厳しいという一文のみ。ただ、一族全員妖怪退治に理解があるおかげでいざという時は駆けつけられるとも書かれてあった。
「みんな急にはくじょーになったなぁ〜。こっちはいっつも緊急事態だったじゃぁん!」
「いや、けど麻露さんは見張れるって」
「さすがニート! すごい! よっ、定時退社!」
「巫女だからだ」
「ごめんシロ姉……あたしのことは遠慮なく氷漬けにして……」
「けど、ほんとに誰よりも暇そうなんだよな……。未だに白雪さんがやってるとか?」
「シロ姉最低! シスコン!」
「あの人元からシスコン気味だっただろ」
愛していたのは本当の家族じゃなかったが、麻露は白雪のことも愛そうとしている。それがいい結果に繋がるのかは知らないが、少しでも前に進もうとしているだけで麻露は充分に強い人だった。
結希は息を吐き、真璃絵を見守っている紫苑と月夜を除いた三人で祠の前に座る。
「うぅ〜……さっむ! ほんとにこれ毎日続けるのか?!」
「黄昏時から夜中まで。普通だったら絶対にやらないし死ぬけどな」
「あぁ〜、初めて知った。あたしの狐火って芯からは温まらないんだね」
椿と亜紅里を含めたたったの三人。それだけでいざという時守り切れるのか不安だったが、ここを守り切ったらすべてが一度綺麗に終わる。
涙と紅葉、そして千羽と共に出した希望に過ぎないが、結希はそう信じていたかった。
百妖家の家族の力と、結城家の家族の力を。
そして、芦屋家という家族のことを。




