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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第六章 姫君の黒翼
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四  『歴代生徒会役員』

 謝った結希ゆうきに対して、何故か千里せんりも謝って。彼女はそのまま、不機嫌そうな──それでいて少しだけ嬉しそうなゲンブと共に式神しきがみの家を後にした。


 セイリュウとビャッコに稽古をつけられた結希はその場で昼を食べ、身軽になったバイクで陽陰おういん学園へと向かう。

 そのまま足先を向けたのは、生徒会室だった。


「おはよう」


「あぁ、おはよう」


「おはよう、ゆうきち


 顔を上げると、円卓に座るヒナギクと明日菜あすなが視界に入る。その二人の間に座って書類を眺めているのは、久方ぶりの亜紅里あぐりだった。

 亜紅里を見たのは何日ぶりだろう。いや、実際に最後に会ったのは二日前の金曜日だ。同居していないだけでこんなにも久しぶりだと感じてしまう。


「亜紅里?」


 無言で書類に視線を落としていた亜紅里は、結希の声に気づいて顔を上げ──いつものように破顔した。


「あっ、おはようゆうゆう!」


 冷めた目をしていた。結希は顎を引き、三人の正面に座って書類を手に取る。


「元気か?」


「そりゃあモチのロンですよ!」


「お前じゃなくて」


「あ〜あ、ま〜た他の女の話をする。って嘘嘘冗談暴力反対! みんな元気だよ! いつも通りだから! 全部! 多分!」


 亜紅里をまっすぐに見据える。

 多分──そりゃあそうだろう。結希も亜紅里も、あの姉妹と一緒に暮らしていた歳月は半年以下だ。わからないことの方が圧倒的に多い。


「そうか」


 なのにもう物足りない。

 騒がしいあの日々を知ってしまえば、紅葉くれは一人の騒がしさなんてどうということはない。


 蝉が、秋の訪れと共に死んだ。紅葉が落ちた地面の下に埋まっている。


 結希が今味わっているのは、そんなどうしようもない肌寒い喪失感だった。


「ゆう吉」


「ん?」


「いつになったら帰れるの?」


 明日菜が真顔で問うてくる。

 結希は頬杖をつき、明日菜から視線を逸らして答えた。


「本来ならあと五ヶ月くらいかかるらしいんだけど、今月末には終わるってさ」


 別の書類を手に取り、本当は何一つ焼け落ちていない百妖ひゃくおう家への帰宅へと思いを馳せる。今は熾夏しいかの幻術で四六時中存在を消されているが、その力が尽きることはこの一ヶ月間で一度もなかった。


「そう」


 明日菜は視線を落とし、自らの仕事に再び取り掛かる。結希は頁を捲り、各クラスの出し物を確認した。


 高等部の三年B組──愛果あいかのクラスは食品の出店で、二年A組は縁日、明日菜と八千代やちよの二年C組はお化け屋敷で椿つばき翔太しょうたの一年B組はピカレスク映画だ。

 中等部の三年A組──紅葉と火影ほかげのクラスは演劇となっており、演目は《ロミオとジュリエット》。そして、アイラの二年A組は無難に展示会となっていた。


「で、今日は何するんだ?」


「予算と出し物の確認、体育館使用者の順番の調整等だな。真新しいことは何もしない」


「了解」


 書類を作成しているのか、ヒナギクはパソコンから一切目を上げなかった。


「予算は明日菜が、当日の進行の流れは亜紅里が、順番の調整は八千代が纏めて風丸かぜまるが現在各方面に書類を配っている。……副会長がやることは何もないな」


 そういえば、という風に顔を上げたヒナギクと目が合う。


「おい」


 不満気に訴えるが、副会長とはそういうものなのだろう。それぞれの役職に沿った仕事をこなしているのだから。


「当日の仕事は? 体育祭の時のようにまた何かあるだろ?」


「特にないな」


「あ、待って待ってヒーちゃん。当日来てくれるゲストにマネージャーがつかないみたいだから、お昼ご飯の手配をこっちですることになってるの。せっかくだしゆうゆうに押しつけようよ」


「押しつける言うな」


 突っ込むが、亜紅里はクヒヒッと笑っただけだった。

 だが、亜紅里が深く考えて行動していることは痛いほどに知っている。猪突猛進なところもあるが、基本的には思慮深い少女なのだ。


「そうだな。頼んだぞ、副会長」


 結希は頷き、配布されていた書類からゲストの項目を探し出す。

 体育館でライブとトークショーをすると言うが、今年生徒会が呼んだのは──《Quartzクォーツ》と和穂かずほだった。


 歌七星かなせが来る。


 それだけで身が引き締まる。

 頁を閉じ、結希は立ち上がって生徒会室の壁際を歩いた。


「おいーっす」


「ただ今戻りました〜」


「ご苦労だったな、風丸。八千代」


 振り返ると、風丸と八千代が生徒会室に入室した直後だった。

 白いブレザーを脱ぎ捨てて、風丸は先ほどまで結希が座っていた座席に腰を下ろす。八千代はその隣に座り、苦労なんて一切感じさせない笑顔を見せた。


「お疲れ」


 声をかけると、風丸は片手を振って返事をする。


「お前もお疲れ〜。買い出しサンキューな! さっきクラス見てきたけど、お前が買ってきたペンキのおかげで作業がめっちゃ捗ってたぜ〜!」


「へぇ。なら良かった」


「そうか。いつもより遅いと思ったら、買い出しに行っていたのか」


 ヒナギクは振り返り、背後の書架を眺める結希の背中に目をやる。


「……貴様はさっきから何をしているのだ?」


「いや、別に何も」


「何もないならさっさと席につけ」


 ヒナギクに叱咤されるが目もくれない。ヒナギクは眉根を上げ、右腕の自覚が徐々に徐々に欠落していく結希を視線で追う。が、結希は右腕以上に大切な使命があると思っているのかヒナギクの視線には気づかなかった。

 書架を眺めながら移動し、ある位置で足を止める。


「結希君?」


 疑問に思ったのか、八千代が不思議そうに声をかけた。結希は書架の中から一冊の本を取り出し、仕事に没頭する彼らと同じ円卓を囲む。


「何持ってきたんだ?」


「何って……アルバム?」


 黙考して答えた結希が取り出したのは、生徒会役員が選出される度に撮影された写真を纏めた陽陰学園生徒会の歴史書だった。


「は? なんで」


 頁を捲り、結希は真新しい頁を開く。

 最後に貼られていたのは、ヒナギクを中心とした自分たちだった。その前の頁には、前生徒会長の愛果を中心とした役員が。その前、そしてさらに前には和夏わかなを中心とした役員の中に麗夜れいやと和穂がいる。そうやって遡って六年前の歌七星の代で一瞬手を止め、捲って初めて目が合った。


 ──真璃絵まりえだ。真璃絵は、八年前の生徒会長なのだ。


 真朱色の瞳を開いた真璃絵の慈愛に満ちた微笑に戸惑い、見て見ぬフリをして頁を送る。そしてやっと、依檻いおりの代と麻露ましろの代が乗った頁に辿り着いた。


「……見つけた」


 言葉を漏らす。


 麻露の代にいたのは、蒼生そうせいの証言通りの面子だった。依檻がいて、蒼生がいて、虎丸とらまるがいて、輝司こうしがいて、かがりという名の炎竜神えんりょうしん家の人間がいる。

 が、結希が見ていたのは依檻の代だった。


「何を?」


 風丸を無視し、結希は食い入るように九年前の生徒会役員を見つめる。


 前代に引き続き生徒会役員を務め上げた依檻の斜め後ろに、末森すえもりがいた。その隣には本庄が、さらに隣には若き日の叶渚かんながいる。その代の役員はたったの四人だけだった。


「あ、依檻ちゃんと叶渚さんじゃん! わっか!」


「それ本人の前で言ったらぶっ飛ばされるぞ」


 夏休みが開けて早々に年齢暴露の件で殴られているが、風丸は懲りていないのだろうか。

 結希は息を止め、陰陽師おんみょうじとして生徒会役員を務めた若き日の末森の笑顔を眺めていた。


 一度見ただけではわからないが、目元が本当に彼に似ている。


 嘘なんかじゃない。

 誤魔化せるはずがない。


 末森琴良ことらは、間違いなく紫苑しおんはるの血縁者だった。


「へぇ〜。こうして見てみると知り合いばっかで面白いな」


「……ねぇ結希君、ちょっと前の頁見せてくれる?」


 顔を上げると、珍しく八千代が焦っていた。

 特に言葉も返さずに八千代に渡すと、八千代ははらりと捲って手を止める。


「八千代?」


「あ、ごめん。亡くなった従姉なんだ、この人」


 へらりと笑って、八千代はある人物を指差した。

 そこには確かに、八千代の血縁者だと言われなくてもそうだとわかる容姿の少女が立っていた。視線を名前の項目に移すと、亜子あこと書いてある。その上に、青葉あおばの名前が記載されていた。


「思い出に浸っているのか? 八千代」


「……ごめん。ヒナちゃん」


「いや、いい。死者の写真はなんだって見たいものだ。それが、大切な人であるのなら尚更な」


 ヒナギクは、パソコンから視線を上げないままそう言葉を漏らした。

 訝しみ、やがて一番近しい親族を亡くした役員がこの中でヒナギクと八千代だけなのだと思い至る。


 結希は唇を引き締めて、アリアにアイラのクラスの出し物を記入したメッセージを送信した。なんの脈絡もないが、末森の家族構成の質問も兼ねたメッセージが素早く返信されることを願う。


 円卓の下に隠したスマホを握り締め、開いて、握り締めてを繰り返し──これもなんの脈絡もなく、結希の様子をじっと見ていた明日菜がこう尋ねた。


「ねぇゆう吉、今年も一緒に回る?」


 顔を上げ、いつも通りの明日菜に何故か安堵する。

 張り詰めていた糸が緩和されたような──そんな感覚が体を包み込む。


「明日菜が良ければ、今年も……」


「お、マジで? 今年も三人で回る?」


 弛緩した体を強ばらせたのは、ずいっと身を乗り出した風丸だった。


「……迷子にならないって約束するなら三人だ」


 結希はため息をつき、去年の文化祭の出来事を思い出す。


「なっ?! 去年のあれはしょうがないだろ! 俺がちょ〜っと出店を見に行った瞬間に消えたのはそっちじゃねぇか!」


「ちょっとじゃねぇよ見に行きたいなら先に言え」


「あの後風丸を探し回った妖目おうまたちの苦労を考えて」


「うっ……わ、わかったわかった! 迷子にならねぇから今年もまたよろしくお願いします!」


 額を円卓に擦りつけ、風丸は結希と明日菜に懇願する。視線を合わせた二人はどちらともなく肩を上げ──


「いいよ。三人な」


 ──結希は少しだけ笑みを零した。


「えぇっ?! 待ってよあたしも一緒がいい!」


「亜紅里。私の許可なく同行を願うな」


「じゃあヒーちゃんも一緒で!」


「えっ? じゃあ僕も一緒がいい……かな……なんて」


 目を丸くして辺りを見回すと、手を上げる亜紅里と驚くヒナギクと身を縮こませる八千代がいる。

 結希は笑みを零し、自分にはもう新たな仲間がいるのだと心臓を震わせた。

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