9:魔法の解けない青のシンデレラ
中世ヨーロッパの街並み、といった風合いの死者帝国『ネクロポリス』。
その中央にそびえるベルゼブブの居城、塔とトンガリ屋根がつきまくった『ベンダシタイナー』城を無血開城したあとは、国民総出で飲めや食えや、歌えや踊れやの大騒ぎとなった。
ベルゼブブによる不当独裁判決――通称ヒッタフンダ裁判により、無実の罪で城の地下牢に囚われていた死者奴隷たちは、フィナンシェお嬢様の名のもとに行われたこの攻城を機に、一斉解放された。
城前の広場で待ち構えていた家族たちと、解放された死者たちが感涙の抱擁をする中、歓喜に浮かれた野菜の亡霊――カボチャお化けのジャック・オ・ランタンたちは、ランプ片手に城をフワフワ旋回しながら魔法の花火を打ち上げ、ネクロポリスの空を七色に彩った。
ベルゼブブの留守を預かり、ベンダシタイナー城を守護するはずの亡霊城兵パンパアスたちも同様。
ノコギリ型の狭間や、主塔、門塔に陣取り、庭園にチョコチョコやってきた闖入者たる桃猫みーみを、彼らはフワフワ浮きつつ見下ろしていたのだが、彼女がガタガタ怯えて涙目になりつつも、
「ど、どうか降参して投降してください! あるいは成仏してください! ナンマイダー! みゃー! みゃー!」
と、半泣きしつつ威嚇するようなポーズをとれば、彼らは自分の肩に浮かんでる霊魂をハート型にかえ、嬉々とした表情で
「あったぼうよヤッフーイ!」「投降しちゃうよヤッフーイ!」「でも成仏はできないよヤッフーイ!」「みーみちゃんかわゆいヤッフーイ!」
と、我先に槍や剣や弓をポイポイポポイと城の外へ投げ捨てていき、キョトンと見上げているみーみの前からフェードアウトするように消えた。
城の武装解除はまさかのこれで終了である。
あとはニュースで御存知だろう、みんなでやりたい放題好き放題。
さて落城からしばらく。
騒ぎはすぐに伝わった。
スカリン改めティラミスはいま、ネクロポリスが一望できる城壁の回廊で、お手玉の勢いで胴上げされまくっている新国王バルバドスに、腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて涙も出ていた。
城の外周りを埋め尽くさんばかりに集まった死者たちの、洪水のような歓声を遥か下に聞きながら、バルバドスは、足のない亡霊兵集団パンパアスの上を、ポンポンポンポンと弾んでいる。
「うおおお国王万歳! 国王わっしょい!」「カエルわっしょい! 水かき万歳!」「国王万歳めっちゃ万歳! 超絶バンザイ!」「口癖ベイベー万歳! わっしょい万歳!」「両生類万歳!!」「うおおお国王! ウシガエル!」
尊敬されてるのか遊ばれてるのかわからない状態で、バルバドスは「お、下ろしてベイベー!! 目がー! 目がー!」と、ギョロ目から噴水の涙をまき散らして鳴いていたが、もう三週は城を回されそうな勢いだった。
その様子を、ちょっと離れたパラスの屋上から、不安そうに見守っている緑の小ガエル――娘のケロンを、美しい青のカエル――バルバドス夫人が、優しくなだめている。
「ゲロゲロ。大丈夫よハニー。心配ないわハニー。パパはイジメられてるわけじゃないの。みんなから慕われてるのよハニー」
と言えば、しかし娘のケロンは怒ったようにケロケロと鳴き
「違うもん! 心配してないもん! でも、パパさっきから全然、ケロンと遊んでくれないんだもん!」
プーーっと、頬を膨らませていた。
その会話は、城下の歓声とパンパアスの「ワッショイ!」で聞こえなかったが、なんとなく親子ガエルの表情から内容に察しがついたティラミスは、「クス」っと笑った。そして彼女は被っていたフードを後ろへ取り、その黒く長いオーバーポニーを風に晒す。
「やれやれ。バルバドスはんはこれから、家庭に国にで二足のわらじか。大変やな」
と、胸のグリモアを後生大事そうにを抱きつつも、どこか騒ぎを他人事のように呟いたら、下から身体をヒョイと持ち上げられ
「へ?」
いつの間にか、自分の周囲と下に、にやにや顔の亡霊兵パンパアスたちが密集していた。
ていうか自分を持ち上げていた。
「あの、これ」
そのとき、さっきまで再三笑っていたバルバドスお手玉が脳裏を過ぎる。変な汗が出てきたので、亡霊兵の一人に向け、慌てて何かを否定するように片手を左右に振って
「う、ウチは別に王族でもなんでもないから胴上げはなしで――」
「うおおおティラミス万歳! シスター万歳!」「修道女めっちゃ万歳! 日焼け娘わっしょい!」
体重の軽い彼女は、バルバドスの倍は空を跳んだ。下から新たな歓声が湧き上がる。
ティラミスは一瞬で目から涙が散った。ブワーっと散った。
跳んで分かった! これめっちゃ怖い! だってここ城壁やから隣は崖みたいなもんやもん!
「やめてやめてホンマやめてこれ――」
「うおおお日焼けのお肌超万歳! 小麦色わっしょい!」「シスター属性最強に万歳! 八重歯属性わっしょい!」「アーメン万歳! ティラミス万歳!」「わっしょいシスター! シスターわっしょい!」「うおおおシスター! まじシスター!」「脳天気シスター万歳!」
「ひゃわああああ!! 下ろして~~~~!!」
叫び声も、洪水のような歓声にかき消され、彼女もバルバドスと同様、お手玉みたいに城壁の回廊をグルグルと、ポンポンポンと運搬されていった。
この城の騒ぎは、もうネクロポリスの居住区にまで伝搬していた。
街中を、大勢の男たちが酒を片手に歌いながら練り歩き、その頭上には、家屋から顔を出した女子供たちが、バケットより大量の花吹雪をまき、シャワーのように浴びせる。
街の目抜き通りでは、楽器という楽器が鳴らされ、のみならず街の鐘も教会の鐘も、間断なくガンガンと打たれ、あげくは葬祭用の大砲までが持ちだされて、ドンドンと火を吹いた。音の洪水が、怒涛のように街をめぐった。
それらにメロディもテンポも、リズムもへったくれもありはしなかったが、それら全てが歓喜の代弁者。
だから皆が、心をひとつにし、同じ調子で拳や万歳の手を、空へ突き上げた。
普段はヤル気も元気もない、道端のバイオリン弾きも、このときは溢れる感情そのままに弓をかき鳴らし、バイオリンケースは既に、器が見えぬほどゴールドコインを溢れさせ、積もらせていた。
商業地区でも同様。
普段はドケちで有名な酒場『ボッタクリンリン』でも、
「今日ばかりはただ食い上等! ただ酒飲みコイコイだ! お前らもう死んでるんだから自重せず酒に溺れ死ね!」
と、太った親父が太鼓腹を叩いて大盤振る舞いを宣言すれば、しかしそれに嬉々として飛び込んでいく死者たちも、
「ヒャッハー!! 財布ごとくれてやるぜクソオヤジ! おまえこそ死んでんだから安心して金に溺れ死ね!」
と、こっちもこっちで大盤振る舞いだった。親父はアゴをタプタプされた。
金持ち専用の超高級ブティック『ジョンブルジョワーノ』でも、似たような応酬だった。
ザマスメガネをかけた金金キラキラ毛皮フワフワの女主人や、タキシードをきた顔色グリーンのゾンビ店員が、まるで雪合戦のように街へ宝石やブランド物を投げつければ、その反対。今度は一生かかっても食いつぶせないような額のコインが、死者貴族より投げ返された。
舞い飛ぶ、金と高級品。そして、それを目当てに集まってきた死者貧民が、実は一番の被害者で、彼らは合戦者の目にとまるやいなや、
「受け取れ受け取れ今日からお前は大富豪だ!!」
両陣営から金品の放火に晒され、至福の笑顔で「もうダメぽ」と戦死した。
帰りは運転手付きのリムジンだった。
さて。
「あ~~、……マジで死ぬかと思ったぜ。こっちはまだ生身なんだから、ほんと手加減してくれ」
頭に片手を当て、路地裏でドヨンと肩を落としているのが俺、ステビア・カモミールである。
さっきまで、この革命の主犯というか、英雄というか、そんな感じであらゆる場所でモミクチャにされ、必死な思いで盛り場から抜けてきたのだ。
振り返って反省。
そもそもの間違いは、お嬢様が呼び寄せた『Arcadia戦姫ニュース』の取材員の向けるカメラに、ポーズをキメまくったことだろう。
あれが、死者帝国を含めた全国放送であることを、すっかりと忘れていた。
ジャック・オ・ランタンが誤って落としたランプで燃えちゃった(燃えちゃった♪)ベンダシタイナー城。
その城前で最後に、集合写真の格好でみんなで記念撮影し、取材員が引き上げ、さぁ解散となった瞬間から、俺はエライ目にあった。
いきなり襟首を掴まれて「ふぇ?」と思ったら、パンパアスのノリでそのまま胴上げが始まり
「うおおおステビア万歳!!」「青髪メイドわっしょい!」「俺娘万歳!! 勇者万歳!!」
「ちょ!? お前ら降ろせ!!」
悲鳴は歓声にかき消され、城からレストランまでの長い道のりをポンポンポンポンと運搬され、とある店内の席に降ろされた瞬間、
「こちら1億歳シードラゴンの極上キャビアとフェニックスの虹色リブアイステーキになります当店の最高級メニューです是非とも救国の勇者であらせられるステビア様にご賞味をえ~そして今度はバミューダトライアングルで捉えた体長3000mクラーケンの剛脚を100年リンゴのビネガーでカルパッチョに仕上げた以下略」
味も何も分からんまま次々に口に料理をブチ込まれ、噛む間もなく再び胴上げ運搬。次に降ろされた場所はパブであり
「この酒は魔王エルヒガンテ様から特賞を頂いたアダムとイヴで有名な禁断の実によるサワーでございます是非ともステビア様にはテイスティングのほどをさてさて今度は世界中の錬金術師が探し求めた賢者の石をセイレーンの水に溶いた幻の名酒エリクサーですどうか以下略」
肉を噛んでいる最中の口に甘ったるい炭酸酒や甘い水を流し込まれ、そして飲み込むまもなく再び胴上げ運搬。今度はブティック。
一体これはなんぞと目を回しつつもモゴモゴやってたら急にマッハで身ぐるみ剥がれて
「ブー!!!(きゃぁああ!!!)」
と叫びつつ口のものをブチまけたら、スタイリストと思しきモミアゲ全開のゾンビがクネクネシャナリとやってきて
「あばばばばばばば!(まぁこんなプリティー&スウィーティーなガールが今回のヒーローなのん♪? いいわ、アタシの超絶トロピカルなハイハイハイセンスで、このネクロポリスのキュートなヒーローをスペシャルにスタイリッシュにコーディネートしちゃうわん♪)←なぜか理解できた」
そのまま暴風のような勢いで髪をカットされ、シャンプーされ、トリートメントされ、セットされ、体をエステされ、ネイルを手入れされ、隅々までピカピカになったと思うや、すぐさまリボンだらけの水色のパーティードレスを着せられ、花塗れのカチューシャをセットされ、カカト高すぎなブーツ履かされ、あれよあれよで本気でグルグルグルと目を回していたら
「あばばばばばばば!(ディモールト! ディモールトグラッツェ! ステキよ! あう!(奇声気味に))←やっぱりなぜか理解できた」
スタイリストゾンビのオカマっぽい小さな拍手で我に返ったら、目の前には自分でさえ赤面してしまうような超絶美少女が! 具体的にはフィナンシェお嬢様を鼻血で即死させかねないレベルの――――って
「これ鏡か!?!?!?」
で、その好機を逃さず逃亡してきました。その背後には
「あばば!(いってらっしゃいシンデレラ! その魔法は12時で解けないから大丈夫よ! あう!(奇声気味に))←不思議と理解できた」
と声がかけられた。
さて。
運搬場所がブティックだったのは幸い。
こうして逃げてこられた理由は、お着替え場所まで踏み込んでくる輩がいなかったタメである。
死者は礼儀正しいらしい。
そして、今に至る。
俺は一息つきつつ、そのぶっ飛んだ街の浮かれ具合を、路地裏からコッソリのぞきこみながら、「本気でベルゼブブは人望なかったんだな」と、呆れ笑いをしていた。
なにせ最初。美少女四名、カエル一匹という、攻城にしてはあまりにもフザけたメンツで、城前の門兵に『ベルゼブブに宣戦布告にきました』と笑顔で言うや否や、彼らはいきなり持っていた武器を掘りに捨て『やったーあなたがあのフィナンシェ様にお仕えしているステビアさんですね!? どうぞどうぞどうぞやっちゃってください! あのスカトロの城荒らしちゃってくださいヤッフーイ!』なのである。
以下略。
その後の流れは、たぶんニュースで報道されるだろうし。
さて。
バルバドスから道中に聞いた、ここの支配者であるベルゼブブの話は、確かに胸糞悪くなるほど最低だったが、それでもここまで、国民総出で嫌われているのを全身全霊で実感すると、流石の俺も気の毒――
には全然ならなかった。
なにせ、情報収集の潜入捜査段階で、サングラスで正体隠しつつ(今考えたらスゲー怪しい。みーみまでサングラスだったもん)ネクロポリスの酒場で聞いていたベルゼブブ伝説がこれである。
『あのスカトロ貴公子! うちの娘の縦笛を放課後の教室に忍び込んで『ワーデル!』とか言いながらケツに突っ込みやがったんだ! 許せねぇぜ』
もうこの時点でベルゼブブは俺の中で死刑確定したのだが、彼の武勇伝はそれに留まらない。
『それにしても今日みたいな特製カレー曜日『ベンデルカレーの日』は廃止してくれんもんかの。なんでカレーに肥溜めから大さじ一杯いれにゃイカンのじゃ。あんなもの食えるか。今日はワシの命日(死者の誕生日)じゃと言うのに、大好きなカレーにクソが入っとるとわの。くえんわい』
このとき、カレーを注文して半分ぐらい食ってたバルバドスの目は死んだ魚の眼になっていた。カエルだけど。
『ベルゼブブがここの支配者になってから、城の宝物全てを下水室に移動したよな。今頃便所の臭いが全部うつってんじゃないのか。特に貴重なものはハナがもげるような地下金庫に保存したらしいし』
そのときティラミスは、「ダージリン修道会の『グリモア』大丈夫やろか」と額に青線を落としていた。彼女の教会か何かの名前だろうか。
『反面、あまり重要視されていない人質は、結構清潔な牢屋に入れられてるらしい。ベルゼブブ的には劣悪な部屋らしいが』
安堵の様子を浮かべているバルバドスの頭を、みーみがヨシヨシと撫でていた。ウ○コカレー食った事実はみんなのヒミツです。
『アイツその他にもな、『ひょっひょっひょ。今夜はこのダッチ○イフで姫君とスカトロプレイの予行演習するザンス』とか言いながら、赤いツインテールの等身大人形を担いでいったらしいぜ。あれ絶対フィナンシェ様がモデルだよな』
このとき向かいに座っていたサングラスのフィナンシェお嬢様は、「決めた。パパに100叩きも追加してもらうわ」と呟きながらスマホを操作していた。
祭りの騒ぎは収まるどころかいよいよ佳境。
バルバドス新国王就任の、盛大なお祝いパレードを始めるそうだ。
たぶんお手玉だろうな、と、路地裏でその情報を聞いていた俺は思った。
「ここまで騒ぎが大きくなる要因は、ベルゼブブの悪評ばかりがそうではなく、バルバドスの人望の厚さも要因でしょうね」
歌うような美しい声音。
振り返ると、後ろに数十羽のコウモリがバサバサバサと集まって人形を造りあげ、
「あとは明日早朝に行われる1対1の決闘でバルバドスが勝利し、いまの印象をより強固にすれば」
やがて血色の髪とルビーの瞳を持った美しい魔王の一人娘――
「ネクロポリス国王としての地位は磐石のものと――」
フィナンシェお嬢様の立ち姿になって俺を目にした途端に鼻血を召されて倒――
「お、お嬢様!?」
慌てて抱き止める。彼女は悲劇のヒロインのように哀切な表情になって
「なんてことかしら私のステビア。私がほんの少しばかり目を離した隙に、さらにその可愛さと可憐さに磨きをかけてくるだなんて、果たして貴方は私を殺すつもりなの?」
「幸せそうな顔で鼻血出しつつ恐ろしいことを呟かないでください」
「ああ、もうダメだわ。これはもうダメ。視界が霞んで音も曇って聞こえてきたもの。死が近いわ」
「ええ!?!?」
「さぁ早くステビア。主の危機よ。一体何をしているの。早く『ステータス画面』を参照して貴方のなすべきことを知りなさい」
「え!? あれお嬢様にも見えてるんですか!?」
「細かいことは良いのよ。それより私が死んでしまいそうなのよ。早く参照しなさい」
光の線が空を疾走する。
名前:フィナンシェ・エルヒガンテ
職業:魔王の眷属(ブリージング・アブソリュート:生ける絶対)
LV:53万
HP:1(瀕死) MP:無限
装備:宵闇の翼
解説:魔族最強にして魔王エルヒガンテが溺愛する一人娘。その強さは圧倒的と言うより決定的。最愛の召使の不意打ちドレスアップで現在萌え死寸前。責任取りなさい。具体的には二度目のキスとかで。変態。バカ(実質的な意味で)
俺はもはや突っ込まずに言う。
「あ、あのお嬢様! 今みーみがいないので無限回復ができないんです!」
そういえばさっきのモミクチャのせいでハグレテしまっている。泣いてないか心配だけれど、今は瀕死のお嬢様を何とかしないと。
「大丈夫よ私のステビア。HP回復とか、そんな瑣末は自分で何とかするから。全快復とか余裕」
「え」
「そんなことよりも早くなさい。私が死んでしまうじゃない?」