9.1:前夜に占う新旧国王決闘の結末
ネクロポリスに夜の帳が降りた。
夜空には無数の星がウソみたいにきらめき、中天にはニヤケづらの満月が、ピカピカの歯をキラリとさせている。比喩ではなく濃い人面してます。
ジャック・オ・ランタンの落としたランプにより、真っ黒に焼きあがった『ベンダシタイナー』城。その手前にある広場には、パンパアス達の捨てた武器を薪とした、大きな篝火がたかれている。
その明かりに照らされながら、ミツマタの愛槍『おじゃまたくし』をヒュンヒュンと振り回しているのは、ネクロポリスの新国王、バルバドスである。
彼は明日のベルゼブブとの決闘に備え、寸暇を惜しみ、昔の勘を取り戻そうしているのだ。
もちろんそれは、魔王軍72柱に名を連ねていた頃の勘である。
彼の娘ケロンは、『パパの練習が終わるまで起きている』、と気合を入れていたのだが、今では篝火のそばのバルバドス夫人――エカエリーナの背中に負われ、スヤスヤと寝ている。
城が焼けてしまったから国王一家は無宿、というわけではない。街にはバルバドス一家を迎えるための宿がきちんと用意されているのだが、バルバドスがケロンを『ケロリ~ン、コロリ~よ~』とベッドに寝かしつけても、その後、時々目覚めるケロンは、視界内にバルバドスがいないと必ず飛び出して、ピョンピョンとここにやってくるのだ。だからエカエリーナは、仕方なくこうして娘をおぶり、今も広場に残っているのだ。
囚われていた時は随分と聞き分けが良かったらしいので、今その反動がきているのではないか。エカエリーナはそう言って笑っていた。
俺はといえば、同じ広場の少し離れたところで、ティラミスと共にいる。
彼女が、以前にステータス参照魔法『ミルミル』でコッソリと入手した、ベルゼブブの『ステータス画面』を二人して見上げているのだ。
さてそれは。
名前:ベルゼブブ・ベベンベ・ベルナディス
職業:なし(スカトロ貴公子:スカトロマスター)
LV:62
HP:5200 MP:1300
装備:禁・刺突剣『ヘクソカズラ』
解説:魔王軍72柱の1柱にして、『蝿の帝王』と畏怖される悪魔王の一柱。身体から放たれる耐え難い臭気と、伝染力の凄まじい雑菌で神々を戦わずして退却させた経歴がある。この状態異常範囲攻撃が持ち味だが、実はフェンシングの腕も一級で、タイマン戦で天使長ミカエルを破った過去がある。クソ(多角的な意味で)
夜空に描かれたベルゼブブの『ステータス』が、フワっと溶けるように霧散したあと、
「で、こっちがバルバドスはんやな」
ティラミスが手を掲げると、再び光の線が空を疾走して、新たな『ステータス』画面が頭上に描かれた。
名前:バルバドス・ゲロッパーズ
職業:ネクロポリス国王
LV:25
HP:2500 MP:100
装備:トライデント・スピア『おじゃまたくし』
解説:ベルゼブブの横暴を見かねた(?)魔王エルヒガンテより、急遽ネクロポリスの国王に任命されたかつてのネクロマンサー。魔王軍72柱に名を連ね、勇敢に戦場を跳ね回ったこともあったが、幼馴染と身を固めてからは一線を退き、すっかりと丸くなった。これからは家族と国民を幸せにするため、日夜跳ねまわる所存。バカ(真性的な意味で)
俺は腕を組んで「ん~」と唸った。そして チラっと横目に見ながら問いかける。
「バルバドスとベルゼブブって、レベルが2倍以上も違うんだな。正直、これまっとうに勝負したらかなり分が悪くないか?」
スカトロ貴公子と呼ばれていようと、やはりベルゼブブは現役の魔王軍72柱の1柱。参照したステータスは、悪魔王に相応しい強さと言えた。
かたや、バルバドスの方もかつては悪魔王の一柱だったらしいのだが、現役を退いて久しいせいなのか、悪魔としての強さは中の上程度である。差は歴然としていた。
最も、ベルゼブブとバルバドスの力が拮抗しているのならば、彼の妻子が牢屋に入れられ、『シンドルワー』の森であのような事を強要されることも、なかったのだろうけれど。
ティラミスは頷いた。
「うん。このまま勝負したら、バルバドスはん分が悪いどころの話やないな。ベルゼブブ相手には、数分ももたんやろう」
やはりそういう見立てになるだろう。
俺は足元でスヤスヤ眠っているみーみを見下ろしつつ、嘆息した。屈みこんで、そのフワフワの身体を撫でる。みーみはムズがるようにムニュムニュと言った。クスリと笑いながら思う。さて一体、フィナンシェお嬢様はどこに勝機を見出して、明日の決闘を用意したのだろうかと。
「せやけど、まっとうに勝負したらわからんで?」
「わからない?」
少しばかりの期待とともに、俺は彼女に振り返る。
「それってどういう意味だよ?」
焚き火に照らされたティラミスの顔は、意味深に、ニィっと八重歯を見せて笑っていた。
「これまでの流れにヒントは出してあるから、考えてみ? あとは、バルバドスはんが何であり、ベルゼブブが何であるか。それを考えたら、ウチのいう意味が分かると思う」
まどろっこしいな、とも思ったが、けれどもその表情から先に、何かバルバドスに勝算めいたものがあるに違いないと、そんな期待を抱かされた俺は、せっつかずに考えて見ることにした。
ここまでの流れ。バルバドスが何であり、ベルゼブブが何であるか。ふむ。
「勝負が分からないも何も、他ならぬこの私が今回の決闘を企画した時点で、結果は決まっているも同然よ」
歌うような声に振り向くと、いつの間にか後ろで、フィナンシェお嬢様が、真っ赤な酒を満たしたグラスをあおりながら、夜空を見上げていた。
そうだった。
肝心なことを忘れていた。
フィナンシェお嬢様がコチラ側についている以上、何も不安はないのだ。
絶対に、100%、大丈夫だと。そんなことを言っていた。
ぬか喜びならぬ、ぬか不安。
俺は安堵しつつ、立ち上がって問いかける。
「今回の決闘、お嬢様に秘策があったりするんですか?」
彼女は、ハァっと少し官能的な吐息をついて、グラスを口元から下げた。
そして流し目を向けてくる。
「いいえ。私はバルバドスとベルゼブブの決闘に対して爪の先ほども干渉しないわ」
倍以上のレベル差があっても、助力なしで大丈夫だとお嬢様は言う。
すると、バルバドスには何か秘められた力でもあるのか。
あるいは、ベルゼブブには隠された弱点でもあるのか。
俺は耳を傾ける。
「そしてこの決闘の勝者はこのフィナンシェ・エルヒガンテの名において予告するけれど、」
血色の髪を流し、そしてキッパリとこういった。
「蝿の王ベルゼブブよ」




