7:仁義なき魔界
―― ど う !
その重たい衝撃は、デザートがネクロポリスに到着した瞬間に全身を襲った。
比喩でなく、直撃である。
その厚みと重みを伴った拒絶は、部外者を排除するための魔力障壁への衝突に他ならない。さながらガラスにぶつかった夜光虫のようにへばりついたあと、デザートは障壁をズリズリズリと滑り落ちてシンドルワー平原に墜落した。
そしてその様を、おもむろに見上げる骨がある。
「ガクガクガク? また軽々しく転送アプリで戦死者が来よったか。やれやれ、これではケロニカ女王も幾つ身体があっても足りんな。ガクガクガク」
ネクロポリスへの入国管理局警護を務める、スケルトンソルジャーにしてバルバドス親衛隊の隊長たるコシイタシは、遥か上空から降ってきた少年魔王デザートに目を止めると、よっこらせと椅子から腰をあげて歩み寄った。
そして、平原に頭から刺さってる彼の足を掴み、大根でも引っこ抜くように引っ張る。
「ガクガクガク。ええいもう。野良作業は腰に堪えるから年金返上してシルバー派遣ソルジャーやっとる言うのに。ぬぐぐぐ。まさか親衛隊長になってまで大根抜きの真似事するとは思わなんだわ」
ぐ き
「びゃああああ!?!!?!?!? コシイタシ!!!!!!」
ぶっ倒れてびくびく。悶えるスケルトンソルジャーのコシイタシ。名前からして呪われているのは魔物のお約束である。ともあれ、彼の腰を尊い犠牲に立ち上がったデザートは、引っこ抜かれた自分とぶっ倒れているスケルトンという状況から事態を察して、年老いたスケルトンを助け起こした。
「大丈夫か老骨の剣士よ? なんかすごく腰が痛そうだな? 湿布持ってたら張ってやるぞ」
「ガクガクガク。やーすまんなお若いの。最近ヘルニアが酷くてな。面倒かけるが椎間板のとこに一発バシーっと……じゃなくじゃ!! お前!!」
ビシ! と指を指す。
「ネクロポリスへの住民申請は順番を守らんか!!」
お爺ちゃんは最後の威厳を守り通した。さすがは親衛隊隊長である。
コシイタシは乱れた鎧を整え、ずれた兜をかぶり直し、姿勢も正す。そして「順番? そんなのあるのか?」と首をかしげるデザートに、「ほれ、あそこが入国管理局への列じゃ」と真後ろを指さした。
魔王は振り返る。
そこに、大蛇がいた。
否、そう見える長蛇の列である。
長い。
実に、長い。
その最後尾は、見晴らしの良いシンドルワー平原にあって、地平線の遥か彼方に消えている。
デザートはポカンとなった。
あり得ない。
絶対にありえない。
なんだこれは。なんなのだこれは。これはどういう事態だ。何故、何故こんなに、一挙に死人が出ているのだ? こんなのまるで戦争中ではないか。
二の句を告げないでいる様子のデザートを見て、これは心外だというようにコシイタシは言う。
「ガクガクガク。なんじゃな。お前さんは魔界戦役の死者じゃないのか?」
「魔界戦役?」
「なんと、魔界戦役すら知らんときたか!」
話せば長くなるのか、コシイタシはその場にゆっくりと腰を下ろすと、デザートにも隣に座るよう『とんとん』と地面を叩いて促した。魔王は言われた通りにする。
ゴホンとコシイタシは咳払いし、そして、まるで弁士が古い物語を歌うような節で語り始めた。
「ガクガクガク。最後の魔王たるデザート様が失踪して今日ではや1000年! 絶対の支配者を失った魔界は再び混沌の世となり! 悪魔王たちが血で血を洗う群雄割拠の……ん? なんじゃなお若いの? まだ『コシイタシ作:仁義なき魔界』の第一節の初っ端なんじゃが」
デザートは堪えた。辛うじて堪えた。高らかに笑いあげ、オレ様こそ魔王デザート様だと名乗り上げたかったが、堪えた。なんかこのお爺ちゃん相手だと事態がややこしくなりそうな気がしたのでここは堪えた。「いや悪い。続けてくれ」とデザートを言う。するとコシイタシは再びゴホンと喉をならし、続きを歌い始めた。
「悪魔王たちが血で血を洗う群雄割拠の世が幕を開けた! 『魔王は既に死す! 我こそが新たなる魔王なり!』 始めに鬨の声をあげたる悪魔王ザイアーク! 彼に従う魔物は海千山千の猛者ばかり! 第一の戦火はコワイホラー山脈の」
長いので要約する。
魔王デザートが爆眠中に魔王が死んだという噂が魔界に流れ、悪魔王たちが次期魔王の座を巡って争うようになり、近年はその戦死者が急増したと言うことだった。
8時間後。
「……さても魔界は無慈悲なり! 後に残されしは妻と幼子! 帰らぬ夫に思いを馳せて! 『ああ魔界戦役よ、私の愛しいホネゾウ様をかえしておくれ』 愛妻ホネミは涙にぬれて暮らす日々であった!」
パチパチパチパチ。デザートは全力で拍手を送った。たぶん他の魔物ならば100%眠っていただろうが、彼は最後まで目をキラキラさせていた。感動した。コシイタシも大満足だった。ここまで熱心に己の唄を聞いてくれたのは人生で初めてだった。
「すげーな爺ちゃん!! オレ様は感動した!! こんな面白い物語は初めてだった!!」
「お~!!!、お前さん若いのによく分かっとるな! こういうのいけるのか!!」
「ああ!! 特にスカルナイトのホネゾウが自分の鎖骨で作ったホネ脇差一本でダストン城に乗り込むトコとか鳥肌ものだった! 『我が身を削った切れ味とくと知れ。我が骨密度はオリハルコン!』の決め台詞も最高だった!!」
「ふっふっふっふ~、実はこの『仁義なき魔界』には外伝『帰ってきたホネゾウ』があるんじゃが……」
「聞きたい聞きたいすっげーー聞きたい!!!」
目をキラキラさせて前のめり。思い切り食い気味のデザートである。
コシイタシは想像を超える熱意を受け、呆然となり、このレアな若者のキラキラする目を半ばショック状態で見ていた。長らく歌をやってきたが、ここまで熱烈なリスナーは初めてなのである。
やがてコシイタシの空洞の目にジワリと涙が浮かんでくる。
彼の肋骨の胸に、熱いものがこみ上げてきたのだ。
グスンと洟をすする。
コシイタシは振り返る。
妻に先立たれ、息子夫婦には邪魔者扱いされ、孫には『コシイタシの腰痛しww』とバカにされ、いまだローンの残る家に居場所がなかった。ネクロポリス入国管理局でも、若い者には目の上のたんこぶ扱いされていた。口うるさいジジイだと思われていた。己は親衛隊隊長と言いながら、その実はただの国境警備。ていのいい厄介払いである。彼の人生は灰色だった。むろん、己の趣味たる吟遊詩の理解者など望むべくもなかった。
しかし今日この日、ついに彼の人生は報われたのだ。
長きに書き溜めた『仁義なき魔界』をついに話しきった。
それを心から楽しみ聞いてくれる友に巡り合えた。
「なぁ、もしかして腰が痛いのか? 大丈夫か? オレ様が薬を探してきてやろうか? さっきの物語の礼だ」
心配そうに気遣ってくれるデザートを見て、ハっと我に返り、コシイタシは喉を鳴らす。
「ガクガクガク。いや、失礼。年を取ると目が乾きやすくてな。大丈夫じゃ。このコシイタシ・ギクスタン、まだまだ老いるには早い。それでは始めよう。『帰ってきたホネゾウ』」
パチパチパチパチ。デザート全力拍手。もしもタルトがいたらしばき倒されている一瞬である。
「ガクガクガク。さても魔界は非情かな! お尋ね剣士に帰る里なし! 愛するホネミの編んだ手拭握りしめ! 今日もホネゾウに寒風が吹きすさぶ! 今宵の宿はオークの巣か! 早くも香る血風の気配! またも唸るかホネゾウのわk」
3 8 時 間 後 。
「『ホネゾウ様! よくぞ御無事で!』『おお、ホネミよ泣く泣くな。どうか笑ろうて迎えてくれ』 痩せた妻の肩を抱き! 夫はついに脇差おろす! 数多の戦を潜り抜け! ついにホネゾウの長き旅に! 真の終止符が打たれたのであった!」
パチパチパチパチ。
パチパチパチパチ。
デザート全力拍手。
そして号泣。
一方のコシイタシはいつの間にか立ち上がり、ホネゾウになり切って架空のホネミを抱きしめていた。やった。語り終えた。万感の思いで語り切った。大満足だった。一回死んでるが、もう一回死んでも良いとさえ思えた。デザートと熱い握手を交わす。何度も交わす。良かった。実に良かった。タルトがいたら半殺しだった。
しばし二人は平原に寝転がって休憩する。互いに一つの冒険を終えたかのように疲れていた。すでに二日目の夜は更け、シンドルワー平原の空には満天の星が瞬いている。
「ガクガクガク。そういえば。聞きそびれていたんじゃが、お前さん名前は?」
デザートは、美しい夜空にホネゾウの雄姿を夢想しつつ答える。
「デザートだ。デザート・エルヒガンテ。格好いいだろ?」
「ふっふっふっふ。こりゃ驚いた。まるきり死した魔王様と同じじゃな。……しかし、まだ若いのに死者とは気の毒じゃな。さっきの様子じゃと、魔界戦役とは別の理由でネクロポリス行きになったようじゃが、話してくれんか?」
問われて、デザートは頷いた。そして己が魔王いうということだけは伏せて、タルトやエクレア、ローゼンといった名前はそのままに、成り行きを話した。
眠っている間に、家族が自分を見限っていなくなったこと。ひとりだけ、大好きな友達だけが自分を守るために残ってくれたこと。二人で一緒に、大事な旅をしていること。途中で、天使の危機を知ったこと。彼女を助けるために多くの魔草達が命を投げ出したこと。自分も、彼女を救うために死者になって、ネクロポリスで助ける方法がないか探しに来たこと。これらのことを、デザートは正直に話した。
そして、今なお地平線の彼方まで続く入国待ちの列を一瞥し、溜息をつく。
「まぁ、そんな経緯でここまで来たんだが。しかし参ったよな。あれだけ順番待ちだと何1000年待ったら……ん? どうした爺ちゃん?」
反応がないなと思って目を向けたら、コシイタシの空洞の目から滝のように涙があふれていた。
「な、な、なんちゅうこった! ガクガクガクガク。天使のために命を投げ出す魔族とか、は、は、反則じゃわい。ガクガクガク」
お爺ちゃんの涙腺はゆるゆるだった。魔物もこの年になると自己犠牲モノに弱いのである。
ともかく、キョトンとしているデザートに気付いた彼は、目をゴシゴシとこすり、しばらく思案気に腕を組んだ。
そして何かを言いかけて、やはりやめて。
しかしまたデザートに手を伸ばし、それをやはり引っ込めて。
再び腕を組み、何かブツブツと呟く。
そしてようやく得心が言ったのか、よし、と頷いてデザートの方を向いた。
「お前さん、いや、デザートや」
なんだと魔王は答える。
「さっきの吟遊詩二本立ての礼として、一つ頼まれものをしてくれんか?」
言って、コシイタシはスマホを差し出してきた。




