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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第2章:ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪
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7:産地直送、愛媛みかん?

 ダージリン修道会は、レッドホットチリペッパー砂漠のなかごろにある教会を本部とした、大天使エクレールのグリモアを崇める信徒の組織である。


 グリモアとは、特定の悪魔や天使について賛美した魔法書の一種であり、グリモアの示す悪魔や天使から公認を受ければ、それらの魔術や奇跡の一部が執行可能になると伝えられている。


 ダージリン修道会のグリモアは、ここ2,3年の間、死者帝国ネクロポリスの旧ベンダシタイナー城の地下金庫に、ベルゼブブによって封印されていたのだが、このほど。フィナンシェらの力添えもあり、ようやくあるべき場所に戻ってきたという塩梅である。


 ダージリン修道会本部、ダージリン教会の中。

 ティラミスは、その両手に余る大きな皮革製のグリモアを、大天使エクレールの祭壇へ恭しく祭って、両手を組んで祈りと報告を済ませたところだった。


 彼女はそして、誰もいない教会の中を見渡す。


 陳列された長椅子に参拝者の姿はなく、懺悔室には告解者の影も神父の影もない。祭壇横のチャーチオルガンも、長い間、その奏者を欠いていた。


 うらぶれた聖地に、自分ただ1人。


 彼女は静かに口を開いた。


「……ただいま」


 と。

 声は沁みるように消えた。

 かつては数十人と教会に詰めていたシスター達も、いまは自分一人だけ。後はみんな、聖職者のローブを脱ぎ捨てて、この住みにくい乾いた地を離れてしまった。


『ちょっと実家でパパの調子が悪くなったから』『幼馴染から結婚を迫られたから』『家業を私がやることになったから』『なんとなくそういう気分だから』『レッチリ無理』

 エトセトラ・エトセトラ。


 聖職者達は場都合悪そうな顔をしつつも、歯切れの悪い理由を口にして、1人、また1人と消えていった。

 ティラミスは何も言わず、ただ、『さいか。ほな、気が向いたらいつでも戻ってきいや』と、気さくな笑顔で送り出すだけだった。


 もちろん、シスターたちの本心は知っている。

 けれども彼女達を責める気持ちは、ティラミスには毛頭ない。


 レッドホットチリペッパー砂漠の気温は、日中は50度を超え、夜は氷点下を下回る。比較的過ごしやすい明方、夕方の時間帯は危険な魔物が徘徊し、砂の海には、その時間帯に出歩いた人間たちの亡骸が、数多く埋もれている。


 つまりここは、おおよそ人間の住みつけるようなところではないのだ。


 そんな場所のどまんなかで、ほとんど奇跡の力が失われた、大天使エクレールのグリモアを守り続ける。

 そんな酔狂は、自分ただ一人で良い。

 誰もこんな貧乏くじを、大勢で引く必要はないのだ。

 ティラミスは常々そう考えていた。

 だから、さっきの『ただいま』の挨拶だって、出ていった同僚シスター達を寂しく忍んでかけたのではない。この教会そのものに対してかけたものなのだ。しばらくとはいえ、無人にしていたこの教会に。


 ――ウチは、帰ってきたよと。


 ティラミスは感慨深そうに、グリモアの表紙を撫でた。


「大天使エクレールの力が込められたグリモア……。むかしはこれにも雷を呼ぶぐらいの力があったんやけれど、今では魔法効果の延長ぐらいしか力がないしな。それやってバルバドスはんぐらいにしか使わへんかったけれど、もうその必要さえなくなった。今となっては古いだけが取り柄のもんになってしもうたか」


 彼女は祭壇奥の、美しいと言うよりは愛らしい天使像を見つめる。大天使エクレールの彫像だ。


「これやったら、ダージリン修道会が廃れてもしゃーないか」


 寂しそうにではなく、あくまで陽気にティラミスは笑った。そしてその彫像に語りかけるように、ティラミスは言う。


「ウチの世代だけでここまで力が落ちる言うことは、エクレールはん、天界でよっぽどヘマしたんかな。あはは」


 天使はもちろん、何も返してこない。ただ沈黙の微笑を守るばかりだ。

 

「さて、井戸の水でも汲んでこよか」


 ティラミスは言って、きびすを返した。

 古びた木の床を軋ませつつ、彼女は呟いた。


「ウチが出ていっとる間、ポン太のヤツ大丈夫やったやろかなぁ? どこかで行き倒れてまたビックンビックンしてる言うことないやろか」


 かつての知り合いを少しばかり危惧しつつ、教会の外に出た。


 朝焼けの空はスミレ色に染まり、砂漠はオレンジ色に輝いていた。

 気温は少し肌寒い程度で、十分に過ごしやすい。

 ティラミスは、乾いた風を浴びつつウンと伸びをし、一日の力を蓄えるべく深呼吸する。

 久しぶりの教会だ。気合も入る。


「よし! まずは大掃除や!」


 と、そこで、スマホがメール着信を知らせてバイブした。

 彼女は、修道衣の袖から取り出して、メーラーを立ち上げる。

 ステビア・カモミールとある。

 ティラミスはその名前に苦笑した。


「ここまで来たら根性やな~ステビアはん。せやけど、ウチはもうフィナンシェはんのところには戻らへんで? さぁ、今回はどんなネタでうちを釣るつもりや?」


 言いつつも、ワクワクと新着を開いた。



 差出:ステビア・カモミール

 件名:もうお嫁に行けません

 本文:ネコの教育間違えた。・゜・(ノД`)・゜・。



 ティラミスは画面に顔を寄せ、


「なんやこれ?」


 と眉根も寄せた。


 そのとき、背後の方でキィインっと耳鳴りのような音がした。


 なんだろうかと思って、おもむろに振り返れば


「  こ の ま ま で は 直 撃 コ ー ス  で す マ ス ト ビ ー ー ー ! ! ! ! ! 」


 という、ちょっと舌足らずな可愛い悲鳴と共に、何かが落雷のような勢いで教会の屋根を突き破っていった。


「あ」


 と思うまもなく、ドンガラガッシャンドテンパンドンバーーーン!!! という派手な音が教会を揺らし、ティラミスは思わず両耳を塞いで目も閉じた。


 ガチで何かテロかミサイル攻撃かと思った。


 恐る恐ると目を開ける。

 教会の屋根に空いた穴――といっても壁との境界付近で見える位置――が、ある形をクッキリと描いていた。


 見事なぐらい堂々とした、大の字の人型だった。


「……」


 ティラミスは、

 その元気よく開かれた両手両足の形を見上げてから、

 まず冷静にこう思った。


 な い わ 。


 そして全身から急に発汗した。

 いや、100歩譲って空から叩き落されたとしてももう少しマシな直撃体勢あるやろ。例えば膝を抱えるとか両手で頭を守るとか。なんでそんなコテコテなやられポーズなわけ。狙ってんのか? 狙ってんのかそれ?


 呆然と立ち尽くしていたら、ゴソゴソガサガサと音が響いてきた。


 ティラミスはそこで我に返る。


 そして思考。


 上空からの教会襲撃。

 そしてそれを顕示するかのような直撃跡。


 まさか、魔物か?


 そんな思考がよぎった時、ゴクンと喉が鳴った。パっと手持ちの物を確認する。武器らしい武器はない。ネクロポリスを離れるとき、バルバドスよりもらった魔法用の触媒は教会内だ。

 どうする? 一旦逃げるか? いや、この時間帯、レッドホットチリペッパー砂漠は危険な魔物が徘徊している。教会から離れるのは自殺行為に等しい。


 ――それならば。


 ティラミスは覚悟を決めた。


「よ、よし! こうなったら、ウチが教会で武器を手に入れるか、それまでに敵に襲われるかが勝負や!」


 彼女は袖をまくり、気を引き締め、教会の入口へと向かった。 


 ティラミスが扉を開け、恐る恐ると教会の中を覗きこむと、空気が淀んでいた。

 ――動きのあった気配だ。

 周囲を見渡す。

 侵入者の姿はない。

 ならばと耳を澄ます。

 音もしない。

 ――どこからか自分を狙っているのか?

 もう一度慎重に見渡す。すると、二列に並んだ参拝者用の長椅子。それに挟まれた、祭壇に通じる中央通路、その真ん中ぐらい。

 そこの木の床が、大の字に陥没している。


 ――――あそこに落ちたか。


 ティラミスは足音を忍ばせて、教会の中に入る。

 そしてそのまま慎重に、一歩ずつ、一歩ずつ。

 穴の空いた場所まで抜き足差し足忍び足で進んでいった。


 冷静に考えればあの直撃、ただで済むとは思えない。

 なにせ豪快な大の字だし。


 ――もしかしたら、穴で気絶しているかも?


 楽観思考だとは分かっている。

 けれども、自分の弱気がそれにすがり、

 好奇心が穴をのぞけと、自分に命令する。


 穴の縁まで辿り着く。

 

 そ~っと、のぞく。


「……」


 ――――いない。


「てことは、やっぱりどこからかウチを狙ってるんか?」


 ティラミスは顔上げて再び周囲を見渡した。

 教会内は狭くないが、造りはシンプルである。隠れる場所はそうそう無い。

 出入口も一つだけだから、間違いなく『アレ』はここの中にいる。


「まずは何を置いても武器や」


 彼女は自分に言い聞かせるように呟いて、魔法の触媒をしまってある祭壇の方に、慎重に歩みを進めていった。


 ――――で、


 ダン  ボール  発   見  ! !

 

 祭壇の前で、『愛媛みかん』とかかれたダンボール箱が、カタカタと震えていた。


 ティラミスは、その産地直送を示すラベルに全身から汗が噴き出た。


 どうしよう。気付いたことを気付かなかったことにすべきか。このままやり過ごし、自然に振る舞うべきか。あるいは、『み~つけた♪』とか言ってスッポリとそれをオープンするべきか。あるいは礼儀正しく『入ってますか?』とノックすべきか。必死で迷った。

 うろたえてたら、囁き声が聞こえてきた。


「大丈夫ですエクレール大丈夫です。バレてないですきっとバレてないですマストビー。愛媛みかんのダンボールが教会にあったってシスターさんは気付かないですマストビー。産地直送は無敵ですメイビー。エクレール落ち着くのです。落ち着いて素数を数えるのです。……2 ……3 ……5 ……7 ……9?」


 ティラミスは思った。


 コ  イ  ツ、  ウ  チ  を  な  め  と  る  。


「9は素数ちゃうわ~~!!!」


 叫びつつダンボールをガバっと取り上げると、中で丸まっていた影がビクンと震えた。

 あらわになるその全容、果たして正体や如何に?

 そうしてティラミスはそれを直視し――、

 息を呑んだ。


「――――」


 そこにいたのは、栗色のミドルヘアーを持った少女だった。


 ただしその肌は透き通るように白く――、

 淡い光を放つ全身は――、

 ミルク色の羽衣に柔らかく巻かれていて。

 そして何より、その丸まった背には、

 ――純白の大きな片翼が、一枚。

 

 ――――ま、まさか……。


 驚愕しつつも、改めてティラミスが、少女の頭頂部を見れば、そこに確かに、


 ――光輪エンジェルリングが浮かんでいた。


 念のためにと、少女と祭壇奥の彫像を見比べる。

 そして確信。


 ――――間違いない。


 上空より飛来し、

 教会の屋根を大の字に突き破り、

 愛媛みかんのダンボールを被り、

 素数を間違えていたこの少女は、

 魔物どころか、とんでもない。

 このダージリン修道会の信仰そのものである大天使――、


 ――――エクレールだ。

  

 奇跡が目の前で顕現したことに、ティラミスは思わず膝を折って祈りそうになったが、


「大丈夫ですエクレール大丈夫です。まだバレてないですきっとバレてないですメイビー。ダンボール取られてもまだ『み~つけた♪』がないうちは、お姉様だって無効だって言ってましたしおすし食べたいマストビー」


 未だ両膝を抱いてる大天使にすっ転んだ。

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