10.1:国王バルバドス VS 蝿の王ベルゼブブ
平日早朝。その日、バルバドスとベルゼブブの決闘場であるネクロポリスの広場には、大勢の観戦者たちが集まった。
ネクロポリスの国民は店も家も空けて、事前に『決闘場』と定めて設置された、広場中央の一段高いリングの周りに群がれるだけ群がっている。
彼らは、国の命運を決めるというこの大イベントを前にし、隠し切れない緊張と興奮を、決闘結末の予想という形でザワザワと口にしていた。
「間違いない! バルバドス様が勝利だ!」「おう! あんなスカトロ暴君はオジャマタクシで串刺しだぜ!」「むしろあの鬱陶しいハネで飛んで逃げねぇか俺は心配なんだぜ!」「あばばばばばば!(ベルゼブブはくそ!)←もうなぜか理解余裕」
誰もが、国王バルバドスの勝利を口にしている。
もちろんそれらが、『そうであって欲しい』という、希望的観測に基づいたものが大半なのは、言うまでもない。
国民だけでなく、広場にはマスコミも来ていた。
『Arcadia戦姫ニュース』と書かれたカードを、首からぶら下げた報道スタッフが、カメラ、マイク、リポーターという布陣で、現場の様子を熱っぽく伝えている。どうやら全国生中継らしい。
観衆の一箇所から大きな歓声があがった。
報道スタッフのカメラがそこに向く。バルバドスが現れたのだ。
リポーターがマイクにかじりつく勢いで様子を伝える。
「ただいま決闘者の一人、国王バルバドスが現れました!」
どうやらマイクはスピーカーに接続されているらしく、会場にアナウンスのように響いた。
「このまま早くもリングインするようです! すごい歓声です! バルバドスコール! バルバドスコール! カエルコール! 広場全体が震えています! これはもはや観衆全員が味方と言ってもいいでしょう!」
観衆の波をモーゼのように割って進むバルバドス。
背筋をシャンとのばし、後ろ足でしっかりと進むカエルは、一日で王者の貫禄を身に着けているように見えた。
彼はリングの前まで来ると、
「よっしゃベイベー!」
と掛け声を発してから、ピョンっとカエルらしく高いジャンプでリングイン。
そして国民の歓声に応えるよう、持っていた愛槍をヒュンヒュンヒュンと頭上に回転させ、
「ネクロポリスの平和はこのバルバドス様が守るぜベイベー!」
パシっと槍を突き上げてポーズを決めると、一際大きな歓声があがった。
リポーターも熱気を煽るよう、口からツバを飛ばしてまくしたてる。あまりの熱気でゾンビ国民もいろいろまき散らしていた。
さて。
俺、ティラミス、みーみ、バルバドス妻子はそのとき、バルバドス寄りのリングサイドにいて、国王の様子を間近に見守っていた。
一応、俺達はただの観衆ではなく、言うなればバルバドスの『セコンド』という立場である。つまりは主要関係者。
ティラミスたちは、昨晩の空気とは違って、もうその表情は明るい。
「バルバドスはん! やったれやー!」「パパー! がんばってー! ケロケロ」
と、ケロンと共に、観衆のような声援を送っている。
俺はといえば、そういうテンションに水を差さないような振る舞いをしているものの、内心はくもり空のように不安に包まれていた。
それはもちろん、フィナンシェお嬢様の、二度に渡る『ベルゼブブ勝利』の予言。それが原因だ。
昨晩にティラミスと見た『ステータス画面』。そこではバルバドスとベルゼブブのレベル差は歴然としており、どう転んでもバルバドスが勝てないのは明白だった。
1,2ならともかく、2倍以上など話にもならない。
俺はだからこそ、この決闘を企画したフィナンシェお嬢様には、バルバドスが勝つと言って欲しかった。
そしたらたとえ、あのレベル差が100倍dでも1000倍でも開いていても、今日を余裕の気持ちに迎えられたかもしれない。
あるいは、それに消沈しているだろう周囲を励ますぐらいの、浮かれた調子に乗ってたかもしれない。
なのに。
至極当然のように、フィナンシェお嬢様は、『ベルゼブブが勝つ』と、そう言った。
しかも二度。
それではもう、バルバドスの敗北は決定したも同然ではないか。
どんどん、俺は消沈していく。
「大丈夫や、ステビアはん」
ハっと俯いていた顔をあげると、ティラミスが俺の方を向いていた。
「この決闘はバルバドスはんが勝つ」
彼女は力強く、そう言った。
「でも……」
と、俺は弱気をこぼしそうになったが、ティラミスは続けて言う。
「フィナンシェはんの勘が並外れてるんは、ウチも認める。けれどもな、何を言うたかて、バルバドスはんのことをよう知ってるんは、フィナンシェはんよりウチや。そのウチが言うんや。間違いない」
そして彼女は、ギュっと握りこぶしを作ってみせ、自信たっぷりに言った。
「この決闘は、絶対にバルバドスはんが勝つ!」
俺はしばらく逡巡したが、彼女の真っ直ぐな目を見て、何か勇気づけられたような気持ちになった。そして
「分かった。今回はティラミス、お前を信じる」
そう言って頷くと、彼女はニィっと八重歯を見せて笑った。
そのときである。
「あ~っと!! 空を御覧ください!」
広場をリポーターのアナウンスが響き渡った。カメラが上方に向く。
「ただいま上空から何やらヴ~ンという耳障りな羽音をたててスカトロめいた影が飛来し――クサ! くっさ! なんか視覚化したら濁った黄色か湿った緑みたいな臭気を放って何かが飛んできウエーー! が、ガスマスクをご装着ください! みなさんガスマスクをご装着ください! ぶっちゃけ死にます! うえー! あ~! 入院から帰ってきたばかりの映像スタッフがまたもや失神してしまいました! つかえね! みなさん早くマスクをしクサ!」
リポーターの声で歓声がピタっとやんで、そして皆一斉に、ガスマスクを取り出して必死の様子で装着した。
上空にホバリングし、パニックさながらにマスクをいじっている観衆を睥睨しながら、悪臭の当事者が笑う。
「ひょっひょっひょっひょ。ヘーデルトベンデル。チンの美臭は恋しかったザンスか~? このネクロポリスを断りもなく、愚民がマスクなしで歩くなどという横暴、一体どこの裏切りガエルが許したザンスかね~?」
言いながら、ブブブっという音を立てて、その影はリングのもうワンサイドに降り立った。
クルクルクルとカールしまくった貴族っぽい金髪。
みょいんと上向きに曲がったヒゲ。
フリルひらひらしまくったシャツと、貴族全開なタキシード。
腰にはマキマキう○こみたいな取っ手のついたフェンシング――禁・刺突剣『ヘクソカズラ』
言うまでもなく、スカトロ貴公子ベルゼブブだった。
彼は対角線の先にいる、バルバドスを睨みつける。
「バルバドス。よくもチンが城を抜けだしていた間に好き放題やってくれたザンスね? イッヒフンバルトヘーデル。もはや土下座したって許さないザンスよ。この決闘が終わったら、家族もろとも串刺しにしてやるザンス」
ひょっひょっひょと笑うその目は、しかし怒りに血走っていた。
そしてその目で、今度はズラっと国民を見渡す。
「それから愚民にも告ぐザンス。この決闘が終わってチンが王に復帰したら、これまで以上にたっぷり『可愛がって』やるザンスから。具体的には毎日がカレー曜日とか。お誕生日はお酒にウ○コ入れろとか。そういうサプライズをテンコモリにしてやるザンス。そして脱走した奴隷どもは全員――」
ぐいっと、自分の親指で喉を切るようなジェスチャーをし、
死刑ザンス。
ベルゼブブは、そういった。
「そのつもりで、今は震えていろザンス。ひょっひょっひょっひょ」
その笑いに、マスク越しからでも死者たちの顔が、サーっと青ざめるのを、俺は雰囲気で感じ取った。
ケロンもエカエリーナも震えている。モモはマスクつけおくれて失神していた(今は俺がマスクつけてあげてます)
「聞き捨てならないベイベー」
なぁに? とベルゼブブが目を向ける。
バルバドスがそのギョロ目を、怒りにむいていた。
「このバルバドス、国王たる自分への非礼は目をつぶるにしても、国民に対して命を脅かす脅迫をされたとあっては、黙っていられないベイベー」
ヒュンヒュンンヒュンと、槍が頭上を回転し
「ベルゼブブ! このネクロポリスを生者として出られるとは思うなベイベー!」
ビシっ! とヤリがつきつけられ
「このネクロポリスと国民は、このバルバドスが守るベイベー!!」
頼もしい声に、再びどっと歓声があがった。
広場が震える。
バルバドスコールが起きた。
カエルコールが起きた。
ベルゼブブがムキーっと怒った。
「こ、国王だとザンスー!? お前はただのネクロマンサーざんす! 国王はチンざんす!」
ベルゼブブは地団駄ふんでそう反駁しつつも、しかし「ぐぬぬ」と歯噛みした。
心から実感したのだろう。国民が王に、誰を望んでいるかを。そしてそれを現実に一気につきつけられ、さすがに歯噛みしたのだろう。
そしてそのときである。
―― 早 々 に 盛 り 上 が っ て い る よ う ね
空から歌うような声が響いてきた時、
―― 企 画 者 と し て 冥 利 に つ き る と い う も の か し ら
広場は再び、水を打ったように静まり返った。
申し合わせたように、皆の視線がリング中央に集中する。
そこに向け、遥か上空からバサバサバサと数十羽のコウモリが飛来した。
―― 今 日 は ど う か 、 存 分 に 楽 し ん で い っ て ね
そしてコウモリは視線の先――リング中央にバサバサバサと集まって、人型を作り上げていき、
「この国の命運をかけた戦いをね」
瞬く間にそれは、
腰に手を当て斜めに構えた、
血色の髪と宵闇の翼を持つ妖艶な少女に、
魔王の一人娘にして『生ける絶対』に
フィナンシェ・エルヒガンテの姿になった。
「準備は整っているようね」
そう言っていつも通りに、彼女はサラリと手の甲で髪を流した。たったそれだけのことなのだけれど、観衆は魅入られたように陶然としたため息を吐いた。
そしてベルゼブブも、一瞬にしてお嬢様の虜になったのが、俺には分かった。
目がダブルハートとかになっているし。
「ベンデル、ららら、ボーイミーツガール、らららヘーデル」とか歌いながらタップダンスとか踊ってるし。
鼻からシュパーっと湯気が出ているし。
――きもいし。
しかしチラリと彼女に流し目されるやいなや、彼はハ! っと我に返ったように慌てて
「失礼致しましたザンス!!」
臣下の礼の形に跪いた。
バルバドスもカエルのようにペッタンしている。
さすがお嬢様。
俺はそう思わずにいられない。
フィナンシェお嬢様は決闘者二人の礼を受けてから、周りに対して歌うようにこういった。
「もうマスクは外しても大丈夫よ」
と。
周囲は え? と言った。
しかし俺は、フィナンシェお嬢様の言葉を信じてマスクを外す。彼女が大丈夫といえば、大丈夫なのだ。
すると、さっきの異臭はどこへやら。
そしてどうしたことか、あたりには甘く高貴なバラの香りが立ち込めていた。
マスクを外した俺が平気でいるせいか、おそるおそると、しかし次々と、観衆もマスクを外し始めた。
彼女は言う。
「今朝に湯浴みをして少しばかり汗をかいてしまったから、私の匂いに変わっているはずよ」
と。
なるほどと、つい納得している俺がいた。
――確かにこれは、お嬢様の匂いだ。
抱かれ枕担当の俺にはわかります。
間違いなく、これはお嬢様の匂いです。
え~ちなみに。
ここで唐突かつ大変な余談ですが、召使のグチです。お嬢様は添い寝中、寝ているふりをしてとんでもない暴挙に及んできます。このゲームのCEROに関わる内容かもしれませんが、誰かに言わないと寝不足な俺の気が済みませんので、一部をセリフのみでお送りします。
「っん! お、お嬢様! さ、触るだけならまだしも! そ、そんな動かさないでください!」
「それはたいそう残念だわ。けれども私のステビアが言うのなら、仕方ないわね。ではどの『指』をやめれば良いのかしら? こうしてクイと形良い小山を押し上げている小指? それともその弾力をムニムニと確かめている薬指? それとも山頂付近で硬くなっている突起を楽しんでいる中指? あるいは突起の周囲を撫でている人差し指かしら? それとも鎖骨の」
「全部です!!!」
以上、ステビアからのグチでした。
さて現場では、お嬢様の香りのせいで死者国民の何人かがメロメロと倒れていた。
鼻血を出して倒れているのもいた。
ベルゼブブはタップダンスしつつ超絶深呼吸していた。お前はしねよ。
「さてそれでは、長い前口上はあくびのもとになるから」
と、フィナンシェお嬢様は妖しく目を細めた。
その意図をを察知したバルバドスは立ち上がり、傍らに立てかけていた槍を握る。ベルゼブブもダンスをやめ、目付きを改め、腰のフェンシングを抜いた。
「そうそうに始めてもらいましょうか」
フィナンシェお嬢様は開始を告げるべく、
「死者の国の王権をかけた戦いを」
パーティーグローブに飾られた手を掲げた。
その手が振り下ろされるのを、
バルバドスが
ベルゼブブが
俺が
ティラミスは
みーみが
エカエリーナが
ケロンが
国民が
カメラが
そして世界が、
じっと見守っていた。




