美少女吸血鬼がやってきた
転校生がやってきた!
白い肌に真っ赤な瞳のかわいい女の子。ちょっと小柄な彼女は、見るからにただ者ではない雰囲気を漂わせ、ウェーブのかかった金髪を堂々かきあげ、鈴の鳴るような声を発した。
「わらわの名は、フローレンティーナ・イァルナ! 由緒正しき貴族の血筋であるわらわは日本での小間使いを所望する! お主、わらわの下僕となれ!」
膝上数十センチはあろう改造制服からニーハイに包まれた美脚を見せつけ、細い指で指し示す。
クラス中の視線が集まったそこには……
「え? 俺?」
ケンちゃんがいました。
ええええええ。
ケンちゃんを下僕に指名したらしいイァルナさんは、授業中ずっと彼の膝に乗って授業を受けていました。あまりに堂々たる女王っぷりなのでみんな何も言えない。
先生なんか「まあ、まだ日本に慣れてないだけだから……」なんて乾いた笑いをこぼしていた。
当のケンちゃんは茫然自失? 最初にイァルナさんが膝に乗ってきたときは顔を真っ赤にしてて、ちょっとむっとしちゃったけれど、だんだん死んだ魚みたいな目になっていったから、むしろかわいそうな気がしてきた。
昼休みもそんな調子で、午後の授業も終わって、放課後になったんだけど。
クラスの子がみんないなくなった教室で、ケンちゃんとイァルナさんは、ちょっと口論になっていた。
「用事があるから、付き合え。ケンタよ!」
「そのおいしい鶏みたいな発音やめてくれませんか、イァルナさん。健太だ、健太。つーか名字で呼んでくれませんかね!」
「お主こそ、わらわの名は気軽にフローレンティーナ様と呼ぶがいいぞ」
「長いわ! 気軽でもなんでもねーし! 用事がなんだか知らないけど今日一日あんだけ付き合ったんだから良くないですか。俺は、那智と一緒に帰るんで」
へたーな敬語を一生懸命使っていケンちゃんがこっちを見た。
そう、前の吸血事件以来、私とケンちゃんはずっと一緒に登下校してる。
私が誰か襲わないか心配だからって。ひどい。
けんちゃんの言葉にイァルナさんはとても悲しそうな顔をした。
「そう言ってくれるな、ケンタよ。わらわとて同族と数百年ぶりに会えて興奮しておるのだ」
うん?
「は? 同族? 数百年ぶり? 何言ってるんだあんた」
ケンちゃんが私の声を代弁したかのような疑問を口にする。
イァルナさんは、細い金の眉を歪めた。
「同族は、同族じゃ。いいかげんに演技はやめよ」
ツカツカと音を立ててケンちゃんに歩み寄り、勢いよく抱きついた。
小さな右手が首に、左手は脇の下から背にまわっている。
ケンちゃんの後ろにいた私と、イァルナさんの目があった。
「いくら隠そうとて、隠せぬ。この染みついた香ばしい血臭は……」
ルビーみたく紅い瞳が暗く光った。
くあ、と口が開く。そこには、白くとがる牙が。
「させるか!!」
「ダメ!!」
同時に声をあげて、お尻に痛みを感じた。
気づくと、イァルナさんがケンちゃんのずっと前に尻もちをついていて、私は彼を背中から抱きしめた形で、二人揃って座り込んでいた。
状況がつかめないながらも、足の間にいるケンちゃんを抱き直して、怒鳴った。
「私のなんだから、とっちゃ、ダメ!!」
今まで出したことのない大きさの声が出て、それに押されるまま、抱きしめる手に力を込めた。
イァルナさんが目を丸くしている。
後ろからだからあまりよく見えないけど、ケンちゃんは、片手で自分の顔を覆ったみたいで、小さく低く呟いた。
「……死にそう……」
なんで?
頭にハテナマークを浮かべているとイァルナさんが立ち上がった。
慌ててケンちゃんの目を隠す。おい!って言われたけど、無視だ。だってこの角度からじゃ下着がまるっと見えるんだもの!
イァルナさんは気にした様子もなく、私たちの前にしゃがんで、とても申し訳なさそうな声で言った。
「すまぬ、どうやら間違えておったようじゃ。わらわと同族の、吸血鬼はそなたの方だったのじゃな」
「え? ……ええええええ!?」
「やっぱりか……」
心底驚いている私の前で、目隠しされたままのケンちゃんが「あの寒気な……どおりでな……」と疲れ切った様子でぶつぶつ言っている。なんだかわからないけどすごく申し訳ない気が。
とりあえず話し合おう、と三人ともイスに座ることにした。
まず、イァルナさんは吸血鬼でした! 本当にいたんだね吸血鬼って。
私と違ってもう何百年も生きているのだそうだ。
なぜ日本にきたかというと、結婚相手を探すため。イァルナさんは同じ吸血鬼と結婚したいのに国には丁度いい年齢の独身吸血鬼がいなかったらしい。
血のにおいをたどっているうちに、私たちの学校を見つけて、そこでまた吸血鬼っぽいにおいをぷんぷんさせているケンちゃんを見つけて、喜んでとびついたら違ったという。
一週間に一回くらいのペースで私がケンちゃんの血を吸っていたから、吸血鬼のにおいとやらが移ったんじゃないかって。イァルナさんは私の方が吸血されている人間だと思っていたらしく、だから堂々と本性を出したのだそうだ。そういえば、吸血鬼同士でも血は飲めるらしい。
謎だった三人尻もち状態だけど、あれはケンちゃんがイァルナさんに咬まれる前に引きはがして前に投げてたのだと。そして、ほぼ同時に私がケンちゃんを後ろに引っ張ったものだからバランスを崩してあの体勢になったらしい。「まあ、不意打ちで襲われたのは二回目だから、流石に気づいた」って私のことですね、ケンちゃん!
「勘違いして悪かったの、ケンタ」
イァルナさんは眉を八の字にして、すまなそうに私にくっついている。
あれ? さっきまで隣のイスに座ってたはずなんだけど。
「おいこら。言葉と行動が一致してねーぞ」
ケンちゃんが離そうとしたけど、ふるふると首を振って離れない。
至近距離で私の顔を見つめてきた。わわ、まつげ長い。
まばゆい美貌に思わず、顔が赤くなってしまう。
「那智、と言ったな。わらわは、フローレンティーナ・イァルナ。気軽にティナと呼ぶといいぞ」
「て、ティナさん?」
「呼び捨てでよい。わらわも那智と呼びたい」
「……なあ、俺の時とだいぶ態度が違わないか。というか、結婚相手探しにきたっていってたよな。お前最初に下僕宣言してたけど。おかしくないか」
ティナはかわいらしく首を傾げて、ちょっと寂しげに言った。
「もう死んでしまった男なのじゃがな。そいつに吸血鬼の男に求婚するなら、女王様然とした言い方にした方が俄然盛り上がると言われたのじゃが。違うのか?」
「俺は吸血鬼じゃないから知らん、が、その男は間違いなく変態だ」
「お主に似ておったぞ。だからわらわも那智の方が仲間と思わんかったのじゃ」
「まじで!?」
少し本気でへこんでいる様子のケンちゃんを横目に、気になっていたことを聞いた。
「あのね、ティナ」
「なんじゃ? 那智」
「私、女だからティナのお婿さんにはなれないと思うの」
まさか男だと思われているとは思わないけど一応ね?
ティナは花が開くように笑った。
「心配いらぬ。わらわが変わるからの!」
え? という間も無く白い霧が辺りを包み、晴れた場所にいたのは、金髪赤目の美少年でした。
「ええ!? ティナ!?」
「こっちの姿の時は、フローと呼んでもらえる方が嬉しいぞ」
ティナらしい美少年は先ほどと同じくすり寄ってきて(服もちゃんと男物に変わっていた)先ほどより少し低くなった声で囁いた。
「これからよろしくじゃ、那智」
瞬間、驚いて固まっていたらしいケンちゃんから、ティナ改めフローに強烈な拳骨が加えられ、フローは私の視界から消えた。
フローレンティーナは、男と女のどちらにもなれるらしい。
私はそんなことはない。両性は、吸血鬼でも特殊な例って聞いて安心したような残念なような……。
男の子になるってちょっと憧れだよね、うん。
対して、ケンちゃんは大分ほっとしていたようだ。
こうして私に吸血鬼の友達ができた。すごく嬉しい。
でも、友達でもケンちゃんの血を吸われちゃうのは嫌だって言ったら、
ケンちゃんに「飲ませる気ないから。那智もティナの方で頼まれても絶対に許すなよ」って言われた。やきもち妬かれてるみたいで、なんだか嬉しかった。
読了ありがとうございます。
死んだ吸血鬼男の裏話とかあるのですが、この話ふくめて蛇足なので完結です。
フローレンティーナに那智、健太が恋することはありませんので、なんちゃって三角関係ということで。