007話 陰謀二回目
一戸建ての家を拠点とし、新たな門出となったにじいろタイフーン。テーブルなどの家具はサンク商会から支給され、生活するには不自由はない。ただ一つ、食事を除いて。
「あや。野菜をテキトーに刻んでくれるか」
「あたしに料理をさせるつもり? どうなっても知らないんだから」
今日の夕食はコマ切れ肉と野菜の炒め物を作る。
料理をしたことのないあやを指導するのはりん。自身は簡単な料理しかしたことがないので、教えるのも簡単な料理となる。
包丁を持つあやの姿は危なげだ。
「おっと。野菜を押さえる手はグッパーだぞ。パルルも見て覚えてくれ」
「グッパー? 何よ、それ」
「ありゃ。知らないのか。ジャンケンでチョキとグーに勝つやつだぞ」
そう言って、左手を開いてみせ、それから第一関節と第二関節を曲げるりん。
「そんなの見たことも聞いたこともないんだから。あんたのローカルルール、持ち出さないでよ」
「パーには負けるんだけどな。この手で野菜を押さえると、包丁で指を切る危険が大幅に減るんだ」
左手で押さえ、右手で包丁を小刻みに動かす仕草を見せる。
「理解したわ。あたしに任せなさい」
「うん。グッパー、わかったの」
パルルはまだ背が低く、専用の踏み台を足元に置いて料理の成り行き眺めている。
「よかった。それじゃあ、私は先に塩コショウをふった肉を炒めてと……。そうそう、フライパンは温めてから使わないと焦げつくからな」
油を垂らしたフライパンを十分に温めてからコマ切れ肉を投入し、炒める。
「こんな感じでどうよ。上手に刻めたんだから」
「わあ。刻めているの」
肉に火が通った頃に、不揃いではあるが野菜の刻みが終わった。
まな板ごとフライパンの上に移動させ、傾けて包丁の背で押し出して野菜を入れる。
「深いフライパンを買って正解だったぞ。五人分を炒めると浅いフライパンだとこぼれてしまうからな」
底が平らで鍋のような形状のフライパンを使っている。五人分の料理を作るにはある程度の深さが必要だった。
なぜ底の丸いフライパンを購入しなかったのかというと、丸底では目測による分量の把握が難しく、材料を投入する際および皿に盛る際に、慣れないと多すぎたり少なすぎたりするからだ。もちろんこれはりんの個人的な感想であって一般論ではない。
「そうだな……、野菜のシャッキリ感を残しておくか。これで炒めは完了だ」
「意外と簡単じゃない。これならあたしでもできるに違いないんだから」
「パルルも、できるの」
皿に取り分け、テーブルへと運ぶ。
本日のメニューはパン、スープ、野菜炒め。
明日は野菜の種類を変えての野菜炒めの予定……。ベーコン炒めの予定もある。
料理のレパートリーに乏しいのが悩みの種だ。かといって、外食を続けるほどの金は持ち合わせていない。
皆が席に着くと、自然と食事が始まる。
「明日は朝から路上ライブをします。みんな早起きしてください」
少しでも多くファンを増やすため、時間帯を変えて路上ライブを行っている。中央広場では朝市が開かれていて、早朝から人通りがある。それを狙うのだ。
「早起きは苦手だよ……」
「ふふふ。寝坊したら私が起こしてやる」
ゆいなとりんは寝室が別だが、いつも早起きのりんなら、ゆいなを起こすことができる。
寝坊したら鼻をつまんで起こす。指でそんな仕草をするりん。
「あんたねぇ、早く寝るんだから起きられるでしょ?」
食事を終え、後片付けを済ませれば就寝タイムだ。前世よりよっぽど早く寝ることになっている。
ただし、新曲を作るなど、何かすることがあるときはこの限りではない。
「早く寝ても、朝は朝だよ~」
不安げなゆいなをよそに、夜は更けていく……。
「ぐばぁっ」
早朝。
案の定、鼻をつままれて息苦しくなって目が覚めたゆいな。
その目線の先にはしたり顔のりんがいる。
「朝食を食べたら、中央広場行きだぞ」
リーダーのみさきが用意したベーコンエッグとパン、ベーコンスープのベーコン攻めの朝食を取り、一同は中央広場へと向かう。パルルは留守番だ。
朝早いこともあって、まだ人通りはほとんどない。
それでも、にじいろタイフーンよりも先に中央広場に到着した男がいた。
「火災の騒動は起こせなかったが、これならどうだ。イヒヒ……」
中央広場の隅にある井戸。そこに粉を降り注ぐ男。
粉は猛毒で、井戸水を摂取した者全員が死に至る算段でいる。
この男はとにかくここグリーブの町で騒動を起こし、第三王子派の発言力を低下させることに固執している。
――おっと、誰かが来たぜ……。
「木箱のステージは今日も健在ね。リハーサルの意味も込めて、すぐに始めましょう」
中央広場に現れたにじいろタイフーン。
木箱で作った簡易ステージは今でも泉の前に残されている。
神から与えられた能力で瞬時にステージ衣装に着替え、ステージの上に立つ。
「マイクの試運転もあるしな」
先日サンク商会に依頼した拡声の魔道具はすぐに入手でき、四人それぞれがマイクと名付けて手にしている。
「あたしの音量は控えめにしなさいよね」
やや音痴なあやは、前世同様、マイクの音量を小さめに設定し、声が目立たないようにしている。
「路上ライブ開始!」
四人は踊りながら歌う。その歌声はこれまでよりもずっと遠くまで響いている。
――おっ、井戸水を汲む奴が現れたぜ。そうだ、よし、ここで飲め。
先ほど猛毒を混入させた井戸水を汲む女性。バケツに汲み、さらにコップで少量を口にする。
――あぁ? 死なねえぞ。ケロっとしてやがる。
女性は何事もなかったかのように、バケツを手にどこかに歩き去った。
――大枚はたいて手に入れた即効性の猛毒だぞ。野良犬でその効果は確認済みなのに、何故死なねえ?
にじいろタイフーンの歌声には神による「魔物に抗う加護」がかけられていて、浄化の作用がある。そんな効用を知る由もなく、歌声は井戸水を浄化していく。
マイクを使っていることもあり、広範囲にその作用が広がっている。
――どうなってやがんだ。クソっ。
男はくやしそうに地面を蹴り、どこかへと消えていった。
にじいろタイフーンの歌声は、今日も男の犯行を未然に防いだのだった。




