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第1話 神界最強の赤ちゃん、今日も神様を困らせる!

第1話 神界最強の赤ちゃん、今日も神様を困らせる!


ここは、人間たちが暮らす世界よりも、はるか天空の彼方にある神界。


美しい雲が空一面に広がり、黄金に輝く神殿がいくつもそびえ立つ。


そこには、世界の運命を決める神々が暮らしていた。


創造神ゼノ。


知恵と魔法の女神アテナ。


運命と予言の神オルフェ。


生命と動物の女神フィオナ。


四柱の神々は、それぞれ大切な役目を担い、今日も平和に神界を治めていた。


……本来ならば。


「ゼノ様ぁぁぁぁっ!!」


神界中に、女神アテナの悲鳴が響き渡った。


「今度は何事だ!?」


創造神ゼノは、執務室から慌てて飛び出した。


そして、目の前の光景を見て、ぴたりと足を止めた。


「…………」


神殿の廊下が、虹色になっていた。


壁も、柱も、床も。


さらには、厳かな神々の肖像画まで、見事なピンク色に塗り替えられている。


しかも、ゼノの肖像画だけは、なぜか鼻の下に立派なひげが描き足されていた。


「誰だぁぁぁぁっ!! わしの顔にひげを描いたのは!!」


「きゃははははっ!」


天井から、かわいらしい笑い声が降ってきた。


ゼノが顔を上げる。


そこには、ぷかぷかと空中に浮かぶ、小さな赤ちゃんの姿があった。


銀色のふわふわした髪。


宝石のように輝く瞳。


ぷにぷにの頬。


小さな手には、虹色の魔法の筆。


そう。


神界一の問題児、リリアである。


「リリアぁぁぁぁっ!!」


ゼノが叫んだ。


リリアはきょとんとした顔で首を傾げる。


「ん?」


「ん? ではない! これはお前の仕業か!?」


「きゃっ!」


リリアは満面の笑みを浮かべた。


「じょうず!」


「褒めておらんわぁぁぁっ!!」


リリアは、けらけらと笑いながら空中をくるりと回った。


そして、手に持っていた筆をぽいっと放り投げる。


筆はひとりでに動き出し、ゼノの額に大きな花の絵を描いた。


ぺたっ。


「…………」


ゼノの額に、かわいらしいチューリップが咲いた。


「アテナ……」


「はい」


「この筆を止めろ」


「すでに三十七種類の拘束魔法を試しました」


「結果は?」


「すべて筆に吸収されました」


「なぜだぁぁぁっ!!」


リリアは、ゼノの頭にちょこんと着地した。


そして、ふわふわの髪を両手でつかみ、楽しそうに引っ張る。


「ふわふわ〜!」


「わしの髪は遊具ではない!!」


「きゃははっ!」


そのときだった。


「リリアちゃん、おやつの時間よ〜!」


生命と動物の女神フィオナが、籠を抱えてやってきた。


籠の中には、神界特製の果物と、小さな星型のクッキーが入っている。


リリアの目が、ぱあっと輝いた。


「おやちゅ!」


ゼノの頭から飛び降りると、リリアはフィオナのもとへ一直線。


ところが、あと少しでクッキーに手が届くというところで、ぴたりと止まった。


リリアは籠を見つめ、首を傾げる。


「……たりない」


フィオナは不思議そうに籠を覗いた。


「え? ちゃんと十枚あるわよ?」


「たりないの!」


「何枚欲しいの?」


「いっぱい!」


「ふふっ、そうね。じゃあ、もう少し持ってこようかしら」


フィオナが笑顔で立ち上がった、その瞬間。


リリアは小さな手を振った。


ぽんっ!


籠の中から、星型のクッキーが百枚に増えた。


「…………」


フィオナは固まった。


「リリアちゃん?」


「いっぱい!」


「これは……」


「いっぱい、いっぱい!」


クッキーは、さらに増えた。


百枚。


二百枚。


五百枚。


とうとう籠からあふれたクッキーが、神殿の床を埋め尽くしていく。


「きゃはははっ!」


「リリアちゃぁぁぁん! 増やしすぎよぉぉぉっ!」


フィオナの悲鳴が神殿に響き渡った。


その騒ぎを聞きつけ、運命の神オルフェもやってきた。


「いったい何の騒ぎ……」


ぽすっ。


オルフェの頭に、星型のクッキーが落ちてきた。


「…………」


ぽすっ。


もう一枚。


ぽすっ、ぽすっ、ぽすっ。


次々とクッキーが降ってくる。


オルフェは空を見上げた。


「……なぜ、神殿の中でクッキーが降っているのだ?」


「リリアちゃんの魔法よ!」


フィオナが叫ぶ。


オルフェは、ゆっくりとリリアを見た。


リリアはクッキーの山に埋もれながら、両手をぱたぱたさせていた。


「おほししゃま、いっぱい!」


「……なるほど」


オルフェは深々とうなずいた。


「まったく分からん」


そのとき、リリアの目がオルフェの持つ水晶に向いた。


未来を映し出す、神聖な予言の水晶である。


「きらきら!」


「あっ、リリア。それは大事なものだから――」


遅かった。


リリアは水晶に手を伸ばした。


ぽんっ!


水晶が、巨大なプリンに変わった。


「…………」


オルフェは、瞬きをした。


もう一度、瞬きをした。


そして、震える声でつぶやいた。


「……わしの予言水晶が」


リリアはプリンをぺちぺち叩いた。


「ぷりん!」


「予言水晶がぁぁぁぁっ!!」


オルフェの絶叫が、神界にこだました。


リリアは驚いて目を丸くした。


そして。


「びぇぇぇぇぇっ!」


今度は、リリアが泣き出した。


「えっ!? ちょっと待って! わしはリリアを怒ったわけでは……!」


オルフェが慌てて弁解する。


しかし、もう遅い。


リリアの涙が、ぽろぽろと床に落ちた。


その瞬間。


神殿の天井から、金貨が降り始めた。


じゃらじゃらじゃらじゃらっ!


「なっ!?」


ゼノが目を見開く。


「今度は何だ!?」


アテナが天井を見上げた。


「リリアの涙に反応して、神力が暴走しているのです!」


「泣き止ませろぉぉぉっ!!」


「リリアちゃん、ごめんね! 怒ってないわよ!」


フィオナが慌てて抱き上げようとする。


「リリア、ほら! お菓子よ! お菓子!」


ゼノも必死だった。


「そうじゃ! 好きなだけ食べてよいぞ! だから泣くな!」


オルフェは、プリンになった水晶を抱えたまま涙目になっていた。


「わしの水晶……」


すると、リリアはぴたりと泣き止んだ。


「おかち?」


「そうじゃ! お菓子じゃ!」


「……いっぱい?」


「いっぱいじゃ!」


リリアは、にこーっと笑った。


「やったぁ!」


その瞬間、金貨の雨が止まった。


神々は、そろってその場にへたり込んだ。


「……助かった」


ゼノがつぶやく。


しかし、安心したのも束の間だった。


リリアはゼノの顔をじーっと見つめると、小さな手を伸ばした。


「おひげ!」


「……ん?」


ぽんっ。


ゼノの立派な白ひげが、ピンク色のふわふわした綿菓子に変わった。


「…………」


神界に、静寂が訪れた。


リリアはゼノの顔を見つめ、満足そうに手を叩いた。


「かわいい!」


そして、無邪気に笑った。


「きゃははははっ!」


「リリアぁぁぁぁぁぁっ!!」


その日、神界の歴史に新たな記録が刻まれた。


『最高神ゼノ、ひげを綿菓子に変えられる』


後世の神々は、この記録を見て首を傾げることになる。


いったい、何の神話なのだろう、と。


もちろん、犯人はリリアである。


そして、神々の受難は、まだ始まったばかりだった。


◇ ◇ ◇


その日の夕方。


神界の最高神殿では、緊急会議が開かれていた。


議題は、ただ一つ。


――リリアをどうするか。


ゼノは、元に戻った白ひげを撫でながら、深々とため息をついた。


「……このままでは、神界がもたん」


アテナが真剣な顔でうなずく。


「リリアの神力は、すでに私たちの想定を超えています。しかも、本人に悪意はありません」


「悪意がないのが、いちばん恐ろしいのだ……」


オルフェが、プリンになった予言水晶を机に置いた。


「この子の未来を占おうとしたのですが、結果が出ませんでした」


「なぜだ?」


「水晶がプリンになったからです」


「それは聞いた!」


フィオナは、少し考えてから口を開いた。


「でも、リリアちゃんは本当に優しい子よ。困っている動物を見つければ助けるし、悲しんでいる者がいれば慰めようとするわ」


「うむ……」


ゼノは腕を組んだ。


「ただし、慰める方法が問題なのだ」


以前、泣いていた小鳥を元気づけようとしたリリアは、小鳥の羽を七色に染めた。


その小鳥を見た仲間の鳥たちが、自分たちも染めてほしいと集まってきた。


結果、神界の鳥という鳥が虹色になった。


それを見た神獣たちは大興奮し、全身を虹色にしてほしいとリリアのもとへ押しかけた。


最後には、神界の伝説の白竜まで虹色になったのである。


しかも、白竜本人は少し気に入っていた。


「……あの白竜、今でも虹色のままなのよね」


フィオナが遠い目をした。


「本人が気に入っているのだから、もうよいではないか……」


ゼノは疲れ切った声で言った。


「問題は、これからだ」


彼は立ち上がり、厳かな声で宣言した。


「リリアには、修行が必要だ」


神々は、そろって顔を上げた。


「人間界へ転生させよう」


「人間界へ!?」


アテナが驚く。


「そうだ。人間として生き、他者を守り、善悪を学ぶのだ。自分の力を誰かのために使うことを知れば、きっと立派な神になれる」


「なるほど……」


オルフェはうなずいた。


「それならば、未来も変わるかもしれません」


「ただし!」


ゼノは、机をばんっと叩いた。


「転生先は、王室とする!」


神々が息をのむ。


「王室には、国を守るという大切な役目がある。リリアには、そこで生まれ、家族を守り、王室を脅かす者たちから国を守ってもらう」


「ですが、ゼノ様」


アテナが慎重に尋ねた。


「神力はどうされるのですか?」


「……少しは封印する」


「少し、ですか?」


「全部封印したら、あの子が怒るかもしれん」


「怒ったらどうなるのでしょう?」


「神界が逆さまになる」


全員が黙った。


やがて、フィオナがそっと手を挙げた。


「……リリアちゃん、転生を喜んでくれるかしら?」


その瞬間、会議室の扉が開いた。


「ばぁ!」


リリアが、ひょこっと顔を出した。


その後ろには、まんまるでもふもふな二匹の不思議な生き物が浮かんでいる。


男の子のポポと、女の子のピピだ。


ポポ「何の会議なのだ?」


ピピ「おやつの会議?」


ゼノ「違う!!」


リリアは、きょとんとした顔で神々を見つめた。


「りり、にんげんしゃんになるの?」


神々は固まった。


「……聞いていたのか?」


リリアは、にこっと笑った。


「うん!」


「そうか……」


ゼノは、恐る恐る尋ねた。


「人間界へ行くのは、嫌か?」


リリアは少し考えた。


そして、両手をぱっと広げた。


「おもしろしょー!」


「……え?」


「にんげんしゃん! いっぱい! あそぶ!」


ポポ「ポポも行くのだ!」


ピピ「ピピも行く〜!」


ゼノは、ゆっくりと天井を仰いだ。


「……人間界の神々よ。どうか、強く生きてくれ」


こうして、神界一のいたずらっ子リリアは、人間界への転生を決めた。


本人は修行だとは思っていない。


新しい遊び場へ行けると、大喜びしているだけだった。


そして、神々はまだ知らなかった。


この小さな赤ちゃんが、やがて人間界の王宮で、どれほどの大騒動を巻き起こすことになるのかを。




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