第三歌.『授業開始』
親睦会を終えて土日は早速詩術士としての勉強を始める。
讃岐君に座学と実戦をお願いした。俺は周りから遅れているから人の何倍も勉強しなきゃ追いつかない。
朝日が昇る前からランニングで体力をつける。それにも彼は付き合ってくれた。
「春は曙とはよう言ったもんやな」
「『枕草子』の有名なやつね。確かに夜明けはきれいだ」
そう話しているうちに、徐々に呼吸が苦しくなってきた。
「……はぁ。はぁ……」
隣で走る讃岐君は、息一つ乱れていない。
「大丈夫? ペース落とそか?」
「大丈夫……。まだ、いける……」
「無理はすんなよ。ええペースやで」
讃岐君は余裕そうに見える。体力トレーニングなんてしたことないから息が上がる。
勉強ばっかりしていたことを後悔している。運動部にくらい入っておくべきだった。
「よう走り切ったな。休憩しよ」
「はぁっ……はぁっ……。ぜぇ……ぜぇ……」
言葉が出ない程息が上がっている。対して讃岐君は息を切らしていない。小さい頃から鍛えている人との差は歴然だ。
クールダウンも兼ねて寮まで歩く。そして汗が乾く前に、そのまま地下で実戦の訓練を行う。
「各家には相伝された古典に加えて、武器がある。君にも何かもらってるやろ?」
「父さんからこれが送られてきた。模造品だけど」
「学生なら大体見た目だけ同じな模造品なんが当たり前やで。土御門家は剣状の『都牟刈』が相伝されてる。俺ら讃岐家はこの『竹筒』や」
本当にただの竹の筒にしか見えない。
「これはな、相伝されてきた『竹筒』の見た目だけの模造品やなくて実際の効果も同じなんやで。出力は本物には劣るけど」
「ただの似せた武器じゃないってこと」
「そういうこと。昔ご先祖様が研究して体系化に成功して以来量産してる。讃岐家の強みは相伝されてきた古典と武器が一致していること。これは他の家にはないアドバンテージなんや」
「つまり実際本物を手にした時に感覚のズレが少ないってことか」
「精々、出力の違いで最初は戸惑うけどそんなんはすぐに慣れる」
確かにそれは凄い技術だ。しかも量産可能なら破損しても替えが効く。
「俺の『竹筒』は詩気を込めると剣にも槍にも弓にもなる」
筒の片方からエネルギーが溢れて剣の形状になった。両端からエネルギーが溢れると槍、そして弓に変化した。
「そもそも『シキ』ていうのは?」
「詩の気と書いて『詩気』や。簡単に言うと魔力やな。俺らは詩に込められた想いを形にする。つまり想い=詩気。想いの無い詩は術が発動せん」
「じゃあ、詩気はどうやって感じることができるんだ? 正直そんなものは感じたことがない」
「それを手助けをするんがその武器やで。手にしたら何かムズムズせん?」
「そう言えば何か手元がムズムズする」
「それが詩気やで。上手く扱うことに慣れたらムズムズが無くなって力になるから日々練習しいや。それと同時に剣の扱いにも慣れんとな」
実戦の初めは素振りからだ。感じるムズムズに意識を傾けながら振る。讃岐君は剣の振り方、詩気の感じ方を細かく教えてくれた。
「そうそう、もっと意識を詩気に集中してみ」
ムズムズに意識を向けると剣が少し光始めた。
「ええ感じ、ええ感じ。じゃあ、そのまま復唱してや。秋の田の……」
「秋の田の」
「かりほの庵の……」「かりほの庵の」
「苫をあらみ……」「苫をあらみ」
「わが衣手は……」「わが衣手は」
「露にぬれつつ……」「露にぬれつつ」
唱え終えると少しだけさっきよりも疲れがきた。
「何これ? 少し疲れが……」
「これは百人一首の一番で天智天皇が詠んだ和歌や。どんな家も子どもには百人一首を通じて術を学ぶんや。これは『夜露に濡れる労働のつらさと素朴な生活感を描いた和歌』が『少しだけ体に疲れが襲う』てな効果になる。まぁ所謂、初期魔法ってやつや。百人一首は術士が最初に習う教科書的な存在なんやで。本来は相手に掛けるデバフなんやけど、今回は間違って自分にかけてしまったみたいやな」
「詠唱は五・七・五・七・七なんだね。もっと中二病みたいな感じかと」
「全てがそうじゃないんやけど多くはそうやな」
暗記なら得意だしこれなら少しは追いつけそうだ。元々父さんから昔和歌については教わっていたからゼロスタートではないのが救いだな。
日曜日もまた同じ様に朝からランニングをし、終われば実戦を行う。
讃岐君からは筋が良いと言ってくれた。もし血筋がそうさせてくれてるなら有難く利用させてもらおう。
そして登校日
体育科は寮生活なので校舎はすぐそこだ。讃岐君、新賀さんとエントランスで会い、短い距離だが楽しく他愛のない話をしながら通学路を歩いた。
教室に着く頃には、俺たち以外の生徒はすでに集まっていた。どうやら、昨日のまでにいくつかのグループができているらしい。その中から、一人の男子がこちらに気づいて声をかけてきた。
「おっ、土御門。おはよう」
「おはよう」
確か名前は万葉君だ。
「武雄君、おはよう。1年前の合同演習以来やね」
「おう、斂造か。親睦会じゃ、ちゃんと話せなかったのは悪かったな」
「ええねん、そんなんは。今後もよろしく」
「あぁ、そうだな。新賀もこれから頼むぜ」
「うん。万葉君は頼りになるから安心するよね」
なんかみんな親しげだなぁ。実際任務にも出ているらしいし、現地で顔合わせもするんだろう。
「お前たちいつまで入口で突っ立っている。早く席に着け」
後ろから古郡先生がやってきた。すみませんと言いながら席に着く。
「ではホームルームを始める。先ずは時間割だ」
全員に時間割表が配られる。中身を見てみると、一般教科は数えるほどしかない。
その代わり、ほとんどを占めているのが――体育。
「見てわかるが、体育が圧倒的に多いが、普通の体育だと思わないことだ。敷地内での訓練と、実際に現地へ赴いて任務を行う実習。この二つが中心になる。入学式でも説明したが、基本はチームで動いてもらうことになる。現地では現役の術士と合流し、実際の仕事を経験してもらう」
古郡先生が教室を見渡す。
「まずはそのチームを分ける。十人しかいないから、五人ずつだ。組み合わせは――」
一度、先生が言葉を切った。
「お前たち自身で決めろ」
いきなり生徒の自主性が問われることになった。俺の場合、讃岐君と新賀さんと組むしかない。
「讃岐君、新賀さん、一緒に組もうよ」
「おっ、ええで」
「まぁ、他をあんまり知らないから先ずはこの3人だね」
「あと、二人か……」
「やったら万葉君一択やろ」「だね」
やけに万葉君に対する信用の深さを感じる。二人揃って同じ意見とは。
実際万葉君は何人かの生徒に話しかけられていた。凄い人気だ。
「万葉君、一緒に組もうや」
「他にも誘われていてな。どうしようかと思ってんだ」
他はというと、伊勢君、紫電さん、時籐さんの組。平家さん、吉田君の組。万葉君、古賀君の組。俺たち土御門、讃岐君、新賀さんの組だ。
「今は三人組が二つ。二人組がニつな訳だ。伊勢の組も、土御門の組も現状は万葉と古賀ペアが良い。よって代表者を出して決めてくれ。やり方は任せる」
勝てば万葉君たちと組めて、あとは残りの組同士がくっつくことになった。
「思ったんだけど、古賀君と一緒になるけどいいの?」
「本当は死んでも嫌だけど万葉君を手に入れるため、背に腹は代えられない……!」
小声だけどとても気持ちが乗っかっている。相当嫌なんだなと思った。
「じゃあ、代表者は俺が行くで」
讃岐君が意気揚々と前に出た。向こう側は時籐さんだ
「時籐さん, 何が何でも勝ってくれよ……!」
「いや、お前はただ新賀と組みたくないだけだろ」
血の涙を流しそうなくらい切実な思いなようだ。万葉君につっ込まれている。
「讃岐君、君の家にはお世話になってるけど負けないから」
「それはこっちのセリフや。よっしゃー! 行くで~。じゃーんけーん、ほい!」
讃岐君はパー、時籐さんはグーを出した。
「よっしゃ」
「……負けた」
「これで組は決まりだな。土御門、讃岐、新賀、万葉、古賀の5人と、時藤、伊勢、紫電、吉田、平家の組とする。では私に着いて来い」
教室を出て上の階に行く。1階は1年生、2階は2年生、3階は3年生の教室がある。今回はさらに上の4階に行く。
そこには大きな掲示板が何個もあり、ずらっと並べられた用紙が貼り出されている。
「ここが依頼掲示板だ。現役の術士から学校に回された仕事がここに貼り出される」
古郡先生が掲示板に並ぶ紙を指差す。
「内容は基本的に学生向けだ。討伐、調査、護衛なんかが多い。ただし、生死を分けるような危険な依頼はここには来ない。あくまでお前たちに実戦経験を積ませるためのものだと思ってくれ」
先生はそのうちの一枚を手に取った。
「受け方は簡単だ。やりたい依頼があれば、この紙を持ってそこの受付に行く。受理されれば依頼者に連絡が入り、あとは指定された日時に現地集合だ。依頼が貼り出される時間は決まってない。朝だろうが夜だろうが、仕事が来れば追加されるし、24時間受け付けてくれる。深夜でしかできない依頼もある」
なるほど。本当にゲームとかみたいに掲示板なんだ。
「それと、一年の一学期だけは特別だ。今決めた五人一組で必ず受けろ。まだ一人で仕事を任せられるほど、お前たちは経験を積んでないからな」
古郡先生が俺たちを見回す。
「二学期以降は自由に組んでいい。ただし、単独行動は禁止。最低二人以上だ」
はい、と讃岐君が手を挙げた。
「先生、依頼って絶対受けなあかんのですか?」
「ああ。授業の一環だからな。一学期中に最低30件は受けてもらう。これも成績に入るからな」
30件か……。今4月で、夏休みは大体7月後半だとして、およそ3ヶ月くらいか。月に10個依頼を受ければ何とかなるが思っていたよりも忙しくなりそうだ。
古郡先生は再び掲示板を指した。
「説明は以上だ。一度教室に戻って座学の授業を開始する」
俺たちは先生の後に続いて、四階を後にした。こうして俺たち5人から始まる高校生活が始まった。




