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第一歌.『序歌 詩歌奇譚 始まり』

 ーー世の中に、超常現象など存在しないーー


 そう思っている人は、きっと多いだろう。科学や技術が発展し、かつて奇跡と呼ばれた現象にも、今では様々な説明がつけられている。空を飛ぶことも、遠く離れた人間と瞬時に言葉を交わすことも、病を治すことも、今では特別なことではない。かつて神の御業とされたものですら、人の手によって再現されるようになった。だから人々は思う。この世に、科学では説明できないものなど存在しない。


 ――しかし、それは表の世界の話だ。


 我々の知らないところでは、今もなお超常を扱う者たちがいる。彼らは特別な力を持ちながら、それを人前で見せることはない。人目につかぬ場所で怪異を討ち、災いを封じ、時には人知れず誰かの命を救っている。


 歴史を振り返れば、不思議な記録はいくらでも見つかる。


 神話に語られる神々。


 古い書物に記された怪異。


 陰陽師や巫、修験者。


 世界各地に残る、祈りや儀式によって奇跡を起こした者たち。


 それらは本当に、ただの伝説だったのだろうか。


 あるいは――


 人々が理解できなかったものを、神話や伝説という形にして残しただけなのかもしれない。


 人が強く願ったとき。


 誰かを愛したとき。


 大切な人を失い、悲しみに暮れたとき。


 怒り、憎しみ、喜び、希望を抱いたとき。


 その想いは、決して消えてなくなるわけではない。


 言葉となり、歌となり、誰かから誰かへ受け継がれていく。


 そして、その想いが生み出す力を――


 詩気(しき)と呼ぶ。


 詩気を操り、古来より人知れず怪異と戦ってきた者たち。


 そんな彼らのことを、詩術士(しじゅつし)と呼ぶ。


 彼らが扱うのは、剣でも銃でもない。

 人が残した言葉。


 誰かが誰かを想って詠んだ歌。


 千年以上の時を越えて残された、一節の言葉。


 それこそが、彼らの武器だった。


 一つの歌に込められた想いが、炎となる。


 誰かを守りたいという願いが、盾となる。


 怒りが刃となり、悲しみが力となる。


 そして時には――


 人の負の感情までもが、形を持つ。歴史に記されなかった戦い。誰も知らない場所で消えていった命。本当は存在していたのに、後世には残らなかった出来事。

 そんな世の中の影で起きた事件と、それに立ち向かった者たちを、ここに記そう。


 これは、


 詩(うた)を武器に戦う、詩術士たちの物語。

 神話でもない。伝説でもない。ましてや、作り話でもない。確かにこの世界のどこかで生きていた者たちの、想いと言葉の記録。


 ――これは、そんな彼らの物語。


 ◆


「よーっす、晴馬。受験の方はどうだった?」


「余裕だよ。最後の模試もA判定だったし、追い上げもした。試験も全問理解できた。コンディションもバッチリだった。100%じゃないけど十中八九受かってるね」


「残り一、二で落ちるからな。油断はできんよな〜」


「まぁ落ちるとしたら英語だろうな。理解はできたけど自信ない所あるから」


 俺の名前は土御門晴馬(はるま)。


 現在中学3年生の冬。高校受験の試験が始まり、慌ただしく不安のある時期だ。

 特に俺が受ける学校は都内でも有数の難関高である


『都立千早高等学校』


 という。偏差値70オーバーと目されるほどのエリート高なのだ。将来は官僚や、大手企業に就職している卒業生も多数在籍していた。


 その日の授業ももはや消化試合だ。先生たちも最後の追い上げのための試験練習やわからない箇所の徹底的な洗い出しばかり。試験結果さえわかればもうこんな殺伐とした時期を抜けられる。


 家に帰る。母におにぎりを作ってもらい勉強をする。自信があったとしても決して結果が出るまでは気を抜かない。手を緩めるつもりもない。できることは何でもする。俺はこの高校に受かって、大学もいいところに行って将来安定した会社で働いて老後は悠々自適に過ごすんだ。


 ーー合格発表当日


「1432番、1432番、1432番……」


 合格発表所で順番に自身の番号を見つける。


「1428、1429、1430、1431……」



 血走っていた目が一気に涙目になり、ついに1432番の番号を見つけることができた。


「よっっっしゃーー!」


 中2から始めた勉強がついにここで報われた。嬉しさと安堵で俺はその場でヘタレこんだ。力が急に抜けた。それも仕方ないだろう。


 家にスキップしながら帰ってきた。珍しくこの日は父親が帰ってきていた。


「おっー、久しぶりだな! 元気にしてたか?」


「元気も何も合格発表があったんだよ。あんたは出張で知らないだろうけど」


「母さんから聞いているから知ってるぞ。受かったんだってな。おめでとう」


「よせよ。普段を見てきてないくせに」


 この男は父、土御門晴秋。普段から出張ばかりで基本家にはいない。母に全てを任せている放任主義の父親だ。勉強も昔古典文学を沢山させられたくらいで……クソっ、頭痛くなっていた。


「千早高校だろ。しかも体育科を受けたんだろ?」


「何言ってんだよ。普通科だよ。部活動とかまともにやってもないのに体育科はないだろ。あそこの体育科偏差値だけならそんな高くないし」


「……何言ってんだ。お前は体育科を受けたんだろ?」


「はい?」


「だって合格通知の書類、ちゃんと体育科だぞ。父さん安心したぞ。お前にもまだその気があったんだって」


「いやいやいやいや。おかしいって。母さん、ちゃんと普通科で出したはずだよな!?」


「あら? 体育科じゃないの?」


 確かに俺は、普通科の案内が貼られた教室で試験を受けた。受験票だってそうだった。


 最初に渡された書類にも、確かに――普通科と書かれていたはずだ。


「……待て」


 俺は急いで鞄の中を漁り、受験関係の書類を取り出した。

 俺は確かに普通科を受けたはずだったのに。書類の文字がグニャッとなり、普通科という文字は体育科に変わっていた。


 父を見た瞬間ニヤっとする。


「いや〜千早高校を受けると聞いた時驚いたぞ。あそこは父さんも卒業して立派な『詩術士』になる学校だ。お前もまだその気なのかと思ってな。ふと書類を見たら普通科って書いてあったからちょっと細工させてもらった」


『詩術師』とは、和歌や古典文学に収められた詩を媒介に術を発動する専門家である。俺もその昔は父からそのことについて沢山教えられてきた。将来俺も詩術士になるんだって息巻いていた時期もあったが、年齢とともにその気も失せてきたってのに。こいつ、俺を詩術士にする為に姑息な手を使ってきやがった……!


「ああ、それと専願で受けてるからもうここにしか入らないからな」


「………………」


 開いた口が塞がらない。俺は普通に過ごして普通の会社に入るだけで良かったのに。俺の夢は一気に崩れ落ちていく。高校浪人には正直なりたくない。けど専願だからもうここしかない。


「俺の人生……終わった……」


「最近は術士の労働環境も変わって給料だってかなり良いんだぞ」


「そんなこと聞いてねぇよ。友達になんて言えばいいんだよ……」


「テキトーに返しときゃいいんだよ。千早高校に受かったことには変わりなんだから」


「なんでさっきからそんな軽いんだよ!」


 あぁ、最悪だ。術士なんて言われても術すら発動したことねぇよ。そもそも術士の何たるかを知らないからやっていける自信ねぇよ。どうすんだこれ。


 俺の人生の幕開けは灰色どころか真っ黒からスタートすることになった。


 次の日、友人やお世話になった教師からは祝福の言葉をもらった。けど素直には喜べない。皆は俺が普通科に進学すると思っている。実際は詩術士の卵たちが揃う名目上体育科に行く。


 入学式当日。まだ真実を信じられない状態で母親と学校の校門まで来てしまった。


「大きい学校ね~。生徒さんも賢そう」


 そりゃ、偏差値70以上の学校だからね。かく言う俺は偏差値50くらいの体育科(詩術士科)。


 校門を通り過ぎると、「ピッ」という音が聞こえた。


「ん?」


 他の人達には聞こえてないのか? もしかしたら空耳かもしれない。今は気にしないでおこう。


 それにしても大きい学校だ。試験の時は全部を見れたわけではないから、改めて圧倒される。普通科ならそれなりの人生を歩めていたかもしれないのに。


「お母さん、こっちだからまた後でね。それとこれ、お父さんから」


 本を二冊受け取り母とは一旦別れて校舎内に入った。普通科はメインキャンパスで、体育科(詩術士科)は道路挟み向かい側にある。二つ校舎は一本の廊下で繋がっている。保護者は科は関係なく一か所に集められているらしい。こちらも敷地面積だけならかなり広いが向こうには負けるが生徒数を比べたら広々と使えるのかも。


 不安を胸に教室の扉を開ける。そこには既に数人生徒が着席していた。そもそもが少ない上にクラスが2つ分けられている。ちなみに『つちみかど』なので席は後半だ。


 しばらく教室に沈黙が走る。すると、


「うー-っす、おはようさん!」


 空気を読まない生徒が入ってきた。


「讃岐…讃岐っと……おっ、」


 自分の席を確認した時何か気づいた様だった。そしてずかずかと俺の方に来て目の前に来た。


「なぁ! 君ってあの土御門なん!?」


 いや、どのだよ。


「いや、知らないよ。君が思う土御門かどうかなんて」


「そっか~。悪いな、初対面やのに」


 言いたいこと言って自分の席に着いた。周りの視線が集まっている気がする。嫌な注目を浴びてる。苦手なんだよなぁ。


 そしてチャイム音が鳴り、同時に先生も入ってきた。


「おはよう、未来の術士たち。私は3年間担任を務める古郡 泰平(ふるごおり たいへい)だ。相(・)伝(・)詩(・)籍(・)は『太平記』だ。割と新しい家系だが実戦経験は豊富だ。分からないことがあればなんでも聞いてくれ」


 ソウデンシセキ? 何だそれは?


「中には顔見知りもいるかもしれないが自己紹介をしてもらおうか。名前と相伝詩籍だけでいい。出席番号順に先ずは伊勢から」


「はい、伊勢 業盛(いせ なりもり)です。相伝詩籍は『伊勢物語』です」


「僕は古賀 和人(こが かずひと)。相伝詩籍は『古今和歌集』だ」


「次は俺やな。讃岐 斂造(さぬき れんぞう)て言います。相伝詩籍は『竹取物語』。讃岐言うけど出身奈良やねん。よろしゅう頼むわ。ってここ笑うとこやで!?」


 いや、笑えねーよ。初対面だぞ。とか思っていたら周りは少しクスッとしていた。


「私は紫電(しでん) ひかるって言います。相伝詩籍は『源氏物語』ですよろしくお願いします」


「じゃあ次は私だね。新賀 歌(しんが うた)。相伝詩籍は『新古今和歌集』。よろしくね」


 やべっ。あっという間に俺の番じゃん。


「つ、土御門晴馬です。よろしくお願いします」


「相伝詩籍は? これくらいの本が一族で持たされているだろう」


 これがソウデンシセキっていうのか。さっき母さんもらったな。


「えっと。『古事記』と『日本書紀』です」


「やっぱりあの土御門やん、君」


 教室ざわついた。何かすごいのか、これ?


「皆静かにしなさい。時間がない次」


「はい。時籐 姫乃(ときとう ひめの)です。相伝詩籍は『蜻蛉日記』です」


「平家 紗羅(へいけ さら)。『平家物語』だよ。よろしく」


「吉田 兼房(よしだ かねふさ)だ。『徒然草』を受け継いでる」


「トリはおれか。万葉 武雄(よろずば たけお)。相伝詩籍は『万葉集』だ』


 全員が自己紹介を終えた。


「よし。これから術士として怪異と戦う術を学ぶ。チームアップもしていくから仲良くな。特に古賀と新賀」


「はーい」「分かっています」


 何か二人には因縁があるんだろうか。


「一先ず、体育館に行くぞ。入学式がある」


 体育館には新一年生が勢揃いだ。体育科は一学年20人。普通科は一学年200人の合計220人だ。それが収まる体育科はとても広い。


 来賓の人たちも続々と入ってくる。


「!!!???」


 よく見ると、そこには父さんの姿あった。なぜ、どうしてそこにいるんだと絶句した。


 入学式が始まり、順番に進んでいく。来賓挨拶にて父さんは『卒業生かつ防衛省防衛政策局戦略参事菅』だという。もう何が何だか分からない。


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